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民族共生象徴空間『ウポポイ』①

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旅も八日目。最終日はカルルス温泉の温泉旅館で朝を迎えました。小学校の修学旅行以来、登別は何度も来ていますので、今回は一度も来たことのない当地を選んでみました。山あいのこじんまりとした温泉旅館で、食事も温泉も居心地も最高でした。

最後の目的地は、来た道を少し戻る感じですが、民族共生象徴空間『ウポポイ』です。私たち道民にとっては、ポロトコタンという呼び名に親しみのあるところです。私の記憶では、この場所には巨大なコタンコロクル像のある観光施設があったように思います。

アイヌの歴史とアイヌ文化を主題とした日本国内初の国立博物館ということですが、施設も雰囲気も素晴らしいのひとことです。施設と収蔵品などに分けて紹介したいと思います。まず施設などです。
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お昼はアイヌ伝統料理というキナオハウとチェプオハウにしてみました。前者は出汁のよくきいた野菜汁で、後者は石狩鍋といった感じでした。歓迎の広場にある『Café RIMSE(カフェリムセ)』で食することができます。
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夕張市石炭博物館

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トマムからの高速道路を途中で降りて、夕張市に寄ってみました。平成19年に財政再生団体に指定された街です。人口のピークは、昭和36年の11万6,908人だそうです。それが昨年は7,145人と、全盛期の1/16にまで減少しているというのですから驚きです。住民ゼロという地区も多数あるらしく、炭鉱で賑わったかつての面影はまったくありません。唯一、駐車場がいっぱいだったのが夕張市立診療所というのも何となく複雑な気持ちになる現実です。
そんな街にある夕張市石炭博物館へ行ってみました。道路から駐車場までの経路が長く、途中には荒廃した施設などがあって、廃墟テーマパークを訪れるような感じです。『ためらわずに、どんどん進んでください』なんて看板があったりして、なんとなく不安感というかワクワク感をかきたてる雰囲気です。ただ、博物館本館は、リニューアルしたこともあって荒廃感はなく普通の博物館といった感じで、ある意味期待外れです。(笑)
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子供のころはどこの家でも石炭を暖房に使っていましたので、その頃が炭鉱の最盛期と思われます。活気があって賑やかな炭鉱の街、何でも揃う便利な炭住の生活を羨ましく思ったこともありますが、坑道崩落や火災、ガス爆発で大勢の鉱員が死傷するニュースにも胸を痛めたものでした。
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博物館の横に石炭の大露頭があります。地表に露出しているこんなに大きな露頭をよく掘らないで残したものと思います。炭鉱マンの心意気が感じられますね。
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そのすぐ隣に天龍坑と書かれたプレートのある坑道入口があります。
資料によりますと、明治33年に夕張炭鉱の三番目の斜坑として開坑し、大正7年に天龍坑と改称されたそうです。夕張炭鉱初期の主要坑道でしたが、昭和13年に死者161名のガス爆発事故が発生し採炭が中止されました。地表の石炭層に開削された坑口であり、外気を坑内に流入させる入気坑と排気坑が対になって残っていること、赤レンガで装飾された坑口が意匠的に美しいことが特徴とあります。北炭夕張炭鉱の坑口は川の名前を使用しており、この坑名も天竜川に由来しているのだそうです。坑道火災が多かったので、水に関連する名前が相応しいと思ったのかも知れませんね。
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模擬坑道の人気が高かったのですが、数年前に火災事故を起こし、現在は入坑することはできません。来年には復旧するようですので、また訪れてみたいと思っています。

網走監獄博物館

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ホエールウォッチングのあと、近くの網走監獄博物館へ行ってきました。
あまりにも有名ですので、すでに見学された方は大勢いらっしゃると思います。近頃は「ゴールデンカムイ」の聖地巡礼としても人気があるようですね。
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26年間の獄中生活で4度も脱獄をして、この監獄の厳重な警備をも潜り抜けて脱獄した「昭和の脱獄王」こと白鳥由栄のことは有名です。4舎24房の天井の梁に白鳥のマネキン人形が置かれており、今まさに脱獄しようとしている臨場感が伝わってきます。彼の脱獄にかける執念には驚くばかりですが、身体能力にも驚嘆してしまいます。
まず、関節を簡単に外すことができる特異体質を持っていたようで、頭が入るスペースさえあれば容易に抜け出したといいます。また、健脚で、1日に120kmもの距離を走ることができたそうです。さらに手錠の鎖を引きちぎるという怪力もあったようで、再収監後は重さ20kgもの特製の手錠を後ろ手に掛けられることとなったそうです。40歳を過ぎてなお、米俵を両手に持って手を水平にすることができたといいますから凄いです。

資料によりますと、午後9時17分ころ、折りからの燈火管制で舎房が薄暗くなっていたのに乗じて逃走したそうです。具体的には、金属手錠を引き伸ばし、その一端で居房視察窓の鉄棒を引き抜き、褌一本の裸体で居房を抜け出し廊下へ出たところが第一段階。そして廊下から天窓に上がり、採光硝子を頭で突き破って舎房屋上に上り、屋根伝いに同舎房右端まで来て飛び降り、煙突支えの梯子を取り外して外塀に立て掛けて逃走したそうです。
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ピアソン記念館

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以前から見学したいと思っていた北見市にあるピアソン記念館へ訪れることが出来ました。

北見の創成期(大正から昭和初期)に精神・文化などに大きな役割を果たしたアメリカ人宣教師ピアソン夫妻の私邸を記念館として復元したものです。ピアソン夫妻が15年間にわたって生活した木造2階建の西洋館で、建築技師のウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により建設された由緒ある建物です。
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北の大地の水族館

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旭川を抜け北見市留辺蘂町にある「北の大地の水族館」に寄ります。

激流に流されまいと泳ぐ魚たちを見上げる『滝つぼ水槽』、北海道の季節の移り変わりを感じることができる『冬に凍る川の水槽』、北海道の一部でしか生息が確認されていない『巨大なイトウの水槽』などのあるユニークな水族館です。プロデュースをしたのが、新江ノ島水族館、池袋サンシャイン水族館のリニューアルを手掛けた中村元氏です。こじんまりとした水族館ですが、個人的にはとても気に入っている水族館です。
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井上靖記念館

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彫刻美術館に隣接して井上靖記念館があります。
井上が旭川出身であることを記念して1993年(平成5年)に開館したそうです。自筆の取材ノートをはじめ、直筆原稿、親交のあった芸術家の作品などを展示しています。また、東京都世田谷にあった井上邸の書斎・応接間を移転して公開しています。井上靖ファンにはたまらない記念館となっています。
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中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館

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三日目。旭川市内の美術館などを巡って、北見を経由して網走へと向かいます。

まず、中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館へ行ってみます。
日本の近代彫刻史に優れた業績を残した旭川ゆかりの彫刻家・中原悌二郎を記念した彫刻専門の美術館として、1994年(平成6年)に開設されました。日本の彫刻界の発展に貢献する目的でつくられた「中原悌二郎賞」の受賞作品等を所蔵しています。中原悌二郎賞の最初(第1回)の受賞者は木内克(きのうちよし)ですが、私のブログの「猫とフクロウのギャラリー」にもテラコッタなど数点を掲載していますので、ご覧いただければと思います。

資料によりますと、建物は「旧旭川偕行社」と呼ばれ、旧陸軍第7師団が旭川に設置された時に、将校たちが親睦を深める場として1902年(明治35年)に建設されたそうです。主に師団関係者の講演会や宿泊、レクリエーション等に使用されましたが、皇太子時代の大正天皇や昭和天皇がご来旭された時のご宿泊所にも使用されたそうです。国内に遺された数少ない明治中期の木造洋風建築物として、1989年(平成元年)に旭川市では唯一となる国の重要文化財の指定を受けています。
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黒部峡谷 セレネ美術館

