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カテゴリ:ちょっと面白かった本

『下町ロケット ゴースト』 池井戸潤

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池井戸潤さんの人気小説シリーズで2010年の第145回直木賞を受賞した『下町ロケット』。5年後の2015年に出版になった第2弾は『下町ロケット ガウディ計画』でした。そしてシリーズ最新作となる第3弾の『下町ロケット ゴースト』も面白くて一日で読み終えてしまいました。
今回の主題は農業です。耕運機の変速機トランスミッションのバルブをめぐる佃製作所の開発計画と、その変速機を製作しているベンチャー企業のギアゴーストに仕掛けられた特許紛争に纏わるお話です。今回も佃航平社長の誠実さと神谷弁護士のスカッとさせる敏腕ぶりが読みどころです。
数日後には『下町ロケット ヤタガラス』が発売になりますが、この刊をもってシリーズは完了のようです。
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『ロンリネス』 桐野夏生

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桐野夏生の『ロンリネス』。
前作の『路上のX』が面白かったので期待して読んだのですが、個人的には期待外れでした。

物語の主人公は、都内のタワーマンションに住み、それほどの財力もないのに背伸びをしてセレブ風の生活を楽しむ妻たちです。マンション内にある保育所のママ友なので、それぞれを子供の名前にママをつけて呼び合い、暗黙のうちに何らかのヒエラルキーも存在します。一見幸せそうな妻たちなのですが、本の題名のように皆それぞれに家庭やコミュニティ内で、「孤独」や「孤立」といった気持ちを抱えて過ごしています。その寂しさを紛らわす意味合いもあるのでしょうが、既婚だろうがご近所だろうがお構いなしのママ友たちの不倫のオンパレードが展開されます。当然のように子供を含めてみな傷つくのですが、それでも突っ走っていくママ友の凄さには唖然とさせられます。
私たち中高齢の世代が共有していると思っていた価値観や社会常識が軽んじられているようで、あまり好きにはなれないストーリーでした。孤独で寂しいのなら他にやることがありそうに思うのですが、まあ人それぞれですから仕方がないのかも知れませんね。小説に文句を言ってもしょうがないのですが。(笑)

『ハピネス』のシリーズ続編らしいですからこの続きも出そうですが、まず読まないと思います。
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『ファーストラヴ』 島本理生

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島本理生の『ファーストラヴ』を読み終えました。
『蜜蜂と遠雷』以来、個人的に直木賞受賞作品で心ときめく作品はありませんでしたが、今回(第159回)受賞の本作『ファーストラヴ』は、さすがに読んで良かったと思える作品でした。

ある夏の日、多摩川沿いを血まみれの姿で歩いていた女子大生が殺人容疑で逮捕されるところから物語が始まります。彼女の名前は聖山環菜。刺されて死亡したのは彼女の父親で画家の聖山那雄人。彼が講師を務める美術学校の女子トイレ内での出来事でした。しかし、逮捕後の取り調べで、環菜は犯行を認めたものの動機については本人ですら分かっていないようなのです。
この事件を題材にしたノンフィクションの執筆を依頼された臨床心理士の真壁由紀は、被告の弁護人となった義弟の庵野迦葉とともに、環菜や彼女の周辺の人々への面談を重ねていき、少しずつ真実への手がかりを見出していきます。

全体的に薄ぼんやりとしたミストの籠る舞台の上で演じられているような感じのする小説でした。性的虐待や歪んだ親子関係など、とても重いテーマの物語ですが、静かなタッチで淡々と綴られているのが印象的です。物語の終盤に向かって謎解きのように一つひとつのピースが繋がっていく過程が丁寧に、そしてミステリアスに描かれています。

ぜひ読んでいただきたい一冊です。
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『焦土の刑事』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『焦土の刑事』を読み終えました。
昭和20年3月10日に起きた東京大空襲の日、銀座の防空壕で首に切り傷のある若い女性の他殺死体が見つかるところから物語は始まります。警視庁京橋署刑事で28歳の高峰は捜査に乗り出すのですが、署長から「あれは空襲の被害者で、身元不明ということにする」という思ってもいない指示を受けます。高峰は、特高に本籍を置き警視庁保安課で芝居台本の検閲などに当たっている幼なじみの海老沢にその不満を漏らすのです。そうこうしているうちに、同じ手口で女性の他殺体が防空壕内で連続して見つかるのですが、同様に上層部から捜査に対する圧力がかかるのです。
そして同年8月15日に終戦を迎え、高峰らは新制警察の体制で本格捜査を行うことになります。その結果、ある劇団との接点が浮かび上がるのですが・・・、ここから先は読んでのお楽しみということにいたします。

戦争という狂気のなかで引き起こされた殺人事件をモチーフに、個人の正義と国家の正義のはざまで揺れ動く若き警察官、そして戦争に翻弄された人々の姿を描いています。高峰・海老沢というコンビが活躍するシリーズのようですから、次作も楽しみな一冊になりそうです。
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『噛みあわない会話と、ある過去について』 辻村深月

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辻村深月の『噛みあわない会話と、ある過去について』を読み終えました。
メルヘンチックな装丁の表紙からは想像できないような何とも怖い四つの短編で構成されています。
第1話は男として見てあげられなかった男友達のお話「ナベちゃんのヨメ」、第2話は昔の教え子を傷付けていたことに気づけなかった教師のお話「パッとしない子」、第3話は自分の価値観で縛り続けた母親のオカルト的なお話「ママ・はは」、そして第4話は何となく気にくわないという理由だけで仲間外れにし、それがイジメだとも気づかないまま成人した女に対する復讐のお話「早穂とゆかり」。
タイトル通り、4篇を通して共通するのは、悪気はなしに何気なく発した言葉や良かれと思ってやった行動が、発した側と受け止めた側ではまったく捉え方が違うという、どこにでもありそうながら繊細で難しい問題をテーマにしていることです。気にも留めないような思い出や過去の出来事が、異なる立場や価値観によって、まさに「噛み合わない会話」として現在に蘇り、時を経て因果応報のごとく自分に襲いかかってくるというお話です。
どうしようもなく分かり合えない二人の人間・・・どちらの立場にもなり得そうで、鳥肌が立つような怖さを感じた一冊でした。
『かがみの孤城』とは趣を異にした辻村さんの短編集。ぜひお読みになってみてください。
《図書館からお借りしました》
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『ウォーターゲーム』 吉田修一

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吉田修一の『ウォーターゲーム』を読み終えたところです。
『太陽は動かない』『森は知っている』に続く、「産業スパイ・AN通信」シリーズ第3弾です。 前2作を読んでいませんので、最初ちょっと物語に入り込めなかったのですが、この3作目だけでも充分に楽しめる内容になっています。
冒頭からダムの爆破など少し現実離れしたお話から始まるエンタメ系の小説で、水道事業の利権をめぐる騙し騙されのコンゲーム(confidence game 信用詐欺)がスピーディなタッチで描かれています。国内の水道事業民営化に纏わる政財界の怪しい影、そして国際的な利権が複雑に絡み合う中央アジアの水資源問題と、場面は世界を股にかけて目まぐるしく変わっていきます。ミッションインポッシブルを思わせるスパイたちの情報戦など、ハラハラドキドキの連続ですので、お好きな方には堪らないかも知れません。

話は変わりますが、この7月5日に私たちには十分に知らされないまま、水道法改正法が衆議院本会議で可決されましたね。そう、W杯での日本代表の活躍に湧き、オウム真理教の松本被告ら7名の死刑執行に驚かされた週でした。この小説のように水道事業の運営権を民間に売却できる仕組みが盛り込まれた法案で、自民・公明両党などの賛成多数で可決されています。海外ではフィリピンとボリビアで民営化が失敗しており、わが国でもこのまま民営化して大丈夫なのだろうかと思ってしまいます。人間が生きていくうえで最低限必要なのは「空気」と「水」ですからね。

《図書館からお借りしました》
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『砂の家』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『砂の家』を読んでみました。
この物語の主人公は、大手外食企業「AZフーズ」で働く30歳の浅野健人です。ある日、父が刑務所から出所するという電話が弁護士からかかってきます。彼が10歳の時に父は事業に失敗して一家心中を企て、結果として母と妹が殺害され彼と弟の正俊は助かります。残された兄弟は犯罪被害者として、また加害者の家族として、絶望的な日々を送ることになります。事件後叔母に引き取られた健人は、犯罪者の子とレッテルを貼られながらも、大学を出て真面目に働き、恋人もできます。しかし、施設に入れられた弟の正俊は、まともな仕事に就けず、正反対の人生を歩んでいます。
そんな弁護士からの通告と時を同じくするように、健人の勤める「AZフーズ」の社長の竹内のもとに誰も知るはずのない竹内の秘密を暴露した脅迫文がメールで届くのです。解決役を任された健人ですが、警察へ届けることを勧める危機管理会社の助言を断り秘密裏に解決しようとします。これには社長の竹内に対する大きな恩義があったからなのです。
父親に対する兄弟の恨み、そして幸せそうな普通の生活を送る兄に対する弟の嫉妬。そんな暗い心の闇を抱えた兄弟の過去と現在を行き来しつつ、竹内社長の複雑な家族環境と「AZフーズ」という会社の内情も絡めながら物語はサスペンスフルに進んでいきます。
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『未来』 湊かなえ

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平成30年上半期の直木賞にノミネートされた湊かなえの『未来』を読み終えました。

物語の主人公は章子という10歳の少女です。ある日、彼女のもとに一通の手紙が届きます。「10歳の章子へ」で始まるその手紙の送り主は、20年後の自分だと書いてあります。その証拠として、未来の章子しか知らないようなことが書かれていましたし、10周年を迎えたばかりの「東京ドリームマウンテン」の30周年記念グッズも同封されていました。その手紙を信じた彼女はその日から未来の章子に返事を書き始めます。未来の章子に問いかけるように日々の出来事をしたためていきます。ただ、未来の章子からは後にも先にもこの一通の手紙だけだったのですが・・・。

10歳の章子が手紙に記したのは、一人の少女を襲ったあまりにも辛い出来事の数々でした。
父をガンで亡くし母は心の病を患っているため、幼い頃から家事を担っていること。学校ではPTAの役員の娘で人気者の実里に目を付けられ、陰湿で執拗なイジメに遭っていること。章子を救う立場にある林という担任教師が歪んだ動機で彼女に手を差し伸べたことが原因で教職を追われたこと。父方の祖母から母が犯したという謂れのない過去の出来事を暴露されたこと。母の新しい恋人の早坂という男からも暴力を受け、自由を奪われたこと。そして、そんな状態から学校にすら行けない状況に陥ってしまったことなど・・・。
そんな辛い現実を「未来の章子」へ向けて淡々と綴っていきます。

