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カテゴリ:ちょっと面白かった本

『祈りのカルテ』 知念実希人

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新刊ではありませんが、『十字架のカルテ』に続いて『祈りのカルテ』を読んでみました。
知念さんの医療ミステリーはなかなか面白いですね。
今作の主人公は純正会医科大学附属病院の研修医・諏訪野良太です。初期臨床研修で、精神科、外科、皮膚科、小児科、循環器内科など様々な科を回っている期間のお話です。出会った患者たちの謎めいた行動や不可解な出来事を鋭い洞察力と優しい人柄で解き明かしていきます。

各科を回っているお話が短編形式で繋がっているのですが、個人的に外科が舞台の「悪性の境界線」と題されたお話がちょっと気になりました。早期の胃癌と診断され入院していた老人が主治医のすすめる内視鏡手術を拒否し開腹手術で摘出してくれと言いだして周囲を困惑させるようなお話です。その不可解な言動の裏には、ガン保険の早期癌の定義に絡む問題が動機として隠されていました。具体的には、数週後に迎える80歳の誕生日(保険契約期限)までに癌の診断がつくと多額の保険金が下りるという契約をしており、癌の診断がついて取得した保険金を苦労をかけた娘にやりたいと密かに考えていたのです。
病院側は渋々患者の希望を受け入れて開腹手術をし、病変部位を摘出して手術は無事完了します。そして摘出した臓器を病理学的に検査をした結果、患者が期待した通りごく初期の癌と診断されて物語は(めでたく?)終わります。

物語としては美しいお話なのですが、摘出された臓器の病理学的検査の手法にちょっと違和感を抱きました。病理部のある大学病院や比較的大きな病院では、手術で摘出された臓器は検査のために病理部へ提出されるのが普通であり、そこで標本が作成されて病理専門医によって病理診断がなされます。ホルマリン固定や標本作成のための処理が必要ですので、診断のための所要日数は通常は数日かかります。
この物語では手術をした外科の教授が、そのまま病理部へ臓器を持ち込み、1時間という短い時間で、しかも自分で「(微小浸潤のある)ごく初期の癌」との病理診断を下しています。30分程度で診断する術中迅速病理診断というものがありますが、あくまでも特殊な手法ですので、この物語のように1時間で診断というもの自体が不可解です。
あくまでも小説ですから、目くじらをたてることはないのですが、ちょっと気になった箇所です。

また、患者がどのようなガン保険に入っていたか定かではありませんが、保険でいうところの「(浸潤のない)上皮内新生物」では保険金がおりないか少ないので、「悪性新生物」と診断して欲しいと望んでいたことがうかがわれます。現在のガン保険では、両者を区別しないようなタイプも増えてきているようですが、「上皮内新生物」では補償をしないか、補償の程度に差をつけているタイプも多いようです。ガン保険に加入している方は、一度チェックしておくべきでしょうね。
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『十字架のカルテ』 知念実希人

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一昨日の夕方、私の勤務先近くのスーパーの駐車場で、男子大学生が面識のない男に腰を刃物で刺されて重傷を負う殺人未遂事件がありました。男は自宅にいたところを逮捕され、警察では動機などについて調べているとのことです。

今回のような無差別殺傷事件があると、被疑者は逮捕時に意味不明のことを叫んで暴れるようなことをよく耳にしますが、この『十字架のカルテ』はそのような事例を題材にした小説です。主題は、刑法第39条、『刑事責任能力のない人は処罰の対象外とする、または、処罰を軽減する』というものです。法律に違反したなら処罰されるのが当然と思えますが、なぜこうした犯罪者をかばうような法律があるのでしょうか。また、被疑者が不起訴になった場合、何の落ち度もなく殺傷された被害者やその家族の無念の思いはどのようにして癒されるのでしょうか。双方に課せられたというよりも漠然と宙に浮いたような「重い十字架」について考えさせられる一冊です。

舞台は光陵医大付属雑司ヶ谷病院です。当院の院長で日本有数の精神鑑定医・影山司の助手に志願した新人医師・弓削凛が主人公です。彼女が目指すのは触法精神障害者、いわゆる犯罪行為を行った精神疾患患者への精神鑑定を行う医師です。精神鑑定を行って責任能力の有無を見極めることは、前述の刑法第39条との関係でとても大切な医療行為となっています。一般的な血液検査や画像などで客観的な診断をするのとは違い、判断材料は対象者との面談のみという主観に陥りそうな手法で診断する難しさがあります。被疑者が刑を逃れるために演技をしている「詐病」なのか本当の疾患なのかを診断することは、その後の訴追や刑事裁判に大きな影響を与えますし、被疑者はもちろんのこと、被害者やその家族の人権、心情などとも密接に絡んできます。