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少し早く宇奈月温泉に着きましたので、駅からすぐ近くにある「黒部峡谷 セレネ美術館」へ行ってみることにしました。1993年に「黒部峡谷の大自然を絵画芸術を通して未来へ伝える」ことを基本理念に開館したとのことです。平山郁夫、塩出英雄、福井爽人、田渕敏夫、竹内浩一、手塚雄二、宮廻正明という著名な日本画家が実際に黒部峡谷を取材して創作した絵画が常設展示されています。
今回はその中のお一人、田渕敏夫の令和記念特別展が開催されていました。
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黒部峡谷を題材にした屏風画が主で、清冽な色彩と端正な線描が印象的な作品でした。平成29年には奈良・薬師寺の食堂(じきどう)に50mにもおよぶ阿弥陀三尊浄土図という壁画も描いています。どの作品も素晴らしいですし、宇奈月という山あいの小さな町にこのような素敵な美術館があることに感激です。
以下、ポストカードをスキャニングしたものです。
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(10月4日)

『箱館戦争終結150』展

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市立函館博物館で開催されている『箱館戦争終結150』展を観てきました。

明治元年(1868)8月に品川沖を脱走した榎本武揚が率いる旧幕府脱走軍艦隊が同年10月に蝦夷地に到着し戊辰戦争の最後の戦いとなる箱館戦争が開始されましたが、翌明治2年(1869)5月に明治新政府軍による箱館総攻撃によって旧幕府脱走軍は敗北し、ここに箱館戦争は終焉することになります。
それから150年の節目の年にあたるということで、同展は企画されました。
市立函館博物館や市立図書館が所蔵する錦絵、戦地図、手紙、写真、詩書、軍服や砲弾など貴重な収蔵物が展示されています。特に新撰組副長の土方歳三や榎本武揚に関係する展示品はファンならずとも必見です。
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市立函館博物館のある函館公園内には、日本に現存する最も古い博物館建築である旧函館博物館一号館(明治11年/1878年建築)、白い壁に赤い屋根が美しい旧函館博物館二号館(明治16年/1883年建築)、そして私たちが学生時代に出入りしていた旧函館市立図書館(昭和2年/1927年建築)などの素晴らしい建物が点在しています。
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彫刻美術館の ANIMAL Zoo展

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旭川市彫刻美術館で標記の「ANIMAL Zoo展」が開催されていますのでご案内させていただきます。
旭川市には行動展示で一躍脚光を浴びた旭山動物園がありますが、彫刻美術館でも「身近な動物集合」と題して、収蔵している彫塑・彫刻、絵画から動物に纏わるものを選んで本展を企画しています。馬や猫、鳥、昆虫などの個性的な作品が展示されています。

猫に関しましては、昨年の6月に私の親類の者が木内克の作品を10数点寄贈しましたが、今回の企画展では一室にまとめて展示されるという嬉しい内容になっています。
私が当美術館まで慎重に運搬したのですが、その甲斐があってよかったと思っています。
旭川市内そして近隣にお住まいの方、また旭川へお越しになられる方は、ぜひ旭川市彫刻美術館へ足を運ばれることを期待しております。
建物も、旧陸軍第7師団の旭川偕行社として使われたもので、国の重要文化財に指定されています。
企画展は9月1日までです。
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①展示全景
④猫・鏡
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《本企画展によせて ~旭川市彫刻美術館~
旭川市彫刻美術館では、北海道ゆかりの彫刻家や中原悌二郎賞受賞作家の作品を中心に彫刻や素描・版画など約1200点の作品を収蔵しています。この所蔵作品の中から、身近な動物がテーマとなっている作品を取り上げます。
古くから、動物は絵画をはじめ彫刻や工芸品などの芸術作品に表現されてきました。
日常生活でよく目にする猫や鳥、虫などの動物たちの天真爛漫な様子や無邪気な仕草、野生を感じさせる動作は、彫刻家にとっては、格好のモチーフであり、また創作意欲を刺激するものであったといえます。
本展では、身近で親しみやすい動物の様々な表情や姿態の作品により、表現の多様さと面白さなど動物作品の魅力を紹介します。
また、昨年度寄贈を受けた第1回中原悌二郎賞受賞者である木内克が制作した愛情あふれる“猫シリーズ”の作品も展示します。

福原記念美術館へ

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「神田日勝記念美術館」のすぐ近くに「福原記念美術館」があります。
十勝・釧路地方を中心に展開する食品スーパーの(株)フクハラの創業者である福原治平氏が長年にわたり蒐集してきたコレクションを一般に公開した美術館です。そのスーパーの「フクハラ」、帯広でスーパーと言えば「フクハラ」だったのでしょうが、時代の波には逆らえず、現在は大手の「アークス・グループ」の傘下にあるようです。
そんなこととは関係なしにこの美術館も素晴らしいです。小さな町・鹿追町にこのような素敵な美術館があることに驚いてしまいます。神田日勝のコレクションも一室を飾るほどに充実しています。私の想像ですが、福原治平氏が神田日勝のパトロンと言うか支援者の一人だったのかなと思っています。(違っていたらゴメンナサイです。)
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併設されている「ランチ&カフェ えんじゅ」も、広い前庭を望むように配置されていて、とても雰囲気の良いレストランです。パスタの種類が豊富で人気店になっています。
パスタも美味しいですが、乳製品がとびっきり美味しいです。さすがに帯広近郊ですね。
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神田日勝記念美術館へ

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NHKの朝ドラ『なつぞら』で、山田天陽くんのモチーフらしい神田日勝の美術館へ行ってきました。
『神田日勝記念美術館』は、帯広市の近くの鹿追町にあります。
 神田日勝につきましては、すでに知られていますので、パンフレットの紹介をそのままコピーして再掲載します。

1945年の終戦から1960年代まで戦後の開拓農民として生き、同時に物の本質にせまる克明な描写によって、 戦後日本の画壇で異彩を放ったこの画家は、最後の完成作《室内風景》と前半身だけ克明に描き出された《馬(絶筆・未完)》 を残し、32歳8ヶ月の短い生涯を閉じた。 画家が生きた時代は、戦後日本の高度成長と資本主義の矛盾や弊害が、さまざまな形で広がっていった激動の時代と重なっている。

美術館内部は写真を撮ることが出来ませんので、post cardをスキャンしました。絵画の一部は札幌にあります道立近代美術館が収蔵しています。
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「馬(絶筆・未完)」 1970 油彩・べニヤ

神田日勝と言いますと、この「馬(絶筆・未完)」がまず目に浮かぶと思います。
腰と下肢の部分のない不思議な作品と思っていたのですが、実際の作品では腰と下肢の部分は線画の状態で描かれています。馬の全体を3分割したものと考えていただければと思います。
頭部と上肢の部分は羽毛の詳細まで描かれていて、ほぼ完成しています。胴部は下塗りの段階で、これから仕上げにかかる予定だったようです。腰と下肢の部分は前述のように、まったく色はつけられておりません。
神田日勝の描き方を知る貴重な作品のひとつとも言えるようです。
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「室内風景」 1970 油彩・ベニヤ
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「馬」 1965 油彩・ベニヤ
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「飯場の風景」 1963 油彩・板
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「雪の農場」 1970

神田日勝のことは20代の頃から知っていますが、画風が暗い感じがして正直あまり興味を抱くような画家ではありませんでした。しかし年齢を重ねるごとに神田日勝の絵を観てみたいという願望にかられるようになりました。そう、重い腰を押してくれたのが、朝ドラの「なつぞら」でした。
神田日勝、実際に観るといいですね。
そうそう、暗い絵が多いというのは、茶色や黒色の絵の具が安かったからという説があるようです。開拓農家ですから、あまり贅沢はできず、ベニヤ板や安い絵具を多用したのでしょう。
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朝倉彫塑館へ

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東京滞在の最後は「朝倉彫塑館」へ行ってきました。JR日暮里駅から谷中銀座へ行く途中にあります。
彫刻家・朝倉文夫といってもあまり馴染みがないかも知れませんが、早稲田大学の大隈重信像や東京国際フォーラムの太田道灌像というとピンとくるかもしれません。また、若手芸術家への教育の場として朝倉彫塑塾と言うものがこの施設内にあり、数名の塾生が研鑽を積んでいたようです。
ブログ内で紹介した「猫とフクロウのギャラリー」の彫刻家・木内克(きのうちよし)も朝倉彫塑塾の塾生だったこともあり、木内絡みで興味のある彫刻家の一人になっています。