章子の両親の抱える不幸な過去と現在を起点に、章子を支える教師や章子と同じような悩みを抱える友人をも巻き込みながらストーリーは進んでいきます。性的虐待、精神崩壊、家庭内暴力、イジメ、殺人、放火、自殺など小説とはいえ目を背けたるような不幸の連鎖が続きます。
この物語に登場する子供たちが苦しんでいる原因は、自分の都合や欲望で子どもを振り回す身勝手な大人たちにあるのですが、一方で子供たちが未来を信じることができるように温かい救いの手を差し伸べる大人たちの存在も用意されています。

「未来の章子」からの手紙は本物なのか。手紙に書かれていた「悲しみの先には光さす未来が待っています。それをあなたに伝えたくて」という文面を信じていいものなのか。
それは読んでのお楽しみということで。
ちょっと悍(おぞ)ましい描写の連続ですが、ミステリーの要素はさすがに面白くて一気に読めちゃいますので、ぜひ読んでみてください。
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『あやかし草紙』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『あやかし草紙 三島屋変調百物語・伍之続』を読み終えました。
550頁を超える分厚い長編小説ですが、面白くてほぼ一気読みです。
これまでに4巻刊行されている人気シリーズですが、この巻で26話になりました。いつものように江戸は神田の筋違御門先にある袋物をあつかう三島屋で、風変わりな百物語を続けるのが、このお店の主人の姪のおちかです。実家は川崎宿にある旅籠の丸千で、訳あって三島屋へ身を寄せ、お手伝いをしながら、語り手の聞き手として務めをしています。今回も口入屋の灯庵という老人の周旋で語り手が三島屋へ訪れることから物語が始まります。
「開けずの間」、「だんまり姫」、「面の家」、「あやかし草紙」、「金目の猫」の5話。
・・・語って、語り捨て。聞いて、聞き捨て・・・
欲望、憤怒、怨念、嫉妬、妄執、後悔など、人間の愚かさ、残酷さ、哀しみ、業の深さを思い知らされます。そしてそれらを超えたところでの人間の心の温かさも伝わってきます。今まさに猛暑の夏真っ盛り、少し涼む意味でも『これぞ江戸怪談の最高峰』と銘打った物語の数々をお楽しみいただければと思います。体感温度は首筋から背中にかけて、ぞく~っと5℃ほど下がる感じですが、一つの物語を読み終えますと心はほっこりと温かくなりますから、ご安心のほどを。(笑)
そうそう、おちかさんは三島屋から三丁ほど離れた多町二丁目にある貸本屋の瓢箪古堂の若旦那・勘一さんのもとへめでたく嫁いでいくことになります。そんなことで、このシリーズはいったん完結して、次巻からは三島屋の小旦那である富次郎さんが百物語の聞き手を務めることになります。黒白の間で語られる27話からのシリーズも楽しみですね。 
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『風は西から』 村山由佳

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村山由佳の『風は西から』を読み終えました。 

物語は幸せそうなカップルの日常から始まります。同じ大学のサークルで知り合い、夢と希望をもった、ごく普通の若者である藤井健介と伊東千秋がこの物語の主人公です。健介の両親は広島で居酒屋を営んでおり、彼は将来この店を継いで大きくしたいという夢を持っています。ノウハウを学ぼうと就職したのが、大手居酒屋チェーンの「山背」という会社です。この会社を創立した山岡誠一郎というカリスマ経営者に心酔するのですが、入社してみるととんでもないブラック企業だったのです。本社勤務から繁盛店の店長となると生活が一変することになります。度を超えたサービス残業など悪質な労働環境、さらに人格を否定するような吊し上げなどが常態化しています。数ヶ月後、心身ともに疲れ果てた彼は、正常な判断をする精神的な余裕さえ奪われて自死を選んでしまいます。
健介の死後、千秋は彼の両親とともに、このブラック企業「山背」から労災認定と謝罪を獲得すべく奔走することになります。3年9ヶ月にもおよぶ長い闘いでしたが、大切な恋人と最愛の息子を失った小さな個人の思いが、大企業ひいては社会をも動かす大きなうねりとなって広がり、最後には勝利を勝ち取ります。
あらためてブラック企業の悪辣さを思い知らされましたが、若者の過労死や自死の報道を見るたびに、これは氷山の一角なのだろうなと思ってしまいます。「電通」や「和民(※正式には子会社のワタミフードサービス)」での過労死問題を見るにつけ、東証一部上場にあるまじき企業体質と思ってしまいます。このところの異常気象もそうですが、日本いや世界はどうなっちゃったのでしょうね。
最後に吹く西からの風が千秋たちにとって心地いいものだったのが、せめてもの救いだったと思います。
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『ノーマンズランド』 誉田哲也

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誉田哲也の『ノーマンズランド』を読み終えました。

この本はシリーズになっているようで、いずれも姫川玲子という警察官が主人公です。現在は警視庁捜査一課殺人犯捜査係第十一係の主任警部補というのが肩書です。
ひとり暮らしの女子大生がマンションの部屋で扼殺されるという事件が起き、彼女が所轄の葛飾署の特別捜査本部に入り捜査を担当するというくだりから物語がスタートします。そして容疑者を逮捕するのですが、調べが進むにつれ20年前に埼玉県のある街で突然消えてしまった女子高校生の事件とリンクすることが分かり、思いもかけないような事実が浮かび上がってきます。

エンタメ小説かと思いきや、北朝鮮による拉致問題が絡んだり、さらには自衛隊や憲法議論にまで踏み込んでいますので、作者はこのへんのところに読者の眼を向けさせたかったのかなと思っています。戦争によって生じた空白地帯を「ノーマンズランド」と言うらしく、現在の日本は広い意味でのノーマンズランドに近い状態にあるのではと作者は考えているようです。きっと政治や外交が未熟ってことを言いたいのかも知れませんね。

北朝鮮の問題や政治的な議論を絡ませているのはタイムリーで、それなりに理解できるのですが、姫川玲子が大活躍するエンタメ風のこのシリーズに馴染むのかどうか、空回り感もあって個人的には疑問です。ちょっと消化不良気味で面白さが伝わってきませんでした。
《図書館からお借りしました》
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『さざなみのよる』 木皿泉

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木皿泉の『さざなみのよる』。涙と鼻水でグショグショになりながらも一気読みです。
図書館からお借りした本なのですが、涙の粒が一滴くらいは落ちたかもしれません。鼻水はティッシュで鼻栓をしていましたので、大丈夫だと思います。(^^♪

2016年、2017年のお正月にNHK総合で新春ドラマとして放映された『富士ファミリー』をご覧になりご記憶の方は沢山おられると思います。2018年の今年は放映がありませんでしたね。そう、あのドラマの前というか後というか、ともかくドラマのシーンが目に映るような小説です。
しかも、この小説の主人公は小泉今日子が演じた幽霊のナスミが主人公で、彼女が癌に侵されて、今まさに死に向かう病床の様子から物語が始まります。そして、ナスミは静かに旅立っていきます。享年43歳でした。平凡ながら真っ直ぐに信念を通して生きてきたナスミですが、水面にポチャンと石が落ちた時に立つさざ波のように、生前に関わった人たちの心に彼女の思いが広がっていきます。
姉の鷹子や妹の月美、夫の日出男、そしてあの謎の笑子バアさんなど、周辺の人々の内面が丁寧に描かれているのは勿論ですが、ナスミの幼馴染とその妻、ボーイフレンドの妹、そしてかつての同僚など、彼女のことを大切に思い、思われた人たちとの思い出がさざ波のごとく綴られています。第1話から第14話まで泣いたり笑ったりの素敵なお話で凝縮されています。

そうそう、ナスミって名前のことですが、こっそり教えますね。このくらいネタバレしても大丈夫でしょう。もう43年も前の昔のことですが、彼女の父と母が、同居していた笑子バアさんに命名をお願いしたらしいのです。笑子バアさんによると、家族が営む古い商店が「富士ファミリー」、長女が「鷹子」、だから次は「ナスビ(茄子)」だろうということになったらしいのです。でも、当然のように両親は、「その名前では可哀そう」ということで、結果的に笑子バアさんがちょっと折れて「ナスミ」に落ち着いたようです。(笑)

それと、ドラマでは笑子バアさんだけが台所でナスミの幽霊と会って会話していますよね。あれにも秘密があるのですが、これを書いちゃうと叱られそうなので、止めておきます。後のストーリーと大きく関係しますので、ぜひ読んで「ああ、そうだったの」と思ってください。

「よいことも悪いことも受け止めて、最善をつくすッ!」ってナスミの信条ですが、生きてれば沢山の出会いやいいことがありますし、また「生きとし生けるものが幸せでありますように」って思いつつ死んでいくのもそんなに悪くはないな・・・なんて思わせる物語です。
人はさりげなく生まれて死んでいき、しかしそのさざ波は周囲に波紋のように広がり、今ここにあることへの感謝と生きる希望を与える・・・そんなメッセージをナスミは残したような気がしています。

もう、「大人の教科書」にしても良いと思えるような一冊でした。あなたの涙の一滴もページに落としてみてください。本当にいい本でした。
2019年のお正月には『富士ファミリー』の放映があれば嬉しいなと思います。みんなで楽しみに待ちましょうね。(^^♪
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『青空と逃げる』 辻村深月

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辻村深月の『青空と逃げる』を読み終えたところです。
『かがみの孤城』で2018年本屋大賞を受賞した辻村さんの作品だけあって、読み応えのある素晴らしい一冊でした。

