2017年04月
居ながらにして山菜三昧
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- 山の麓の裾模様
春の樹木の一番手 木蓮と姫コブシ
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19回目のワクチン注射
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- ダッキーのギネスに挑戦
さすがに若い頃のワイルドな行動はなくなりましたが、食欲もあって、すこぶる元気です。ワクチンと狂犬病注射以外では殆ど病院へ行きませんので、この分ではひょっとして20歳を超えるのではと、半分呆れつつも、ちょっぴり期待したりしています。(笑)
病院に来ていたダックス連れの方に年齢を訊きましたら、12歳とのこと。12歳というとダッキーは裏山にガンガン登ったりしていましたから、まだまだ青二才ですね。
谷地頭の素敵なcafe "Classic"
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- レストラン、喫茶店など
ピレネーを越えてスペインへ入ると違うヨーロッパがあるような・・・、そんな大げさなことではないのですが、谷地頭は同じ函館の街にありながら、ちょっと違う雰囲気を感じるところです。手前の青柳町が少し小高いところにあって、そこからどんどん下っていくところにあるからかも知れません。そんなノスタルジックな函館を感じさせる谷地頭の市電停留所のすぐそばにcafe "Classic"があります。以前はクリーニング店だったようですが、隣の江戸松寿司店には何度か来ているもののまったく記憶にありません。
お願いしたのは、生ハムを挟んだトーストにグリュイエールチーズをたっぷり盛って焼き上げたクロックムッシュ(croque-monsieur)と、ブリーチーズと生ハムがサンドされたバゲットサンドです。croque-monsieurは、1900年頃にパリ・オペラ座近くのカフェで作られたのが最初のようで、今ではビストロやカフェの定番メニューになっているそうです。また、目玉焼きを乗っけたクロックマダム(croque-madam)というのもあります。卵を乗せてmadamというのも面白いです。
イチオシはクロックムッシュです。口に入れた瞬間に唸ってしまうほどに美味しかったです。
お店の雰囲気は、ご覧のようにレトロ感一杯で、道路に面した全面ガラスの窓からは陽光が差し込んで明るく、道行く人の往来も眺められてパリの下町のカフェにいるような錯覚をおぼえます。私の中では谷地頭が好きですし、またこんな素敵なお店を発見できたことで、行く楽しみが増えたようです。
そうそう、東京出身のご主人はイラストも描いているようで、数年前に出版した絵本も置いていました。ほっこりとする素敵な絵本でした。
お願いしたのは、生ハムを挟んだトーストにグリュイエールチーズをたっぷり盛って焼き上げたクロックムッシュ(croque-monsieur)と、ブリーチーズと生ハムがサンドされたバゲットサンドです。croque-monsieurは、1900年頃にパリ・オペラ座近くのカフェで作られたのが最初のようで、今ではビストロやカフェの定番メニューになっているそうです。また、目玉焼きを乗っけたクロックマダム(croque-madam)というのもあります。卵を乗せてmadamというのも面白いです。
イチオシはクロックムッシュです。口に入れた瞬間に唸ってしまうほどに美味しかったです。
お店の雰囲気は、ご覧のようにレトロ感一杯で、道路に面した全面ガラスの窓からは陽光が差し込んで明るく、道行く人の往来も眺められてパリの下町のカフェにいるような錯覚をおぼえます。私の中では谷地頭が好きですし、またこんな素敵なお店を発見できたことで、行く楽しみが増えたようです。
そうそう、東京出身のご主人はイラストも描いているようで、数年前に出版した絵本も置いていました。ほっこりとする素敵な絵本でした。
要塞跡巡りよりも花巡りに・・・
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- 函館、七飯、道南のこと
花の続きですが、七曲りコースに入りますと一気にスミレが多くなってきます。函館山ではスミレサイシン、タチツボスミレ、ヒナスミレ、ヒカゲスミレなどがみられます。
要塞跡を眺めたり、花に感動したりののんびり3時間のハイキングでした。
2度目の函館山要塞跡巡り