朝倉文夫や「朝倉彫塑館」につきましては、同館のホームページに詳しい解説が掲載されていますので、コピーして掲載させていただきます。また、同館は全面的に写真が禁止されています(一部を除いて)ので、最初の2枚だけは私の撮影で、残りはホームページ上に掲載されているものをコピーして再掲載させていただきました。
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【朝倉文夫について】
1883(明治16)年、大分県大野郡池田村(現豊後大野市)に生まれた朝倉文夫は、19歳の時に実兄の彫塑家渡辺長男(おさお)をたよって上京し、彫塑と出会います。
翌年、東京美術学校(現東京藝術大学)に入学、1907(明治40)年に同校を卒業した朝倉は本格的に創作活動をはじめます。第2回文部省美術展覧会に「闇」を出品して2等賞を受賞し、新進気鋭の彫塑家として一躍世に知られるようになります。
代表作「墓守」(1910年)は制作の転機となった作品で、以後、徹底して自然主義的写実を貫きます。官展で受賞を重ねることで作家としての地盤を固め、日本の彫塑界をリードする中心的な存在として活躍しました。1948(昭和23)年には彫刻家としてはじめて文化勲章を受章し、1964(昭和39)年81歳で没しました。
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【建物について】
朝倉彫塑館は、彫刻家 朝倉文夫のアトリエと住居だった建物です。朝倉は東京美術学校を卒業した1907(明治40)年、24歳の時に谷中にアトリエと住居を構えました。当初は小さなものでしたが、その後、敷地を拡張したり増改築を繰り返したりして建築を楽しみます。その様はまさに普請道楽といえるでしょう。
現在の建物は1935(昭和10)年に建てられました。建物は朝倉が自ら設計し、細部にいたるまで様々な工夫を凝らしており、こだわりを感じさせます。さらに、朝倉はここを「朝倉彫塑塾」と命名し、教場として広く門戸を開放して弟子を育成しました。朝倉の教育法は独自の自然観と深く結びついており、この建物にもそれが色濃く反映されています。
その後、この建物は朝倉の遺志により遺族によって1967(昭和42)年から公開されました。1986(昭和61)年に台東区に移管され、台東区立朝倉彫塑館となりました。2001(平成13)年には建物が国の有形文化財に登録され、2008(平成20)年には敷地全体が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されています。2009(平成21)年から2013(平成25)年にかけて保存修復工事を行い、耐震補強を施し、朝倉生前の姿に近づけるべく復原され、文化財的な価値を高めています。
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【庭園について】
アトリエと住居に四方を囲まれた中庭は、朝倉の考案をもとに造園家 西川佐太郎が完成させました。南北約10メートル、東西約14メートルの敷地のほとんどが豊かな水で満たされています。さらに熟慮を重ねて配された巨石と樹木が濃密な空間を作り出しています。
建物のどこからでも見ることのできる回廊式の庭園には、朝倉の彫刻家としての視点と芸術観がよくあらわれています。
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【屋上庭園について】
コンクリート建築の屋上に作られた庭園は、日本の屋上緑化の先駆けとして重要な意味をもっています。
この庭園は、かつて朝倉彫塑塾の園芸実習の場として利用されていました。植物の世話を通して土に親しみ、自然観照の目を育むこと、触覚をはじめとする感覚を研ぎ澄ませることを目的とした、朝倉独自の教育論に基づいています。
現在は一部に菜園を再現しています。オリーブの木や四季咲きのバラなど、季節を通してお楽しみいただける憩いの空間です。
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『ラファエル前派の軌跡展』

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「三菱一号館美術館」で開催されている『ラファエル前派の軌跡展』を観てきました。

「ラファエル前派」といってもさっぱり分かりませんが、説明を要約してみますと・・・

時代は浦賀にペリー率いる黒船が来航した1853年の約5年前のことです。英国のロセッティ、ハント、ミレイという3人の学生が、「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」というものを結成しました。あの印象派が絵画の歴史に絶大なインパクトを与えるほんの数十年前です。
当時の美術界は『ベルヴェデーレの聖母』などで有名なラファエロを最高の画家としていました。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとともに盛期ルネサンスの三大巨匠といわれている人です。
しかし、ロセッティら3人は、盛期ルネサンスを代表するラファエロなどの調和のとれた画風は退屈だし時代遅れなのではという不満を持っていました。それがこの活動の発端となったようです。
ただ大きな運動とはならず、長くも続きませんでした。そんなことであまり知られていないのですね。

今回の企画展のもう一つの大きな見どころは、美術史家でパトロンのジョン・ラスキンが蒐集したターナーの作品です。ラスキンはラファエル前派の活動を支持し、若き3人を支援していたことでも知られています。

つまりは、ラスキンの「自然をありのままに再現すべきだ」という言葉に現れているように、人物は勿論のこと背景となる風景や事物を含めて、すべてを自然な姿で忠実に描くことを重要視したのでしょうね。

三菱一号館美術館での開催は6月9日をもって終了しましたが、
2019年10月5日(土)~12月15日(日)まで 大阪・あべのハルカス美術館、
2019年6月20日(木)~9月8日(日)まで  福岡県 久留米市美術館で開催されます。
お近くの方はぜひご覧ください。
そうそう、一部屋だけ写真OKのところがあります。カメラ、スマホをお忘れなく。
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三菱一号館美術館へ

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東京は予想通り雨が降って肌寒いですので、雨に濡れないで辿りつけるJR東京駅近くの「三菱一号館美術館」へまず行ってみることにしました。地下1階の丸の内地下南口改札から400mほど歩きますと美術館入口に着きます。2010(平成22)年春に竣工したこの建物の外観も素晴らしいのですが、強い雨ですから中だけで我慢することにしました。庭にも出たかったのですが、またの機会に取っておくことにします。
設計図をもとに忠実に再現したようですが、趣のある素晴らしい建物ですね。
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パンフレットによりますと・・・
「三菱一号館」は、1894(明治27)年、開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計されたました。三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築です。全館に19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式が用いられています。当時は館内に三菱合資会社の銀行部が入っていたほか、階段でつながった三階建ての棟割の物件が事務所として貸し出されていました。
この建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されましたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に則って同じ地によみがえりました。今回の復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施されました。
また、階段部の手すりの石材など、保存されていた部材を一部建物内部に再利用したほか、意匠や部材だけではなく、その製造方法や建築技術まで忠実に再現するなど、さまざまな実験的取り組みが行われています。
19世紀末に日本の近代化を象徴した「三菱一号館」は、2010(平成22)年春、「三菱一号館美術館」として生まれ変わりました。

洞爺湖有珠ジオパーク ②西山山麓火口散策路

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次にビジターセンターから車で10分くらいのところにある西山山麓火口散策路へ行ってみました。
2000年の噴火の際に出来た有珠山北西山麓火口群跡に作られた散策路です。

まず目に入るのが元消防署の庁舎とその山側に出来た西新山沼です。一時停止の「止まれ」の標識があるようにこの沼の下には国道が走っていました。乗り捨てられた車が無残な姿を晒しています。
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さらに進んでいきますと、道路上の断層群が見えてきます。正断層の落ち込みで生じた地溝(グラーベンともいいます)で、大地の著しい隆起のために地表が引っ張られて割れ、部分的に陥没して出来たものです。
噴火の前は、私たちが歩き始めた洞爺湖側から噴火湾に面するJR洞爺駅へ向かって下っていました。それがほぼ中間部で75mも隆起したといいますから、マグマの威力というか凄さを感じてしまいます。
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本来は下っていたのですが、現在は結構な勾配の枕木の木道を登って第1展望台、第2展望台と進んでいきます。ここまで来ますと、羊蹄山、洞爺湖そして目を転じますと噴火湾を望むことが出来ます。
あいにくの異常高温のため山並みが霞んで、羊蹄山はかすかにしか見えません。
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第2展望台がピークで、ここから噴火湾の方へ下っていきますと、被災した菓子工場が見えてきます。地表の不規則な隆起によって、かろうじて建物の面影をとどめているような感じです。19年という歳月もあるのでしょうが、今まさに大地というか自然の中に呑み込まれていきそうです。
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すぐ近くに19年前は新築だったと思われる民家があります。ちょうど家屋の直下で断層が出来、真っ二つに壊れてしまっています。道路に面したところには立派な門と車庫があり、壊れた車も放置されています。眼下に噴火湾が望めますし、一帯は良質の豆の産地だったようですから、とても綺麗な景色が広がっていたことが想像されます。
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さらに歩みを進めますと、火口から600mのところにあった「とうやこ幼稚園」があります。
大きな噴石が飛んできて、壁や屋根が破壊されていることが分かります。真ん中にある瓢箪池の水位が傾いていますし、手前の滑り台も隆起によって勾配がとても急になっています。

