オホーツク SEA TO SUMMIT 2019 シンポジウム

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大阪ではG20サミットが明日から開催されますが、私は同じサミットでも山の頂上(summit)を目指す「オホーツク SEA TO SUMMIT 2019 」へ参加してきました。
開催地の網走市、小清水町は函館から見ると、北海道の端と端のような位置関係ですので、行けども行けども着かないようで、本当に遠かったです。

その「オホーツク SEA TO SUMMIT 2019 」、今回が初開催になります。
まず小清水ツーリストセンターへ寄って自転車を預けてから、初日の環境シンポジウムのある網走市のオホーツク文化交流センター(エコーセンター2000)へ行きます。網走川沿いの立派な施設で、翌日の本番のカヤック到着地点になります。
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環境シンポジウムが終わりますと、お楽しみのウェルカムパーティです。
オホーツクを思わせる青い色が綺麗な流氷draft「網走ビール」や海の幸が沢山乗った海鮮丼が用意されています。
他の地区での大会で一緒になった方々と再会を喜んだり、大会本番での健闘を誓って和気あいあいと楽しいひと時を過ごします。
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白鳥台小学校の子どもさん達による可愛い「白鳥生き生き太鼓」が披露されました。「あばしりオホーツク流氷まつり」などのイベントに数多く参加しているだけに息があって素晴らしい太鼓の演奏でした。こういう地元の郷土芸能が披露されるのは嬉しいですね。
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そして、いつものようにモンベル会長の辰野さんによる篠笛の演奏です。いつ聴いても心に沁みる素敵な演奏です。お忙しいのに、いつ練習しているのか不思議というか謎です。

辰野さんは、1969年に中谷三次さんとともにアイガー北壁に挑み、当時の世界最年少での登頂に成功したことは知られていますが、同じ頃にマッターホルンの北壁も登攀しているのですね。
今年72歳になりますが、またマッターホルンに挑戦するそうです。成功を祈念してマフラーが送られましたが、そのマフラーを巻いての演奏です。無理をせずに楽しんで挑戦してきてほしいと思っています。
フランス語では、"Mont Cervin (モンセルヴァン)"といいますが、私の中ではヨーロッパ・アルプスで一番に好きな山です。ジュネーブにいた頃には、近かったこともあり、何度か訪れて山麓でスキーをしたり、ボーっと山稜を眺めたりしていた思い出があります。
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旧タウシュベツ川橋梁

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今回の旅でぜひ見たかったのが、旧タウシュベツ川橋梁です。
上士幌町にある糠平川(糠平湖)に架かる旧国鉄士幌線のコンクリートアーチ橋です。ダム(糠平湖)の建設により新しい線路を通ることになったため、1939年から1955年までの僅か16年間だけ利用されて終わった橋梁です。士幌線自体は1987年に全線廃止されています。
ダムの水が少ない1月頃から9月頃までだけ見られ、10月頃からは湖底に沈んで見えなくなります。そして、水没や凍害などによる老朽化が進んでいますので、いずれ崩壊し消滅すると言われています。

今回は下調べが不十分で、近くまで車で行けるものと思っていたのですが、事前に林野庁の許可を得るか、ツアーに参加しなければ、近づくことが出来ないようです。次回は、事前に下調べをして近くまで行こうと思っています。

750m離れた展望台からの眺めですが、当日は雨模様でガスもかかって、あまりはっきりした眺望は望めませんでした。しかし、このぼんやりした感じもなかなかいいなぁと思っていました。
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世界に数か所しかないモール温泉 (十勝川温泉)

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宿泊は帯広近郊の十勝川温泉のホテルにしてみました。ここは世界に数か所しかないというモール温泉で有名です。
モールとはドイツ語で亜炭などを含む泥炭 (Moor) のことで、20世紀初頭にここ十勝川温泉で名付けられたそうです。30年ほど前までは、ドイツのバーデン・バーデンと十勝川しか発見されていなかったと言いますから貴重な温泉ということが出来ます。
石炭の形成途上で炭化が進んでいない泥炭や亜炭層を通った源泉を汲み上げるため、植物起源の有機質を多く含み、肌に触れるとツルツルとした感触があるのが特徴です。
実際には肌のツルツル感は勿論のこと、床が滑って転びそうになるほどでした。
お湯の色は飴色というかコーラのようで、不思議な感じがします。

下の写真はホテルのフロントにあった天然の亜炭です。この亜炭層を通って湧き上がるのが、モール温泉です。
いい温泉ですので、十勝に来ましたらぜひ十勝川温泉へお泊りになってみてください。
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雄大な景色の十勝牧場

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十勝牧場へ行ってきました。
帯広市近郊の音更町にある国の独立行政法人の施設になります。
施設の入り口にある白樺並木は、NHK朝ドラ「マッサン」のロケ地として有名になったところです。北海道らしい牧歌的で雄大な景色を楽しむことが出来ます。
十勝牧場につきましても、同牧場のホームページに紹介がありますので、コピーして再掲載させていただきます。

JR帯広駅の北、約16kmの音更町に位置し、総面積4,100haの中に一級河川2つを有する牧場で、十勝平野を一望できる展望台、直線距離1.3kmの白樺並木、樹齢500年を超える柏の大木など観光スポットもたくさんあり、エゾリス、エゾシマリス、エゾユキウサギ、キタキツネ、タンチョウ等の野生動物も見かけます。
真冬には-25℃以下になることもあり、地下50cmまで凍結する厳しい気候ですが、4月にはフクジュソウ、アズマイチゲ、エゾエンゴサク、5月の連休頃にはキタコブシ、エゾヤマザクラが咲き、続いてオオシロバナエンレイソウ、スズランなど、夏が近づくにつれ、エゾゼンテイカ、エゾスカシユリなどの野草の花々が楽しめます。
展望台は牧場内にある高台で、北に大雪山系の南麓、然別の山々、西に日高山系と十勝平野の展望がご覧頂けます。音更町の観光名所の一つにもなっています。
展望台の周辺は馬の放牧地になっており、初夏から晩秋まで馬が放牧されており、運がよければ道端から放牧中の馬たちを見ることができます。
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福原記念美術館へ

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「神田日勝記念美術館」のすぐ近くに「福原記念美術館」があります。
十勝・釧路地方を中心に展開する食品スーパーの(株)フクハラの創業者である福原治平氏が長年にわたり蒐集してきたコレクションを一般に公開した美術館です。そのスーパーの「フクハラ」、帯広でスーパーと言えば「フクハラ」だったのでしょうが、時代の波には逆らえず、現在は大手の「アークス・グループ」の傘下にあるようです。
そんなこととは関係なしにこの美術館も素晴らしいです。小さな町・鹿追町にこのような素敵な美術館があることに驚いてしまいます。神田日勝のコレクションも一室を飾るほどに充実しています。私の想像ですが、福原治平氏が神田日勝のパトロンと言うか支援者の一人だったのかなと思っています。(違っていたらゴメンナサイです。)
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併設されている「ランチ&カフェ えんじゅ」も、広い前庭を望むように配置されていて、とても雰囲気の良いレストランです。パスタの種類が豊富で人気店になっています。
パスタも美味しいですが、乳製品がとびっきり美味しいです。さすがに帯広近郊ですね。
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神田日勝記念美術館へ

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NHKの朝ドラ『なつぞら』で、山田天陽くんのモチーフらしい神田日勝の美術館へ行ってきました。
『神田日勝記念美術館』は、帯広市の近くの鹿追町にあります。
 神田日勝につきましては、すでに知られていますので、パンフレットの紹介をそのままコピーして再掲載します。

1945年の終戦から1960年代まで戦後の開拓農民として生き、同時に物の本質にせまる克明な描写によって、 戦後日本の画壇で異彩を放ったこの画家は、最後の完成作《室内風景》と前半身だけ克明に描き出された《馬(絶筆・未完)》 を残し、32歳8ヶ月の短い生涯を閉じた。 画家が生きた時代は、戦後日本の高度成長と資本主義の矛盾や弊害が、さまざまな形で広がっていった激動の時代と重なっている。

美術館内部は写真を撮ることが出来ませんので、post cardをスキャンしました。絵画の一部は札幌にあります道立近代美術館が収蔵しています。
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「馬(絶筆・未完)」 1970 油彩・べニヤ

神田日勝と言いますと、この「馬(絶筆・未完)」がまず目に浮かぶと思います。
腰と下肢の部分のない不思議な作品と思っていたのですが、実際の作品では腰と下肢の部分は線画の状態で描かれています。馬の全体を3分割したものと考えていただければと思います。
頭部と上肢の部分は羽毛の詳細まで描かれていて、ほぼ完成しています。胴部は下塗りの段階で、これから仕上げにかかる予定だったようです。腰と下肢の部分は前述のように、まったく色はつけられておりません。
神田日勝の描き方を知る貴重な作品のひとつとも言えるようです。
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「室内風景」 1970 油彩・ベニヤ
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「馬」 1965 油彩・ベニヤ
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「飯場の風景」 1963 油彩・板
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「雪の農場」 1970