主人公は本条早苗という主婦とその息子で小学5年生の力(ちから)です。早苗の夫の拳(けん)とは、ともに都内の小さな劇団に所属していたことがあり、そこで知り合い結婚をしました。3人は平穏に暮らしていましたが、ある日の深夜、夫が乗っていた車が事故を起こしたと警察から連絡が入ります。その後の調べで、人気女優の遥山真輝の運転する車に一緒に乗っていたことが判明し、さらに悪いことに彼女は顔の怪我がもとで入院中に自殺してしまうという悲劇が続きます。遥山と拳のスキャンダルは連日、週刊誌やワイドショーを賑わせ、思わぬ形で事件の関係者になってしまった早苗と力は、真偽の定かでない情報と周囲からの悪意を避けるために東京を離れることを決めます。しかも東京を離れる前日には、力の部屋のクローゼットの中に大量の血に染まったバスタオルと包丁を偶然発見し、早苗は気が動転してしまいます。
様々な要素を載せた物語は、高知の四万十川、兵庫県の瀬戸内海に浮かぶ家島、大分の別府温泉、そして仙台、北海道の大空町へと舞台が移っていきます。遥山の関係者と思われる怪しい者たちの追跡から逃れる二人の逃避行はスリリングですが、行く先々で出会う人たちはいずれも善良で優しく、二人の身を案じて暖かく接してくれます。逃避行の旅でいろいろな人々や出来事に接することで、早苗が母親として日々強くなっていき、思春期の力も健やかに成長していきます。
物語は、早苗と力が交互に主人公になり進んでいきます。夫であり父である拳の行方は終盤まで分からず、また事件の真相も同様に謎に包まれたままの、ちょっぴりミステリー的な要素も絡んで物語は佳境に向かっていきます。そして、最後は感動の結末が待っているのですが、それは読んでのお楽しみということで。
家族の絆、人の優しさを実感できるところが辻村作品に共通する素晴らしさなのかなと思っています。
《図書館からお借りしました》
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『スイート・ホーム』 原田マハ

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原田マハの『スイート・ホーム』。今まで読んだ作品とは少し趣きが違いますが、ほっこりと温かくなる感じの短編集で、まあまあ良かったと思います。

作品の舞台は、宝塚歌劇団で知られる宝塚にほど近い閑静な住宅街にある「スイート・ホーム」という洋菓子店です。玄関脇にはキンモクセイの木があり、小さな花が咲く秋にはキンモクセイと洋菓子の甘い香りとまじりあって、何とも素敵な空間というか雰囲気を醸し出しています。このお店は表題作の『スイート・ホーム』で主人公として登場する香田陽皆(ひな)の父親がパティシエをしています。家族は職人気質で気の優しい父と自称「看板娘」の母、そして年頃に育った陽皆と妹の晴日(はるひ)の美人姉妹です。宝石のような輝きと、温かみの溢れるスイーツ、そして丁寧な接客が評判を呼んで、地元の超人気店になっています。
香田一家の何気ない日々の暮らしを縦糸に、そしてこのお店を訪れる常連さんとの語らいや姉妹の恋人達との遣り取りを横糸に、それぞれの短編が暖かい視線で丁寧に描かれています。香田一家はもちろんのこと、登場人物のすべての人がいい人で、そして物語の最初から最後までひとつの翳りもない夢のような幸福な風景で彩られています。

読後感は冒頭の感想のように、まあまあいい本なのですが・・・
こんな幸せな日々を過ごしてみたいなと思う反面、こんなお伽話のようなハッピーな生活なんてあり得ないから小説になっているんだという邪念が頭をもたげてきます。甘ったるいスイーツ風の生活ばかりでは食傷気味になるでしょうし、たまには塩辛い煎餅を食べるような生活も交えたほうがいいのではと、臍曲がりのお爺さんは思うのであります。(笑)

そんなことを思って巻末を見ましたら、関西方面の不動産会社のホームページに書き下ろされた小説であるらしいことが分かり、「なるほどねぇ」と頷いてしまいました。確かに、こんな人たちと楽しく超ハッピーな暮らしが待っているなら、この街に住みたいと思う人がいるかもしれませんね。
この手の本がお好きな方は、お読みになってみてください。
《図書館からお借りしました》
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『青くて痛くて脆い』 住野よる

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住野よるの『青くて痛くて脆い』を読み終えました。
『君の膵臓をたべたい』と同様に、お爺さんからするとちょっと青臭いお話なのですが、若者の細かい心理描写が見事で、なかなかいい本でした。

ドライで現実主義的な大学一年生の「僕」こと田端楓が主人公です。彼の信条は、〈人に不用意に近付きすぎないことと、誰かの意見に反する意見を出来るだけ口に出さないこと〉と決めています。そんな引っ込み思案というか積極性に欠ける性格ゆえに入学当初から孤独な日々を送っています。しかし、講義中に理想論を振りかざして周囲を驚かせる同級生の秋好寿乃とひょんなことから仲良くなります。二人は意気投合して、秘密結社のような「モアイ」というサークルを立ち上げます。活動目的は「四年間で、なりたい自分になる」というものでしたが、発足から2年半後には理想からは大きく掛け離れた巨大な就活サークルになってしまいます。そんなサークルに嫌気がさして楓は去っていくのですが、暫くして就活も終え卒業を待つばかりになった頃に、理想に燃えて創立したサークルへの思いが再燃してきます。そして、思いもしないような手段でサークル執行部へ戦いを挑むことになります。
ここまでが前半部までのあらすじですが、読みどころは後半部です。登場人物の心理描写、刻々と変化するお互いの距離感など、静かなタッチですが、読み応えがあります。

キラキラと輝き、いろいろなことに傷つき、そして後悔の連続だった・・・そんな青春時代のあなたをこの小説の中に見出すかもしれません。まさに「青くて」「痛くて」「脆い」青春の一頁を思い出させるいい本でした。本屋大賞にノミネートされるといいなと思っています。
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『魔力の胎動』 東野圭吾

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東野圭吾の『魔力の胎動』を読み終えたところです。 
映画になっている『ラプラスの魔女』の前日譚とのことです。前作を読んでから2年半も経っていますので、どんな内容だったか忘れていましたが、不思議な能力を持つ少女・羽原円華の名前を目にして、あらすじを思い出しました。

本書は5つの短編からなっています。前日譚ということで、前書のストーリーに向かって遡る形になっていますが、人物の登場時期と合わせますと、すべてが過去の物語ではなく、各章が前作と入り乱れているようです。前作と合わせて読まれると、より面白いかも知れません。
ちょっとネタバレをしますと・・・

・「第一章 あの風に向かって翔べ」
ベテランスキージャンパーの坂屋は鍼灸師のナユタの患者です。近頃の坂屋は思うような結果が出せず、幼い息子に胸を張って自分の職業を言えないでいます。ひょんなことから坂屋の手伝いをすることになった円華。彼女の不思議な能力で坂屋の復帰を目論みます。
・「第二章 この手で魔球を」
同じくナユタの治療を受けているプロ野球選手の石黒。彼はナックルボーラーとして球界から重宝されていますが、受け手の捕手が膝を故障し引退を決めるのです。そこで後継として山東を指名するのですが、ある試合で捕り損ねて以来、まったく捕れなくなってしまいます。ここでも円華がある作戦を立てて、彼の立ち直りを試みます。
・「第三章 その流れの行方は」
ある日、ナユタと高校の同級生の脇谷が恩師・石部のもとに挨拶に伺います。そこで、石部の息子が水難事故によって植物状態になり入院していることを知ります。しかも、事故の原因にも訳がありそうなのです。さらに石部の息子は偶然にも円華の父で脳神経外科医師として勤務する開明大学に入院しているのです。混迷を深める石部親子。そんな親子のために円華は一肌脱ぐことになります。
・「第四章 どの道で迷っていようとも」
有名な盲目の作曲家の朝比奈もナユタの患者です。数ヶ月ぶりに朝比奈の元を訪ねたナユタは、朝比奈の世話をしていた助手が亡くなったということを知ります。しかも、朝比奈は「自分のせいで死んだ、私が殺したも同然だ」と言います。助手の死の真相、そしてナユタの過去や彼の秘められた人間性も明らかになります。
・「第五章 魔力の胎動」
前作の『ラプラスの魔女』で描かれた、赤熊温泉での火山性ガスによる不審死が主題です。3年前にも、灰堀温泉で同じように火山性ガスによって親子3人が亡くなるという事故が起きていましたが、その事件の真相が明かされることになります。これは事故だったのか心中だったのか、そして温泉地に現れた不審な行動をする女の目的は何か、青江修介と奥西哲子が奮闘します。

超人気作家の東野さんですが、個人的には内容にも文章にもちょっと物足りなさを感じています。近頃は殆どが映像化されていますので、その流れで書かれているのかなと思ったりしています。2006年の『容疑者Xの献身』や、2012年の『ナミヤ雑貨店の奇跡』などは超面白かっただけに、あの頃のような小説を読みたいなと思っています。
《図書館からお借りしました》
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『悪徳の輪舞曲(ロンド)』 中山七里

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中山七里の『悪徳の輪舞曲(ロンド)』を読み終えました。さすがに最高に面白い小説でした。

冒頭から妻による夫の自殺を装った殺人事件のショッキングな描写から物語が始まります。この殺人に手を染めるのが、このシリーズの主人公・弁護士の御子柴礼司の母親・郁美ときていますから驚いてしまいます。
『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』と続いて、この本がシリーズ4作目ですから、主人公の御子柴のことを存知の方は多いと思います。彼は14歳のときに近所の幼女を殺害し、遺体の各部位を郵便ポストや賽銭箱に配って回ったことから〈死体配達人〉と呼ばれ世間を恐怖に陥れた本名・園部信一郎という男です。医療少年院を出所後、弁護士資格を取得しています。弁護のやり方と報酬額は想像を絶するほどに悪辣ですが、裁判では百戦百勝という凄腕の弁護士として名を馳せています。
郁美の関わった偽装殺人事件は、その後の警察の捜査によって逮捕・起訴されることになります。しかし、例の〈死体配達人〉の母であるということが分かると、ことごとく弁護を断られ、結果的に妹の梓を通じて郁美の裁判の弁護を依頼されたのが御子柴でした。御子柴と家族は30年も前に縁を切っていますから、今回の依頼もあくまでも弁護士と一被告人という乾いた関係で立ち向かうことになります。
郁美は容疑を否認するものの、検察側が揃えた完璧なまでの証拠を前に、裁判は最初から勝ち目のない不利な状況であることは歴然としています。しかし、百戦錬磨の御子柴の繰り出す奥の手が凄いのです。そして最後に知ることになる事件の真相にも驚愕してしまいます。そのへんは読んでのお楽しみということで。

すべては〈死体配達人〉こと園部信一郎の起こした事件に行きつくのですが、「悪徳の輪舞曲」というように、人間の心の奥底に潜む影というか暗い部分が絡まって悪徳の連鎖という物語を形作っています。ただ、ストーリーが暗くならずに読後感がいいのは、中山七里さんの小説なればこそだと思っています。
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『おまじない』 西加奈子

