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2015年03月

最後のテン場 プユパタマルカ到着

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雨具を着たり脱いだりしての歩きでしたが、トレッキングの最後のテン場プユパタマルカに到着しました。6時間、8kmの行程でした。天気が良いとビルカバンバ山群の最高峰サルカンタイ山(6,271m)を展望できるのですが、あいにくガスがかかっていて望むことが出来ませんでした。

お世話になったコック、ポーターさんの一部とは明朝でお別れということで、夕食前にお別れのセレモニーが行われました。 美味しい三度の食事、荷物の運搬、テントの設営など彼らのサポートなしにはトレッキングは不可能でした。個人的には濡れたザックやブーツを乾かしていただいたこともあり、別れはちょっとつらいものがありました。イマドキの日本にはいない格好いい男たちでしたね。

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夕食のデザートはコック長がとびっきり美味しいケーキを焼いてくださり、皆で歓声をあげながらいただきました。こうしてトレッキング最後の夜は静かにふけていきます。明日はいよいよマチュピチュです。

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トレッキング3日目 プユパタマルカヘ

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トレッキング3日目は、ルンカクラカイ峠(3998m)を越えて、次のテン場プユパタマルカ(3770m)を目指します。2日目の難関をクリアしましたので、少しだけ心に余裕が出来てきたような気がします。

昨日からかかっていたガスが少し切れたころにスタートです。すぐ急坂にかかりますので、ちょっと立ち止まって振り返って見ると、急斜面に広がるパカマヨのテン場を望むことが出来ます。沢山あったテントはほとんど撤収されて、ポーターが次々に運び出している様子が見えます。

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峠の近くに、ケチュア語でルントゥ(卵)ラカイ(建物)と呼ばれるルンクラカイ遺跡が見えてきます。関所と旅籠を兼ねた場所らしく、インカの飛脚「チャスキ」や訪れる旅人の宿場、食料物資の貯蔵庫として使われていたようです。峠を下って稜線上に突如現われるサヤクマルカ遺跡を経由して、サルカンタイ山(6,271m)を望む3日目のテン場プユパタマルカへ向かいます。

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インカ道 道端の花々 その1

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インカ道の道端にはいろいろな花々が咲いています。特に雨季は比較的高温で多湿になることもあって、花の種類も多いようです。沢山の花の写真を撮りましたが、そのなかのほんの一部を掲載します。リーダーの渡部さんから花の名前をお聞きしましたが、残念なことにメモを取っていないこともありすべて忘れてしまいました。(苦笑)

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やっと2日目の宿泊地 パカマヨ到着

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やっと2日目のトレッキングを終え、宿泊テントのあるパカマヨ(3650m)に辿り着きました。山の急斜面に張り付くようにキャンプ地が広がっています。テントもカラフルで、各国からのトレッカーで賑わっています。

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朝昼夕と3食、コックさんが腕によりをかけて美味しいものを作ってくださいますので、ちょっとお料理をご紹介します。必ず前菜かスープ、メイン・ディッシュ、そしてデザートが出ますが、毎回違うものが出ますので、お料理もトレッキングの楽しみの一つになっています。
私は海外に出るときには日本食は一切持ちませんが、今回のボリビア、ペルーの料理も、ともに口に合ってとても美味しくいただくことが出来ました。その国の料理に馴染めるということも、海外で体調を保つ上では大切なことかなと思っています。

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トレイルの最難関 ワルミワニュスカ峠を越えて

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2日目はトレイルの最難関ワルミワニュスカ峠(4198m)を越えて、今日のテン場パカマヨ(3650m)にいたる11km、約7時間の行程です。高低差1250mを一気に登り、急坂を700m下るという少し厳しいコースです。2日目からは村落はありませんので、仮に体調不良や怪我で動けなくなった場合は、ヘリコプターなどを要請して搬送してもらうことになります。
まずは、ハミング・バード(ハチドリ)がお出迎えです。

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少しずつ高度を上げていきますと、目指すワルミワニュスカが見えてきますが、まだまだ遥か先ですので、呼吸を整えて一歩一歩前へ進みます。山肌の一本道の先に先行するパーティの喘いでいる姿が見え隠れします。先を思いやるとちょっと気が重いのですが、引き返すことは出来ませんので、マチュピチュでの出会いを夢見て歩みを進めます。