神田日勝のことは20代の頃から知っていますが、画風が暗い感じがして正直あまり興味を抱くような画家ではありませんでした。しかし年齢を重ねるごとに神田日勝の絵を観てみたいという願望にかられるようになりました。そう、重い腰を押してくれたのが、朝ドラの「なつぞら」でした。
神田日勝、実際に観るといいですね。
そうそう、暗い絵が多いというのは、茶色や黒色の絵の具が安かったからという説があるようです。開拓農家ですから、あまり贅沢はできず、ベニヤ板や安い絵具を多用したのでしょう。
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macotoガーデンは初夏の佇まいに

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6月も中旬を過ぎ、朝晩は肌寒いものの日中は初夏のような爽やかな風が流れている北海道です。
毎年いろいろと買い求めて植えては駄目にしているガーデンですが、それなりに初夏らしくなってきました。
寒冷地に適したものばかりでガーデニング愛好家の方々のような珍しい種類はありませんが、冬の間にエネルギーを蓄えて一斉に花が咲くダイナミックな咲きっぷりは、冬の長い北海道なればこそだと思います。
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バラも少しずつ

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少しずつ庭のバラが咲いてきました。
今シーズンの冬は雪が少なくて、寒暖の差が大きかったせいと思うのですが、庭木で傷んだものが結構ありました。
バラも枝枯れしたものが数本ありましたが、なんとか今年も初夏の庭を飾ってくれています。
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菜園には恵みの雨

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北海道は一昨日から強い雨と風で大荒れでした。
しかし、その前は雨が殆ど降らず、カラカラの天気で農作物にも影響が出ていただけに恵みの雨になりました。
10日ほど前に苗を植えた私のところの菜園もホッと一息ついているところです。
狭い菜園ですので、トマトやナス、キュウリなどを数本植えているだけですが、新鮮な野菜を食べられる楽しみがあります。
本州の方々から見れば、まだこんなに小さいのと驚かれると思いますが、それでもトマトなどには赤ちゃんのような実が付いていますよ。
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『続 横道世之介』 吉田修一

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吉田修一の『続 横道世之介』を読み終えました。

物語の舞台は1993年。主人公は横道世之介という善良を絵にかいたような青年です。世はいわゆる就職氷河期まっさかり、大学を1年留年したこともあって社会に出る好機に乗り遅れてしまい、バイトとパチンコで食いつなぐ日々を送っています。そんな彼の24歳から25歳までの1年間の物語です。
いわゆる人生のダメな時期にあるのですが、なぜか彼には悲壮感がありませんし、彼の周りにも笑顔が絶えません。
寿司職人を目指す女友達の浜ちゃん、大学時代からの親友コモロン、美しきヤンママの桜子とそのファミリー、ムショあがりの理容師のオジサンなど。彼を取り巻く人たちは一癖も二癖もありますが、みな心優しいいい人ばかりです。
そして27年後、「2020オリンピック」に沸く東京で、小さな奇跡が生み落とされます。
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木地挽高原ヒルクライム

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昨日ですが、隣町の木地挽高原の展望台(560m)まで自転車で登ってきました。
日が高くならないうちにと思い、家を出たのですが、登り始めてからは路面からの照り返しが強くて、展望台に着いたら汗びっしょりでした。

東京など都会をブラブラ歩くのは楽しいですが、やはり田舎の広々とした風景と心地よい風が性に合っているような気がします。
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朝倉彫塑館へ

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東京滞在の最後は「朝倉彫塑館」へ行ってきました。JR日暮里駅から谷中銀座へ行く途中にあります。
彫刻家・朝倉文夫といってもあまり馴染みがないかも知れませんが、早稲田大学の大隈重信像や東京国際フォーラムの太田道灌像というとピンとくるかもしれません。また、若手芸術家への教育の場として朝倉彫塑塾と言うものがこの施設内にあり、数名の塾生が研鑽を積んでいたようです。
ブログ内で紹介した「猫とフクロウのギャラリー」の彫刻家・木内克(きのうちよし)も朝倉彫塑塾の塾生だったこともあり、木内絡みで興味のある彫刻家の一人になっています。

朝倉文夫や「朝倉彫塑館」につきましては、同館のホームページに詳しい解説が掲載されていますので、コピーして掲載させていただきます。また、同館は全面的に写真が禁止されています(一部を除いて)ので、最初の2枚だけは私の撮影で、残りはホームページ上に掲載されているものをコピーして再掲載させていただきました。
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【朝倉文夫について】
1883(明治16)年、大分県大野郡池田村(現豊後大野市)に生まれた朝倉文夫は、19歳の時に実兄の彫塑家渡辺長男(おさお)をたよって上京し、彫塑と出会います。
翌年、東京美術学校(現東京藝術大学)に入学、1907(明治40)年に同校を卒業した朝倉は本格的に創作活動をはじめます。第2回文部省美術展覧会に「闇」を出品して2等賞を受賞し、新進気鋭の彫塑家として一躍世に知られるようになります。
代表作「墓守」(1910年)は制作の転機となった作品で、以後、徹底して自然主義的写実を貫きます。官展で受賞を重ねることで作家としての地盤を固め、日本の彫塑界をリードする中心的な存在として活躍しました。1948(昭和23)年には彫刻家としてはじめて文化勲章を受章し、1964(昭和39)年81歳で没しました。
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【建物について】
朝倉彫塑館は、彫刻家 朝倉文夫のアトリエと住居だった建物です。朝倉は東京美術学校を卒業した1907(明治40)年、24歳の時に谷中にアトリエと住居を構えました。当初は小さなものでしたが、その後、敷地を拡張したり増改築を繰り返したりして建築を楽しみます。その様はまさに普請道楽といえるでしょう。
現在の建物は1935(昭和10)年に建てられました。建物は朝倉が自ら設計し、細部にいたるまで様々な工夫を凝らしており、こだわりを感じさせます。さらに、朝倉はここを「朝倉彫塑塾」と命名し、教場として広く門戸を開放して弟子を育成しました。朝倉の教育法は独自の自然観と深く結びついており、この建物にもそれが色濃く反映されています。
その後、この建物は朝倉の遺志により遺族によって1967(昭和42)年から公開されました。1986(昭和61)年に台東区に移管され、台東区立朝倉彫塑館となりました。2001(平成13)年には建物が国の有形文化財に登録され、2008(平成20)年には敷地全体が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されています。2009(平成21)年から2013(平成25)年にかけて保存修復工事を行い、耐震補強を施し、朝倉生前の姿に近づけるべく復原され、文化財的な価値を高めています。
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【庭園について】
アトリエと住居に四方を囲まれた中庭は、朝倉の考案をもとに造園家 西川佐太郎が完成させました。南北約10メートル、東西約14メートルの敷地のほとんどが豊かな水で満たされています。さらに熟慮を重ねて配された巨石と樹木が濃密な空間を作り出しています。
建物のどこからでも見ることのできる回廊式の庭園には、朝倉の彫刻家としての視点と芸術観がよくあらわれています。
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【屋上庭園について】
コンクリート建築の屋上に作られた庭園は、日本の屋上緑化の先駆けとして重要な意味をもっています。
この庭園は、かつて朝倉彫塑塾の園芸実習の場として利用されていました。植物の世話を通して土に親しみ、自然観照の目を育むこと、触覚をはじめとする感覚を研ぎ澄ませることを目的とした、朝倉独自の教育論に基づいています。
現在は一部に菜園を再現しています。オリーブの木や四季咲きのバラなど、季節を通してお楽しみいただける憩いの空間です。
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谷中銀座へ

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帰りの飛行機の時間まで余裕がありますので、大好きな谷中銀座へ寄ってきました。
JR日暮里駅からすぐということもあり、いつ来ても賑わっています。ただ、10年くらい前にくらべると外国人が目立って増えているようで、中華系や言葉の感じから中南米からの観光客が多いようです。
店の前で大勢座って飲食をしている風景が普通になっていますし、お店の方も外国人観光客に合わせた品ぞろえになってきているようです。谷中も雰囲気が変わってきましたね。
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『江戸東京たてもの園』センターゾーン

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そして最後はセンターゾーンです。
このエリアには高橋是清邸と北多摩屈指の製糸会社で財を成した西川家の別邸が目玉です。

まず西川伊左衛門が1922年(大正11)に隠居および接客用として建てた建物です。大正から昭和初期の養蚕、製糸業が最盛期を迎えた頃ですから、使われている部材もよく吟味されたものが用いられています。
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そして、第20代内閣総理大臣の高橋是清邸です。1902年(明治35)の竣工で、2000坪の広大な敷地の中に建っていたそうです。
高橋是清は、1936年(昭和11年)2月26日、赤坂表町三丁目にあったこの家の2階寝室で叛乱軍襲撃部隊によって胸に6発の銃弾を撃たれ暗殺されました。世にいう「二・二六事件」です。
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栂普請(つがぶしん)という建物で、柱や縁側の板(縁甲板)などにツガ材が使われています。洋間の床は寄木張りになっていたり、当時は高価であった障子ガラスにも繊細な模様が施されています。華美ではないもののセンスの良さがうかがわれます。
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叛乱軍の青年将校たちは、この階段を上がって2階の書斎、そして寝室に侵入したと言われています。実際に階段を登ってみますと、ずしりと歴史の重みを感じてしまいます。
階段を登ったところが書斎として使っていた部屋、奥が寝室です。今は窓外の緑がグラデーションを醸し、柔らかい日差しが差し込んで何事もなかったように静かです。
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『江戸東京たてもの園』東ゾーン

