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萩原浩の『海馬の尻尾』を読み終えました。

舞台は近未来で、テロで2度目の原発事故が起きてしまった日本という設定です。主人公の及川は粗暴極まりないヤクザで、背中には観音菩薩の刺青、そして身体中に子供時代の虐待の痕と抗争による傷があります。2度目の懲役を終えた及川は酒乱でもあり、組でも持て余されています。ある日、見かねた若頭(かしら)からアルコール依存症を治すように大学病院行きを命じられることから物語が始まります。検査の結果、アルコール依存症だけではなく、反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)と診断されます。他の組との抗争から身を隠す必要もあり、しぶしぶ治療プログラムを受け入れて山の中の施設に入所し、そこで様々な患者たちと出会います。その中の一人にウィリアムズ症候群(妖精顔症候群)の少女・梨帆がおり、彼女との触れ合いの中で、及川自身も少しずつ変わっていきます。恐怖心が欠如している男が治療の過程で恐怖心という感覚を覚え、人の顔にも声にも表情があることを学んでいく過程は医学的にも興味深いですし、脳内の認知感情の複雑さというか不思議さには驚かされます。

近未来というこの物語の時代背景において、自衛隊は「自国防衛隊」に改名され、某国で武力衝突を繰り返すという限りなく戦争に近い状況にあります。また同時にフクシマ以上の原発事故後という社会情勢ももう一つの重要なキーになります。読者はこの危機的な社会情勢の中で仕組まれた治療プログラムの本当の意味を最後に知ることになります。500頁に迫る殆どが凄惨な暴力的な描写ですが、全体に喜劇的であり、またミステリー要素もあって読み飽きることはありません。
《図書館からお借りしました》
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