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ジャングル地帯に入ってきましたので、湿度が一気に高くなってきます。緑色のきれいなヘビやトカゲなどが突然姿を現したり、ランなどの花々が道端に咲き乱れて、疲れた体を癒してくれます。インカ道の脇を流れる清流も、そっと手を差し入れると冷たくて気持ちがいいです。大アマゾン川の源流の一つなのでしょう。

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そして、ついに最難関のワルミワニュスカ峠に到達です。遥か眼下に辿ってきたルートを望むことが出来ます。凄いところを登ってきたものと我ながら感心してしまいます。

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雨具を着ての登りでやや蒸れ加減でしたが、体が冷えてきましたので、感慨に浸る間もなく降りる準備です。今度は谷に沿ってパカマヨまで一気に700mを下ることになります。それにしましてもインカ道の石段の落差は大きく、登りも大変ですが、特に下りは膝に相当の負担がかかります。
私たちはただ歩くだけですが、断崖絶壁のようなところにルートがあったりしますので、インカ時代にこれだけの石組みを築くには並大抵の労力ではなかったことが偲ばれます。

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初日の宿泊地ワイリャバンバ到着

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夕方3時過ぎに最初のテン場ワイリャバンバ村に到着しました。
すでに食事用および宿泊用のテントが設置されており、簡単に体を拭くためのお湯も各自に配られます。ここには数軒の人家があり、そのうちの一軒の庭先をお借りするような形で宿泊をします。コックさんたちは美味しい料理を作ろうと奮闘しています。
夕食後はヘッドランプだけが頼りの漆黒の闇になりますので、7時半ころには寝袋の中にもぐりこんで寝るしかありません。近くの川のせせらぎと蛙の声だけがテント越しに聞こえるアンデス山中の最初の夜です。

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さあ・・・ インカ・トレイル出発です

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ウルバンバのホテルで4つに分けた荷物のうち、当面必要の無いスーツケースはクスコのホテルへ、最終日のマチュピチュ村で必要な一泊分の着替えなどはマチュピチュのホテルへ先送りして、ザックとポーターに持ってもらう荷物だけをかかえてバスに乗り込みます。ザックは雨具、防寒着、水、行動食程度に比較的軽めにパッキングをし、ポーターさんは7kgまでOKということですので、4日間のトレッキングに必要な装備を持っていただくことにしました。
そして300mほど下ったチルカ近郊のスタート地点ピスカクチョ(KM82)へ到着です。これから4日間、私たちのパーティを支えてくださるコック、ポーターの方々はすでに到着していろいろと準備を進めていました。10名のトレッカーですが、リーダー、ガイド、コック、ポーターなど支援部隊が合計20名も付いてくださり、総勢30名での心強いトレッキングの始まりです。

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スタート地点はマチュピチュに向かう列車の駅にもなっています。手続きをして4日間のトレッキングにスタートです。まず濁流が渦巻くウルバンバ川にかかる橋を渡ります。振り返ると通過列車のなかには大勢の観光客が乗っており、盛んに手を振ってくれます。

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初日は足慣らし程度の緩いアップダウンを繰り返す12km、5時間の行程です。ウルバンバ川沿いの半砂漠のような地帯を歩きます。対岸にはアナバンバ遺跡が遠望でき、振り返れば雪をいただいた秀峰ベロニカ山(5,862m) が雲間から顔を覗かせています。

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ポーターさん達が次から次と私たちを抜いていきます。30キロほどの荷物を背負い、タイヤで作った質素なサンダルを履いて険しい山道を走るように登っていきます。ケチュア語で「アリンラチュ(元気ですか)」と声をかけると「アリンラミ(元気です。こんにちは)」と返してくれます。彼らこそ本当のmountaineerなのでしょうね。

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昼食の場所に到着です。すでに食事用のテント、トイレが設置されており、コック、ポーターさんが拍手で迎えてくれます。ロバなどが見えますが、最初の日のテン場(宿泊地)のワイリャバンバにはコース唯一の村がありますので、ここまでは家畜の行き来があるそうです。