地震、津波、台風、水害そして火山と毎年のように自然災害が猛威を振るっていますが、こうして遺構の数々を目の当たりにしますと、改めて自然災害の怖さを感じてしまいます。命を守る上で教訓にしないといけないなと思っています。
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洞爺湖有珠ジオパーク ①金比羅火口災害遺構散策路

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ユネスコの世界ジオパークに認定されている『洞爺湖有珠ジオパーク』へ二人で行ってきました。
カルデラ湖としては日本で3番目の大きさを誇る洞爺湖、そして1977年と2000年に噴火を繰り返した有珠山を中心とした、伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町にひろがるジオパークです。

まず湖畔にあるビジターセンターでパンフレットをいただき、係の方から散策路の説明を受けてスタートです。センターの裏手から直接「金比羅火口災害遺構散策路」に行くことが出来ます。
午前10時の段階で、すでに気温は30℃近くまで上昇しており、少し歩くだけで汗が噴き出してきます。風があまりありませんし、火山遺構ということで木陰もあまり期待できませんので、せめて水分補給を怠らないようにして歩くことにします。

まず最初に目に飛び込んでくるのは、「桜ヶ丘団地」の建物です。
5階建ての公営住宅が3棟あったのですが、火口から溢れた熱泥流によっていずれも1階部分は埋もれてしまいました。203世帯378人は家財道具も取り出せない状態で避難したようです。現在は3棟のうち1棟だけが遺されて保存されています。
建物の左手裏の2階部分の角に大きな傷跡があります。これは5枚目の写真にあります「木の実橋」の橋梁がそのまま泥流に流されてきて激突した痕跡なのだそうです。
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すぐ近くには「やすらぎの家」があります。
1988年に建てられた町営の公衆浴場で、地元の人たちの憩いの場として、また観光客との交流の場として利用されていました。噴火前年の1999年に改装したばかりと言いますので、町民の無念さが伝わってくるようです。同様に泥流で1階部分が埋まっています。
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公営住宅に激突した国道230号線に架かっていた「木の実橋」の橋梁です。
泥流に持ち上げられて100mも流されてきたそうです。橋桁や街路灯までもがそのままになっていて、泥流の凄まじさを思い知らされます。
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散策路(フットパスコース)を進んでいきますと、大小の火口が散在しています。
そのうちの「有くん火口」。2000年の噴火で出来た火口としては最大であり、火口原の窪みには水がたまって池になっています。池の深さは10mほどで、深いエメラルドグリーン色をしていて神秘的です。
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仙台うみの杜水族館 ②

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海水魚は勿論のこと、クラゲや淡水魚、そして世界中の魚類、獣類が展示されています。

クラゲは鶴岡の加茂水族館が有名ですが、ここの水族館にもきれいなクラゲがたくさんいます。ゆっくりフワフワと乱舞するクラゲは何となく癒されますね。
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外のスタジアムでは時間によってイルカとアシカのパフォーマンスがあります。イルカやアシカ、ペンギンなどに触れたりすることも出来ます。私はイルカと一緒に泳いでみたいなと思っていました。
どこかの反捕鯨国からイルカのショーが非難されているようですが、こういう議論はお門違いって気がしますね。大海原で自由に泳ぐのが一番でしょうが、恵まれた環境の中で人間と一緒に暮らして、楽しいショーをするイルカがいてもいいですよね。
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ツメナシカワウソもいました。二ホンカワウソかと思いましたが、アフリカが生息域なんだそうです。動きが速すぎて写真を撮るのが大変でした。表情が愛らしくて超可愛いです。雰囲気がダックスフンドに似ていて、思わずペットに欲しいなぁと思ってしまいました。(^^♪
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こちらはヨシキリザメです。「ブルーシャーク」という名のとおり、インディゴブルーの背中と真っ白な腹部とのコントラストが見事で世界で最も美しいサメと言われています。
フカヒレの原料となるらしく、宮城県が日本有数の水揚げを誇っているそうです。ただ、飼育例はほとんどなく、育てるのがとても難しいサメなのだそうです。
5/21の時点で、誕生してから299日目で、長期の飼育に挑戦しているようです。ここの水族館でしか観ることができないとのことです。まだ子供ですから体長は1mほどです。P5210242
バックヤード見学ツアーにも参加してみました。
普段私たちが観る表の顔とはまた違った裏側の様子を見せていただきました。
真上から見る水槽の様子など貴重な体験をさせていただきましたが、若いスタッフの方々の活き活きとした表情や動きがバックヤードから感じられて、あらためていい水族館なのだなと思った次第です。

朝から夕方まで水族館で過ごしましたが、もう少しいてもいいかなと思いつつ水族館をあとにしました。また、機会がありましたらぜひ来たいと思っています。
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仙台うみの杜水族館 ①

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プチ旅行の最終日(5/21)は、これも楽しみにしていた『仙台うみの杜水族館』へ行ってきました。
JR仙台駅から仙石線に乗って約18分ほどのところにある「中野栄駅」で下車します。ここのバスターミナルから30分毎に出ているシャトルバスに乗ると10分ほどで水族館に到着です。

いろいろなところの水族館を観ていますが、ここの水族館は5本の指に入るくらいに素晴らしいです。
最大の見せ場は25,000匹のカタクチイワシが乱舞する大水槽です。カタクチイワシのトルネードを観ているだけで一日が過ごせそうな気がしてきます。この大水槽は屋根のない構造になっていて雨などは直接降り注ぐようですが、それだけに天気のいい日はダイビングをしているような気持になるそうです。

親潮と黒潮がぶつかる恵まれた南三陸の海の魚たちがいっぱいいて最高です。
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北海道開拓の村 農漁村・山村群

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こちらは農漁村・山村群にある建物の一部です。
今ではほとんど見ることが出来ない太い柱や梁をふんだんに使った木造建築、そして何となく優しい風合いの札幌軟石を用いた建造物を見ることが出来ます。

開拓者の息遣いが感じられる「北海道開拓の村」へぜひお越しになってみてください。
私も次回は1日かけてゆっくりと見学したいと思っています。
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北海道開拓の村 市街地群 その2

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小学校の夏休みは先週末で終わって2学期が始まっていますので、村内を訪れる人は少なくとても静かです。夏休み期間には子供たちの自由研究にも役立つ、いろいろな体験イベントが開催されていたようです。

馬車鉄道通りに沿ってぶらぶら歩いてみます。
移住者の郷里の建築様式が垣間見られたり、厳しい風土に根ざし型にとらわれない北海道らしい意匠が込められたりと、どの建物もきらりとひかる魅力があります。
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北海道開拓の村 市街地群 その1

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東川町からの帰り、札幌市厚別区の病院へ見舞いをしたあとに、すぐ近くにある北海道開拓の村へ立ち寄ってみました。1時間程度しか余裕がありませんので、本当に駆け足で回った感じですが、大好きな古い建物の数々をちょっとだけ堪能してきました。

リーフレットによりますと、この村は明治から昭和初期にかけて建築された北海道各地の建造物を54.2haという広大な敷地に移築復元・再現した野外博物館なのだそうです。愛知県犬山市にある明治村の北海道版といった感じです。

写真だけは沢山撮ってきましたので、3回に分けて紹介したいと思います。なお、建物の詳細につきましては北海道開拓の村のホームページに掲載されておりますので、こちらをご覧ください。
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ブリヂストン美術館展