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東ゾーンへ廻ってみます。
このゾーンには昔の商家・銭湯・居酒屋など下町の風情を楽しむことが出来ます。
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こちらにも立派な長屋門を構える大きな農家があります。小金井市指定有形文化財に指定されている天明家です。現在は長屋門から母屋までそれ程の距離はありませんが、実際には100mほどあったと言いますから、とても普通の農家とは思えません。母屋の千鳥破風も見事ですし、庭には枯山水の庭園まで有しています。さすが重職を務めた旧家だけあって見応えがあります。
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天明家を一歩外に出ますと、そこは昔の賑やかだった街並みが再現されています。
乾物屋、旅館、小間物屋、荒物屋、生花店など意匠を凝らした建物に目を奪われてしまいます。
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そして足立区千住元町にあった銭湯・子宝湯です。1929年(昭和4)に建てられた建物です。
私も子供の頃は銭湯通いでしたが、ただ洗えればいいような感じでしたので、こんな御殿のような銭湯があったことに驚いています。男湯と女湯では壁の絵が違いますし、何より両者を仕切る壁の低さに時代の風情を感じてしまいます。裸の女と男が、それとなく存在を感じながら湯に浸かるというのも乙なものですね。(^^♪
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『江戸東京たてもの園』西ゾーン②

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西ゾーンには魅力的な建物が沢山ありますので、じっくりと隅々まで見ていきます。
まず、1925年(大正14年)竣工で文京区西片にあった小出邸です。日本のモダニズム運動を主導した建築家の堀口捨己の邸宅です。当時オランダで流行っていたデザインと日本の伝統的な建築様式をミックスした造りになっています。
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田園調布にあった大川邸です。小出邸と同じ1925年(大正14年)に建てられました。当時としては珍しい全室洋間という造りになっていて、お洒落な雰囲気はさすが田園調布ですね。
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『たてもの園』の中で、一棟をいただけるのであれば、ためらわずに選ぶのがこの邸宅と思います。
1942年(昭和17年)に品川区上大崎に建てられた前川國男(1905-1986)邸です。ご存知のように前川は日本の近代建築に大きな足跡を残し、あの国立西洋美術館を設計したル・コルビジェのもとで働いていたことでも知られています。帰国後に東京文化会館、東京都美術館など全国の多くの公共施設を設計していますが、特に弘前市に8つもあるというのも面白いです。新潟県の出身なのですが、お母さんが津軽藩士の娘だったという縁があり、弘前市に思いを寄せて手掛けたようです。
外観は大きな切妻屋根、内部は山小屋を思わせるような吹き抜けの居間が中心部を占めています。シンプルな造りでいいなと思います。こういう建物にはぞっこん惚れてしまいます。
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そしてデ・ラランデ邸です。1999年まで新宿区信濃町に建っていたようです。
1910年(明治43)頃に、ドイツ人建築家のゲオルグ・デ・ラランデによって竣工されました。現在は同園のカフェとしても使われており、とても人気のある建物です。
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上品なメイドカフェのような雰囲気で、お姉さんがお勧めしてくれた特製のアイスコーヒーを飲んでみました。かき氷とアイスコーヒーのセットで、まず適当なところまでかき氷だけを楽しみます。半分くらいになったところで、アイスコーヒー、シロップ、クリームを注ぎます。ここからは普通のアイスコーヒーなのですが、2度楽しめるというか面白いアイデアですよね。雰囲気もいいし、美味しく味わえました。
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『江戸東京たてもの園』西ゾーン①

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新宿からJR中央線に乗って武蔵小金井までやって来ました。JR武蔵小金井駅もしくは西武新宿線の花小金井駅からバスで10分程度で当園にたどり着くことが出来ます。
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haの広大な敷地を有する小金井公園、都内にこのような緑いっぱいの公園のあることに驚いてしまいます。玉川上水の両岸の桜並木は昔から多くの観桜客で賑わっていたようですが、1954年に隣接して小金井公園が開園すると、多くの桜や樹木が植えられたこともあって、一帯は「桜の名所」としてより一層知られることになりました。
その一角にあるのが
『江戸東京たてもの園』です。
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西・東・中央ゾーンに分かれていますが、西ゾーンから歩いてみます。詳しい案内は『江戸東京たてもの園』でご覧いただけますので、ご参照ください。

まず、常盤台写真場の建物です。北側に面した大きな窓から自然光を採り入れて、写真が自然な柔らかい雰囲気に仕上がるようにスタジオを設計をしたようです。1階の居室の子ども部屋には庭に面して4つの椅子が並べられていて、賑やかな子供の声が聴こえてきそうな気がします。8人も子供がいたそうです。
現在もこの建物があった東京都板橋区常盤台でご子息が写真スタジオを経営されているようですが、現オーナーさんはもしかしてこの椅子に座られていたお一人なのかなどと想像しています。
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三井八郎右衛門邸です。港区西麻布に1952年(昭和27)に建てられた邸宅です。
三井八郎右衞門という名前は三井家総領家である北家の当主が代々名乗った名前らしいですから、正式には11代高公(たかきみ)邸というのが正しいようです。
敗戦後の財閥解体で三井系各社へ支配権が移行して戦前の財閥の勢いは失っていたようですが、それでも物のない昭和27年に建てられたとは思えない豪華さです。建築に際しては、京都の油小路邸の奥座敷や大磯別邸(城山荘)の部材を用いたようですし、旧今井町邸からは戦災で焼け残った土蔵や正門、庭石等が持ち込まれたそうです。また世田谷区用賀にあった三井家関連施設からも部材が集められたとありますので、やはり超一級品の寄せ集めで出来ている邸宅なのですね。
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吉野家や網島家といった大きな農家の屋敷があります。特に吉野家は名主役を務めた家といわれていますので、格式のある式台付きの玄関や付け書院のある奥座敷を見ることができます。
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東京ではちょっぴり仕事関連も

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東京行きは仕事半分と書きましたが、本来の目的は第60回日本臨床細胞学会総会という学術集会に参加するためです。仕事をするうえで参加必須の学会で、毎回今年が最後かなと思いつつも毎年のように参加しています。
今回は新宿の京王プラザホテルと隣接する新宿NSビル(NSスカイカンファレンス)の2会場において開催されました。参加者が5000名を越えるマンモス学会ですから、年々東京や横浜、大阪、名古屋といった施設の整った都市でなければ開催が難しくなってきているようです。
そういうことで、遊びだけではなくしっかりとお勉強もしてきました。

でも、やはり楽しみは食べることと飲むことですね。
第1日目の学術集会の終わった夜は懇親会です。ざっと見た感じでは1000人くらいと思いますが、大きなコンコードボールルームに参集して賑やかに歓談です。
京王プラザホテルには和洋中11もの飲食店があるのですが、そのなかから選りすぐりの美味しいお料理がビュッフェスタイルで沢山並びました。特に一流の板前さんやシェフが目の前で繰り広げるパフォーマンスは目を瞠るものがあります。食べるのを忘れて見惚れていたと言いたいところですが、食べ過ぎてしまい、ホテルに帰ってお腹を見たらポンポコ狸のようになっていました。(^^♪

明日の第2日目もお昼過ぎまでしっかりお勉強です。
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新国立劇場『オレステイア』

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夜は初台にある新国立劇場でアイスキュロス原作、上村聡史演出の『オレステイア』を観てきました。

約2500年前にアイスキュロスによって書かれたギリシャ悲劇をイギリスの若い劇作家ロバート・アイクが現代に蘇らせた作品です。

物語の主人公はオレステウスという若者です。彼の父はギリシャ軍総大将のアガメムノン、母はクリュタイメストラです。そしてイピゲネイアとエレクトラという二人の姉がいます。
アテナイやスパルタなどの都市国家で構成されていた古典期と呼ばれる紀元前5世紀頃のギリシャは、戦争に明け暮れていたといっても過言でないほどに戦さ続きでした。そんな折、ギリシャ軍の勝利のために娘のイピゲネイアを生贄にするようにとの神託がアガメムノンに下されるのです。アガメムノンは当然のように苦悶するのですが、結果として神託に逆らうことは出来ずに、イピゲネイアを毒殺してしまいます。
そして、10年におよんだトロイア戦争に勝利したアガメムノンは意気揚々と凱旋するのですが、その夜に妻のクリュタイメストラと彼女の愛人によって謀殺されてしまいます。娘イピゲネイアを生贄にしたことへの復讐でした。

赤子の時に他国へ疎開させられていたオレステウスですが、成長してもう一人の姉のエレクトラと父の墓前で再会します。オレステウスは神に導かれて父の仇を討つために帰って来たのでした。そして、母とその愛人を銀のナイフで刺し殺してしまいます。父の仇と言う正義の名のもとの行為でした。
しかし、復讐の女神たちが彼を襲い始めるとパニック状態になり、結果的にはデルポイ神殿のアポロンに庇護を求めるのです。