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インカ・トレイルの概説

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すでにインカ・トレイルを歩かれたことがある方がおられるかも知れませんが、少しだけ説明をさせていただきます。
マチュピチュ遺跡を訪れるには、クスコ(あるいはオリャンタイタンボ)から鉄道でマチュピチュ村へ行き、マチュピチュ村から専用バス(30分)でマチュピチュ遺跡を目指すことになります。このようにマチュピチュ遺跡へのアクセスは一般的には鉄道およびバスのみなのですが、唯一例外があり、それがインカ道を徒歩で行くという方法です。インカ帝国が繁栄していた時代、帝国の首都クスコを中心に2万キロとも3万キロとも云われる街道が整備されており、その一つにマチュピチュへと続く道がありました。このマチュピチュに通じるインカ道は、幾多の修復を重ねて現在でも残っており、インカ・トレイル・トレッキングでは、この街道を歩いてマチュピチュを目指します。クスコから82km地点(地図KM82)のピスカクチョをスタートし、標高差1600m標高4200m越えの道のり約45kmを4日間かけてトレッキングします。街道には多くの遺跡がありますので、約500年前と同じ方法でインカ時代の古道を歩きながら遺跡巡りをすることで当時の人々の暮らしぶりをより身近に感じることができます。サルカンタイ(6,251m)やプーマシージョ(5,950m)などアンデスの山々の展望や、様々なランなどの植物の観察も楽しみの一つです。

というインカ・トレイルですが、世界中でとても人気のあるコースで、現在は6ヶ月先まで予約がいっぱいということです。人数制限があり、ガイド、コック、ポーターを含めて500人ということですので、実質トレッカーは200人程度しか入山できないようです。実際に歩いた感じでは、環境との折り合いもありますので、この程度が限度かなという印象を持ちました。なお、2月は整備のため閉鎖されています。

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いよいよ

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長い高地順応のための期間を経て、いよいよクスコから2時間のところにある"インカの聖なる谷" ウルバンバ谷へと向かいます。クスコの標高が3360m、そしてウルバンバは460mほど下って標高2900mのところにあります。いよいよ明日からインカ・トレイルの開始です。パッキングを4つに分けて明日に備えます。ほとんど高度障害の兆候は感じなくなりましたし、血中酸素飽和度も改善されて平地に近い状態を保てていますので、4日間いけそうな気がしています。

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アンデスの動物たち

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クスコで、傷ついた野生動物たちを保護している施設があるということで訪ねることになりました。

まず見たいと思っていたコンドルです。現在、野生での観察はまず無理とのことで、これから向かうインカ・トレイルでも見れる機会はほとんどゼロに近いようです。実際に飛ばしていただきましたが、両翼3m・体重10kg超の巨鳥の飛翔は勇壮で見事です。写真の固体は幼鳥で頭の特徴(無羽毛頭部)がほとんど未成熟です。

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これも見たいと思っていたビクーニャです。リャマ、アルパカは沢山目にすることが出来ましたが、ビクーニャは個体数が極めて少ないらしく、ほとんど目にすることが出来ませんでした。当然のことでしょうが、毛はとても高価なのだそうです。仲間のグアナコも見ることは出来ませんでした。

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これも珍しいインカ犬です。頭の一部だけにわずかに毛が生えていますが、ほかは全身無毛で異様な感じがします。ペルービアン・ヘアレス・ドックとかペルービアン・インカ・オーキッドとか呼ばれ、2001年にはペルーの国家遺産に指定されています。

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そしてコンゴウインコです。日本の動物園でも見たことがありますが、やはり現地で見ると色彩が一層華やかなような気がします。こんな派手なインコが乱舞している光景を見たいものです。

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古都クスコを観光

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復活祭で賑わう古都クスコに到着です。日本で云う「京都」に当てはまる様な街で、人口は約30万人、街自体が世界遺産に登録されています。
美しいパティオのあるホテルで少し休んでから市内観光に出かけます。

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市内には古いカテドラルや教会が沢山あり、また通りに面した建物の一部やサクサイワマン要塞の巨石などにインカ時代の精巧な石積みが見られます。さらに街全体を見下ろす高台に上ってみますと、赤瓦で統一された美しい街並みが遠望でき、いにしえのインカの都の佇まいが感じられます。