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西加奈子の短編集『おまじない』を読み終えました。
8つの短い物語で、主人公はそれぞれ少女、ファッションモデル、キャバクラ嬢、レズビアン、妊婦など「生きづらさ」を感じている女の子たちです。社会の価値観に縛られたり、傷つけられたり、苦しんだりしながらも健気に人生を歩んでいます。
そんな彼女たちですが、身近にいる「おじさん」たちの何気ない一言に救われるのです。それぞれの物語に登場する「おじさん」たちは、普通というよりもちょっと変な(ユニークと言ってほうがいいかも・・・)男の人ばかりなのですが、「おじさん」の「魔法の言葉」で彼女たちの世界は開かれていきます。
個人的には3作目の『孫係』が面白かったです。ひと月の間、同居をすることになった少女と祖父のお話です。お互いに気を遣うことから、双方とも口には出さないものの気疲れを感じています。そんな折、お爺さんの方から少女へ心の内を語り始めます。「私たちは、この世界で役割を与えられた係なんです。あなたは孫係。私は爺係。係だと思うとなんでもできるんです」と・・・。少女は「それって嘘じゃないの」と反論しますが、お爺さんは「自分が得をしようとか相手を貶めようと思って嘘をつくのは良くないが、根底にあるのが思いやりであればいいんだよ」と諭します。こんな「魔法の言葉」が印象的なお話です。
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『そして、バトンは渡された』 瀬尾まいこ

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瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』を読み終えたところですが、こんな感じの本は大好きです。登場人物はみんないい人で、ほんわかと温かくて、そして最後はちょっぴりウルウルさせて、とてもいい本です。

主人公の優子には3人の父と2人の母がいます。こう書くと、ちょっと不思議な気がするのですが、内実はこんな感じです。実の母は彼女が幼い頃に事故で亡くなります。父は再婚するのですが、ブラジルへの赴任を契機に離婚をすることになり、小学生の優子は継母とともに日本に残ることを選びます。梨花というその継母は生来の天真爛漫な性格からその後も結婚・離婚を重ねます。その結果、高校生になった優子は血の繋がりのない30代の森宮という男と正式な親子として普通に生活しています・・・そんな設定です。

第1章は、そんないろいろな親の元を巡って、高校を卒業するまでを綴っています。
第2章は、短大を卒業して就職をし、そして最愛のフィアンセと巡り合って、結婚するまでです。

実母以外の4人の親は、それぞれとてもユニークなキャラクターなのですが、みなに共通しているのは優子の幸せだけを考えて子育てに一生懸命なことです。まさに優子というバトンは周りの愛に包まれてリレーされるのです。その「愛」も仰々しいものではなく、普通に転がっているようなさり気なさで描かれており、この物語が一層魅力的なものになっています。

あまり詳しいネタバレをすると読む面白さが半減しますので、このへんまでとしますが、ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。
本屋大賞にノミネートされるといいなと思っています。
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『引き抜き屋 ②』 雫井脩介

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『引き抜き屋』の下巻「②鹿子小穂の帰還」をやっと読み終えました。
小穂のヘッドハンティング業は山あり谷ありながら、なんとか順調に推移しています。そんななか、彼女の父が社長を務めるアウトドアメーカー「フォーン」の経営が怪しくなっていきます。もとはといえば社長がヘッドハンティングして招き入れた大槻という人物が陰で画策しているのですが、それを知った彼女は思い切った一手を打つことになります。
とても長い小説で、上下巻も必要なのかなと思ってしまいますが、それなりに痛快で面白いです。池井戸潤さんの「下町ロケット」や「陸王」などと雰囲気が似ており、池井戸さんの作品がお好きな方にはおすすめです。
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『オリジン』 ダン・ブラウン

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ダン・ブラウンの『オリジン』、上下巻とも一気に読み終えました。2003年に『ダ・ヴィンチ・コード』を刊行して世界的なベストセラー作家になったダン・ブラウンですが、この作品も優劣をつけ難いほどに面白かったです。

主人公は宗教象徴学者のロバート・ラングドンです。彼の教え子でコンピューター科学の分野で輝かしい才能を発揮しているエドモンド・カーシュが主催するイベントに招待されてスペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館を訪れています。カーシュは、〝現代の預言者〟の異名をとるほどに名声を博しており、今回のイベントでは『我々はどこから来たのか。そしてどこへ行くのか』という人類最大の命題について、衝撃的な内容を全世界へ向けて発信しようというのが狙いです。人類にとって最も根源的なふたつの問いに答えるもので、それはエデンの園におけるアダムとエバを人類の起源とするキリスト教など既存の宗教の教義を根底から揺るがす事態を惹き起こすことが予想されます。当然のようにカトリックなどの宗教界からはプレゼンテーションの公開を強く反対されることになります。
カーシュ自身も身の危険を感じてのイベントの開催であり、警備は厳戒態勢で臨んだのですが、プレゼンが開始される直前にカーシュはステージ上で銃弾に倒れることになります。目の前で友人であり教え子を殺されたラングドンは深い悲しみと怒りを覚え、犯人を見つけ出すとともにカーシュの偉業を自分の手で世界に伝えたいと決意するのです。そんなラングドンにグッゲンハイム美術館の館長であるアンブラが協力を申しでます。このアンブラ館長は麗しい美女で、次期スペイン国王の婚約者としても知られている女性です。
ビルバオ、マドリード、セビリア、バルセロナを舞台に、ラングドンとアンブラの逃亡、そしてカーシュの残した謎に迫ることになります。その逃亡の手助けと核心部に迫る導きをしてくれるのが、カーシュが心血を注いで開発した人工知能(AI)のウィンストンです。ちょっとイギリス訛りの英語を話すウィンストンが凄いです。この小説の隠れた主人公がウィンストンかなとも思います。
これ以上書きますと、この小説の面白さが半減してしまいますので、あとはぜひお読みになってみてください。AIやIoTに代表される今話題のテクノロジーが、「進化論」やいわゆる「宗教論」とどのように関わっていくのか、興味深いお話が満載の小説です。
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『引き抜き屋 ①』 雫井脩介

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雫井脩介の『引き抜き屋』、前編にあたる「①鹿子小穂の冒険」を読み終えたところですが、この小説も凄く面白いです。

物語の主人公は、父が創業した中堅アウトドア用品メーカーに務める鹿子小穂(かのこさほ)です。30歳そこそこなのですが、創業家一族ということで、若くして本部長、取締役を務めています。しかし、会社の経営陣の高齢化に伴い、父がヘッドハンターに依頼し連れてきた大槻という男と意見が合わず、終いには会社を追い出されてしまいます。
途方に暮れる小穂の前に現れたのが、奇しくもヘッドハンティング会社を経営する並木でした。こうして、小穂は新米ヘッドハンターとして新たな一歩を踏み出します。最初は慣れない仕事に戸惑う小穂でしたが、次第に人脈を広げ、各界を代表するようなプロ経営者らと接触するなかで、少しずつトップレベルのハンティング・スキルを身につけていきます。
日本ではあまり知られていないヘッドハンターという仕事。私などとは生きる世界が違うエグゼクティブ・パーソンを対象にしたビジネスのお話ですが、なかなか奥が深くて、エキサイティングで面白いです。これから後編を読み始めるところですが、次はどのような世界が待ち受けているのか、ワクワクしてきます。
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『崩れる脳を抱きしめて』 知念実希人

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知念実希人の『崩れる脳を抱きしめて』を読み終えました。
本屋大賞にノミネートされた10冊のうち、この本だけ読んでいませんでした。というのもタイトルがちょっとショッキングでしたので、読むのを躊躇っていたからです。でも実際に読んでみたら、恋愛とミステリーを合わせたような普通の小説でとても面白かったです。知念さんは現役の内科の医師ですので、専門的な医学用語が沢山出てきますし、現代医療が抱える問題点も浮き彫りにしているなど、このへんも興味深く読ませていただきました。

物語の主人公は研修医として1ヶ月間の予定で神奈川県の「葉山の岬病院」へ赴任してきた碓井蒼馬です。この病院は主として終末期医療を対象にしており、富裕層が多いということもあり、全室が個室で飲酒や喫煙、プライベートシアターなど患者が希望することはなるべく叶えるというシステムを採り入れています。この主人公の碓氷、幼い頃に父親の会社が破産し、その流れで父親が失踪するという家庭環境にありました。父親は借金を残して愛人と外国へ逃げ、そして1年後に不慮の事故で命を落とすという不運を背負っています。
碓井は、この病院で28歳の弓狩環(ユカリ)という患者を受け持つことになります。彼女はグリオブラストーマ(膠芽腫)という悪性度の高い脳腫瘍を患っていて、余命いくばくもないという状況にあります。ユカリ自身、見た目は比較的元気そうに見えるのですが、一歩も病院の外へ足を踏み出すことが出来ないと語ります。それは、ユカリが持っている膨大な遺産の相続を心待ちにしている親族が、待ちきれずに彼女の命を奪おうとしているからだと話すのです。
一方、研修施設になっている超豪華病院「葉山の岬病院」の院長をはじめスタッフの行動にも奇異な点が目立ってきます。物語は、複雑な人間関係、そしてお互いの欲望、利害が絡んで進んでいきます。最後まで展開がどのようになるのか、予測不能な面白さがあります。
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『蒼き山嶺』 馳星周

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馳星周の『蒼き山嶺』。これも壮大なスケールの物語で素晴らしい一冊でした。

物語の主人公は北アルプス北部地区遭難対策協議会で働いている得丸志郎です。山に登る仕事がしたくて長野県警の山岳救助隊員になったのですが、交番勤務を命じられて退職。妻とは離婚して好きな「山屋」をしているものの山岳ガイドなどを掛け持ちしたりして慎ましく生活しています。そんな得丸が残雪期の白馬連峰をパトロールしている時に大学の山岳部時代の友である警視庁公安部の池谷博史と偶然再会します。池谷は卒業後殆ど山には登っていないこともあって初心者同然で、得丸へ白馬岳山頂までのガイドを依頼します。そして、徳丸が気象情報などを得るために麓の仲間に電話を入れた際に、麓では検問などが敷かれて大騒動になっていることを知ります。背後を振り返ると池谷が拳銃の銃口を押しつけて、白馬岳を越え栂海新道を通って日本海まで連れて行けと命ずるのです。
旧友との再会もそこそこに恐怖におびえつつトレースもすぐ消えるほどの激しい猛吹雪のなかを山行することになります。そんな折、もう一人の女性登山者と出会うことになります。三枝ゆかりという相当な登山スキルを持った女性ですが、不運なことに彼女も池谷の逃避行の渦中に巻き込まれてしまいます。この三枝ゆかりは、またまた偶然なことに二人の大学時代の同期で同じ山岳部に所属した若林純一の妹だったのです。若林は大学時代から天才的な才能を発揮し、卒業後は有名クライマーとして名を馳せて、世界の8000m峰14座の半分を制覇するまでになっていましたが、惜しくもK2で雪崩に遭って命を落としていました。
想い出すのは、「3羽烏(からす)」と言われ互いに切磋琢磨し夢と希望に溢れた青春の日々のこと。一方、現実はと言えば、過酷な悪天候の中を死と隣り合わせの苦しい逃避行に付き合わされる我が身。それらが行きつ戻りつして物語が進んでいきます。池谷の目的は何なのか、現在の朝鮮半島の問題とも絡んでタイムリーな山岳ミステリーです。
これから先は小説をお読みになってください。面白くて最後まで一気に読んでしまいたくなる一冊です。
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『罪人が祈るとき』 小林由香