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前回もそうでしたが、今回も道端には春の花が沢山咲いていて、どうしてもそちらに目が向かいます。やっと燕万年青(ツバメオモト)を一株見つけました。写真は蕾の株ですが、もう一株はすでに咲いて白い花を数輪付けていました。花弁が少し傷んでいましたので掲載はいたしませんが、例年に比べるとちょっと早いようです。シラネアオイも沢山咲いていて、今が見頃かなと思っていました。
macotoガーデンの妖精 エンレイソウ
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エンレイソウは、春から初夏に低地からやや高い山の、落葉樹林のやや湿った場所に生えます。ユリ科の多年草で葉が3枚、萼が3枚、そして花弁が3枚で見かけるとすぐ分かる植物です。
まずは1枚目のエンレイソウ、内側に紅紫色の花弁(内花被片)と外側に緑色に淡紅紫色を帯びた萼(外花被片)があるのが特徴的です。松前沖にある無人島の松前小島に由来するコジマエンレイソウに類似していますが、私の感じではエンレイソウとシロバナエンレイソウの自然交配種ヒダカエンレイソウかなと思っています。
2枚目は花弁が白く清楚な感じのするシロバナエンレイソウ(ミヤマエンレイソウ)です。雌しべの先や雄しべの側面の色がそれぞれの花弁の色と類似しているのが面白いです。
3枚目は一般的なエンレイソウです。この仲間で唯一、花弁がない種類です。花弁に見える部分は萼で、普通は緑色に淡紅紫色を帯びています。まれに萼が澄んだ緑色のトイシノエンレイソウというのがあるらしいですが、私は見たことがありません。
そんなことで、3種類のエンレイソウが自然交配の可能な数mの範囲内にありましたので、1枚目のエンレイソウはヒダカエンレイソウに違いないと思っていますが、コジマエンレイソウとの鑑別は難しいようです。わがmacotoガーデンにもこんな春の妖精たちが乱舞しているのですから嬉しくなってしまいます。
2枚目は花弁が白く清楚な感じのするシロバナエンレイソウ(ミヤマエンレイソウ)です。雌しべの先や雄しべの側面の色がそれぞれの花弁の色と類似しているのが面白いです。
3枚目は一般的なエンレイソウです。この仲間で唯一、花弁がない種類です。花弁に見える部分は萼で、普通は緑色に淡紅紫色を帯びています。まれに萼が澄んだ緑色のトイシノエンレイソウというのがあるらしいですが、私は見たことがありません。
そんなことで、3種類のエンレイソウが自然交配の可能な数mの範囲内にありましたので、1枚目のエンレイソウはヒダカエンレイソウに違いないと思っていますが、コジマエンレイソウとの鑑別は難しいようです。わがmacotoガーデンにもこんな春の妖精たちが乱舞しているのですから嬉しくなってしまいます。
今年最初の駒ケ岳一周ライド
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- 風を切って爽快に (ロードバイク)
国道5号線に入った頃から雲行きが怪しくなりポツリポツリと・・・。天気予報はこんなはずじゃなかったと思っているうちに本降り状態に。あわてて雨具を羽織ったものの、道路は水溜りが出来るほどになってきました。う~ん、これじゃ走る意欲が萎えてしまいますので、近くあったファーストフードのラッキーピエロへ飛び込みです。このお店へはあまり入ることはないのですが、さすがに人気店だけに混んでいます。びしょ濡れでしたので、すぐ近くにこのお店があって身体を暖められたことはラッキーでした。食べ終えて窓の外へ目をやると少し小降りになって来たようですので、残り10km余りの道程に根性を入れてスタートです。
靴はびしょびしょ、雨具の背中はタイヤが巻き上げた泥で真っ黒と散々でしたが、なんとか無事帰宅することが出来ました。総走行距離は88.50kmでした。
古民家でお蕎麦を
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- レストラン、喫茶店など
- 函館、七飯、道南のこと
おすすめの天ざるにしてみましたが、お蕎麦も天ぷらもとても美味しかったです。天ぷらの葉物は、クレソンとフキの葉ですが、「そのへんから採って来たものです」と仰っていましたが、さすがに厚沢部ではどこにでも自生していますもね。
妖精と古民家とお蕎麦・・・私の中では最高の組み合わせでした。(^^♪
メークインの郷へ ②
