神田日勝記念美術館へ
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『神田日勝記念美術館』は、帯広市の近くの鹿追町にあります。
神田日勝につきましては、すでに知られていますので、パンフレットの紹介をそのままコピーして再掲載します。
1945年の終戦から1960年代まで戦後の開拓農民として生き、同時に物の本質にせまる克明な描写によって、 戦後日本の画壇で異彩を放ったこの画家は、最後の完成作《室内風景》と前半身だけ克明に描き出された《馬(絶筆・未完)》 を残し、32歳8ヶ月の短い生涯を閉じた。 画家が生きた時代は、戦後日本の高度成長と資本主義の矛盾や弊害が、さまざまな形で広がっていった激動の時代と重なっている。
美術館内部は写真を撮ることが出来ませんので、post cardをスキャンしました。絵画の一部は札幌にあります道立近代美術館が収蔵しています。
「馬(絶筆・未完)」 1970 油彩・べニヤ
神田日勝と言いますと、この「馬(絶筆・未完)」がまず目に浮かぶと思います。
腰と下肢の部分のない不思議な作品と思っていたのですが、実際の作品では腰と下肢の部分は線画の状態で描かれています。馬の全体を3分割したものと考えていただければと思います。
頭部と上肢の部分は羽毛の詳細まで描かれていて、ほぼ完成しています。胴部は下塗りの段階で、これから仕上げにかかる予定だったようです。腰と下肢の部分は前述のように、まったく色はつけられておりません。
神田日勝の描き方を知る貴重な作品のひとつとも言えるようです。
「室内風景」 1970 油彩・ベニヤ
「馬」 1965 油彩・ベニヤ
「飯場の風景」 1963 油彩・板
「雪の農場」 1970
神田日勝のことは20代の頃から知っていますが、画風が暗い感じがして正直あまり興味を抱くような画家ではありませんでした。しかし年齢を重ねるごとに神田日勝の絵を観てみたいという願望にかられるようになりました。そう、重い腰を押してくれたのが、朝ドラの「なつぞら」でした。
神田日勝、実際に観るといいですね。
そうそう、暗い絵が多いというのは、茶色や黒色の絵の具が安かったからという説があるようです。開拓農家ですから、あまり贅沢はできず、ベニヤ板や安い絵具を多用したのでしょう。
コメント
コメント一覧 (2)
蒸し暑い東京でしょうか。
神田日勝美術館へ初めて行ってきました。
さすがsiさんは早いですね。
私はあまり神田日勝には興味がなかったのですが、齢とともにいいなぁと思うようになりました。
日勝の内面と言うか表現したかったことが少しずつ分かるようになってきたのかも知れません。
また、行ってみたいと思っています。
macoto
がしました
神田日勝、みてきたのですね。10年前、最初に泊まった宿のフロントにポストカードが立てかけてあって、はじめて知りました。ベニヤ板に半分だけ描いてあって不思議に思い、宿の支配人と十勝まで観に行きました。最初は一番最後のポストカードの雪の牛舎?がよかったのですが、2回、3回と観に行くうちに力強い農夫やストーブの絵が何故か好きになってきました。
福原美術館にも数点展示してあって、異彩を放つていますよね。
macoto
がしました