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ララヤ峠を越えて古都クスコへ

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チチカカ湖畔のプーノを朝に発ち、途中インカ時代のラクチ遺跡に寄って、400km先の古都クスコを目指して北上しました。ここからはクスコ在住の日本人ガイド・松尾知彦氏ご夫妻がお供をしてくださいます。松尾氏はクスコ在住26年という方で、トレッキングおよび遺跡ガイドとして日本のテレビなどにも出演していますので、ご存知の方もおられることと思います。今回のアルパインのインカ・トレイル・トレッキングの企画に、自らガイド役として申し出られたという経緯があるようです。クライマーとしては勿論のこと、ペルーの大学で講師をしているだけあって自説を展開しての遺跡ガイドはとても楽しく興味深い内容のものでした。インカ・トレイルそして帰路クスコを発つまで、松尾氏ご夫妻には大変お世話になりました。感謝です。

写真は今回の旅の最高地点ララヤ峠(4335m)です。楽しい松尾氏の説明を聞きつつ、圧倒的なスケールの山並みに魅せられた楽しい7時間のバスの旅でした。いよいよクスコです。

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葦(トトラ)で出来た島・・・ウロス島

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プーノの船着場から観光遊覧船に乗って、チチカカ湖に浮かぶ葦(トトラ)の島で有名なウロス島へ行きました。背丈を越えるようなトトラを縫うようにして進み、20分ほどすると島の上に人家のようなものが見えてきます。沢山の島があるのですが、観光船は偏らないように、均等に船をつけ観光客を降ろすようです。私たちが降りた島には幼稚園があったりして、子供たちが賑やかに走り回ったりしています。税金逃れが移住のきっかけになったようなのですが、今では観光収入などもあったりして、なかなか快適な島生活を送っているようです。

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キヌア畑を見ながら国境を越えてプーノヘ

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チチカカ湖のほぼ半分のところにボリビアとペルーの国境があり、今日はその陸路の国境を越えてペルーへ渡ります。道路はチチカカ湖の湖畔に沿ってペルー側へと続いています。沿道にはキヌアの畑が目に付き、今が収穫時期を迎えているようです。キヌアは食べたことがありませんでしたが、こちらでは普通にスープに入れたり、デザートにしたりして食べられています。
窓の外には時間が止まったような風景が遠々と続きます。

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プーノも温暖で静かないいところです。ホテルのテラスから延びる木道を進んでいくと、芽生えたばかりのトトラの中を水鳥が遊ぶ湿地帯が目の前に広がります。
そして夕闇迫るプーノの町並みもなかなか絵になります。

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チチカカ湖畔のコパカバーナへ到着

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ウユニからいったん飛行機でラパスへ戻り、そこから車でチチカカ湖畔の町コパカバーナへ向かいました。チチカカ湖に沿って走りますが、普通の淡水の湖ですし緑も豊富ですので、どこか心が休まる感じがします。依然として高度は高いのですが、湖が近いせいか比較的暖かです。
ホテルに着いてから、町中をブラブラ散策してみましたが、カトリックの聖地ということで巡礼者の方が多く、また選挙が近いということもあって、とても賑やかです。

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イスラ・デ・ペスカ(魚の島)へ

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ホテルから70kmほどのところにあるイスラ・デ・ペスカ(魚の島)へ行ってきました。塩の湖を四輪駆動車で遠々と走ります。「魚の島」という名前は、蜃気楼に浮かぶ姿が魚に似ていることから来ているようです。島の高さは100mほどですが、島全体に巨大なサボテンが林立し、周囲の白の世界との対比が絶妙です。
島自体は古いサンゴ礁で形成されており、アンデス山脈自体が海底の隆起によって形作られた証拠を読み取ることが出来ます。海底が4000mも隆起したこと、そして取り残された海水がウユニ塩湖を作り上げたことに自然の凄さを感じざるを得ません。

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おとぎの国のような塩のホテル

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ウユニ塩湖の畔には数件の塩で出来たホテルがありますが、そのうちの一つ"Palacio de Sal(パラシオ・デ・サル)"に宿泊しました。塩湖の塩を一定の大きさで切り出して、それを積み上げたものです。一つのブロックには塩と土が何層にも積み重なっている縞模様が見られ、不思議な造形美があります。ここでしか味うことの出来ない醍醐味であり、ウユニ滞在の別の楽しみになっているようです。

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ウユニ塩湖の夜明け

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ウユニ塩湖の夜明けも夢のようなひと時でした。真っ暗な空が少しずつ明らみ始め、刻々と空が変化していきます。大空を舞台にした壮大なステージ・ショーを観ているような感じです。涙や鼻水が流れているのも忘れて、見入っていました。