ここからは法廷の場面です。オレステウスは、女神アテネの臨席のもと殺人について法的な裁きを市民たちから受けることになります。そして、陪審員が下した票数は同数。母親なしで生まれた女神アテネは、最後の一票を無罪に投じたことでオレステウスは放免されます。
現在の私たちが陪審員になったらどのような判断をするのでしょうね。

この後、復讐の女神は慈しみの女神になり、憎しみと復讐の連鎖は断ち切られて、ギリシャ世界に調和と繁栄がもたらされたと言います。
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繰り返される争い、怨讐など、現代の私たちを取り巻く世界でも頻発する惨劇の数々がこの作品の中に詰まっていて、今でもまったく色褪せないリアリズムを持って私たちに迫ってきます。私たちが抱くあらゆる心理的葛藤を古代ギリシャの人々も抱いていたのですね。たかだか2、3000年くらいでは人間の心持ちは変わらないのかも知れません。
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主人公のオレステウスを生田斗真さんが演ずることもあって、9割以上が女性客で、2階席を含めて超満員でした。生田斗真さんをはじめエレクトラ役の音月桂さん、イピゲネイア役の趣里さん、アガメムノン役の横田栄司さん、他のキャスト・スタッフの方を含めて素晴らしかったです。
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公演時間はなんと約4時間半です。心理劇のようなものですから、4時間もしゃべり続ける舞台上の俳優の方々は大変と思いますが、座っている方も同様に大変です。椅子の上に特製のクッションが1枚用意されていました。
でも素晴らしい舞台は時間を忘れさせますね。本当に短く感じた4時間半でした。
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一回目の幕間(休憩)はサンドイッチと赤ワインにしました。オペラパレスのように広いホワイエではありませんが、それでも楽しく寛げるスペースが用意されています。
第1幕のエキサイティングな舞台の心の高まりを鎮めるためにも、ちょっとだけアルコールを入れるのはいいのかも知れません。
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二回目の幕間(休憩)は、特製のプチシュークリームにしてみました。
こちらはキンキンに冷やしてあって、第2・3幕の熱気で火照った体をさましてくれそうです。
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 ホテルに着いたら11時を過ぎていました。でも最高にワンダフルな夜でした。(^^♪

『ラファエル前派の軌跡展』

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「三菱一号館美術館」で開催されている『ラファエル前派の軌跡展』を観てきました。

「ラファエル前派」といってもさっぱり分かりませんが、説明を要約してみますと・・・

時代は浦賀にペリー率いる黒船が来航した1853年の約5年前のことです。英国のロセッティ、ハント、ミレイという3人の学生が、「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」というものを結成しました。あの印象派が絵画の歴史に絶大なインパクトを与えるほんの数十年前です。
当時の美術界は『ベルヴェデーレの聖母』などで有名なラファエロを最高の画家としていました。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとともに盛期ルネサンスの三大巨匠といわれている人です。
しかし、ロセッティら3人は、盛期ルネサンスを代表するラファエロなどの調和のとれた画風は退屈だし時代遅れなのではという不満を持っていました。それがこの活動の発端となったようです。
ただ大きな運動とはならず、長くも続きませんでした。そんなことであまり知られていないのですね。

今回の企画展のもう一つの大きな見どころは、美術史家でパトロンのジョン・ラスキンが蒐集したターナーの作品です。ラスキンはラファエル前派の活動を支持し、若き3人を支援していたことでも知られています。

つまりは、ラスキンの「自然をありのままに再現すべきだ」という言葉に現れているように、人物は勿論のこと背景となる風景や事物を含めて、すべてを自然な姿で忠実に描くことを重要視したのでしょうね。

三菱一号館美術館での開催は6月9日をもって終了しましたが、
2019年10月5日(土)~12月15日(日)まで 大阪・あべのハルカス美術館、
2019年6月20日(木)~9月8日(日)まで  福岡県 久留米市美術館で開催されます。
お近くの方はぜひご覧ください。
そうそう、一部屋だけ写真OKのところがあります。カメラ、スマホをお忘れなく。
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三菱一号館美術館へ

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東京は予想通り雨が降って肌寒いですので、雨に濡れないで辿りつけるJR東京駅近くの「三菱一号館美術館」へまず行ってみることにしました。地下1階の丸の内地下南口改札から400mほど歩きますと美術館入口に着きます。2010(平成22)年春に竣工したこの建物の外観も素晴らしいのですが、強い雨ですから中だけで我慢することにしました。庭にも出たかったのですが、またの機会に取っておくことにします。
設計図をもとに忠実に再現したようですが、趣のある素晴らしい建物ですね。
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パンフレットによりますと・・・
「三菱一号館」は、1894(明治27)年、開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計されたました。三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築です。全館に19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式が用いられています。当時は館内に三菱合資会社の銀行部が入っていたほか、階段でつながった三階建ての棟割の物件が事務所として貸し出されていました。
この建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されましたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に則って同じ地によみがえりました。今回の復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施されました。
また、階段部の手すりの石材など、保存されていた部材を一部建物内部に再利用したほか、意匠や部材だけではなく、その製造方法や建築技術まで忠実に再現するなど、さまざまな実験的取り組みが行われています。
19世紀末に日本の近代化を象徴した「三菱一号館」は、2010(平成22)年春、「三菱一号館美術館」として生まれ変わりました。

東京へ

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仕事が半分、遊びが半分で東京へ行ってきました。
函館は比較的良い天気が続いているのですが、東京は先週の金曜日から梅雨に入っているようで、雨を覚悟で出発しました。
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我が家からは新幹線駅が近いのですが、たまには飛行機にも乗らなくてはと言うことで、飛行機で行くことにしました。鉄路もいいですが、やはり空を飛んで世界中どこへでもいける飛行機のワクワク感はたまりません。wifiも使えますし、飛行機の進歩は凄いですね。
離陸して間もなく、眼下に函館山と函館市街がきれいに一望できました。
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2019年6月の「おやつ屋さん」

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函館地区では6日の今日が発売日の「おやつ屋さん」。いつものように仕事帰りに大好きな六花亭へ寄って受け取ってきました。今月で2度目ですが、6の日が何となく特別な日になってきたような気がしています。

今月は、「柔らかでつるんとした食感のプリンと濃厚でなめらかなブリュレの食べ比べ」ということで、それぞれ3種類・計6個の詰め合わせです。今月の「おやつ屋さん」のために誂えた包装紙を見ただけでワクワクしてきますね。

前月の25日からの店頭予約のみですので、北海道以外の皆さんには指をくわえていただくしかありません。とても美味しくて幸せな気持ちになれて、なんと600円です。
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ジャーン。箱を開けましたら、プリンとブリュレがお行儀よく並んで詰め合わせてありました。

六花亭の説明文によりますと・・・
・チョコ・・・プリンには生チョコソースを、ブリュレにはカラメルソースを組み合わせ。
・カスタード・・・カラメルソースのほろにがさがバニラの風味と良く合う王道・定番の味。
・コーヒー・・・香り良いコーヒーと、ほんのりみかんをきかせたカラメルソースの組み合わせ。
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こちらはブリュレです。フランス語ではBrulee と書いて、「焦がした」という意味らしいですね。
それにしましても、プラスチック容器に入っていますが、どのようにして中身だけを焼くのでしょうね。いつも不思議に思っています。さあ、いただきま~す。IMG_0690

待ちに待ったカヤック日和

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このところ天気はいいものの風の強い日が多くて、なかなか漕ぎ出せなかったカヤックですが、今日は絶好のカヤック日和になりましたので、いつもの大沼で漕いできました。
湖面から眺める景色も緑が濃くなって初夏の佇まいですし、吹く風も爽やかでとても気持ちがいいです。

今年は先月末に北海道で40℃近くになるような異常高温が続いたせいか、湖面にはアオコが発生しているところがありますし、静かな入り江では早くもコウホネが咲き出していました。
自然も人の世も緩やかに穏やかであることを願うばかりです。

家から20分くらいのところにある景勝地ですので、秋の紅葉の時季まで湖上からの景色を時々お届けしたいと思っています。
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なごりのツツジを求めて海向山へ

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恵山のツツジはすでに終わっているようですが、上の方ではまだなごりの花が残っているかもしれないと思い、妻を誘って海向山へ登ってきました。
ご覧のようなピカピカの天気で、海峡越しに下北や津軽半島まではっきりと見渡せてとてもきれいでした。
予想通り山頂付近はツツジやドウダンが満開で、今日来て良かったと二人して喜んでいました。
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駐車場から海向山を望んだところです。左から3つ目、白い雲が目印のような一番奥の山です。女性の足でも往復2時間半~3時間あれば余裕で登れる手軽な山ですので、恵山観光のついでにぜひ登ってみてください。時計回り、反時計回りと周回出来ますので、つど気分を変えて登るのもいいかと思います。
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帰りは臼尻にある二本柳旅館でお昼です。臼尻の海でのダイビングの際には必ず寄るお気に入りのお蕎麦屋さんで、今日は天丼とのセットにしてみました。1000円と信じられないような安さなのですが、お蕎麦も天丼も最高に美味しいです。由緒ある古い旅館ですから、こんど泊まってみたいなと思っています。きっと食事は最高に美味しいと思います。