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学会場のロイトンのすぐ隣が道立近代美術館と三岸好太郎美術館ですので、2日目も抜け出して『ブリヂストン美術館展』をみてきました。京橋にあるブリヂストン美術館が建て替えのために休館しており、その合間を縫って作品が北海道へやって来たようです。以前に京橋のブリヂストン美術館へ行ったことがあり、常設展示されていたものはみていますが、重要文化財4点を含む西洋絵画41作家56点、日本絵画20作家28点の作品群をみていますと、石橋財団コレクションの凄さにあらためてため息が出ます。
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レストランではブリヂストン美術館展を記念してのスペシャル・メニューがありましたので、チョイスしてみました。何がスペシャルなのかよく分かりませんでしたが、美味しかったです。
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第2会場は三岸好太郎美術館になっています。mimaの愛称で親しまれている小さな美術館で、知事公館の庭を見ながらcafeでくつろぐにもいい素敵なところです。会期は今月の24日までですので、ぜひ足を運んでみてください。
また7月14日(土)から9月9日(日)までは石橋正二郎の故郷である福岡県久留米市で同展が開催されます。
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北海道大学植物園 ①建物編

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学会1日目(6月2日)の午後に会場を抜け出して、すぐ近くにある北海道大学植物園を訪れてみました。札幌へ来る機会のある時は、時間が許す限り寄ることにしている大好きな場所です。植物は後編に掲載するとして、まず建物から紹介したいと思います。植物園のホームページなどに詳細が掲載されていますので、詳しいことは省きますが、重要文化財に指定されている国内最古の博物館本館、博物館旧事務所、博物館倉庫、博物館便所、博物館鳥舎、植物園門衛所の6棟が園内の一角にあります。他にイギリス人宣教師のジョン・バチェラー博士の旧宅、そして札幌農学校キャンパスの動植物講堂だった宮部金吾記念館が移築保存されています。現在は博物館本館のみしか内部公開されていませんが、建物好きにはたまらないスポットです。
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粘土箱の中の宝石 『木内 克 展』

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寄贈手続きが無事に済み、大木館長の案内で施設および展示作品を見せていただきました。
旭川ゆかりの日本近代彫刻の代表的彫刻家・中原悌二郎を記念した美術館だけあって、中原悌二郎が残した12点の作品は勿論のこと、木内克や佐藤忠良、舟越保武など錚々たる彫刻家の作品が所蔵・展示されています。

事前に企画展『木内克展』が開催中ということは聞いておりましたので、こちらの展示も楽しみにしていました。昭和45年に開始した中原悌二郎賞の最初の受賞者ということは前述しましたが、木内自身すでに日本の近代彫刻界を代表する彫刻家として名を馳せていましたので、後にこの賞が彫刻界の最高栄誉の一つとして認められていく先駆けとなりました。
15年程に及んだ滞欧生活の中で独自に築いた大らかで気品のある作風は、戦後の彫刻界に大きな影響を与えることになり、同時に人々を魅了し続けた作家のひとりとして知られています。木内のモデルを長く務めたのは松平須美子という女性ですが、今回の企画展のブロンズ作品のすべてが彼女の献身的な支えによって生み出されたものであり、また木内の制作意欲を高めたことは間違いないようです。

今回、寄贈した作品も何かの企画展あるいは常設で展示されるかも知れませんので、展示された際にはご覧いただければ嬉しく思います。
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旭川市彫刻美術館へ

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旭川にある中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館へ行ってきました。
私のブログの中で少しだけ木内克(きのうちよし)の作品を紹介していますが、これらの作品を寄贈したいという親類の依頼で、ブロンズ、テラコッタ、絵画など10数点を運搬してきました。貴重な作品ですので、相当に気を遣っての道中でしたが、何とか破損することなく無事に届けることが出来てホッとしているところです。

戦後の日本の彫刻界を代表する一人として知られている木内克(1892~1977)は茨城県水戸市の出身ですが、1970年(昭和45年)に旭川で開催された栄えある第1回中原悌二郎賞の受賞者であり、また没後に遺族からブロンズ原型が多数寄贈されたこともあり、当美術館とは深い関係があります。

私は旭川には毎年のように足を運んでいますが、当美術館へは初めての訪問であり、このような機会でもないとなかなか来ることがなかったかもしれません。ご覧のように素晴らしい建物ですが、昨年の10月までの5年間は修復のために閉館しており、そんな関係もあって知名度が低かったのでしょう。

建物は1902年(明治35年)、旧陸軍省第7師団の将校たちの社交場「旭川偕行社(旭川師団将校集会所)」としてに建設されたそうです。 半円形の玄関や2階の大きなホールなど、当時としてはとてもお洒落な建物だったらしく、集会所としては勿論のこと社交場や迎賓館として利用されていたようです。往時には皇太子時代の大正天皇や昭和天皇もご宿泊になられたとのことです。
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当時の様子をもっと知りたいと思い、美術館の紹介で近くの自衛隊の敷地内にある北鎮記念館を訪れてみました。
これが当時の旭川偕行社の様子を知ることが出来る建物模型です。軍部の施設とは思えないほどに洗練されて美しい建物です。コロニアル・スタイルともいわれるどこかオリエントの匂いのする佇まいが素敵です。
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ジオラマで当時の陸軍第7師団の建物や配置の様子を知ることが出来ます。兵舎や騎馬訓練の馬場、パン工場まであって興味深いです。偕行社はといいますと、中央上部やや右寄りにあります。
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招き猫亭コレクション 猫まみれ展

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道立函館美術館で開催されている『招き猫亭コレクション 猫まみれ展』を見てきました。全国を巡回しているらしく、猫と猫の作品を愛する謎のコレクター「招き猫亭」が約40年にわたって収集してきた絵画、彫刻、陶磁器等約300点を紹介しているそうです。私のブログでも紹介している木内克、稲垣知雄などは勿論のこと浮世絵からシャガール、藤田嗣治、フジコ・ヘミングなどなど古今東西の画家たちの作品が目白押しです。一個人がよくまあこんなにも集めたものと感心してしまいます。
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猫の写真を持参した方は入場料が割引になるということで、沢山の方が持ち込んで貼り付けてあります。これを見るだけでもいろいろな猫がいて楽しいです。犬を飼っている人よりも猫の方が多くなったと報じられていますが、頷けるような気がします。
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1840年代に描かれたという歌川国芳の《猫の百面相》は写真がOKになっていました。猫というよりも擬人化された人間の顔のようで、目や口の動きなど表情の捉え方が見事です。寛政および天保の改革により、浮世絵の改め(検閲)などいろいろな制約が庶民に課せられましたが、役者絵が禁止になってからも国芳は様々な動物の役者絵を描いて禁令をくぐり抜け、その反骨精神が庶民の喝采を浴びたといいます。猫好きで反骨精神の旺盛な国芳の真骨頂がこの絵にも表れているのでしょうね。
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八雲の木彫り熊

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先日、八雲へ行った際に「木彫り熊資料館」へも寄ってきました。
今でこそブームは下火のようですが、少し前までは北海道の観光土産品のトップは木彫り熊で、どこの観光地へ行っても実演販売していたように思います。私が子供の頃の大沼でも店先にロープに繋がれた小熊がいて、奥の方では顎髭を伸ばしたおじさんが一心に木を彫っていた光景を思い出しています。

そんな木彫り熊ですが、ここ八雲町が発祥の地であることは意外と知られていないようです。八雲町は今の名古屋・尾張藩と深い結びつきがあり、その起源は1878年10月に旧尾張藩士族の移民11戸50人を乗せた開拓使汽船ケプロン丸が遊楽部(ユーラップ)に到着したことに始まります。のちの旧徳川農場へと発展するのですが、現在の八雲の近代酪農の礎になったことは間違いありません。木彫り熊は、ここの農場主で尾張徳川家第19代当主の徳川義親公が大正10年(1921年)に渡欧した際に、スイスで購入した熊の民芸品をもとに農民へ制作を奨励したことがきっかけだといわれています。義親公は、町民から「徳川さん」と呼ばれて親しまれたようで、名誉町民第一号となっています。