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小林由香の『罪人(つみびと)が祈るとき』。これも星4つ半くらい付けたいほどに読み応えのあるいい本でした。
物語の主人公は親から見捨てられ、親友にも裏切られ、そして学校では謂れのない虐めを受ける高校生の時田祥平です。つくづくこの世が嫌になり、いじめの張本人を殺して自分も死のうと覚悟を決めます。そんな折に彼の前に不思議なピエロが現れて、彼の殺人計画を手伝ってやると申し出るのです。
もう一人の主人公は風見という会社員です。中学生の息子を虐めで亡くし、その事件が切っ掛けで精神の安定を欠いた妻も1年後に自ら命を絶つことになります。やるせない気持ちを抱えた風見はもぬけの殻のようになるのですが、あることを切っ掛けに犯人探しをはじめることになります。
二つはまったく別の事件なのですが、あるところで結びつくことになります。あとは作品をお読みになってみてください。頁を捲る手が急かせられるような気持になること間違いなしです。
テーマは復讐の連鎖と思いますが、ただネガティブなスパイラルばかりを捉えているわけではなく、それ以上に善の連鎖をも取り上げているところが作品の素晴らしいところです。小林由香さんの2作目になるヒューマン・ミステリーをぜひお読みになってみてください。
本屋大賞にノミネートされることを祈っています。
《図書館からお借りしました》
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『オーパーツ 死を招く至宝』 蒼井碧

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第16回「このミステリーがすごい! 大賞」を受賞した蒼井碧の『オーパーツ 死を招く至宝』を読み終えました。ちょっとドタバタした笑えるミステリーで、それなりに面白かったです。
主人公は大学生の鳳水月(おおとりすいげつ)とオーパーツ鑑定士を自称する探偵役の古城深夜(こじょうしんや)です。赤の他人なのですが、誰が見ても双子のような瓜二つの顔立ち、身体つきをしています。
オーパーツとは、「その時代の技術や知識では作り得ぬ古代の工芸品」の総称をいうらしく、古城深夜の胡散臭くも成程と思わせる蘊蓄が読んでいて楽しいです。4つの短編に登場するのは水晶髑髏、プレ・インカ文明が生んだ黄金シャトル、ヒトと恐竜が共存していたことを示す恐竜土偶、そして謎めいた巨石遺構などです。どれも曰く付きでインチキ臭いものばかりです。それらを秘蔵していた邸宅で殺人事件が起こるのですが、古城深夜は自説を展開しつつ不可解な事件を推理して解決へと導いていきます。鳳水月と古城深夜のコンビの掛け合いが可笑しく、漫才を見ているような感覚でスイスイ読めちゃいます。
《図書館からお借りしました》
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『風神の手』 道尾秀介

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朝日新聞出版10周年記念作品となる道尾秀介の『風神の手』を読み終えました。
物語の舞台は、鮎の"火振り漁"で有名な西取川という綺麗な川の流れる町にある鏡影館という遺影専門の写真館です。この写真館に纏わる人々の4篇からなる連作短篇集ですが、それぞれのお話は関連性を持ちながら最後に収斂するという仕掛けになっています。
第一章の「心中花」は、死を目前にした母親が娘と一緒に訪れた鏡影館で若かりし頃の初恋の人との出来事を娘に語り聞かせるという内容です。自らの嘘が招いた罪の告白がキーになっています。第二章の「口笛鳥」は、鏡影館をたまたま訪れた青年が遺影と共に飾られた1枚の写真を見た事が切っ掛けとなって、小学生時代の親友との思い出を回想するというものです。子供なら誰でもついたであろうささやかな嘘が話の軸になっています。第三章の「無常風」は、ある老女が若き日に犯した罪を語ることで長い間の心の重荷と葛藤からようやく解放されるというものです。それと並行してこの町に過去に起きた出来事の経緯とそれらの因果を探る若者たちの姿を描いています。
一見バラバラに思えるピースが、世代を超えて一つの物語に収束していく筋立ての見事さには唸ってしまいます。
ちょっとした出来事が悲劇を生み、それをきっかけに些細な嘘と誤解が伝播して、多くの人たちの人生を変えていく・・・人生は人智を越えて「風神」の風の吹くままに揺らいでいるものなのかも知れません。ただ、変わってしまった人生が必ずしも不幸とは限らないという優しさが全編を通じて流れていて、温かい人間愛を感じさせる作品に仕上がっています。

そうそう、短編の「心中花」、「口笛鳥」、「無常風」、「待宵月」のそれぞれの末字を合わせますと「花鳥風月」となります。ちょっと粋ですね。いい本です。
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『路上のX』 桐野夏生

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桐野夏生の『路上のX』を読み終えました。
凄いというか、読み終わって溜息しか出ませんでした。
まず、この本の中には「JKビジネス」、「リィンカーネーション」なる言葉が出てきます。私は初めて聞く単語でしたが、皆さんはお分かりになりますでしょうか。
「JK」とは「女子高校生」の意味で、女子高校生の親密なサービスを売りとしたビジネスなのだそうです。具体的には、マッサージが基本の「リフレ」、仲良く街歩きをする「散歩」、お店で飲食する「カフェ」、「コミュ」は会話を楽しむらしいです。そして制服姿で何かをする様子を見せるのは「見学・撮影・作業所」というのだそうです。それぞれ数千円単位の料金体系になっているようで、もっと進むと金額が高くなる「オプション」というのもあるようです。
「リィンカーネーション」とは「輪廻」とも訳すようですが、こういう境遇の子供たちは、自分たちは世代を超えてまでもその環境から抜け出せないという思いがあるらしく、物語の中で「リィンカーネーション」と呟くシーンがあります。『簡単に親になれるが、同じことを繰り返す気がする』と・・・何とも重い言葉ですね。

物語の主人公は、両親の失踪により貧しい叔父の家に預けられた女子高生の真由(16歳)です。叔父の妻から寝る場所は勿論のこと、まともな食事すら与えられない厳しい状況におかれることになります。普通の真面目な高校生の真由ですが、叔父の家には居場所がなく、必然的に家には居ずらくなります。しかもお金がないため渋谷のラーメン屋でバイトをし、カラオケボックスなどで寝泊まりする日々を送っています。
もう一人の主人公はリオナ(17歳)です。男癖の悪い母親の何番目かの継父から性的虐待を受けるのですが、それを見て見ぬふりをする母親に愛想を尽かし家出をして、JKビジネスで何とか生活をしています。
真由に次々と接近してくる胡散臭く危ない男たち、当然のようにいろいろなトラブルに巻き込まれて行きます。誰も信用できなくなっていた真由ですが、ある偶然からリオナと出会うことになります。逞しくも優しいリオナに信頼を寄せ、過酷な闇ばかりの社会の中で苦しみ傷つきながら生きていきます。あとは本書を読んでみてください。想像を絶する闇の世界に驚いてしまいます。

450頁ほどの本で、読後は本当に溜息しか出てきません。こんな田舎にいますと、あまりピンとこないというのが本音ですが、近頃の芸能界は勿論のこと官僚や政治家にまでセクハラや性ビジネスとの関連を窺わせるようなスキャンダルが飛び交っているところを見ますと、現実はもっと酷いのかも知れません。何が悪いのか、何を正せば良くなるのか私には分かりませんが、複合的な原因が複雑に絡み合っていることは確かなようです。そうそう、「JC」や「JS」というビジネスも出現しているそうです。何かお分かりになりますか。
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『護られなかった者たちへ』 中山七里

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中山七里の『護られなかった者たちへ』を読み終えました。

物語の舞台は震災後の「ヒト・モノ・カネ」が集まっている仙台です。ある日、全身を縛られたまま放置され、餓死させられるという驚愕の連続殺人事件が起きます。一人目は誰もが善人と認める市の福祉保健事務所職員、二人目はこちらも人格者と名高い現役の県議会議員です。 
この連続殺人事件が起きる数日前にこの物語の主人公である利根という男が7年の刑期を終えて出所していました。利根は知人の生活保護申請を巡って塩釜の福祉職員らと口論になり、相手を殴った上に庁舎に火を放ったことで逮捕され、懲役10年の実刑判決を受け、模範囚として7年で刑期を終えていました。物語は、事件を捜査する県警の刑事の人生とも絡んで複雑に進行していきます。
利根と殺害された二人の接点とは・・・思わぬ展開が待ち受けていますし、最後のどんでん返しが凄いです。
これ以上のネタバレはこの小説の面白さや興味を半減させてしまいそうですので、これくらいにさせていただきます。

ミステリーとしても面白いですが、生活保護を巡る日本の社会福祉制度の問題点に着目して物語が構成されていますので、とても骨太で読み応えがあります。おすすめしたい一冊です。

最後に犯人がSNSに投稿していた犯行声明の一部を掲載させていただきます。(P379~380)
『現在の社会保障システムでは生活保護の仕組みが十全とはとても言えません。人員と予算の不足、そして何より支給される側の意識が成熟していないからです。不正受給の多発もそれと無関係ではありません。声の大きい者、強面のするものが生活保護費を掠り盗り、昔堅気で遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人が今日の食費にも事欠いている。それが今の日本の現状です。そして不公平を是正するはずの福祉保健事務所の職員の力はあまりに微力なのです。(中略)護られなかった人たちへ。あなたは決して一人ぼっちではありません。何度でも勇気を持って声を上げてください。』
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『ふたご』 藤崎彩織