ピカピカ・サンデーの〆は、いつものグリーンピアの温泉です。会員ですから、二人ともフリーパスです。そんなことで、朝から夕方まで楽しんで、出費は昼食の2000円のみでした。お金をかけなくてもハッピーなサンデーは過ごせるものですね。(^^♪
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フルート 『竹田の子守歌』

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先日から練習していた『竹田の子守り歌』。相変わらず上達しませんが、アップしてみたいと思います。ロングトーンの練習を手抜きしているものですから、こういうゆっくりとした曲ではアラが目立ってしまいます。

『竹田の子守歌』を最初に聴いたのは、あのフォークグループ「赤い鳥」のステージだったと記憶しています。学生の頃か就職して間もない頃だったと思います。はじめは大分県の竹田市の民謡かと思っていたのですが、京都民謡と気がついたのはやや暫くしてからの事でした。

子守歌とありますが、実際は子守り奉公に出された幼い少女のつらい心情を歌ったものなのですね。 今では想像すらできない貧しい封建的な時代のことですが、そんな時代の背景や村の情景、少女のせつない心情を想いながら聴いていただければ幸いです。

真夏のような北海道

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北海道は昨日に続いて真夏のような暑さになっています。
昨日の佐呂間町の39.5℃という信じられないような気温にはなりませんが、函館でも午後3時30分に27.4℃になっています。
今日は仕事が休みでしたので、庭の芝や下草刈りをしましたが、暑くて作業の1/3くらいで終えてしまいました。
初夏の定番のエゾハルゼミが盛んに鳴いていますが、初夏を通り越して一気に真夏に突入した感じです。
ポットの中で芽が出たばかりの枝豆や、まだ植え付けていないトマトの苗などが恨めしそうです。
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洞爺湖有珠ジオパーク ③有珠山へ

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洞爺湖有珠ジオパーク巡りは、遅い昼食を摂ってからロープウェイを使って有珠山へ登ってみます。
温泉街から車で15分くらい走りますと、あの昭和新山溶岩ドームの異様な姿がすぐそこに迫ってきます。駐車場を挟んだ向かい側がロープウェイの乗り場になっています。
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5~6分で山頂駅に到着します。そこから緩やかな階段を登ると10分ほどで有珠山火口原展望台573です。下の写真の左の山が大有珠の東端、そして右下に見える白い建物がロープウェイ山頂駅です。殆どの観光客は火口原展望台573までで帰ってしまいます。
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気温が30℃もありますが、せっかくここまで来たのですから下の写真の左に見えている外輪山の稜線上にある火口原展望台東屋477まで行ってみることにしました。急な階段を600段降りて歩かなくてはなりません。
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階段を下りますと外輪山の稜線に出ます。これが登山道になっているのですが、この稜線から見えるのが、有珠新山(左)と大有珠(右)です。大有珠は1853年の噴火で形成され、有珠新山は記憶に新しい1977年の噴火で誕生しました。この有珠新山の出現によって大有珠は洞爺湖方向へ移動したといいます。
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稜線の登山道から歩いてきた方向を振り返ってみます。大有珠と一段下がった有珠山火口原展望台573が遠望できます。そこから真っ直ぐ降りている階段が分かりますでしょうか。
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やっと東屋と山小屋風のトイレに到着です。登山道はこの先まで続いていて、有珠外輪山展望台531へは10分程度で行けますが、今日はここで引き返すことにします。
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ここから望む小有珠(左)と有珠新山(右)です。麓には銀沼大火口の大きな火口原が広がっています。この銀沼大火口も1977年の噴火の際に出来たものです。
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帰りは当然のように600段の階段を登らなくてはなりません。もう暑くて暑くて、他に来る人は殆どいませんから、シャツを胸元まで捲り上げてヘソ出しスタイルで有珠山火口原展望台573へ向かいます。

明るいと思っていましたが、もう午後4時です。山麓駅でソフトクリームを食べて、一路七飯まで帰ります。洞爺湖有珠ジオパークは一度来て見たいと思っていましたが、大満足で来た甲斐がありました。
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洞爺湖有珠ジオパーク ②西山山麓火口散策路

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次にビジターセンターから車で10分くらいのところにある西山山麓火口散策路へ行ってみました。
2000年の噴火の際に出来た有珠山北西山麓火口群跡に作られた散策路です。

まず目に入るのが元消防署の庁舎とその山側に出来た西新山沼です。一時停止の「止まれ」の標識があるようにこの沼の下には国道が走っていました。乗り捨てられた車が無残な姿を晒しています。
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さらに進んでいきますと、道路上の断層群が見えてきます。正断層の落ち込みで生じた地溝(グラーベンともいいます)で、大地の著しい隆起のために地表が引っ張られて割れ、部分的に陥没して出来たものです。
噴火の前は、私たちが歩き始めた洞爺湖側から噴火湾に面するJR洞爺駅へ向かって下っていました。それがほぼ中間部で75mも隆起したといいますから、マグマの威力というか凄さを感じてしまいます。
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本来は下っていたのですが、現在は結構な勾配の枕木の木道を登って第1展望台、第2展望台と進んでいきます。ここまで来ますと、羊蹄山、洞爺湖そして目を転じますと噴火湾を望むことが出来ます。
あいにくの異常高温のため山並みが霞んで、羊蹄山はかすかにしか見えません。
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第2展望台がピークで、ここから噴火湾の方へ下っていきますと、被災した菓子工場が見えてきます。地表の不規則な隆起によって、かろうじて建物の面影をとどめているような感じです。19年という歳月もあるのでしょうが、今まさに大地というか自然の中に呑み込まれていきそうです。
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すぐ近くに19年前は新築だったと思われる民家があります。ちょうど家屋の直下で断層が出来、真っ二つに壊れてしまっています。道路に面したところには立派な門と車庫があり、壊れた車も放置されています。眼下に噴火湾が望めますし、一帯は良質の豆の産地だったようですから、とても綺麗な景色が広がっていたことが想像されます。
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さらに歩みを進めますと、火口から600mのところにあった「とうやこ幼稚園」があります。
大きな噴石が飛んできて、壁や屋根が破壊されていることが分かります。真ん中にある瓢箪池の水位が傾いていますし、手前の滑り台も隆起によって勾配がとても急になっています。

地震、津波、台風、水害そして火山と毎年のように自然災害が猛威を振るっていますが、こうして遺構の数々を目の当たりにしますと、改めて自然災害の怖さを感じてしまいます。命を守る上で教訓にしないといけないなと思っています。
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洞爺湖有珠ジオパーク ①金比羅火口災害遺構散策路

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ユネスコの世界ジオパークに認定されている『洞爺湖有珠ジオパーク』へ二人で行ってきました。
カルデラ湖としては日本で3番目の大きさを誇る洞爺湖、そして1977年と2000年に噴火を繰り返した有珠山を中心とした、伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町にひろがるジオパークです。

まず湖畔にあるビジターセンターでパンフレットをいただき、係の方から散策路の説明を受けてスタートです。センターの裏手から直接「金比羅火口災害遺構散策路」に行くことが出来ます。
午前10時の段階で、すでに気温は30℃近くまで上昇しており、少し歩くだけで汗が噴き出してきます。風があまりありませんし、火山遺構ということで木陰もあまり期待できませんので、せめて水分補給を怠らないようにして歩くことにします。

まず最初に目に飛び込んでくるのは、「桜ヶ丘団地」の建物です。
5階建ての公営住宅が3棟あったのですが、火口から溢れた熱泥流によっていずれも1階部分は埋もれてしまいました。203世帯378人は家財道具も取り出せない状態で避難したようです。現在は3棟のうち1棟だけが遺されて保存されています。
建物の左手裏の2階部分の角に大きな傷跡があります。これは5枚目の写真にあります「木の実橋」の橋梁がそのまま泥流に流されてきて激突した痕跡なのだそうです。
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すぐ近くには「やすらぎの家」があります。
1988年に建てられた町営の公衆浴場で、地元の人たちの憩いの場として、また観光客との交流の場として利用されていました。噴火前年の1999年に改装したばかりと言いますので、町民の無念さが伝わってくるようです。同様に泥流で1階部分が埋まっています。
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公営住宅に激突した国道230号線に架かっていた「木の実橋」の橋梁です。
泥流に持ち上げられて100mも流されてきたそうです。橋桁や街路灯までもがそのままになっていて、泥流の凄まじさを思い知らされます。
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散策路(フットパスコース)を進んでいきますと、大小の火口が散在しています。
そのうちの「有くん火口」。2000年の噴火で出来た火口としては最大であり、火口原の窪みには水がたまって池になっています。池の深さは10mほどで、深いエメラルドグリーン色をしていて神秘的です。
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4月と5月のピアノ