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メークインの郷へ ①
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そんな厚沢部の里山をコンデジをポケットに入れてのんびりと歩いてきました。
大地を讃え 平和を願う男声の響き
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- コンサート、演劇など
第一部の「柳河風俗詩」は北原白秋の詩にタダタケ(多田武彦さん)が曲を付けた最初の作品です。詩のなかに薊(あざみ)やノスカイヤ(遊女屋)、BANKO(縁台)、鳰(にお)などという言葉が出てきて、なんとも深々とした憧れというか懐かしさのある曲ですが、男声の美しいハーモニーが昔の柳川(福岡県)の情景をノスタルジックに演出してとても良かったです。
多田武彦さんは北原白秋の他にも草野心平などの詩に日本人の心情にぴったりとしたセンチメンタルなメロディー、リズム、そしてハーモニーを付けていますが、男声合唱でこれ程までに好まれて歌われる作曲家は他にはいないのではと思っています。タダタケさんの曲は私も大好きですが、これというのも男に感激屋が多いからなのでしょうね。(^^♪
会場の函館市芸術ホールの近くには五稜郭公園があります。桜はちらほら咲き出した程度ですが、それでも大勢の観光客で賑わっていました。五稜郭タワーには青空をバックに鯉のぼりが元気に泳いでいました。
ちょっぴり緑が濃くなってきた山の麓
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- 山の麓の裾模様
クロッカスは盛りを過ぎましたが、水仙などが少しずつ咲き出してきましたし、木蓮やコブシなどは数日中に開花しそうな気配です。桜や梅も開花秒読みといった感じですので、ゴールデンウィーク前にお花見が出来そうです。菜園のほうはまったく手付かずの状態ですが、例年ゴールデンウィークに集中的に作業をしますので、焦らずにボチボチといった感じで構えています。
『失われた地図』 恩田陸
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- ちょっと面白かった本
直木賞と本屋大賞の2冠に輝いた『蜜蜂と遠雷』とは真逆と言ってよいほどの不思議な世界を描いた連作短編集でした。私の中では『蜜蜂と遠雷』が恩田作品に接した初めでしたので、この方の作風の幅広さには驚いてしまいました。
さて、その物語の舞台となるのは過去に軍の重要な施設があったという錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木の六つの街。世の中に戦争への気運が高まると、これらの街のどこかに裂け目が生まれ、そしてそこから「グンカ」という兵士の亡霊が溢れ出てくるのです。主人公である元夫婦は、血筋として継いだ特殊能力を駆使して「グンカ」を退治し、裂け目を縫うという任務に就いています。
現実とはまったく異なるダークファンタジーの世界を鮮やかに細密に描き出す恩田さんの筆の力はさすがと思いました。ここにきて朝鮮半島の緊迫化にともない現実世界でも軍靴(ぐんか)の音が聞こえて来そうなキナ臭さを感じる昨今、時代の風を感じさせる一冊なのかなと思っています。
カタクリのピンクの絨毯
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- 函館、七飯、道南のこと
今年初めてのヒルクライム
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- 風を切って爽快に (ロードバイク)
キャンプ場はまだ残雪が残っていますし、木々は芽吹いていませんので、下界とは違った早春の佇まいです。
木地挽高原の尾根を越えたところには駒ケ岳と大沼の絶景を眺めることが出来ます。そして目をほぼ180度転じると、一昨日ハイキングで登った函館山の海に浮かんでいるような景色を望めます。こうしてみますと、函館山が海の中の火山島だったことと、その後の土砂によって陸続きになった陸繋島であることがよく分かります。
ここのベコ餅は日本一かも・・・
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- 函館、七飯、道南のこと
桜餅に代わって柏餅が出ていました。もう端午の節句が近いんですもね。