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満天の星に感動

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早朝に起きてウユニ塩湖で星空観察をしました。ホテルから車で20分ほども走ると殆ど人工の光が無くなり真っ暗になります。車から飛び出して空を見上げると、空を埋める満天の星が迎えてくれました。生涯の中でこんなに沢山の星を見たことがありませんので、涙が出るほどに感動です。天の川、南十字がお分かりになりますでしょうか。

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あっ、そうそう・・・星が湖面に反射して足元にも広がっています。上も下も、右も左も360度ぐるっと全部が無数の星で覆われているのです。この様子は想像できないと思いますが、鳥肌が立つというかちょっと怖い世界が展開されています。

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夢のようなウユニ塩湖 -2

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テレビなどの映像で見たあのウユニ塩湖の不思議な世界が眼の前に広がっています。360度ぐるっと見渡しても地平線のかなたまで真っ白な塩の世界です。湖全体に平均して5cmほどの水が張っていますので、空と雲が湖に反射して、その境界が分からなくなっています。まさに声が出なくなるほどの美しさです。
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夢のようなウユニ塩湖 -1

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ウユニ塩湖でおなじみの写真ですが、どのように撮影するのか興味津々でした。ボリビア人のガイドさんはいろいろなグッヅを用意しており、恐竜も小さなおもちゃで、絶妙の遠近法で構図を決めてくれます。ガイドさんはサービス精神に溢れる方々で、ウユニでの楽しい思い出は彼らのホスピタリティがあってのことでした。天候は運次第ですが、この素晴らしい晴天も彼らがもたらしてくれたような気がしています。感謝です。
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絶景のウユニ塩湖

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ラパスから飛行機で1時間、ウユニに到着しました。荒涼とした平原の中に四国の半分ほどの面積といわれる巨大な塩湖が姿を現してきます。テレビなどで映像を見ていましたが、実際に湖面に立ってみますと、感動で声が出ないほどです。今がちょうど雨期の終わり頃であり、とても素晴らしいロケーションを楽しむことができます。地球上にまだこのような絶景が残されていることに驚嘆してしまいます。

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ティワナク遺跡

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昨日は高度に身体を慣らすためにホテルで静養していたのですが、一夜明けても頭全体が膨張しているような感じと頭痛がします。脈も速く、身体が薄い酸素を出来るだけ多く摂りいれようと努力している様子がうかがわれます。日本から持ち込んだパック詰めの袋がパンパンに膨れていますので、気圧が相当低いことが分かります。
そんな状況ですが、朝から世界遺産のティワナク遺跡へ行ってきました。ラパスから2時間ほどのところにあり、広大な敷地のなかにプレインカ期のピラミッドなどの遺跡が点在しています。

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ボリビアのラパス到着

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3月20日のお昼ころに成田を発ち、ダラス、マイアミを経てボリビアのラパス(人口89万人)に21日朝6時半に到着しました。本当にフライト時間が長くて、はるばる来たと言う感じです。ラパス国際空港は、正確に言うと隣接市であるエル・アルト(人口90万人)という高原台地の街にあります。このエル・アルトは標高4071mにあり、飛行機を出るといきなり酸素の濃度が6割程度の中に放り出される感じで、地に足が着かないというか相当に息苦しい気がします。
ラパスはエル・アルトから約500mも下った峡谷盆地の中にあり、すり鉢状に市街が広がっています。他の一般的な都市とは違い、富裕層がラパスの一番低いところに、貧困層がエル・アルトなどの高いところに住むというのも面白い現象です。2014年には道路渋滞の緩和を目的として、ラパス中心部とエル・アルトとを結ぶゴンドラ「ミ・テレフェリコ」が開業しており、雑然とした街並みと新しいゴンドラの対比が不思議な景観を醸し出しています。

宿泊したホテルはラパスの一番低いところの富裕層地域にあります。ホテルの周囲には緑に囲まれたプール付きの豪邸が沢山建ち並んでいます。

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こちらは高原台地にあるエル・アルトからラパスを望んだところです。日干し煉瓦や焼き煉瓦の家並みが雑然と建っています。

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アンデスへの旅・・・序章

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昨年8月、何か面白い企画がないかとアルパイン・ツアー・サービスのサイトをたまたま見ていたときのことでした。憧れのウユニ塩湖とインカ・トレイルの両方を訪れるツアー広告を見つけ、飛びつくように電話をし仮契約をしたのが始まりでした。
切れていたパスポートを取得し、高地登山に必要な健康診断を受けて"excellent"の判定をいただいたものの、悲しいかなここ3年間の登山歴に乏しくて参加許可保留・・・。やっと水泳と自転車でのトレーニングが認められて参加OKと相成りました。

