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1週間ほど前の朝日新聞デジタル版に大阪大学免疫学フロンティア研究センター招聘教授の宮坂昌之さんによる新型コロナウィルスに纏わる免疫のお話が掲載されており興味深く読ませていただきました。

私も新型コロナウィルスの抗体検査を受けた旨を報告させていただきましたが、巷では抗体検査が脚光を浴びており、市中の一般診療所でも普通に抗体検査が行われるようになってきました。ただ、宮坂さんは抗体だけで免疫を語ると道を誤ると言います。どのようなことなのでしょうか。宮坂さんのお話の要旨を私なりに整理して書いてみたいと思います。

免疫といえば抗体というのは間違い
そもそも抗体検査をするというのは、異物に対する抵抗力つまり免疫イコール抗体という概念があるからなのですが、これは私たちが学生時代に習った古い免疫学の考え方だと宮坂さんは言います。新型コロナウィルスに関しては抗体は免疫機構の中でそんなに大きな役割を担っていない可能性が高いと言います。回復した人の3分の1はほとんど抗体を持っていないという研究結果のあることが証明しています。

自然免疫と獲得免疫
それでは異物に対する防御機構とはどのようなものなのでしょうか。それには自然免疫と獲得免疫の二つがあります。自然免疫は生まれた時から備わっているもので、皮膚や粘膜の物理的なバリアや、かりにバリアを突破して病原体が体内へ侵入しても白血球の一種である食細胞(好中球や単球など)が数分から数時間のうちに発動して病原体を食べて殺してくれる働きがあります。ここまでが自然免疫の役目です。
自然免疫で新型コロナウイルスを排除できなかったら、獲得免疫の出番です。獲得免疫は発動するまでに数日かかりますが、最初に刺激されるのはヘルパーTリンパ球で、獲得免疫の司令塔です。これがBリンパ球に指令を出すと、Bリンパ球は抗体を作ります。一方、ヘルパーTリンパ球が兄弟であるキラーTリンパ球に指令を出すと、キラーTリンパ球はウィルスに感染した細胞を殺します。

自然免疫だけでウィルスを排除できる人もいる
このように抗体を持たなくても、自然免疫が強ければ、自然免疫だけで新型コロナウィルスを撃退できる人がいるのです。宮坂さんは全体の10%くらいは自然免疫だけで新型コロナウィルスを排除したと推測しており、さらにキラーTリンパ球の関与も治癒に関して重要な要素となります。つまり抗体の保持率イコール既に感染して治った割合とはならないことがお分かりいただけると思います。

抗体には善玉、悪玉、役なしがある
Bリンパ球によって作られた抗体にも働きによっていろいろな種類があるようです。私たちが抗体というものに対して普通に抱いているイメージであるウィルスを攻撃し排除する働きのある抗体のことを分かりやすく「善玉抗体」と呼びます。逆にウィルスを活性化させる抗体である「悪玉抗体」というものや、またウィルスを攻撃もしないし活性化もしない「役なし抗体」もあるそうです。
一般的に多くのウィルスは獲得免疫が働くと善玉抗体がたくさんできるのですが、これにも個人差があるようです。善玉抗体を作りやすい人は治りやすく、悪玉抗体や役なし抗体を多く作る人は治りにくいといいます。武漢医科大学で新型コロナウィルス感染者の血液を調べたところ、感染者のうち無症状の人は抗体量が少なく、重症者は常に抗体が多い傾向が示されましたが、この事実から重症例では悪玉抗体を多く産生している可能性が高いようです。

集団免疫の獲得は難しい?
前述のように抗体の保持率だけを考えるのは意味がないことがお分かりいただけたと思います。そして国民の60~70%程度が感染して抗体を保有する集団免疫が終息のひとつのカギのようなことを感染症の専門家が仰っていましたが、こと新型コロナウィルスに関して集団免疫は難しいのではと宮坂さんは述べています。つまり一度獲得した抗体保有が長期間にわたって続くことが集団免疫の前提となるわけで、すぐに抗体が消えてしまったら集団免疫はいつまでたっても獲得できないことになります。宮坂さんは新型コロナウィルスの抗体保有は数ヶ月~半年程度ではないかと考えています。事実、集団免疫を目指したスウェーデンやブラジルでは、闇雲に重症感染者や死者を増やすばかりで、集団免疫獲得の戦略は失敗に終わっています。

ワクチンの有効期間は短い?
世界中でワクチンの開発競争が繰り広げられていますが、ワクチンは有効なのでしょうか。破傷風やポリオなど免疫が数十年も続く病気もあれば、インフルエンザウィルスのように3~5ヶ月程度しか続かないものもあります。宮坂さんは新型コロナウィルスはワクチンが出来ても、インフルエンザと同じように有効期間は極めて短いものになるのではないかと考えています。かりに3ヶ月とすると新型コロナウィルスは夏場も罹患しますから、年4回も接種しなければならないことになります。

自然免疫をフル稼働させるには
人間の体は、自然免疫が強いと獲得免疫も強いという性質があることが知られています。そこで自然免疫をフルに活躍できる状態に保持することが大切です。そのためには、なかなか難しいことですが、ストレスの少ない生活をすることが重要になります。適度の有酸素運動をしたり、毎晩お風呂に入って体温を上げたりして、血流をよくすることが大切のようです。もう一つは、免疫は体内時計がつかさどっているので、昼間は免疫が強くなり、夜は弱くなります。ですので、体内時計を毎朝きちんとリセットして、規則正しい生活をすること。朝日を浴び、軽い体操や散歩するなどして、体内時計が狂わないようにするのは大きな意味があるといいます。喫煙と過度の飲酒は論外でしょう。
そして免疫力の低下は加齢が非常に大きな要素であり、50代を過ぎると免疫力は半分になると言われます。新型コロナウィルスの重症者の95%は60代以上というのは肯ける数字です。
それから前述のように適度の運動の大切さを書きましたが、逆に過度の運動は免疫力を低下させることが知られています。アスリートが健康かというと、そうでもないことからもお分かりいただけると思います。高齢者で過酷な山登りやフルマラソン、トライアスロンなどで頑張っている人もおりますし、私のようにsea to summitに参加する者もいますが、自然免疫の観点から言うとあまり芳しくはないようです。免疫力のことだけを考えれば、高齢者は何事もほどほどにするのがベストなのでしょうね。

ウィズコロナ時代を生きる接触制限と行動変容
最後にウィズコロナ時代を生きる新しい日常生活についてですが、宮坂さんは人々の全体の接触率を8割減らすといったマスの対策は必要ないと仰っています。実験によれば、①1.5mの距離を取れば直接に飛沫を浴びる可能性は極めて小さい②マスクを着用すれば9割の飛沫の飛散は防げる③微少飛沫は残るが、換気すれば飛散することが確認できたそうです。従って、他人と1.5mの距離を保つ、他人に感染させないためにマスクを着用する、換気をする、しっかり手洗いする、といった緩やかな接触制限と行動変容で対応できると言います。

良いワクチンが出来るまでには2年以上はかかるでしょうし、重症化を止める薬の開発にも時間がかかるものと思います。しばらくは新型コロナウィルスとうまく共生していかなくてはならないことでしょう。その間にウィルスは変異を繰り返して弱毒化していってくれることを私は祈っています。
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