赤いのは味噌餡、白いのは小豆漉し餡です。中の餡の種類によって、葉を外表に巻いたり、中表(裏を外向け)に巻いたりするようです。小豆餡のときは前者に、味噌餡なら後者にと中身の違いを分かりやすくする工夫らしいです。美味しい柏餅で一足早い端午の節句を迎えました。
ここのお団子も美味しいのでいつも買ってきます。4つの円盤状の団子が連なっている可愛い串団子で、定番の三色揃いです。甘みをやや抑えた上品な味で、私の中では市内ナンバーワンかなと思っています。とにかく美味しいです。
エゾムラサキツツジが満開に
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- 山の麓の裾模様
その名の通り、北海道の山野には自生しているようで、北見市留辺蘂の温根湯温泉近くには大きな群落があって北海道の指定天然記念物になっています。函館市内にも街路樹として普通に見られ、今の時期には濃いピンク色の花をたくさんつけて楽しませてくれます。一本だけ赤くて可愛いのが雌しべで、周りに10本あるのが雄しべです。この花が終って順番通りに行くと、いよいよ梅と桜が開花します。コブシが先かも知れませんね。
海の見えるレストランでランチ
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- レストラン、喫茶店など
山もいいけど海や湖などの水のあるほうが好きですので、こういう景色のところへは自然と足が向かいます。春霞で対岸の下北半島は見えませんでしたが、美味しいものをいただいて海をぼーっと眺めているだけで幸せな気持ちになります。潮の香りにも春の息吹が感じられるようになりました。(^^♪
函館山要塞跡巡りハイキング
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- 函館、七飯、道南のこと
薄曇りながら比較的良い天気でしたので、家内と春の山野草と要塞跡の見物をかねて函館山へ行ってきました。車を麓の登山コース入口駐車場へ置き、旧登山コースの千畳敷コースからつつじ山コースへ。そして途中で入江山コースを往復し、山頂展望台を経て下りは汐見山コースを下山しました。
春の妖精たち
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- 函館、七飯、道南のこと
湖畔の水芭蕉
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のんびり大沼一周
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- 風を切って爽快に (ロードバイク)
『あさ美さんの家さがし』 黒野伸一
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- ちょっと面白かった本
黒野伸一の『あさ美さんの家さがし』。こういう小説は大好きですので一気読みです。
些細な理由で銀行を辞め、キャバクラ「濱乙女」のナンバーワンになったあさ美をメインに、彼女と繋がりのある男女が繰り広げる人生の喜怒哀楽を綴ったものです。女装を始めたあさ美のお父さん、ホームレスになった幼なじみ、子連れでキャバクラに出勤する若い主婦、ゴミ屋敷に住む高齢のお隣さんなど、港町に暮らす人々が織り成す人生模様を家というモチーフに絡めてオムニバス形式で進めていきます。
人生っていいこと悪いこといろいろあるけど、それほど捨てたもんじゃないと思わせてくれる一冊です。
些細な理由で銀行を辞め、キャバクラ「濱乙女」のナンバーワンになったあさ美をメインに、彼女と繋がりのある男女が繰り広げる人生の喜怒哀楽を綴ったものです。女装を始めたあさ美のお父さん、ホームレスになった幼なじみ、子連れでキャバクラに出勤する若い主婦、ゴミ屋敷に住む高齢のお隣さんなど、港町に暮らす人々が織り成す人生模様を家というモチーフに絡めてオムニバス形式で進めていきます。
人生っていいこと悪いこといろいろあるけど、それほど捨てたもんじゃないと思わせてくれる一冊です。
月田秀子さんの近況
ポルトガル・リスボンの旧市街アルファマなどで歌われているファド(Fado)。私のブログでもアマリア・ロドリゲスなどを取り上げてきましたが、日本の代表的なファド歌手の月田秀子さんのことが本日の北海道新聞夕刊に掲載されていました。月田さんはだいぶ前にコンサートで聴いて以来、大好きなファド歌手の一人としてCDなどを買って楽しんでいましたが、東京を主にお元気で歌い続けているものと思っていました。新聞を読んでいただくとお分かりのように、現在は肺がん治療のため室蘭市内の病院の緩和ケア病棟で療養されているとのことで驚いています。ポルトガルには独特の感情表現として Saudade(サウダーデ)という言葉があります。失われたものを愛おしみ、帰らぬものをいたむ感情らしいのですが、これがファドの歌声の底流に流れていると言われています。月田さんの哀愁に満ちた歌声をもう一度聴きたいと思っています。