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日本ピアノ調律師協会のカレンダーの4月のピアノを忘れていましたので、5月と一緒に紹介します。

4月は「スピネット」でした。
グランドピアノ型の物を「チェンバロ」、弦が真横に張ってあるものは「ヴァージナル」と言うらしいです。そして写真のピアノのように弦が斜めに張ってあるのが「スピネット」と呼ばれる古いピアノです。弦が斜めですので、弦長がある割には部屋に置きやすいのだそうです。右のサイドがチェンバロの様にカーブしており、このようなベントサイドのあるものは「ベントサイドスピネット」と言うようです。
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5月のピアノは「テーブルピアノ」です。
写真のピアノを保存展示している武蔵野音楽大学楽器博物館によりますと、製作はエラール、プレイエルに継ぐフランスを代表するピアノメーカーのパープによるものだそうです。パープは今日に残る代表的考案であるフェルト巻ハンマーや弦の張力を分散させる交差弦方式など137もの特許をとる画期的機構を生み出したそうです。
写真のピアノは、パープの特許となった独特な形状の楽器で、鍵盤を奥へスライドさせ、譜面台を兼ねた蓋を閉めると、6角形のテーブルに変身する家具調ピアノです。上流階級の調度品にふさわしい仕上りで、ワーテルローの戦いでその名を馳せたウェリントン公爵も同じピアノを所有していたといわれています。
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仙台うみの杜水族館 ②

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海水魚は勿論のこと、クラゲや淡水魚、そして世界中の魚類、獣類が展示されています。

クラゲは鶴岡の加茂水族館が有名ですが、ここの水族館にもきれいなクラゲがたくさんいます。ゆっくりフワフワと乱舞するクラゲは何となく癒されますね。
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外のスタジアムでは時間によってイルカとアシカのパフォーマンスがあります。イルカやアシカ、ペンギンなどに触れたりすることも出来ます。私はイルカと一緒に泳いでみたいなと思っていました。
どこかの反捕鯨国からイルカのショーが非難されているようですが、こういう議論はお門違いって気がしますね。大海原で自由に泳ぐのが一番でしょうが、恵まれた環境の中で人間と一緒に暮らして、楽しいショーをするイルカがいてもいいですよね。
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ツメナシカワウソもいました。二ホンカワウソかと思いましたが、アフリカが生息域なんだそうです。動きが速すぎて写真を撮るのが大変でした。表情が愛らしくて超可愛いです。雰囲気がダックスフンドに似ていて、思わずペットに欲しいなぁと思ってしまいました。(^^♪
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こちらはヨシキリザメです。「ブルーシャーク」という名のとおり、インディゴブルーの背中と真っ白な腹部とのコントラストが見事で世界で最も美しいサメと言われています。
フカヒレの原料となるらしく、宮城県が日本有数の水揚げを誇っているそうです。ただ、飼育例はほとんどなく、育てるのがとても難しいサメなのだそうです。
5/21の時点で、誕生してから299日目で、長期の飼育に挑戦しているようです。ここの水族館でしか観ることができないとのことです。まだ子供ですから体長は1mほどです。P5210242
バックヤード見学ツアーにも参加してみました。
普段私たちが観る表の顔とはまた違った裏側の様子を見せていただきました。
真上から見る水槽の様子など貴重な体験をさせていただきましたが、若いスタッフの方々の活き活きとした表情や動きがバックヤードから感じられて、あらためていい水族館なのだなと思った次第です。

朝から夕方まで水族館で過ごしましたが、もう少しいてもいいかなと思いつつ水族館をあとにしました。また、機会がありましたらぜひ来たいと思っています。
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仙台うみの杜水族館 ①

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プチ旅行の最終日(5/21)は、これも楽しみにしていた『仙台うみの杜水族館』へ行ってきました。
JR仙台駅から仙石線に乗って約18分ほどのところにある「中野栄駅」で下車します。ここのバスターミナルから30分毎に出ているシャトルバスに乗ると10分ほどで水族館に到着です。

いろいろなところの水族館を観ていますが、ここの水族館は5本の指に入るくらいに素晴らしいです。
最大の見せ場は25,000匹のカタクチイワシが乱舞する大水槽です。カタクチイワシのトルネードを観ているだけで一日が過ごせそうな気がしてきます。この大水槽は屋根のない構造になっていて雨などは直接降り注ぐようですが、それだけに天気のいい日はダイビングをしているような気持になるそうです。

親潮と黒潮がぶつかる恵まれた南三陸の海の魚たちがいっぱいいて最高です。
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『シルク・ドゥ・ソレイユ』キュリオス仙台公演

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八戸駅から仙台駅へ、そして常磐線に乗って駅ひとつ、長町駅に到着です。
今回のプチ旅行の最大イベント、『シルク・ドゥ・ソレイユ』キュリオス仙台公演です。
創設された30年前から一度は観たいと思っていたのに実現しなかった『シルク・ドゥ・ソレイユ』、やっと念願がかないました。

フランス語で"Cirque du Soleil"と書きますので、直訳すると「太陽のサーカス」となります。1984年にカナダのケベックで創設された集団なのですね。
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長町駅を出ますと巨大な仮設のテントが目に飛び込んできます。
東京、大阪、名古屋、福岡そして仙台が日本での最後の「キュリオス」公演となります。
ドームは二つあり、奥の方はステージと客席、手前はグッズ販売やフードコートになっています。
ご覧のように溢れんばかりの観客で圧倒されそうな雰囲気です。
いやがうえにもテンションが上がってきます。
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幸運なことに前から4列目という願ってもない席をゲットしていましたので、迫力のある美しいステージを手が届くような距離で楽しむことが出来ました。
人間の持てる能力の限界まで追求したパフォーマンスの素晴らしさは勿論ですが、 生演奏、照明、舞台美術、衣装、振付に至るまでもが完璧に仕上げられていて、その凄さに言葉を失いました。

今回の「キュリオス」は今月末で終了しますが、次回の日本公演はぜひご覧になってください。私も何度でも観たいと思っています。超一流の技と芸術性を融合させた『シルク・ドゥ・ソレイユ』、どの演目も凄すぎます。

最後はスマホのみ写真のOKタイムがあります。私の行った日が「キュリオス」の133万人目達成ということで、タレントのキンタローさんがみえてセレモニーがありました。
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「森のホテル」での一日

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「銚子大滝」で乗ったバスは歩いてきた渓流を下流に向かって進みます。バスから眺める渓流の景色もなかなかいいです。「奥入瀬渓流館」でバスを降りて、少し待っていますとホテルの車が迎えに来てくださいました。
森の中にあるリゾートホテル「森のホテル」に宿泊です。
大きなホテルではありませんが、奥入瀬の深い森に包まれて静かでとてもいい感じのホテルです。
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家にいる時はいたって「粗食」ですので、この日のディナーを楽しみにしていました。(^^♪
テーブル越しに眺められるガーデンの雰囲気がいいですし、ココロにもカラダにも優しいという「奥入瀬キュイジーヌ」もとても美味しかったです。
そうそう、温泉は八甲田山麓の「猿倉温泉」から引き入れているそうで、少し硫黄の匂いのするいい温泉でした。滞在中はいつでも入れますので、殆ど温泉三昧と言った感じでした。
静かにゆったりとリゾート気分を味わうことのできるおすすめのホテルです。
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翌朝は11時に八戸駅までの送迎がありますので、朝食後はゆっくりとホテル周辺の散策に出かけてみました。十和田湖温泉郷までは30分程度で往復できますし、ホテルのカフェテリアで寛ぐのもいいです。
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奥入瀬渓流散策 ②石ヶ戸~銚子大滝

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5.3km歩いて「石ヶ戸」に到着です。
「石ヶ戸」には軽食の摂れる休憩所があり、車が停まれる駐車スペースもあります。
私たちもここでお昼を摂ることにしました。
ここから「子ノ口」にかけては人気のある見どころが多くなってきます。
「千筋の滝」「雲井の滝」「白布の滝」「玉簾の滝」「白絹の滝」「九段の滝」「銚子大滝」などの滝や、「石ヶ戸の瀬」「阿修羅の流れ」「飛金の流れ」など変化に富んだ渓流美を堪能することができます。
十和田湖から流れ出る水量がコントロールされていますので、川岸の浸食は殆どなく、そのこともあって川とあまり高低差のないところに遊歩道が設置されている唯一の渓流と言われています。本当に渓流の中を歩いているような感じです。
秋の紅葉も見事ですが、初夏の新緑もとても綺麗です。

写真を撮ったりベンチに座って休憩したりと、ゆっくり歩いて5時間ほどで目的地の「銚子大滝」に到着です。ここからはバスで出発地の「奥入瀬渓流館」へと戻ります。時間にもよりますが、30分毎にバスが来ますのでとても便利です。

遊歩道が完備していますのでスニーカーなどで大丈夫ですが、雨が降ると部分的な泥んこになりますのでブーツなどがあった方がいいです。
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奥入瀬渓流散策 ①奥入瀬渓流館~石ヶ戸

