『また、桜の国で』 須賀しのぶ
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須賀しのぶの『また、桜の国で』を読み終えました。
昨年の直木賞と本屋大賞の2冠に輝いた『蜜蜂と遠雷』を押さえて、見事に第4回高校生直木賞を受賞した作品ですし、2017年8月から全15回にわたってNHK-FM「青春アドベンチャー」で放送されましたので、ぜひ読んでみたいと思っていました。500頁近い大作ですし、読み応えのある作品で良かったです。
主人公は、ポーランド・ワルシャワにある日本大使館に書記生として着任する棚倉慎(まこと)です。物語の幕開けは慎が乗り込んだワルシャワ行きの電車のコンパートメントです。時代は戦争の色が濃くなる1938年秋のことでした。同じ列車に乗り合わせたユダヤ人のカメラマン、ヤン・フリードマンとひょんなことから同室になります。当時のユダヤ人のおかれた状況は危機的なものでしたし、慎もロシア人の父と日本人の母を持つ混血児という微妙な立ち位置にありましたので、ヤンを見て心を動かされます。
ヤンとの会話の中で、少年の頃にシベリアで保護されて来日したポーランド人孤児の一人、カミルとの思い出が浮かび上がってくるのです。ちなみに、この小説に出てくるイエジ・ストシャウコフスキは実在の人物で、帰国後の1928年に17歳でシベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長として活躍したそうです。
のちにこのカミルとも奇跡的に再会するのですが、慎とヤン、カミルの3人は民族や国籍の壁を超え、戦争の惨劇を繰り返してはならないという思いを共有し、1944年のナチス・ドイツの占領に対するレジスタンス「ワルシャワ蜂起」に立ち上がるのです。この「ワルシャワ蜂起」では、20万人にもおよぶ尊い人命が失われ、美しいワルシャワの街も壊滅的な状態に陥ったそうです。
ポーランドとの友誼と現地の人びととの交流を守ろうとする慎の一途な姿、そしてポーランドを舞台にした悲惨な戦闘、ユダヤ人を取り巻く目を覆うほどの惨状など、人間の清濁および歴史の事実を克明に描いた素晴らしい作品でした。
そうそう、この小説にはショパンの『革命のエチュード』が通奏低音のように流れ、重要な役割を担っています。この曲は、時代を遡る1830年にワルシャワがロシアによって制圧された時に起きた「11月蜂起」の際に、パリにいてレジスタンス運動に参加できず敗北感にうちひしがれたショパンが作曲したと言われています。『革命のエチュード』を聴きながら、本書もぜひ読んでいただきたいと思います。
《図書館からお借りしました》