※4/11北海道新聞夕刊の記事をコピーさせていただきました。
月田さんご自身が提供したyoutubeから一曲お借りしました。お聴きいただければと思います。ファドではありませんが、ギリシアのMikis Theodorakis作曲の「汽車は八時に出る」という曲です。
幼い頃の「ジャック白井」が見ていたであろう景色
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ピカソの「ゲルニカ」絡みの話題を何度か掲載していますが、このトラピスト男子修道院もスペイン内戦とちょっぴり関係していることがあるのです。明治33年(1900年)頃に函館で生まれた「ジャック白井」という人物のことを聞いたことがある方がいらっしゃるかも知れませんが、彼は国際旅団という義勇軍の一員としてフランコ総統率いるファシスト反乱軍と戦った唯一の日本人でした。
その「ジャック白井」、幼い頃に孤児として、このトラピスト男子修道院の孤児院で過ごしていたそうなのです。今はこの孤児院はありませんが、当時の函館は大火が頻発して被災孤児が沢山いたようですので、彼もその中の一人だったのかも知れません。15歳の時に孤児院を脱出し、1929年にアメリカに密入国してからは料理人などで生計をたてていたようです。そして1936年に前述の義勇兵としてスペインの地へ渡り、ゲルニカへの空爆のあった約3ヶ月後の1937年7月11日にマドリード西方で戦死しています。ピカソの「ゲルニカ」がパリ万国博覧会のスペイン館の完成披露宴で公開されたのが同年7月12日ですから、彼はその前日に亡くなっていたということになります。友軍の兵士たちは「戦うコック」としてスペインの土となった「ジャック白井」へささやかな墓を建てて称えたそうです。
このトラピスト男子修道院は1908年に現在のレンガ造りの本館が出来ていますので、彼もこの美しい景色を眺めて育ったことなのでしょう。
そうそう、この孤児院のことを調べてみましたら、1897年に『トラピスト学園』として開かれ、1933年までに延べ2920人を養育したそうです。
カタクリも咲きました
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ロード試運転
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NHK Eテレ 日曜美術館「ピカソ×北野武」
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- テレビ番組から
番組後半で「ゲルニカ」の原寸大のコピー絵画を前に北野流の解説をしていましたが、さすがにタケシさんの視点は鋭くてとても面白かったです。この「ゲルニカ」、パリ万国博覧会のスペイン館に展示されたものですが、当初は下のデッサンのような絵が描かれる予定だったそうです。それが内戦の勃発とバスクの小都市ゲルニカの空爆という悲劇的な出来事を契機に、絵の題材および内容をこの「ゲルニカ」に変えたということです。愛人のドラ・マールの写真によりますと「ゲルニカ」自体も作業の過程ともに画面の構成が変化していったようです。タケシさんが仰っていましたが、ピカソという方は螺旋階段を昇るように変貌というか進化を遂げた凄い画家だったのですね。
私も1973年にマドリードのプラド美術館へ行ってますが、この時にはピカソの依頼によりニューヨーク近代美術館(MoMA)に長いこと保管されていましたので、「ゲルニカ」を見ることは出来ませんでした。1975年にフランコが死去し、その後の民主化とともに1981年にスペインへ返還されています。現在は国立ソフィア王妃芸術センターに展示されているそうです。
※写真は4/9 NHK Eテレ「日曜美術館」の放映画面を撮影させていただきました。
『どうなんde's Ocuda Spirits』へ行ってきました
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- 函館、七飯、道南のこと