そのような風土が後押ししたこともあり、八雲には優れた木彫り作家が多く輩出されることになります。ここ「木彫り熊資料館」には、名だたる作家による作品が数多く展示されており、見応えがあります。北海道の木彫り熊の系譜を知る上でも、ぜひ来館されることをお勧めいたします。
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下の3体は、だいぶ前に八雲の友人からいただいた木彫り熊です。作者は引間二郎ですが、作家名を「木歩(きぼ)」といいましたので、ご存知の方もいらっしゃると思います。木彫熊講座の3代目講師を務められて、後進の指導に尽力されたことでも知られています。作品は太く短い毛を纏ったいわゆる毛彫りという作品と下の写真のような面彫り(カット彫り)という二つの異なる作風の作品を作っていました。

私が手元に所有している3体はいずれも面彫りの作品で、材はエンジュ(槐)というマメ科の落葉高木です。とても固い材質で、20cmほどですが、ずしりとかなり重いものです。35年ほど経過していますから、程よく色づいていい感じです。

「木彫り熊資料館」を訪れて、この熊たちも仲間と一緒の方がいいかなとも思っています。引き取ってくれるものかどうか、近いうちに打診してみようかなと思っているところです。
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函館市北方民族資料館

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函館市文学館の並びにある函館市北方民族資料館へも寄ってきました。前回訪れたのは改装前ですから、初めて入るような感じです。青柳町の函館公園内にあった函館博物館旧蔵資料と国の重要有形民俗文化財として指定されている「馬場コレクション」、アイヌ民族学研究の基本をなす貴重な資料として知られている「児玉コレクション」の一部が展示されています。
建物は1926年(大正15年)に竣工した旧日本銀行函館支店で、建物だけでも一見の価値があります。豪華な天井飾りやきらびやかなタイルなど、さすがに日本銀行ですね。
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石川啄木直筆資料展 ― 函館市文学館 ―

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函館市文学館では開館以来、年度の下半期に「函館啄木会」の協力のもとに『石川啄木直筆資料展』を開催していますが、今回は「明治41年4月の書簡」が展示されていますので、見てきました。
明治41年4月といいますと、物心両面にわたって啄木を支えた歌人の宮崎郁雨のすすめもあって、家族を函館へ迎えるべく小樽に一時滞在していた時期ですが、その頃に啄木と郁雨の間で交わされた書簡やハガキなどが展示されています。手持ちのお金が僅かなので、生活資金を工面してほしい云々のことが生々しく書かれていたりして、切実な啄木の声が聴こえてきそうな気がします。それにしましても、私的なハガキや書簡にもかかわらず、文面からは文学的な香りが漂ってきて惹きつけられます。啄木は生まれながらの言葉の天才だったようですね。
建物は、大正10年(1921年)に第一銀行函館支店として建設されたものです。
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「バーミヤン大仏天井壁画」

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東博のすぐ近くにある東京藝術大学美術館陳列館で開催されている ~流出文化財とともに~ と題する「バーミヤン大仏天井壁画」展を見てきました。
今回の企画・展示は「流出文化財保護日本委員会」の主催ですが、アフガニスタンから流出した文化財を「文化財難民」として保護し、さらに文化破壊の現状を知ってもらうと同時に同国への支援と関心を訴えることを目的にしています。そんな趣旨に沿って特別企画展の第1部が構成されています。
※写真撮影が許可されていましたので、数点を撮影してきました。
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第2部はタリバンによって破壊され焼失したあのバーミヤンの「東大仏の天蓋を飾った天翔る太陽神」の復元がテーマです。バーミヤンでの学術調査をもとに、新たに開発した技術と日本の伝統的な復元技法を結び付けて破壊前の状態に再生させることに成功した原寸大の壁画が展示されています。
あたかも天蓋に見守られて、バーミヤン平原をみているような気持になります。東西文明の十字路として栄えたアフガニスタンから、かつてシルクロードを介在して多くの文化的影響を受けた我が国ですが、現在の同国の混乱を見るにつけ、一日でも早く平和になることを願わずにはいられません。
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6月5日(日) 20時からNHK E‐テレの「日曜美術館」で、「シルクロード 守られた秘宝 アフガニスタンの美を未来へ」と題して東博および東京藝大の特別展のことが放送されます。ぜひご覧ください。

特別展「黄金のアフガニスタン」

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次は東博(東京国立博物館)の表慶館で開催されている ~守り抜かれたシルクロードの秘宝~ と題された「黄金のアフガニスタン」展を見てきました。1979年の旧ソ連の軍事介入に端を発したアフガニスタン内戦、戦闘が激化するにつれアフガニスタン国立博物館も略奪や焼失の危機に晒されることになります。そこで博物館職員が秘密裏のうちに秘宝の数々を中央銀行の地下金庫へ運び出したそうです。それから10数年経過し、タリバンが崩壊して、アフガニスタンの黄金の秘宝は再び目を覚まし、今回の特別展へと繋がったそうです。

紀元前2100年頃のメソポタミアとインダスに栄えた文明から、前3世紀のアレクサンドロスの東征の時代、前1世紀頃の地中海世界や中国、インドと交流したクシャーン朝時代まで、黄金に彩られたシルクロードの秘宝が今なお燦然と輝いて見学者の心を魅了します。彫金など金加工の技術が素晴らしく、この特別展も必見です。
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世界遺産「ポンペイの壁画展」

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昨日で学会のノルマが終了しましたので、今日はゆっくりと朝食をとって東京へ向かいます。
まず、六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリーで開催されている世界遺産「ポンペイの壁画展」を見ることにしました。遥か40年も昔にポンペイへ行ったことがあるのですが、現地でもなかなか目にすることが出来ないエルコラーノ遺跡の壁画も見ることが出来るとあって、とても楽しみにしていました。
特にエルコラーノで18世紀に発見された「赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス」は、絵画的な完成度が高く、2000年も前の作品とは思えないほどの美しさです。古代ローマ美術史の青柳正規先生が監修していますので、展示の内容・構成が素晴らしく必見の企画展と思います。
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みなとみらい -2 横浜美術館

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三菱技術館のすぐ隣が、横浜美術館です。
横浜美術館コレクション展2016年度第1期という企画をやっていました。この夏開催される企画展「メアリー・カサット展」(会期:6月25日~9月11日)に連動して、女性アーティストに焦点を当てたようです。片岡球子や松井冬子など知っている画家の展示も数点ありました。賑やかな界隈にありながら、前庭を囲むように配されたお店にはオープンテラスがあったりして、ここだけオアシスのような感じになっています。
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みなとみらい -1 三菱技術館

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英語ばかりでは頭が痛くなってきますので、夕方抜け出してパシフィコの近くを散策してみました。
まず、すぐ近くにある「三菱みなとみらい技術館」を訪れてみました。1994年6月、三菱重工業株式会社が日常生活では触れる機会の少ない科学技術を体験型の展示で楽しみながら親しんでもらおうということで設立したようです。航空宇宙、海洋、交通・輸送、くらしの発見、環境・エネルギー、技術探検の6つのゾーンに分かれていて、実物や大型模型などで最先端の科学技術を紹介しています。
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初飛行を行った国産初のジェット旅客機MRJ(Mitsubishi Regional Jet)の機首・前胴部と主翼(一部)・エンジン部を実物大で再現しています。また国産ロケットH-IIBに搭載されているLE-7Aエンジンの実物を見ることが出来ます。そして、個人的にとても興味があった「しんかい6500」も展示されていました。6,500メートルの深海まで潜水することができ、全世界の約98%の海底調査を可能にしたといいますから、その技術力には驚いてしまいます。
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国宝 「伴大納言絵巻」

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東京駅から歩いて行ける出光美術館へ行ってきました。開館50周年記念ということで、10年ぶりの公開になる国宝の「伴大納言絵巻」が目玉です。開館シリーズは、「美の祝典」と題し、会期を3期に分けて、それぞれが魅力的な企画になっています。「伴大納言絵巻」は、866年の応天門の事件を題材に300年経った平安時代末期に制作された絵巻ですが、物語は現代にも通じる人間臭いストーリーで面白いですし、また絵巻の保存および修復状態がとても素晴らしくて見ごたえがあります。
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帝劇ビルにある出光美術館と全面ガラス張りの休憩スペースから眺められる緑豊かな皇居の景色です。帝劇前は、ミュージカル「天使にラブ・ソングを」の上演があるようで、多くの女性ファンが詰めかけて賑やかです。
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『900年の秘めごと~国宝・源氏物語絵巻~』