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バスは10時を少し過ぎた頃に下流部に当たる焼山の「奥入瀬渓流館」に到着です。
荷物をコインロッカーに入れ、十和田湖畔の子ノ口近くの「銚子大滝」まで散策です。
距離は約12.6km、高低差は約200mです。
奥入瀬渓流のメインは「石ヶ戸」から「子ノ口」と言われ、この間が人気スポットになっています。
ただ、一昨年の秋に歩いた感じでは、この「渓流館」から「石ヶ戸」の間がより魅力的に感じましたので、今回もここからのスタートにしました。
「紫明渓」、「黄瀬」、「三乱れの流れ」など静かな渓流美を堪能できるスポットが沢山あります。

※標題が「奥入瀬渓流館~石ヶ戸」となっていますが、写真の枚数の関係で「石ヶ戸」以降の写真も混じっていることをお許しください。
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残雪の八甲田の麓を越えて新緑の奥入瀬へ

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5/19から数日のプチ旅行に行ってきました。新幹線で青森まで行き、そこからバスで八甲田の麓を越えて新緑の奥入瀬渓流までの計画です。
朝一番の新幹線に乗り、新青森から青森駅に移動して、バスターミナルからJRバスの「みずうみ号」に乗ります。家を出てから目的地の奥入瀬渓流館までの約4時間の旅程です。新幹線のお蔭で信じられないような短い時間で十和田湖まで行くことが出来るようになりました。

バスは険しい山道を一路八甲田山麓を目指して登っていきます。途中経由する豪雪で有名な酸ヶ湯温泉が標高925mといいますから、一気に登るといった感じです。

萱野高原(520m)から眺める残雪の残る八甲田連峰の山並みです。最初の休憩地の萱野茶屋もすぐ傍です。
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八甲田ロープウェイ駅、酸ヶ湯温泉を過ぎますと左手に青い色が神秘的な「地獄沼」が見えてきます。はるか昔に噴火した爆裂火口跡だそうで、近くから湧き出る温泉水がこの窪みに貯まって出来た沼のようです。周囲にはまだ1~2mほどの雪が残っていて、さすがに豪雪地帯と思ってしまいます。
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次の休憩地は峠を越えて十和田湖に近い蔦温泉(標高470m)です。温泉旅館の近くには「蔦の七沼」という7つの沼があり、それらを散策する「沼めぐりの小路」が整備されています。紅葉の季節は見事に色づくようですから、秋にまた来て沼巡りをしてみたいと思っています。
ここを出ますと、目的地の「奥入瀬渓流館」はもうすぐです。
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『ニムロッド』 上田岳弘

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第160回の芥川賞受賞作品、上田岳弘の『ニムロッド』を読み終えました。

『ニムロッド』の主人公は、都内のサーバ保守会社に務める38歳の中本哲史です。〈ナカモト・サトシ〉という名前のせいもあって、保守会社の社長から部下のいない一人だけの「仮想通貨」担当部署の課長を命じられます。業務内容は、余剰のサーバーを使って「金を掘る仕事」と呼ばれるビットコインのマイニングが主だったものです。
ちなみにマイニングと言うのは、仮想通貨の取引をチェックし、ブロックチェーンという取引台帳に追記していく作業のことです。また、〈ナカモト・サトシ〉という人物はビットコインの生みの親であり、現在のところ国籍・性別など正体はまったく不明というです。

中本は、物事への関心がまったくないわけではないのですが、自分に不必要なことはバッサリ切り捨てることができるイマドキの若いサラリーマンです。平穏に日々を生きることすら難しくなってきている現代、いちいち細かいことに目を向けていたらとても耐えられませんから、彼の生き方は現代的に言えば「普通」なのかも知れません。

もうひとりの主人公は、仕事に行き詰って今は実家近くの名古屋支社で勤務しつつ小説家を目指している中本の先輩の荷室(にむろ)という男です。中本とは反対に、自分とは何かということを常に検証し考察し続けている人物です。中本へ「駄目な飛行機コレクション」なる文章をメールで送り付けているのも彼です。
この「駄目な飛行機コレクション」は「NAVER まとめ」で見ることが出来ます。結構笑えるようなダメな飛行機ばかりですが、当時は最先端の技術を用いたもので製作者たちの熱い情熱が感じられます。楽しいですから是非ご覧ください。

そして、もう一人の登場人物が、恋人とは言えないものの中本と週に何度か会う関係にある外資系企業エリート社員の田久保紀子です。中本や荷室とは違い、文中では彼女だけが勝ち組というか成功者です。ただ、彼女も仕事の重圧に押しつぶされそうな精神状態におかれていることもあり、中本や荷室の生き方に共鳴し、彼らと接触することで安らぎを得たりしています。

物語は、ビットコインという仮想通貨をモチーフに、それとは対極的な「駄目な飛行機コレクション」が相互に絡まりつつ、イマドキの若いサラリーマンたちの生活が淡々と綴られて進行していきます。

完璧なまでのシステムで構成された仮想通貨という我々世代から見ると何とも不可思議な仮想空間が今の世の中に同時進行的に動いているわけですが、以前に読んだ『ホモ・デウス』での驚愕の未来社会を思い出さずにはいられません。21世紀入り、企業はこぞってミスを減らそうと品質管理に一生懸命ですし、個々人は「健康」「長寿」が最大の目標になっているのは知っての通りです。我々人類は『完璧な存在』になろうとしているのは間違いありません。
その延長線上に人間以上に賢い人工知能(AI)が生まれようとしていますし、高度生殖医療や遺伝子工学といった科学の発展が、人間の能力を強化したり永遠の命だって可能になるかもしれません。神のごとき科学技術と、莫大な富を手に入れた後で、人類は次に何をしたいと思うのでしょう。
荷室の書いた小説の中で、すべての望みを得て王となったニムロッドが感じる虚しさや、文中小説の登場人物が抱く悩みを見ていますと、近未来を生きる私たちや次の世代に生きる者たちへ現実が突きつけられているような気がしました。

結局のところ私たち人間は、完璧なものではなく、何となく失敗する「人間的な」ものや「駄目」ながらも努力したものに魅力を感じるのかも知れませんね。令和世代以降は違う感覚になるのかも知れませんが・・・
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細々ながら継続してフルートの練習を続けていましたので、久々に演奏をアップしてみます。
いつまでたっても上達しなくて、お恥ずかしいのですが、お聴きいただければ嬉しいです。

1959年のミュージカル『サウンドオブミュージック』の中の歌われる「エーデルワイス」を吹いてみました。トラップ大佐がドイツに併合されていく祖国オーストリアを想って歌っていましたね。
この白く可憐な花は、スイスとオーストリアの国花にもなっている花です。日本にも似たような花でウスユキソウがあり、北海道にも礼文島や近くの大平山などに生育しています。写真の花は、オオヒラウスユキソウで、北海道大学付属植物園で撮影したものです。

楽譜とピアノ伴奏音源は、「楽譜ダウンロード販売工房」から購入しました。吹きたい曲の楽譜が沢山あり、ワクワクしながら次の曲をチョイスしています。(^^♪

《画面をクリックしていただきますと演奏が始まります》

トラピストを望む小高い山へハイキング

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昨日(5/12)の日曜日、芝桜園へ行く前にトラピスト男子修道院の裏にある丸山(482m)に登ってきました。トラピストに通じるスギ林道路の脇から見える小高い山が丸山です。低いながらも独立峰のようで私の家からも良く見える山です。
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トラピストの周囲は濃いピンクの八重桜が満開で、とても綺麗です。正面のスロープを登って行った先が修院の建物で、ルルドや登山道は左の道を進んでいきます。ここからルルドまでの道は牧歌的で私の大好きな散歩道です。
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少し登ったルルドからは春紅葉に染まる丘、そして小島のような函館山を見ることができます。1920年から4年間にわたって文学講師として修院に滞在した三木露風もこの景色を楽しんだことでしょう。あの童謡「赤とんぼ」や「野ばら」は、この地で作られたそうです。「野ばら」といっても野原などで見かけるノイバラではなくハマナスだったらしいですね。
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少しずつ標高を上げていきますと、途中に展望台という少し開けたところがあり、ここからの眺望もおすすめです。手前には修院の本館、そして広大な農地、その奥には碧い津軽海峡が一望できます。爽やかな春の風に乗って礼拝か日課を知らせる鐘の音が聴こえてきます。この景色は日本でないような気がしますね。
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ここからは尾根伝いに頂上を目指すのですが、途中の木々の若葉が目に眩しいくらいに美しいです。シラネアオイなど初夏の北海道を彩る花々が沢山咲いていました。
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ゆっくり登って1時間ほどで頂上へ到着です。木々が生い茂ってあまり展望はききませんが、木々の間から駒ケ岳を望むことが出来ました。まだ少し雪が残っているようです。
キアゲハが山頂付近で沢山飛んでいて、盛んにスミレの蜜を吸っていました。他の花もありましたが、スミレが好みなのかも知れません。庭で見かける時にはとても警戒心が強いのですが、ここでは手にも止まるのではと思うほどにフレンドリーです。やはり山の蝶はのんびりしているようです。
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木古内町の芝桜園へ