北海道新幹線が開業して1周年を迎えたというのに北海道で最初に新幹線が停まる駅の木古内駅に行ったことがありませんでしたので、行ってみることにしました。新幹線駅と言いましても何もありませんので、目的は道の駅の『みそぎの郷 きこない』です。日曜日ということもあるのでしょうが、昔の木古内駅前とは違って多くの観光客が来ていました。
お昼は山形県鶴岡市の有名レストラン『アル・ケッチァーノ』のオーナーシェフ奥田政行氏が監修する『どうなんde's Ocuda Spirits』でランチです。パスタの種類が沢山あって目移りするほどでしたが、私たちは本日のパスタの「ズワイガニとサラダ春菊のパスタ」を選んでみました。さすがに奥田さんが指導しているだけあって美味しいです。そうそう、塩パンと6種類から選べるイタリアン・ジェラートも美味しかったですよ。
お昼は山形県鶴岡市の有名レストラン『アル・ケッチァーノ』のオーナーシェフ奥田政行氏が監修する『どうなんde's Ocuda Spirits』でランチです。パスタの種類が沢山あって目移りするほどでしたが、私たちは本日のパスタの「ズワイガニとサラダ春菊のパスタ」を選んでみました。さすがに奥田さんが指導しているだけあって美味しいです。そうそう、塩パンと6種類から選べるイタリアン・ジェラートも美味しかったですよ。
『暗幕のゲルニカ』 原田マハ
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- ちょっと面白かった本
原田マハの『暗幕のゲルニカ』が未読でしたが、やっと読み終えることが出来ました。
物語は1937年4月29日のパリにあるピカソのアトリエ兼住居から始まります。ピカソの愛人で「泣く女」など多くの名画のモデルをつとめた写真家のドラ・マールの視点で「ゲルニカ」誕生のドラマとその後の数奇な運命が描かれていきます。ご存知のように「ゲルニカ」は、パリ万国博覧会のスペイン館のために内戦のさなかにあるスペイン共和国政府の依頼を受けて製作されたもので、バスク地方の小都市ゲルニカでの空爆の惨状を縦横350x780cmの巨大なキャンバスに描いたものです。
物語は1937年4月29日のパリにあるピカソのアトリエ兼住居から始まります。ピカソの愛人で「泣く女」など多くの名画のモデルをつとめた写真家のドラ・マールの視点で「ゲルニカ」誕生のドラマとその後の数奇な運命が描かれていきます。ご存知のように「ゲルニカ」は、パリ万国博覧会のスペイン館のために内戦のさなかにあるスペイン共和国政府の依頼を受けて製作されたもので、バスク地方の小都市ゲルニカでの空爆の惨状を縦横350x780cmの巨大なキャンバスに描いたものです。
物語は並行して二機の旅客機によるテロが起きた2001年9月11日のニューヨークへと飛びます。このテロで夫を失ったピカソ研究者でニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーター、八神瑤子がもう一人の主人公です。
沢山のクロッカスに囲まれて
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- 山の麓の裾模様
裏の雑木林にだいぶ前に植えたクロッカスが増えて沢山咲き出しました。まったく手をかけていませんので、落ち葉などを肥料にして逞しく成長しています。クロッカスやチオノドクサ、水仙などはあまり手をかけないで、野生に近い感じにしておいた方が色合いが鮮やかになるような気がしますが、どうでしょう。
若い頃にスイス・ジュネーヴ近郊のフランス国境沿いに連なる標高1000m前後のジュラ山脈へハイキングに行ったことがあります。早春の今頃だったと思いますが、ハイキングコースのあちらこちらに沢山のクロッカスやジョンキーという黄色い水仙が咲き乱れていたことを思い出しています。贔屓目なのかも知れませんが、あの山で見たクロッカスが最高だったかなと思っています。
加川良さん逝く
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- 日々のことなど
私と同じ団塊の世代ですので、1970年代のデビュー当時から岡林信康、西岡たかしさんなどとともにコンサート、レコードなどでよく聴いていました。ステージでは西岡さんのグループ(五つの赤い風船)と一緒に出られることが多かったのですが、いつも控えめに「加川です」と登場されて、訥々と歌うのが印象的でした。社会を風刺した一節を美しい歌声でさりげなく歌う加川さんが大好きでした。