今回のツアーの参加者は60歳代を中心に男女10名。いずれも百名山など国内の主要な山々や海外の山を登ってこられた経験豊富な方々ばかりです。

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ツアー・リーダーは、渡部純一郎氏。国内有数のクライマーであり、あの関野吉晴の『グレート・ジャーニー』の事前調査およびサポートをされた方です。クライミングにとどまらずカヤック、パラグライダー、犬ぞり、ダイビングなどの技量も卓越しているようで、私たちのトレッキングに際しては動植物や天文などのことでいろいろと教えていただきました。本当に今回の旅の楽しさは渡部氏の恩恵に与ることが大きかったと思っております。(帰国後4月8日記)

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富良野group公演「ノクターン夜想曲」

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昨夜、富良野groupの演劇「ノクターン夜想曲」を観てきました。奇しくも今日は東日本大震災から4年目。重い命題を突きつけられた舞台でした。以下、パンフレットに書かれていた倉本聰さんの手記(抜粋)です。

風化とは、永い年月をかけて、岩が砕けて石となり、石が砕けて砂になり、砂が砕けて塵となり、塵が風にのって飛散して消え去る。そういう現象のことを云います。(中略) 本来風化とは、何千年、何万年、何億年かかって塵となり飛散することを云うのですが、今の日本では違うようです。僅か3年前のあの原発事故。当時世界をあれだけ震撼させたあの悲劇の記憶が、当事国である日本の中で、こんなにも速くこんなにも脆く、早くも風化の様相を呈し始めていることに、僕は激しい憤りと悲しみを感じます。(中略) 我々富良野groupは、微力ながら少しでも福島に寄り添い、風化に対抗する一石を投じようと3年かかって小さな舞台劇を作りました。

昨日も倉本聰さんがお見えになっていました。

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蘇ったゴローの登山靴

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ほぼ10年ぶりに登山靴を引っ張り出しました。仕舞い込んでいたのは東京・巣鴨にあるゴローの登山靴で、「ブーティエル」と「S8」、たまに行く函館山などはキャラバンのグランドキングを履いていましたので、この2足の出番はありませんでした。2足のうちの比較的軽いブーティエルは相当に履きつぶしてソールが減っていましたので、ゴローに送って"1136ロッチャー"というソールを張り替えてもらいました。ほぼ1週間で作業を完了し送り返していただきましたが、さすがの見事な職人技で仕上がっており、ブーティエルが昔の姿に蘇りました。
靴の刻印を見ましたら、1996年とありますので、ほぼ19年前の靴ですが、まだまだ現役を続行できそうな感じです。店主の森本さんに、足型から細かい調整までお願いした靴ですので、10年ぶりに足入れした感じは昔と同じでとてもいいです。
家内も同じものを2足持っていますが、「S8を履いて登れたのは若かったのね・・・」と、しみじみとつぶやいています。部屋の飾りになるのでしょうか。(^^♪

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早春の七飯岳へ

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今日は朝から晴天ですので、スノーシューを担いで家内と裏の七飯岳(779m)に登ってきました。家を出るときの気温が8度、雪は予想以上に柔らかくなっていて、スノーシューでも埋まるほどで、相当難儀しましたが、何とか七飯岳に登ることが出来ました。函館湾のかなたに見える千軒岳は春霞にかすみ、ダケカンバの芽も心なしか膨らんでいるようでした。

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「櫛挽道守」 木内昇

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木内昇の「櫛挽道守(くしひきちもり)」を読み終えました。 
江戸末期の木曽山中の藪原(やぶはら)という宿を舞台に、櫛職人の家に生まれた登瀬という女性の人生を描いた作品です。信州一の名工と呼ばれる父・吾助の櫛挽きの技に幼い頃から魅せられ、父の背を追いつつひたすら櫛挽きの道に励みます。櫛挽きは男の仕事だといわれ、女は結婚して子どもを産むことが幸せだと信じられていた時代、木曽山中の閉鎖された社会に生きる一女性の細やかな心情を通して、人生とは、仕事とは、家族とは・・・それぞれのあり方を丁寧に描いている作品です。

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