物語は5つの異なる事件が短編形式で繋がっています。精神疾患の診断だけでは謎が解決しない人間の心の中に潜む見えない闇をミステリータッチで描いているところが凄いです。
今年上半期に読んだ中では3本の指の中に入れても良いくらいに読み応えのある一冊でした。
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『クスノキの番人』 東野圭吾

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久し振りにカテゴリー「ちょっと面白かった本」の記事を書いてみます。

話題の東野圭吾の『クスノキの番人』。読後感想や内容に触れるべきなのでしょうが、特に東野さんの本はネタバレをしますと後で読む方が、まったくつまらなくなってしまいますので、帯とAmazonブックスなどに掲載されている簡単な内容紹介のさわりを掲載するにとどめたいと思います。 

その木に祈れば、願いが叶うと言われているクスノキ。その番人を任された青年と、クスノキのもとへ祈念に訪れる人々の織りなす物語。

不当な理由で職場を解雇され、その腹いせに罪を犯し逮捕されてしまった玲斗。同情を買おうと取調官に訴えるが、その甲斐もなく送検、起訴を待つ身となってしまった。そこへ突然弁護士が現れる。依頼人の命令を聞くなら釈放してくれるというのだ。依頼人に心当たりはないが、このままでは間違いなく刑務所だ。そこで賭けに出た玲斗は従うことに。
依頼人の待つ場所へ向かうと、年配の女性が待っていた。千舟と名乗るその女性は驚くことに伯母でもあるというのだ。あまり褒められた生き方をせず、将来の展望もないと言う玲斗に彼女が命令をする。「あなたにしてもらいたいこと――それはクスノキの番人です」と。

新月と満月の日の夜にクスノキの大木の根元にあいた洞の中で静かに行われる不思議な儀式のお話です。キーワードは「祈念」と「受念」です。クスノキのある月郷神社での人々の祈りは150年もの間続けられて今に至っていると言われています。クスノキに思いを託し伝えたいと願う人たちと、その思いを受け止める人たちの遣り取りが、慈しみに満ちていて何とも切ないです。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のような不思議なお話で、人間の温かさの感じられる一冊です。
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『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』 宮部みゆき

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かなりのボリュームのある一冊ですが、宮部みゆきの『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』を読み終えました。読後感ですが、いつもながら相当に怖いですから、時節柄今は読まない方が賢明かも知れません。

2008年の『おそろし』から始まって『あんじゅう』、『泣き童子』、『三鬼』、『あやかし草紙』に続く『三島屋変調百物語』シリーズの6作目になります。三島屋に設(しつら)えた座敷「黒白の間」で不思議な話を聞くのは前回までは主人の姪のおちかでしたが、彼女はめでたく嫁いでいきましたので、本書からは三島屋の次男の富次郎が新たな聞き手になりました。語り手は自ら志願して三島屋を訪(おとな)い、聞き手とは一対一で、そして語り捨て、聞き捨てという決まりになっています。

一家離散の恐ろしい運命を語る第一話の「泣きぼくろ」、満開の桜で美しい丘に村の女たちが登ってはならないという掟の理由を語る第二話の「姑の墓」、妻子を失った走り飛脚の男が道中でめぐりあった怪異を語る第三話の「同行二人」という短編3作がまず収載されています。いずれもゾッとするような因縁話で怖いのですが、何といっても圧巻は第四話の中編「黒武御神火御殿」です。簡単にあらすじを。

語るのは、死期が近づいた甚三郎という男で、かつて放蕩三昧をしていた頃のお話です。ある日のこと、江戸市中にもかかわらず偶然に迷い込んでしまった異様な屋敷で、自分と同様に神隠しにあったらしい5人の男女と出会うところから物語が始まります。ホラーまがいの怪魚や人食い虫、火炎地獄に飢餓地獄、黒い甲冑の侍などが次から次と現れて恐怖に慄(おのの)くのですが、6人はこのおぞましい屋敷から脱出するために手を携えて戦っていきます。戦う過程で、この家に纏わる因縁があらわになってくるのですが、同時にこの窮地から生き残るためにはそれぞれの抱える罪をも明らかにすることが求められるのです。罪の重軽は何を基準にして決められるのか、誰が裁きをするのか。6人の生き残りをかけた凄まじい戦いが繰り広げられます。

私たちは皆、胸の奥に大なり小なり人に言えない何かを隠しているものですよね。苦しいから吐き出してしまいたいと思うのは皆おなじです。語り手は秘密をさらけ出すことで心を鎮め、また聞き手は人の痛みを知ることで成長するといいます。そして一切を漏らさないで、語り捨て、聞き捨てにしてくれれば、なお嬉しいです。時代を越えても人間の心のあり様は一緒なのでしょう。