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直木賞にノミネートされた藤崎彩織の『ふたご』を読んでみました。
ご存知のように彼女は2011年にメジャーデビューした4人組バンド「SEKAI NO OWARI(セカオワ)」でピアノや作詞作曲、ライブの演出などを担当しています。そんな彼女が演奏活動と掛け持ちで5年という歳月をかけて書き上げた一冊だそうです。

主人公は、中学二年生でピアノの道を進もうとしている西山夏子。学校や友達とうまく関係を結べずにいます。そんな時、独自の感性を持つ一年先輩の月島悠介に出会い、何となく惹かれていきます。しかし、月島は進学した高校を「やりたいことがない」と中退し、心機一転で旅立ったアメリカの留学先からも2週間で帰ってきます。ある日、月島はパニック障害になり、それがきっかけでADHD(注意欠陥多動性障害)と診断され精神科に入院します。
その後、徐々に回復し、夏子が大学生になったころ、「バンドをやる」と夢に向かって歩き出します。夏子も月島に振り回されつつもバンドのメンバーに加わり、紆余曲折を経て成功への階段を歩き始めていく、そんなストーリーです。
1部と2部に分かれており、1部は二人の出会いから夏子が高校を卒業するまでのいわゆる青春篇。そしてバンドを結成して仲間が増え、音楽会社の新人発掘部門に見いだされるまでが2部という構成になっています。

私にとって「SEKAI NO OWARI」は、NHKの「紅白」でたまたま聴いたくらいの知識しかありませんし、当然のようにグループや彼女の音楽ファンでもありません。そんな無知な読者ですが、この小説はほとんど「SEKAI NO OWARI」のメンバーや結成に纏わる実話なのかなと思ったりしています。
個人的に物語にはまったく興味が湧きませんでしたが、藤崎彩織さんの文章はシンプルなうえに日本語が綺麗だなと思って読んでいました。次作はもっと素敵なものを読ませてくれそうで、楽しみな作家さんが増えて嬉しく思っています。
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わぁ~、『かがみの孤城』が大賞受賞

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本日午後7時からの「本屋大賞 2018」の模様をライブ配信で固唾をのんで観ていました。
結果は、予想通り辻村深月さんの『かがみの孤城』でした。
投票数はダントツ(651.0点)で、2位(盤上の向日葵 283.5点)に大差をつけての文句なしの受賞でした。
もう嬉しくて、ひとりで祝杯をあげていました。(^^♪
いろいろな文学賞がありますが、「本屋大賞」が一般読者の皮膚感覚に一番近いような気がしますね。
まだ、読まれていない方は、ぜひお読みになってください。
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輝く「2018年 本屋大賞」に選ばれるのは・・・

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全国の書店員が選ぶ「2018年 本屋大賞」が、明日4月10日午後7時に発表されます。
今年で15回目になり、有志の書店員で構成するNPO本屋大賞実行委員会が主催しているのだそうです。書店で働く書店員による投票で決めることはご存知の通りですが、今回は全国の504書店、665人の投票があったそうです。以下の10作品がノミネートされていますが、輝く大賞はどの一冊でしょうね。

・『AX』(伊坂幸太郎)
・『かがみの孤城』(辻村深月)
・『キラキラ共和国』(小川糸)
・『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)
・『屍人荘の殺人』(今村昌弘)
・『騙し絵の牙』(塩田武士)
・『たゆたえども沈まず』(原田マハ)
・『盤上の向日葵』(柚月裕子)
・『百貨の魔法』(村山早紀)
・『星の子』(今村夏子)

私は『崩れる脳を抱きしめて』は読んでいないのですが、他の9冊は読み終えています。
今回はいずれも力作ぞろいで読み応えのある作品ばかりでしたが、そのなかでもピックアップするとすれば、『AX』『かがみの孤城』『屍人荘の殺人』『騙し絵の牙』『盤上の向日葵』かなと思っています。
そして大賞ですが、これは絶対に辻村深月さんの『かがみの孤城』を挙げたいと思います。
中学生が主人公の物語ですが、年代や性別にかかわらず、楽しく読める内容ですし、ストーリーは勿論のこと、ファンタジーやサスペンス、ミステリー要素などがバランスよく組み込まれていて、とても良かったと思います。500頁を超える小説ですが、辻村さんのリズミカルな文章が読んでいて心地よく、読後感も最高でした。もう、輝く大賞はこの一冊以外にはないかなとまで思っています。
皆さんはいかがでしょうか。ハラハラ・ドキドキしながら発表の瞬間を待っています。
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『七色結び』 神田茜

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講談師の神田山陽のお弟子さんであった神田茜の『七色結び』。こういう楽しい小説は大好きです。
主人公は40代の普通の主婦・矢沢鶴子です。夫は会社員の光太郎。息子は中学生の永亀、そして姑のナナの4人家族です。義父の矢沢永一は数年前に亡くなっています。
彼女は、義父・義母のちょっと華やかな名前の表札の隣に自分たちの「光太郎・鶴子」という時代がかった名前の表札を並べることに躊躇いを感じています。
彼女は、断れない性格から次々と面倒ごとを引き受けてしまうのが常なのですが、ついにはPTA会長までやることになります。これがまた問題続出で大変なことになってしまうのですが、そんな時に姑のナナさんが嵌っているビジュアル系ミュージシャンの会報誌を目にするのです。最初はナナさんのことを呆れていたものの、自分も現実逃避をするかのようにどんどんビジュアル系の深みに嵌っていきます。ミュージシャンの存在を心の支えに硬直化しつつあるPTAを改革しようと奮闘する鶴子さんの活躍が涙ぐましくも痛快です。ストーリーが笑えて楽しいですし、後半には思わぬ展開が待ち受けていますので、ぜひ読んでみてください。軽いタッチですので、すぐ読めちゃいます。
『七色結び』というタイトルは、鶴子さんが内職をしている水引からきています。
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『海馬の尻尾』 萩原浩

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萩原浩の『海馬の尻尾』を読み終えました。

舞台は近未来で、テロで2度目の原発事故が起きてしまった日本という設定です。主人公の及川は粗暴極まりないヤクザで、背中には観音菩薩の刺青、そして身体中に子供時代の虐待の痕と抗争による傷があります。2度目の懲役を終えた及川は酒乱でもあり、組でも持て余されています。ある日、見かねた若頭(かしら)からアルコール依存症を治すように大学病院行きを命じられることから物語が始まります。検査の結果、アルコール依存症だけではなく、反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)と診断されます。他の組との抗争から身を隠す必要もあり、しぶしぶ治療プログラムを受け入れて山の中の施設に入所し、そこで様々な患者たちと出会います。その中の一人にウィリアムズ症候群(妖精顔症候群)の少女・梨帆がおり、彼女との触れ合いの中で、及川自身も少しずつ変わっていきます。恐怖心が欠如している男が治療の過程で恐怖心という感覚を覚え、人の顔にも声にも表情があることを学んでいく過程は医学的にも興味深いですし、脳内の認知感情の複雑さというか不思議さには驚かされます。

近未来というこの物語の時代背景において、自衛隊は「自国防衛隊」に改名され、某国で武力衝突を繰り返すという限りなく戦争に近い状況にあります。また同時にフクシマ以上の原発事故後という社会情勢ももう一つの重要なキーになります。読者はこの危機的な社会情勢の中で仕組まれた治療プログラムの本当の意味を最後に知ることになります。500頁に迫る殆どが凄惨な暴力的な描写ですが、全体に喜劇的であり、またミステリー要素もあって読み飽きることはありません。
《図書館からお借りしました》
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『また、桜の国で』 須賀しのぶ

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須賀しのぶの『また、桜の国で』を読み終えました。
昨年の直木賞と本屋大賞の2冠に輝いた『蜜蜂と遠雷』を押さえて、見事に第4回高校生直木賞を受賞した作品ですし、2017年8月から全15回にわたってNHK-FM「青春アドベンチャー」で放送されましたので、ぜひ読んでみたいと思っていました。500頁近い大作ですし、読み応えのある作品で良かったです。

主人公は、ポーランド・ワルシャワにある日本大使館に書記生として着任する棚倉慎(まこと)です。物語の幕開けは慎が乗り込んだワルシャワ行きの電車のコンパートメントです。時代は戦争の色が濃くなる1938年秋のことでした。同じ列車に乗り合わせたユダヤ人のカメラマン、ヤン・フリードマンとひょんなことから同室になります。当時のユダヤ人のおかれた状況は危機的なものでしたし、慎もロシア人の父と日本人の母を持つ混血児という微妙な立ち位置にありましたので、ヤンを見て心を動かされます。
ヤンとの会話の中で、少年の頃にシベリアで保護されて来日したポーランド人孤児の一人、カミルとの思い出が浮かび上がってくるのです。ちなみに、この小説に出てくるイエジ・ストシャウコフスキは実在の人物で、帰国後の1928年に17歳でシベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長として活躍したそうです。

のちにこのカミルとも奇跡的に再会するのですが、慎とヤン、カミルの3人は民族や国籍の壁を超え、戦争の惨劇を繰り返してはならないという思いを共有し、1944年のナチス・ドイツの占領に対するレジスタンス「ワルシャワ蜂起」に立ち上がるのです。この「ワルシャワ蜂起」では、20万人にもおよぶ尊い人命が失われ、美しいワルシャワの街も壊滅的な状態に陥ったそうです。
ポーランドとの友誼と現地の人びととの交流を守ろうとする慎の一途な姿、そしてポーランドを舞台にした悲惨な戦闘、ユダヤ人を取り巻く目を覆うほどの惨状など、人間の清濁および歴史の事実を克明に描いた素晴らしい作品でした。

そうそう、この小説にはショパンの『革命のエチュード』が通奏低音のように流れ、重要な役割を担っています。この曲は、時代を遡る1830年にワルシャワがロシアによって制圧された時に起きた「11月蜂起」の際に、パリにいてレジスタンス運動に参加できず敗北感にうちひしがれたショパンが作曲したと言われています。『革命のエチュード』を聴きながら、本書もぜひ読んでいただきたいと思います。
《図書館からお借りしました》
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『駐在日記』 小路幸也