特にデビュー曲の『教訓Ⅰ』は下手なギターを片手によく歌いましたので、今でもそらで歌うことが出来ます。もう50年近くも経っている曲ですが、色褪せないで聴かせてくれるのは不思議です。教訓とは「教え諭す」ことらしいですが、歴史から得た教訓を忘れずに我がことにするのはいつの時代でも難しいことなのかもしれません。いま一度、加川さんからのメッセージ『教訓』を心に刻んでみたい気がしています。
※写真はオフィシャル・ホームページから
youtube bandanaRamaManさん提供
そして立待岬
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大森浜を望む啄木一族のお墓
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そうそう、啄木一族と宮崎さんのお墓に挟まれるように建つお墓に何気なしに目をやると加藤虎太郎さんというお名前が目にとまりました。平成9年に66歳でお亡くなりになったと書かれてありますので、函館市立中央中学校の1年の時の私の担任の先生に間違いないと思っています。体育の教師ですので、元気で迫力があり独特の虎のような声を出す先生でしたが、生徒ひとりひとりのことを理解しとても大事にしてくれた先生でした。体育の先生に応えられるほど運動は得意ではありませんでしたが、結構やんちゃでしたので、ゲンコツを何発もくらった思い出があります。ニックネームはずばり「とらたろう」、思いがけず大好きな「とらたろう」先生のお墓に巡り合えてホロリとして手を合わせてきました。
正面に有名な「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」の一首が刻まれています。551首の歌が収められている処女歌集の「一握の砂」の冒頭にこの歌があります。
裏面には啄木が宮崎郁雨さんに送った書簡の一節が刻まれています。
啄木書簡の一節
啄木書簡の一節
これは嘘いつはりもなく正直に言ふのだ、『大丈夫だ、よしよし。おれは死ぬ時は函館へ行つて死ぬ』その時斯う思つたよ、何處で死ぬかは元より解つた事でないが、僕は矢張函館で死にたいやうに思ふ。君、僕はどうしても僕の思想が時代より一歩先に進んでゐるといふ自惚を此頃捨てる事が出来ない。
明治四十三年十二月二十一日
東京市本郷弓町二の十八
リノベーションした古民家で
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- レストラン、喫茶店など
- 函館、七飯、道南のこと
ランチとしてハンバーグとお鮨をいただいてきました。お店の中は基本的に古民家だった当時の造作は極力いじっておらず、調度品などもシックな感じで、落ち着いて居心地のいい空間になっています。夜はお酒が飲めるようで、沢山のお酒の銘柄が揃っています。そのお酒のグラスがお洒落なモダンアートの雰囲気を演出しており、こんなところにも函館の和と洋のアンサンブルが感じられて憎いです。
『ほっかいどう山楽紀行』 4月20日に発売
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- 函館、七飯、道南のこと
4月20日に発売ということで、私もまだ詳しい内容は見ていませんが、ブログや新聞に掲載された紀行文などを見ていますと、登山の魅力や楽しさに溢れている一冊のように思われます。定価は1800円(税別)で、著者直接、道内主要書店、amazonなどで購入できるそうです。山をやられる方はもちろんの事、登られない方でも山の魅力や楽しい雰囲気が感じられる内容と思われますので、ぜひお買い求めいただければと思います。お申込みや詳しいことは、こちらからお願いいたします。
ホワイトハウスのクロッカス
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肝心のクロッカスですが、受付の守衛さんから「ちょっと早いかも」との声掛けをされたのですが、案の定もう少しかなという感じでした。でも、日差しが出ると一気に咲くと思いますので、これから行かれる予定の方は天候と気温に気を遣われた方が良いかも知れません。戦後、宣教師が持ち込んだ少しの球根から、これほどまでに増えたといいますから見事です。玄関前のスノードロップも綺麗でしたよ。
スキーのファイナル・デイ
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- 白銀は招く (スキー)
スキーが終わると夏のアクティビティやガーデニングに移行しますので、これからも忙しくも楽しい日々を過ごしていきたいと思っています。