今回の新型コロナ騒動が落ち着きましたら、ぜひ読んでみてください。
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『人面瘡探偵』 中山七里

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中山七里の『人面瘡探偵』。王道ミステリーといった感じですが、なかなか面白かったです。
この作品もネタバレをしますと艶消しですので、帯の要約を掲載させていただきます。

相続鑑定士の三津木六兵の右肩には、人面瘡が寄生している。六兵は頭脳明晰な彼を“ジンさん”と名付け、何でも相談して生きてきた。信州随一の山林王である本城家の当主・本城蔵之助が亡くなり、六兵は遺産鑑定のため現地に派遣される。二束三文だと思われていた山林に価値があると判明した途端、色めき立つ一族。まもなく長男の武一郎夫婦が蔵で焼け死に、次男の孝次が水車小屋で絞殺され、相続人が次々に不可解な死を遂げていく。幼い息子を連れて出戻った長女の沙夜子、家政婦の久瑠実、料理人の沢崎、顧問弁護士の柊。さまざまな感情が渦巻く本城家で起きる連続死事件。遺産の総取りを目論む者の犯行なのだろうか。
六兵は、毒舌なジンさんに叱責されながら二人三脚で事件を追っていく先には、本城家の忌まわしい歴史と因習深い土地の秘密があった。切れ者の人面瘡とボンクラな相続鑑定士のコンビが限界集落で怪事件に挑む、現代の横溝正史的ミステリー。

途中から犯人の目星がついてしまうという中山七里さんの作品としては異例の展開なのですが、人面瘡が謎解きの重要な役回りをしたりと奇想天外でそれなりに面白かったです。 
P2050002

『不審者』 伊岡瞬

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伊岡瞬の『不審者』を読了です。 

主人公は東京郊外の一軒家に住む33歳になる折尾里佳子という女性です。家族は夫の秀嗣と幼稚園に通う息子の洸太、そして姑の治子です。主婦業の傍ら自宅でフリーの校正・校閲者として仕事を請け負っています。義母は気が強い性格の上に認知症の疑いがあり、夫もやや能天気な人柄ですが、それでも里佳子の生活は平凡かつ平穏で、いまの暮らしに満足しています。
しかし、20年来音信不通だった秀嗣の兄・優平を名乗る男がやって来て、家族同然に居候をするようになった頃から、彼女を取り巻く日常に不穏な影が差し始めるのです。

この小説に関してはネタバレは絶対にいけないと思いますので、物語の筋はこの程度にしておきます。
人々を疑心暗鬼に陥れる「不審者」をめぐるミステリ小説の定番と思いますが、とにかく最後まで怖いです。そしてまったく予測しなかった衝撃の結末・・・。ぜひ読んでみてください。
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『Iの悲劇』 米澤穂信

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米澤穂信の『Iの悲劇』。個人的にはとても面白い作品でした。

物語の舞台はどこか雪深い県の内陸部「南はかま市」。その市街地から車で40分も走った山の中の限界集落。住民が全員立ち退いて滅びてしまった蓑石地区に、Iターンで新しい住民を呼び込み、地域を再生しようという市長の施策を実行するのは市役所の「甦り課」の三人です。主人公は勤勉な公務員を絵に描いたような万願寺邦和という青年。他の二人は、何事にもやる気がなく定時に帰ることばかり考えている課長の西野秀嗣と、人当たりが良くさばけた新人の観山遊香という若い女性です。
一癖あって一筋縄ではいかない移住者たちは、互いの価値観の違いなどによってぶつかり合い、果ては犯罪的な出来事すらに発展していきます。原因不明の火事、忽然と消えた養殖鯉、幼児の行方不明事件など、山村の中で起こった不可解な5つのトラブルに翻弄されながも「甦り課」の三人はプロジェクトを成功させるべく奔走します。しかし、万願寺らの願いもむなしく開村時には10世帯いた移住住民は、1年ほどの間に櫛の歯が欠けるようにポツポツと村を去っていきます。

過疎化や高齢化に悩む自治体は日本中のありとあらゆるところにあり、地方再生や創生の名のもとに同様のプロジェクトが行われていますが、あまり成功した事例というのを耳にしたことはありません。特に過疎化の進んだところでは、個人の暮らしを守ることと共同体を営むことの間には避けがたいギャップが生じるのは火を見るよりも明らかです。災害などの危険性が叫ばれているにもかかわらず便利で肥大化する大都市、一方で過疎化が深刻な地方。自治体まかせではなく国の施策として何とかならないものかと思ってしまいます。