カテゴリ:
小路幸也の『駐在日記』。ほんわかと温かい感じの小説で良かったです。
昭和50年、関東のとある田舎町の駐在所に赴任してきた簑島周平さんと彼の奥さんの花さんがこの物語の主人公です。周平さんは前任地の横浜では刑事をしていましたし、花さんは同じく横浜の大学病院で外科医をしていました。花さんは医療にかかわる事件に巻き込まれて利き腕である右手に重傷を負い、勤務医を辞めることになります。そんな花さんに静かな暮らしをさせたくて、周平さんは望んでここ雉子宮の駐在所に勤務することにしました。
4編の連作短編のいずれも田舎の出来事や事件に纏わるお話ですが、心優しい周平さんと花さんのとりなしで平穏というか丸く収まって、思わず「良かったね」と声を出したくなります。
文章も読みやすいですし、優しくてほんわかとさせてくれるいい本でした。
《図書館からお借りしました》
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『キラキラ共和国』 小川糸

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大好きな小川糸さんの『キラキラ共和国』も良かったです。
ツバキ文具店は今まで通りに健在ですし、代書のほうもいろいろな依頼が舞い込んできています。変わったことと言えば、主人公の「ポッポちゃん」こと雨宮鳩子がミツローさんと結婚して守景鳩子になったことと、ミツローさんとともに小学一年生のQPちゃんが家族になったことです。
お隣の明るく元気なバーバラ夫人などに囲まれ、家族三人になった「モリカゲ共和国」のキラキラと輝くような日々を綴っています。ウルウルするような素敵なお話ばかりで、本書を携えて鎌倉の街をのんびり歩きたくなってしまいました。ぜひお読みになってみてください。
《図書館からお借りしました》
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『サハラの薔薇』 下村敦史

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下村敦史の『サハラの薔薇』、面白くて一気読みです。
エジプト考古学が専門の大学准教授の峰という男が主人公です。エジプトで発掘調査中に悲願だった王家の墓を見つけたところから物語が始まります。しかし、石棺の中にあったのは、古代王家のミイラではなく、死後数ヶ月しか経ってないミイラ状の死体だったのです。しかも、考古学的には何の価値もないそのミイラ状の死体が武装グループによって強奪されるという不可解な事件も起こるのです。失意のうちにフランスからの要請による講演に旅立つのですが、その飛行機がなぜか航路を変えてサハラ砂漠に墜落します。わずかに生き残った人々と、オアシスを目指して決死の脱出を図るのですが・・・。
ここからの延々と続くミステリー要素をたっぷり含んだサバイバル・ストーリーが凄いです。
下村さんのいずれの作品も単なるエンタメで終わることはないのですが、本作も世界レベルの大きな社会問題が底流に流れていて、読者は最後にその提起の意味を知ることになります。
サハラ砂漠やアルジェリアの古都を一緒にサバイバルで生き延びるスリリングな臨場感も味わえますし、「オクロの天然原子炉」という耳馴れない不思議な地質学的現象を知ることも出来ますので、面白い一冊でした。
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『屍人荘の殺人』 今村昌弘

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今村昌弘の『屍人荘の殺人』。今期の本屋大賞の10作品の一つとしてノミネートされているだけあってとても面白かったです。

まずもって怪しげな装丁と『屍人荘』というタイトルからして怖そうな印象を受けます。表紙を捲りますと冒頭に本書の登場人物(16名)の紹介と、舞台となる3階建ての山荘の見取り図などが掲載されています。
物語は大学のあるサークルの夏合宿という設定です。この豪華な山荘に集った仲間たちは、思いがけない事件で山荘内に閉じ込められることになり、その中で身の毛もよだつような凄惨な連続殺人事件が起こります。
ミステリーでいうところのいわゆるクローズド・サークルという王道設定なのですが、この小説はそれにとどまらない奇想天外というか斬新な展開が用意されています。あまりにも展開が凄すぎてミステリーとして収拾がつくのかハラハラしますが、最後は謎解きのピースが見事に嵌るところはさすがと思いました。
詳しいことを書いちゃいますと読む楽しみがなくなってしまいますので、これ以上詳細は書きませんが、ホラー要素あり、本格的なトリックあり、そしてミステリーとしても超一級で抜群に面白かったです。
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『俺はエージェント』 大沢在昌

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大沢在昌の『俺はエージェント』を読んでみました。
装丁の面白そうな絵と題名、そして帯の「007になりたい俺と時代遅れの老兵たちの決死の大作戦」という言葉に惹かれて読み始めたのですが、私にはちょっと期待外れの一冊でした。

1960年代の東西冷戦を背景にしたジェームズ・ボンドが活躍する007シリーズ。それに続く二番煎じともいえるB級スパイ小説好きが高じてエージェント(工作員ないし諜報員の意)に憧れる三十間近いフリーターの村井という青年が主人公です。行きつけの大衆居酒屋で常連客の白川というお爺さんと自称・推理作家の大西という男らと一緒にスパイ談議に花を咲かせていると、白川に一本の電話がかかってきます。その電話によって主人公・村井の平凡な日常は終わりを告げることになります。それは23年ぶりに復活した「コベナント」という極秘ミッションの発動だったのです。
村井と白井という40以上も歳の差のある迷コンビが、このミッションによって本格的な工作・諜報の世界に投げ込まれ、次々と襲いくる陰謀や危機に立ち向かっていきます。全体に登場人物などからしてユーモラスで漫画チックなのですが、現代の複雑にして混沌とした世界情勢と日本の世相の捉え方は真面目で的確であり、彼らシークレット・エージェントの活躍が何となくすんなりと受け入れられるのですから不思議です。ただ、最後まで誰が味方なのか敵なのか判然としない500頁超の長編、少し読み疲れの否めない一冊でした。
《図書館からお借りしました》
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『百貨の魔法』 村山早紀

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村山早紀の『百貨の魔法』を読み終えたところです。この本も星5つあげてもいいくらいに面白い小説でした。前作の『桜風堂ものがたり』の銀河堂書店も、この星野百貨店のテナントとして登場します。

風早という街の商店街にある老舗デパートの星野百貨店が物語の舞台です。全国どこの百貨店も同じでしょうが、この星野百貨店も御多分にもれず、時代の波には抗しきれずに閉店が近いのではと噂されています。そんな星野百貨店には金色と銀色の目を持つ幻の白い猫が住んでいて、人々の願い事を叶えるという魔法のような都市伝説があります。百貨店のエントランスに桜の花びらが舞い込む季節、コンシェルジュ・カウンターに芹沢結子という謎めいた女性が就任します。さあ、そこから魔法にかけられたような店員たちの不思議な物語が動き出します。

私のなかのデパートというと函館の『棒二森屋』です。1869年(明治2年)に『金森森屋洋物店』として創業したのが始まりですから、創業150年の老舗中の老舗ということが言えると思います。郊外に大型の本州系大型スーパーが相次いで進出したことなどがあり、1980年代から急速に売り上げを落とし、ついにダイエー傘下に入ったのち、1994年に運営していた『棒二森屋』株式会社は清算・消滅しました。現在もイオン系列として名前はそのままに営業していますが、本館建物の老朽化が激しく、取り壊しを含めて議論されているようです。

・・・60年近くも前の昔々の『棒二森屋』でのお話です。
ハレの日に母に手を引かれてエントランスを通り抜ける感じは、大袈裟に言うとディズニーランドに入り込むような高揚感に溢れたものだったように思い出しています。化粧品、皮製品、高級たばこ、そして地階から立ち上ってくる食品の匂いがまじりあって、何ともゴージャスな雰囲気に溢れている空間に胸が高鳴った記憶があります。書店は勿論のこと、スポーツ用品、小鳥などのペット、楽器などなど何でも揃っていましたし、美味しいものばかりでなかなかメニューを決めきれなかったデパートの食堂、そして極めつけは屋上の遊園地でしたね。そうそう、最上階には小さいながらも映画館もありましたよ。

デパートを一歩外に出ても電車道路には行き交う人で溢れ活気に満ちていました。現在は、櫛の歯が欠けたように空き地が目立ち、シャッターを下ろすお店が増えて、人通りも途絶えている『棒二森屋』界隈ですが、賑やかだった時期を知っているだけに何とも寂しい限りです。私のなかの昭和はどんどん遠くなりつつあります。

・・・再び本の話に戻って。
この『百貨の魔法』も、本屋大賞を受賞して欲しいなと思っています。
あなたの中のキラキラするような思い出のデパートを蘇らせてくれる素敵な一冊です。
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『たゆたえども沈まず』 原田マハ

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原田マハの『たゆたえども沈まず』。これも面白かったです。

まずもって『たゆたえども沈まず』というタイトル。小説の中でゴッホが呟く言葉なのですが、ラテン語で「Fluctuat nec mergitur」と綴るようです。パリ市民であれば誰でも知っているもので、もともとはセーヌ河の船乗りたちのお守りみたいな言葉で「どんな困難があってもたゆたいながら、沈まず負けずに踏ん張る」という意味なんだそうです。

物語は、あのフィンセント・ファン・ゴッホの弟のテオドルス・ファン・ゴッホが一人目の主人公。そしてもう一人は明治初期に単身渡仏した実在の美術商・林忠正の開成学校の後輩で、後に彼の助手となる加納重吉という架空の人物です。兄弟愛で結ばれた弟・テオドルスから見た兄・フィンセントの話を縦軸に、日本文化や美術の紹介に努め高い見識を備えた林忠正を傍から見つめる加納重吉の話を横軸に物語は進んでいきます。
印象派やポスト印象派の画家たちに影響を与えたジャポニスムの仕掛け人である林忠正ですが、良く知られているゴッホ兄弟の物語に豊かな彩りを添えています。表紙の装丁画に使われているニューヨーク市近代美術館(MOMA)の名作「星月夜」は、4人の思いが手繰り結び合って描かれたという設定で物語はドラマチックにフィナーレを迎えます。なお、この作品は、1889年にサン・レミ・ド・プロヴァンスのサン・ポール・ド・モゾル修道院の精神病院での療養中に描かれたものです。

現在、京都市でゴッホ展『巡りゆく日本の夢』が開催されていますが、あわせてご覧になると楽しいと思います。
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『AX アックス』 伊坂幸太郎

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伊坂幸太郎の『AX アックス』も面白かったです。
主人公の「兜 (殺し屋ネーム)」は超一流の殺し屋ですが、家では妻に頭が上がりません。同業者の殺し屋からも「こんな恐妻家だと知ったら、がっかりするやつもいるだろうな」と言われるほどですし、一人息子の克巳も父の弱腰にはあきれています。まして「兜」の昼の顔は普通の文具メーカーの営業マンですから、家族は「兜」がそんな恐ろしい裏稼業をしているとは夢にも思っていません。
克巳が生まれた頃から、「兜」はこの仕事を辞めたいと考えていましたが、この仕事から抜け出すのは簡単ではなく、仕方なく続けています。