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朝から好天の日曜日、隣町の木古内町にある「札苅村上芝桜園」へ行ってきました。
国道の道路沿いですから車で通っただけで「わぁ~」と歓声をあげたくなるほどに見事です。
村上さんご夫妻が丹精込めてここまで育てられたようです。
芝桜と言うと赤・白・ピンクくらいしか知らなかったのですが、花の色からグラデーション、そして大きさといろいろな種類があるのには驚いてしまいます。
すぐ後ろが線路ですから、道南いさりび鉄道やTRAIN SUITE 四季島などの列車が背後を通った時に撮影するともっといい絵になりそうな感じがしますね。
北海道新幹線の木古内駅で降り、道南いさりび鉄道に乗り換えて、ひとつ目の札苅駅からすぐです。
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『ノースライト』 横山秀夫

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横山秀夫の『ノースライト』を読了です。

主人公は一級建築士の青瀬稔。バブル崩壊の頃に一時仕事を失い、結婚生活も破綻して中学生のひとり娘とは月1回の面会日に喫茶店で会うだけの関係にあります。バブル前の情熱は失せ、ただ注文に合わせて図面を引く日々を過ごしていたのですが、ある日、施主の吉野という男から〈あなた自身が住みたい家を建てて下さい〉という依頼を受けるのです。それは浅間山を望む信濃追分の地に、ノースライト(北からの光)を存分に取り込んだY(吉野)邸の設計でした。彼の手による「木の家Y邸」は雑誌に取り上げられるなどして絶賛されることになります。
ところが引き渡しから4ヶ月が経ってもY邸には誰も住んでいないという驚くような知らせが届くのです。設計事務所のオーナー岡嶋とともに信濃追分のY邸に赴くのですが、そこに残されていたのは、浅間山を望むように置かれた古ぼけた一脚の椅子だけでした。それは昭和初期にナチス政権による迫害から逃れるために日本に渡ってきたドイツの近代建築家ブルーノ・タウトのデザインにとてもよく似ているものでした。
吉野が失踪した謎と、ブルーノ・タウトの足跡を追って高崎、熱海、仙台と物語は展開していきます。それは青瀬自身の生い立ちと深い関係があり、終盤に向けて謎はループのように繋がっていきます。

ミステリーと言うよりも感動の人間ドラマともいえる内容でした。建築の世界には疎いのですが、自身が設計した建築物への思い入れと言うのは私の想像を超えるもので、それだけに住む人たちの暮らしぶりも気になるものなのでしょうね。
読み進むとともに、ブルーノ・タウトが妻エリカと2年間ほど暮らした高崎市の少林山達磨寺にある洗心亭や、彼が絶賛した京都の桂離宮などへも行ってみたいなと思ってしまいました。
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珈琲 『ナリーニョ・コンサカ』

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久しぶりにコーヒーの話題です。
今回は紹介し忘れていたコロンビアの『ナリーニョ・コンサカ』です。おすすめのシティーローストにしてみましたが、これも美味しいコーヒーですね。上手く表現が出来ないのですが、甘みと深みのある苦味そして微かな酸味、そのバランスというか調和のとれた一品と思います。おすすめです。

例によって発売元の説明ですが・・・
ナリーニョはコロンビア南西部に位置し、北緯1度というほぼ赤道直下にあります。火山性の肥沃な土壌であり、しかも標高2,300mの高地という地の利を得て美味しいコーヒー豆を栽培しています。
ブラジルに次いで生産量の多いコロンビアですが、このコンサカ地区というのは0.5~1.5ヘクタールほどの小さな零細農家が主体で、細々としたコーヒー栽培で生計をたてています。2,000mを超えるような高地でしかも急斜面栽培ですから、すべてが手摘みで大変な重労働を強いられているようです。

生豆を手に取ってみましたが、粒が揃っていてとても良いコーヒー豆ということが分かります。ほんの数パーセントの形の良い豆だけをピックアップ(ハンドピック)して流通に乗せているのだと思います。フェアトレードのことは前にも書かせていただきましたが、美味しいコーヒーを毎日のように楽しんでいる私たちは少しは彼らのことにも思いを馳せて飲まないといけないかなと思っています。
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五稜郭公園の枝垂れ桜

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長~い連休が終わり、今日から通常の生活へ戻られた方が多いことと思います。
私も非常勤の仕事が再開しましたので、いつもよりもちょっと緊張した朝を迎えました。

仕事帰りに、ほぼ1週間ぶりに五稜郭公園まで歩いてみました。
堀の花筏を期待していたのですが、昨夜の強い風と豪雨でことごとく撃沈したようで、花びらの欠片すら見ることは出来ませんでした。

ソメイヨシノが終わった頃に咲きはじめる園内の枝垂れ桜が楽しみで毎年のように見に来ているのですが、今年は枝が折れたのか無残な姿になっていました。小さなピンク色が可愛い桜で、子供の頃から楽しみにしている桜だけにとても残念に思っています。台風か豪雪で太い枝が折れたのでしょうね。
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お昼は大好きな六花亭です。連休中はとても混んで無理でしたが、今日はあまり待たずにらくらく席に着くことが出来ました。十勝おこわの定食です。十勝産のいろいろな豆がたくさん入っていて、とても美味しいです。

いつものお菓子に加えて、新発売のかりんとう「極楽」もお買い上げです。黒糖ですが、あっさりしていて私好みです。サクサク感もなかなかいい感じです。あっさり系ですからコーヒーにもとても合いますよ。北海道の空港などで見かけましたらぜひお買い求めください。
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シラネアオイを求めて函館山へ

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そろそろシラネアオイの咲くころと思い一昨日(5/4)に函館山へ行ってきました。連休中はどこも人でいっぱいですが、函館山も手ごろな低山ですので家族連れなどで賑わっていました。
お目当てのシラネアオイですが、今まさに咲き誇っているという感じで沢山咲いていました。山野草の中では結構大きな花ですから、登山道の脇に咲いていると目につく花ですね。
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函館山も新緑の季節を迎えて、緑が眩しくなってきました。
花の様相も季節とともに少しずつ変わってきており、これからは初夏の花々で賑わっていくことでしょう。
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こちらは日本水仙

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日本水仙と思われる可憐な種類もあります。
前回紹介した西洋水仙と比較しますととても華奢で花が小さくて可愛いです。
もともとは地中海原産ですから、シルクロードなどを経由し中国から日本にたどり着いて野生化したものなのでしょう。
微かに香りがして、何となく愛らしい水仙です。
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陽光も咲いてきて

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今日の函館は21.9℃と午前中を中心に良い天気でしたが、午後は厚い雲に覆われて気温も下がってきました。これから雨が降ってくるかもしれませんね。
午前中に一回りしましたら、陽光桜が咲き出していました。まだ植えて10年ほどの幼木ですが、背丈も伸びて今年は結構沢山の花を咲かせました。ソメイヨシノに似てシンプルな花の形ですが、上品なピンク色の目立つ存在感のある桜です。天城吉野と寒緋桜が先祖といいますが、よくこんな綺麗な桜を作れたものと感心しています。
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ソメイヨシノはまだ頑張っていますが、こちらも薄ピンク色に少し色を纏って、ハラハラと散りだしました。池があると花筏になるのでしょうが、残念ながら無いので、せめて桜吹雪になればと思っています。追うように八重桜とウコン桜が少しずつ蕾の端を広げてきました。
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ナルキッソスの化身の花

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ギリシャ神話でお馴染みの美少年ナルキッソスの化身の花と言えば、「水仙」。
裏の雑木林に今年も沢山の花が咲き出しました。
いろいろな種類を少しずつ植えたものですが、年とともに数が増えて、ちょっとした水仙畑のようになってきました。
まず、花弁の黄色い種類です。
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そして花弁の白い種類です。
真ん中の筒状のものは副冠と言うらしいですが、形も色もいろいろとあるものですね。
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北海道の花粉症の代表格は白樺

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北海道にはスギ花粉症はないといいますが、家の裏にスギがありますので、少なからずスギによる花粉症はあるのかも知れません。ただ絶対数が少ないので、目立たないのでしょうね。
北海道の春の花粉症と言いますと、白樺によるものが代表的です。
私もかれこれ40年間も白樺の花粉症に悩まされています。特に我が家の周りには白樺が沢山あり、花粉の中で暮らしているような感じですので、春は仕方がないのかも知れません。
ただ、ここ10年ほどは劇的に症状が軽くなってきており、今はほとんど症状が出ないような状況になっています。
10年前からと言うと、ちょうど水泳を始めた頃と時期を一緒にしており、水泳の効果かなと思っているのですが、どんなものでしょうね。週1~2の水泳で自律神経が鍛えられたと思いたいのですが、プールの水で鼻の粘膜についた花粉が洗われるという仮説も成り立ちそうな気もしています。
外野席からは、「加齢に伴って免疫機能が低下してきているからなのでは」との声も聴こえてきていますが・・・。いや、絶対に水泳の効果ですよね~。(^^♪

そんなことで、裏庭に自生している白樺、サワシバの雄花、そしてネコヤナギの若い果実と思われるものをパチリと撮ってみました。
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