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昨夜のNHK-BSプレミアム『900年の秘めごと~国宝・源氏物語絵巻~』。期待していた通りの素晴らしい内容の番組でした。
まず今回の修復の過程をじっくり見せていただきましたが、絵具の剥落や紙の損傷がとても激しく、4年におよぶ大修理は相当に困難を極めたものであったことが分かりました。江戸時代にも修理がされていたようですが、その裏打ちの紙をはがした過程で下絵の様子などいろいろなことが判明したようです。それにしましても長い時を経て、これだけの絵画が残っていたことに驚嘆するとともに、これほどまでに素晴らしい修復をして供覧させていただいたことにも頭がさがります。
寂聴さんの源氏物語に寄せる熱い思い、そして900年という時を経て現代に生きる私たちへのメッセージがお話しから伝わってきました。また 宮廷画家たちが物語の登場人物の心情などに思いを巡らし、試行錯誤しながらも絵筆に情熱を込めた様子など修復過程から分かった事実はとても興味深いものでした。

《写真はNHK-BSプレミアムの画面を撮影したものです》
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私の少し後に徳川美術館を訪れたreikoさんから同館で販売されている企画展書籍をお借りしました。写真が大きくて鮮明で、実際に観た絵巻よりも数段詳しく細部まで読み取ることが出来ます。源氏物語が書かれた背景やそれぞれの詞書の説明なども詳細に記されていますので、源氏物語のさわりしか読んだことがない私などにとって同物語へのアプローチには良いテキストと思っています。

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物語としても絵画としても好きなのが、「宿木(やどりぎ)」の一場面を描いた第49帖です。前述のテキストと番組の内容を加味して書いてみます。

男性は光源氏の孫である匂宮(におうのみや)、女性は匂宮の妻である中君(なかのきみ)です。舞台は秋のしみじみとした夕暮れ。二条院の庭の枯れかかった前栽(ススキ、萩、藤袴)が風になびき、御簾をわずかに揺らして、揺れ動く二人の心情を表しています。匂宮はリラックスして青革張りの琵琶を奏でています。中君はこの時、懐妊中の身です。脇息(きょうそく)にもたれて扇を手に琵琶の音を聴いています。琵琶は中君も好きな楽器なのですが、匂宮が新たに夕霧の娘である六君(ろくのきみ)を妻としたことで中君は苦悩しています。一方の匂宮も、中君の姉である亡き大君(おおいぎみ)を恋い慕う薫(かおる)が中君に近づいていることを知り、中君と薫との仲に猜疑心を抱いています。 今どきのお昼のドラマのようですが、男と女の関係はいつの時代も普遍的な題材になるようです。

組高欄、簀子縁(すのこえん)をめぐらす廂間(ひさしのま)が舞台ですが、左の大きなスペースには前栽のある庭、そして廂間を斜め上から眺めるという構図、人物の微妙な配置・表情など、900年前の絵画とは思えない斬新さがありますね。

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『国宝 源氏物語絵巻』 徳川美術館

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仕事関連の学会があって40年ぶりに名古屋へ行ってきました。函館からの名古屋行きの飛行機は1往復しかなく、しかも田舎の悲しさで名古屋に夕方に着いて函館に朝に帰るという、何とも効率の悪いフライト設定のこともあって、2泊3日の旅程ながら学会に1日出席しただけで帰ってきました。
ただ徳川美術館だけにはぜひ行きたいと思っていましたので、中部国際空港に着いてすぐに名鉄の特急に飛び乗り、閉館の1時間少し前に何とか美術館に到着することが出来ました。常設展示室は飛び越して、一番奥にある蓬左文庫館へ直行です。
12月6日までの会期で『国宝 源氏物語絵巻』の4巻19場面の全点を一挙に観ることが出来ます。この絵巻物は12世紀に描かれた現存する最古のもので、3巻15場面を徳川美術館、1巻4場面を東京の五島美術館が所蔵しているそうです。900年の時を経ていますが、4年にわたる修復により極めて良好な状態に復元されており、ため息が出るほどに素晴らしいものでした。いつもとても混雑して待ち時間が出ているそうですが、夕方の閉館時間近くになって観覧者は少なくなりましたので、ゆったりと観ることが出来ました。

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先日のNHKのニュースでも報じられていましたが、絵巻の保存修理の過程で、幼子を抱く光源氏を描いた「柏木三」を透過赤外線で撮影したところ、胸で組まれた幼子の両手は、下絵では源氏に差し伸べる形だったことが分かったそうです。また、源氏の左手は下絵ではかなり下にあったようで、幼子の顔も数回の描き直しのあることが判明したようです。同館の四辻秀紀学芸部長によりますと、「光源氏が父の妃・藤壺と密通した自分の因果におののく複雑な心情が主題なので、薫がほほ笑んで手を伸ばすのは具合が悪い。単純に物語の挿絵として描かれたのではなく、内容を掘り下げようとする絵師の苦心のあとがわかる」とのことですが、なかなか興味深い背景がありそうですね。

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出典 www.nikkei.com

11/26(木) NHK-BSプレミアムで『900年の秘めごと~国宝・源氏物語絵巻~』(午後8時00分~午後9時00分)という番組が放映されるそうです。作家の瀬戸内寂聴さんと画家の山口晃さんが、修理を終えた源氏物語絵巻を見つめ、平安絵師たちが絵筆に込めた情熱に思いをはせ、みやびな世界を堪能するというのが番組の趣旨のようです。

「魯山人の宇宙展」

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道立函館美術館で開催されている「魯山人の宇宙展」を見てきました。料理、陶芸、書、絵画など多芸を極めた北大路魯山人。涎が零れるほどに欲しい器が沢山ありました。

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旧居の「春風萬里荘」に併設されていた茶室「夢境庵」を部分的に再現したものです。ここだけ写真撮影OKでした。

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出光美術館「日本絵画の魅惑」

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「海賊と呼ばれた男」のモデルである出光興産の創業者・出光佐三さんのコレクションを集めた出光美術館へ行ってみたいと思っていましたが、国立新美術館から地下鉄一本で大丈夫のようでしたので、行ってみました。地下鉄・千代田線の日比谷駅を出た帝国劇場のすぐ隣で、美術館は皇居のお濠に面した帝劇ビルの9階になります。
収蔵品の中から「日本絵画の魅惑」という企画で展覧会が開かれており、鎌倉時代の絵巻物、室町時代の水墨画とやまと絵屏風、桃山時代の長谷川等伯、狩野光信、近世初期風俗画、江戸時代の寛文美人図から肉筆浮世絵、琳派、文人画など重要文化財を含む多数の作品が展示されていました。
個人的には、佐三さんがこよなく愛した臨済宗古月派の禅僧・仙厓(せんがい)の作品を見たいと思っていましたが、「老人六歌仙画賛」など8点が展示されていて大満足でした。
なお、「海賊と呼ばれた男」の本の中では、『国岡美術館』となっていました。

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出光美術館の仙厓のコレクションはこちらから

国立新美術館 企画展「イメージの力」

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世界最大級の民族学コレクションを誇る大阪の国立民族学博物館と日本最大級の展示スペースを持つ国立新美術館のコラボレーション企画の「イメージの力」展を見て来ました。歴史・遺産・文化の民族学博物館と芸術・アートの美術館がその垣根を越えて企画する展覧会をとても楽しみにしていました。

私は子供の頃、短い期間でしたが、親父の仕事の関係で電気の無い山奥の僻地に住んでいたことがあります。夜は漆黒の闇ですから、子供ながらに自然の怖ろしさや得体の知れないものへの畏れなどを感じて過ごしたことを憶えています。

人々は目に見えないものを見えるようにイメージし、それを自らコントロールすることで精神の安定を保っていたのかもしれません。五感をフルに駆使し、暗闇や木々のざわめきなどから想像力を駆使してイメージを作り上げて日々を送っていたのでしょう。想像力が豊かであればあるほど、創りあげられるイメージはパワーに溢れたものになったものと思われます。