物語の中盤までは「兜」を中心に、中盤以降は不慮の死を遂げた「兜」と、歳月を経て家庭を持つようになった克巳がランダムに時間を行き来しつつ交互に語るような形で核心へと進んでいきます。そして、最後のオチが凄いです。

これ以上書きますと、この小説の面白さを奪ってしまいますので、このへんで終わりにしますが、スリリングかつユーモラス、そしてどこか優しさを感じる伊坂ワールドをお楽しみいただければと思います。
《図書館からお借りしました》
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『星の子』 今村夏子

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芥川賞および本屋大賞にノミネートされた今村夏子の『星の子』を読んでみました。
とても平易な文章で書かれていますし、200頁ほどの小説ですから一気に読めてしまいます。

物語はの主人公は中学3年の林ちひろという普通の女の子です。ちひろが幼少時から病弱だったことから両親は怪しげな新興宗教に入会しています。両親は「金星のめぐみ」と称する特別な水を愛飲したり、教団が主催する集会や合宿に積極的に参加したりする熱心な信者です。周囲の親戚などからの勧告があったり、ちひろ自身も両親の行動に時に違和感を持つものの、あえて否定はせずに新興宗教を中心にした生活に順応していきます。

あたかも学校を中心とする「普通」の世界で過ごすより、新興宗教という「怪しげ」な世界にいる時のほうが、ちひろ個人にとっては人間らしく活き活きとしているとさえ思えてきます。ちひろは取り立てて大きな躊躇いもなく、それらのコミュニティを行き来し、物語もどちらへの肩入れをすることもなく淡々と進行していきます。

ちひろの両親のように「愛する家族のために」という麗しい言葉のもとに一蓮托生を選ぶことは正しく美しい行為なのか、はたまた「怪しげ」と「まとも」という価値観をジャッジするのは誰なのかという命題を読むものにつきつけます。

単純なストーリーですが、いろいろな読み方が出来る不思議な一冊です。
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『騙し絵の牙』 塩田武士

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「グリコ・森永事件」をモデルにした小説『罪の声』で数々の賞を受賞した塩田武士。
それ以来になる小説『騙し絵の牙』を読んでみましたが、さすがに塩田さんの文章には唸ってしまいました。文章がとても読みやすいですし、物語の組み立ても素晴らしいと思います。

物語の舞台は大手出版社です。主人公の速水輝也はこの出版社の雑誌編集長であり、俳優の大泉洋さんのイメージをキャラクター化しています。やたらかっこいい大泉洋さん演じる主人公をイメージしつつ読み進める感じです。本書の発案当初から映像化を見据えた「完全アテガキ社会派小説」という触れ込みですので、この奇想天外な面白い企てにちょっと嵌ってしまいます。

書籍離れなど出版業界を取り巻く環境は厳しさを増していますが、速水たちが編集している雑誌も御多分にもれず廃刊の危機に晒されています。時を同じくして上司からの圧力、部下との軋轢、家庭の不和など諸々の問題が噴出してきますが、持ち前の話術とパフォーマンスで何とか乗り越えていきます。

これだけでも物語として面白いのですが、もうひとつ最終盤になってどんでん返しが待っています。「最後は大泉洋に騙される」というキャッチフレーズが本書のウリですが、これは読んでのお楽しみということで・・・。表紙写真の大泉洋さんの影が女性の顔になっているのがお気づきになりましたでしょうか。(^^♪
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『クリスマスを探偵と』 伊坂幸太郎

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伊坂幸太郎の『クリスマスを探偵と』。クリスマスの頃に読みたかったのですが、図書館の順番の関係で今頃になってしまいました。

伊坂幸太郎の文とイラストレーターのマヌエーレ・フィオールの絵による「大人の絵本」といった感じの本です。文はとても短いですので、30分もあれば読めちゃいます。
クリスマス・イヴに父親の浮気を調査するにわか探偵のカールが主人公です。浮気の現場の家を見張る公園で出会った不思議な男とたまたま会話を交わすのですが、その会話の中から少年時代のクリスマスに纏わるいろいろな思い出が蘇ってきます。
なんとなく哀しくて、ちょっぴりメルヘンチックで、そして少しだけミステリアスな絵本です。

伊坂幸太郎が大学生の頃に初めて書いた短篇をもとにリメイクした作品のようです。
《図書館からお借りしました》
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『ねこ町駅前商店街日々便り』 柴田よしき

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柴田よしきの『ねこ町駅前商店街日々便り』。とても面白かったです。
読んでいて心が温まるというかアットホームな感じで、こういう小説は大好きです。

舞台は某県某所を走る私鉄・柴山電鉄の赤字ローカル線の終点・根古万知(ねこまんち)。その昔には太良山炭鉱とそこに働く人々で大いに栄えていたのですが、今は駅前の賑わいは途絶えわずか8店舗ほどが細々と営業するいわゆるシャッター商店街です。
そんな商店街にたったひとつある喫茶店「風花」で働いている愛美という女性がこの物語の主人公です。愛美は地元の大学を卒業したのち東京で就職をし、そして結婚をしたものの3年足らずで別れて、故郷の根古万知へ戻ってきました。
そんな愛美は、ひょんなことから緑色の大きな目と灰色の毛が愛らしい拾い猫を飼うことになります。愛美はその猫を「ノンちゃん」と名付け可愛がるのですが、たまたま「ノンちゃん」が柴山電鉄の一日猫駅長を務めるとSNSなどで情報が拡散し駅は大ブレークすることになります。そして、愛美はその勢いをもって商店街を活性化させるために商店街の人々や仲間を巻き込んで奮闘するというストーリーです。
現在の日本が抱える都市への一局集中と衰退する地方の問題がこの小説の根幹にあるのですが、拾い猫の「ノンちゃん」を中心にいろいろな知恵を出し合って、観光客が訪れてみたいと思うような、そして住民にとっても住みやすいと思う地域活性を模索していきます。

『空には星。足下には地面。木々には甘夏の実。丘にはUFO。シャッターには絵が描いてあり、古びた写真館では芝居が上演される。商店街にはアーティストが住み、駅には猫。それが、私の故郷』と愛美が呟くところで小説はエンディングになります。

450頁を超える長編ですが、いろいろな人間模様が描かれていて面白いです。お勧めの一冊です。
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『逃亡刑事』 中山七里

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中山七里の『逃亡刑事』。ストーリーが荒唐無稽な設定で少し漫画チックなのですが、これはこれで痛快で面白かったです。

8歳の御堂猛という少年が児童養護施設から脱走する途中、千葉県警の組織犯罪対策課の生田巡査が拳銃で殺害される場面を目撃するところから物語が始まります。同じ県警の捜査一課に勤務し、美形ながらもガタイがでかくて男まさりの武闘派なことから「千葉県警のアマゾネス」と呼ばれる高頭冴子がこの小説の主人公「逃亡刑事」です。彼女は警察組織内の軋轢から、この事件の罪を着せられることになります。濡れ衣を着せられた彼女は、目撃者として生命の危険に晒されている猛を連れて逃亡するのですが、広域暴力団の助けを借りたり、日本一カオスな街と言われる大阪A地区に潜伏したりして巧みに追跡をかわします。
最初から真犯人は分かっていますので、ミステリーという要素には乏しいのですが、この逃亡劇がスピーディなうえに奇想天外の展開で最高に面白いです。
《図書館からお借りしました》
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『きのう、きょう、あした』 つばた英子

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映画『人生フルーツ』の「つばた英子」さんと「つばたしゅういち」さんの『きのう、きょう、あした』を読んでいます。
しゅういちさんが、2015年6月に庭仕事を終えて昼休みをしているうちに突然お亡くなりになって、現在は英子さんがお二人の思い出の詰まった72㎡のワンルームでお過ごしになっているようです。しゅういちさんのお食事が陰膳になったくらいで、おひとりになっても日々の営みは以前と殆ど変わらないようです。
英子さんのひと手間の加わった美味しそうなお料理とお菓子、そして四季を彩るいろいろな花々や野菜、何気ない日々の暮らしのひとこまなど読んでいて元気をいただける楽しい一冊です。
私たちもお二人のように楽しく過ごしていけたらいいなぁと思っています。

映画でのワンシーンですが・・・
しゅういちさんが旅立たれたときに、英子さんがしゅういちさんの手を握られて、「しゅういちさん、私がそちらへ行く時までお元気にしていてくださいね」と声を掛けられていたのが微笑ましいというか深く心に残っています。何とも愛らしくて素敵な女性ですね。しゅういちさんが、「僕の永遠のガールフレンド」と仰っていたのが頷けるようです。
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『火定』 澤田瞳子

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澤田瞳子の『火定』を読み終えましたが、星4つ半つけてもいいくらいに感動しました。伊吹さんの『彼方の友へ』も良かったですが、こちらの澤田さんの『火定』も甲乙つけ難いほどに良かったです。う~ん、お二人とも直木賞が取れなかったことが残念でなりません。

時は奈良時代の天平年間、権力者である藤原四兄弟までもが罹患して亡くなった寧楽(奈良)の都・平城京での天然痘のパンデミックが主題になっています。太平年間には、世を震撼させた疫病の他にも旱魃や飢饉、大地震などが続き、これらの大きな出来事が引き金となって聖武天皇の親政や大仏建立などがなされたことが知られています。

遣新羅使が持ち込んだとされる天然痘が徐々に都に蔓延し猛威を奮うところから物語が始まります。原因も治療法も分からないなか、市中の病院「施薬院」では医師やスタッフが次々と担ぎ込まれる膨大な感染者の治療に昼夜をおかず奮闘します。
そんな「施薬院」の外では、疫病を避けて畿内から逃げ出す者、藁にもしがみつこうと「まじない」など怪しい宗教を頼る者、はたまたこの機に乗じて金儲けに走る者など世は混乱の渦に巻き込まれてしまいます。

まさに人間の心の中にある清い部分と濁った部分が、パンデミックという極限の状態のなかで炙り出されることになります。「火定」とは、自らの身体を火の中に投げ入れて死ぬ「火定入滅(かじょうにゅうめつ)」という仏教用語から来ているのだそうです。疫病の流行に対して無力さを感じ、おのれを含めた人間の業の深さを嘆く、主人公のひとり名代(なしろ)の叫びが「火定」という響きの中に聴こえてくるようです。
1300年も前の世の物語ですが、今まさに眼前で繰り広げられているような躍動と恐怖をおぼえる小説です。ぜひ読んでいただきたいと思います。
《図書館からお借りしました》
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