カテゴリ:
西加奈子の『 i (アイ)』を一気に読み終えました。
主人公は1988年にシリアで生まれたワイルド曽田アイという名前の女性。赤ん坊の頃に混乱のシリアから奇跡的にニューヨークに連れてこられ、米国籍のダニエルと綾子夫婦の養子になって、小学6年生の時に父の転勤にともなって来日します。高校生になり、選ばれた自分の身上と恵まれた環境に罪悪感をおぼえるのですが、そんな彼女に安らぎを与えてくれるのが数学でした。本作のタイトル「i」には虚数という意味もありますが、本文中には通奏低音のように「この世界にアイ(i)は存在しません」というフレーズが何度も語られ、アイの心情を代弁します。

テヘランで生まれ、カイロで育った西さんですから、中東とりわけシリアのことについてお書きになりたかったのでしょうね。些細な子供の悪戯が事の発端だったというシリアの内戦、大国の思惑がぶつかり合い、敵か味方か分からないほどに膨れ上がった武装集団の争い、本当にシリアに平和な日が再び訪れるのだろうかと思ってしまいます。
この小説ではありませんが、自分もなぜ戦火の止まない中東や欧州に押し寄せる難民キャンプの中ではなく、平和で豊かな日本に生まれてきたのか不思議に思うことがあります。誰しも自分の生まれる場所や時代などを選べませんもね。そんな日本も70年ほど前までは同様の戦火で悲惨な状態にありました。母が若い頃に「お前は戦時中に生まれていたら、甲種合格だったね」と呟いていたのが記憶に残っています。ちょっとだけ早く生まれていたら、今頃は桜に錨の金ボタンをつけて海の藻屑と散っていたかもしれません。そんなことを思い出してしまいました。

そうそう、西さんは人と人との繋がりも大事にされているようですね。この小説の主人公の名前は「アイ」、中学校で知り合った親友が「ミナ」、そして原発反対のデモで出会い恋人そして所帯を持つようになる写真家の男が「ユウ」といいます。「アイ」は愛、英語の私、「ミナ」はみんな、そして「ユウ」は友、英語のあなた。何となく西さんの暖かいメッセージを感じてしまいます。

今年の本屋大賞にもノミネートされたようですが、なかなか読み応えのあるいい本です。
P1230020
にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