世界各地の造形物や生活用具など貴重な資料約600点を地域や時代ごとに分類せず、テーマに沿って展示するこの展覧会の迫力・パワーには圧倒されました。

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企画展「イメージの力」の詳しい展示内容はこちらのfacebookをご覧ください。

イザベラ・バードの旅の世界

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「ツイン・タイム・トラベル イザベラ・バードの旅の世界」と題する写真展が北海道大学総合博物館で開かれていますので、昨日(4/1)行ってきました。企画展の紹介文によりますと『イザベラ・バードの旅の世界をたどり、地理学者 金坂清則(京大名誉教授)が20年をかけて撮影した写真から選んだ115点を、バードの写真や銅版画そして記述と対比することで、1世紀を隔てた風景を「持続と変化」という視点から理解する面白さを伝えます』とあります。
日本では明治初期に北海道を訪れ『日本奥地紀行』を著したイギリス人女性として知られていますが、身長150cmほどの女性が22歳から70歳頃まで世界各地を旅し、写真を撮影する傍ら詳細な旅行記を執筆したことに驚嘆してしまいます。
私が住む七飯町にも1878年(明治11年)8月17日に来ているようで、峠ひとつ越えた蓴菜沼には「イザベラ・バードが歩いた道」の記念碑が建立されています。

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ユトリロ展 / 2013 函館

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道立函館美術館で開催されているユトリロ展を見てきました。生誕130年を記念しての展覧会とのことで、日本初公開の作品を含め76点が展示されています。パリの街並み、とりわけモンマルトルの風景を題材に多くの作品を残していますが、晩秋の街角に枯葉が舞って、カフェの小窓からシャンソンが微かに流れてくるような情景がいいですね。彼が愛したカフェのラパン・アジルは今もそのまま残っていますので、ワインを飲みながら100年ほど前に思いを馳せてみたい気もします。
そして教会で敬虔に祈る晩年期のユトリロの写真が展示されていましたが、何を祈っていたのでしょう。絶筆の未完の絵を見て、そんなことを思っていました。

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時の肖像 / 月村朝子作品展

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月村朝子さんの作品展「時の肖像」が函館市弥生町のギャラリー三日月で開催されていますので見てきました。横浜市出身で15歳から全国誌の小説挿絵などで活躍されていましたが、2年前に七飯町に移住され以前にもまして精力的に制作活動に励んでおられます。今回の作品展は「人・もの・こと」のポートレイトということで、歴史上の女性や親しい方々の肖像、身近な自然や風景などを心象を交えて魅力的に表現しています。明治30年頃に建造された土蔵が彼女の作品を包み込むような空間を作り出して、何ともいい雰囲気を醸し出しています。7月28日(日)まで開催していますので、ぜひ多くの方にご覧いただければと思います。

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ささき・たかしの木版画展

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七飯の合唱団のTさんの紹介で、函館の「いしい画廊」で開催されている旧戸井町出身で横浜市に在住の元小学校校長の佐々木孝さんの木版画展へ行ってきました。ちょうど佐々木さんが在廊されており、少しだけ絵の説明をしていただきました。洗練された色調から生みだされた懐かしい原風景のような作品には、ふる里を思う佐々木さんの詩文が添えられています。心温まる素敵な作品展です。

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佐々木さんのリーフレットから・・・
故郷を離れて50年余年が経ちました。
私のふるさとは、恵山岬に向かう途中 小さな原木川と入り江の鎌歌、ゴメが棲む武井ノ島のあるところです。
自然の恵みの中で村人、家族、友も育まれたところです。 
この5月に古希を迎え、私を育んでくれた故郷への感謝をこめて・・・(中略)


棟方志功展

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北海道新聞創立70周年を記念して「棟方志功展」が道立函館美術館で開催されていますので行ってきました。青森の棟方志功記念館や県立美術館で何度か作品を見ていますが、いつ見ても躍動感に溢れる「志功」はいいですね。ねぶた祭の強烈な極彩色と憧れの画家ゴッホの燃え上がる色彩世界からインスピレーションを受けたのでしょうが、「裏彩色」の技法が板画の世界を一層魅力的なものにしているようです

滝平二郎展

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道立函館美術館で開かれている夏休み特別企画展「滝平二郎の版画ときりえの魅力」を見てきました。日本の四季折々の情景を色鮮やかに表現する不思議な魅力を持った滝平の作品展です。

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滝平二郎の絵本には「ベロ出しチョンマ」や「八郎」「モチモチの木」「花さき山」などの名作があるようですので、愛読された方も多いのではないでしょうか。残念ながら私は読んでいませんので、内容は良く分からないのですが、いずれも素晴らしい版画、「きりえ」に魅了させられました。懐かしい農村風景や庶民の暮らし、子供の遊びなどを詩情豊に描写していて、出来れば自宅に1枚欲しいなと思ってしまいました。

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夷酋列像 特別公開

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松前藩の家老で絵師でもあった蠣崎波響の「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」が道立函館美術館で特別公開されていますので行ってきました。フランスのブザンソン美術館所蔵の1組11点と函館中央図書館所蔵の別の1組2点が展示されています。

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当時26歳の波響が描いたA3サイズのアイヌの長たち11人の絵は、鹿を担いで立ち上がろうとしていたり、弓を構えたり、槍を持ったりと威風堂々と描写されています。思った以上に小さな絵なのですが、極めて細部までリアリティに富んで描かれており、200年以上も前の時代の画家としての才能に驚かされます。衣装や靴が当時のアイヌが身につけることは不可能だった中国やロシアの色鮮やかなものを着用しており、この絵画が描かれた政治的な意図が垣間見られて興味深いです。なお会場はフラッシュは禁止ですが、撮影はOKです。

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今回里帰りした絵はフランス東部のプザンソンという小さな町の美術館に収蔵されていますが、これらの絵がどのような過程でフランスに渡ったのかは定かではないようです。日本の貴重な美術品は各地に散逸していますが、松前藩やアイヌに関連するものはやはり地元で収蔵できればと思いますね。

ディジタルアーカイブCMS(函館市中央図書館 / 公立はこだて未来大学)


マウリッツハイス美術館展

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急用があって埼玉へ行ってきました。猛烈な暑さにぐったりでしたが、帰ってきた昨日夕方の函館空港の気温が21度ということで、この温度差にはさすがに驚いてしまいました。東京での帰りの飛行機の時刻まで少し時間がありましたので、東京都美術館で開かれているマウリッツハイス美術館展を見てきました。

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               ※ガイドブックより引用

今回の特別展は2010年から改修で休館していた東京都美術館のリニューアルオープンを記念して催されたもので、17世紀オランダ・フランドル絵画の世界的コレクションで知られるオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館からの名品約50点が展示されています。特に注目を浴びているのは世界的なフェルメール・ブームのシンボル的存在「真珠の耳飾りの少女」です。先日の朝日新聞で、この絵の5つの謎として「ターバンの青‐純度高く鮮やか‐」、「真珠の輝き‐光の魔術で丸みを表す‐」、「少女の瞳‐画家のまなざし投影‐」、「つやめく唇‐語ろうとした言葉は‐」、「古代風の衣装‐着物に似た抜き襟‐」を挙げていましたが、これら点に注目して見ますと一層興味深く絵が見れるようです。他にレンブラント、フランス・ハルス、ルーベンス、ヤン・ブリューゲルらの傑作も展示されています。

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芹沢銈介展

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昭和31年に重要無形文化財「型絵染」保持者に認定された芹沢銈介(1895-1984)の個展が道立函館美術館で開催されていますので行ってきました。国内外でいまなお高い評価を受けている芹沢銈介の作品をとても楽しみにしていました。着物や暖簾などが多数展示されていましたが、斬新な色彩と構成で作り上げられた作品に魅了させられました。

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風景、人、道具などをモチーフに多くの作品を生み出していますが、特に「いろは歌」や「春夏秋冬」など文字を題材にしたものに素敵な作品がありました。    《写真はガイドブックからの引用です》


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