そうそう、この物語の最終章「Iの喜劇」がミステリアスというか凄いです。移住者10世帯がすべて去った本当の謎が明かされます。テンポが速くて小気味いいですし最高に面白いです。ぜひ読んでみてください。
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『巡礼の家』 天童荒太

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天童荒太の『巡礼の家』を読み終えたところです。

舞台は道後温泉。ここにある宿「さぎのや」は行き倒れの人や、心に重荷を抱えてこれ以上前に進むことが出来ないような人たちを温かく迎え入れ、心や体が癒えるまでお世話をする宿です。
行く場所も帰る場所も失った15歳の少女・雛歩は、この宿の美人女将に行き倒れになっていたところを助けられます。物語は、「さぎのや」に伝わる古くからの言い伝えなどを絡めて雛歩に纏わる秘密を一つひとつ明らかにして進んでいきます。

伝説・神話という不思議な世界に彩られた3000年の歴史を有する「さぎのや」。人々は様々な問題に直面しつつも、優しい人たちに守られながら、再び生きる力を得ていく姿が感動的です。

本屋大賞にノミネートされて欲しい一冊です。
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装画は、天童さんが直々にお願いをして彫刻家の三沢厚彦さんに描いていただいた油絵なのだそうです。表は星が瞬く道後温泉、裏は「さぎのや」のモデルの白鷺です。
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『死にゆく者の祈り』 中山七里

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中山七里の『死にゆく者の祈り』も面白かったです。

主人公は獄中の人たちに仏道を解く教誨師という務めをしている顕真という浄土真宗のお坊さんです。ある日のこと、大勢の囚人を集めての集団教誨の際に一人の死刑囚が目に留まります。それは大学時代に所属していた登山部で一緒だった関根という男でした。二人は冬山で大きな遭難事故に遭ったことがあるのですが、その際に怪我をした顕真を救出してくれたのが関根だったのです。大学卒業後は別々の道を歩んだこともあり音信不通でしたが、顕真にとっては命の恩人で無二の親友であったことは言うまでもありません。

関根の罪状は、深夜の公園で見ず知らずのカップルを殺害したというもので、人格者として知られていた友の犯行を顕真は信じることが出来ませんでした。教誨師という務めの範疇を逸脱しつつも、命の恩人である友を救いたいという一心で冤罪を証明するために奔走するのです。事件捜査を担当した所轄の刑事、弁護士などの協力者も現れ、裁判記録に残る不可解な証言や事実を少しずつ掘り返していきます。死刑執行というタイムリミットが迫る中、息詰まるような攻防が繰り広げられますが、死刑執行というまさにその時になってドラマチックなどんでん返しが待っているのです。

心が揺さぶられるような中山七里さんのミステリー。おすすめの一冊です。
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『ライオンのおやつ』 小川糸

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小川糸の『ライオンのおやつ』もウルウルしながら一気読みです。

男手ひとつで育ててくれた父のもとを離れ、ひとりで暮らしていた雫は病と闘っていたが、ある日医師から余命を告げられる。最後の日々を過ごす場所として、瀬戸内の島にあるホスピスを選んだ雫は、穏やかな島の景色の中で本当にしたかったことを考える。ホスピスでは、毎週日曜日、入居者が生きている間にもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫は選べずにいた。 (本誌の書誌情報から)

ホスピスのある小さな島の名前はレモン島、最初に港まで迎えに来てくれていたのがホスピス「ライオンの家」のオーナーのマドンナ。しーちゃんこと雫のホスピスでの1ヶ月間は、美しい景色を眺め、ユニークな人たちに囲まれて、人生のフィナーレを飾るにふさわしい最高の場所と時間でした。深い思い出に彩られた人生最後のおやつ、しーちゃんは何をリクエストしたのでしょう。
キラキラと輝く瀬戸内の海、静かに風にそよぐ葡萄の葉、白いホスピスから聴こえる楽しい歌声と語らい・・・風景が目に映るようです。こんなホスピスがあればいいなと思います。

素晴らしい一冊でした。ぜひお読みになってみてください。
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『ツナグ 想い人の心得』 辻村深月

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辻村深月の『ツナグ 想い人の心得』、とても良かったです。 
亡くなった人に一度だけ会う機会を与えてくれる使者(ツナグ)という役目をしている渋谷歩美という青年が主人公です。彼の元を訪れ仲介を依頼する人たちと呼び出された死者との一夜だけの再会に読者は立ち会うことになります。使者を探し出し、そして死者との再会が叶うのはすべては「ご縁」で繋がっているからといいます。珠玉の出会いの数々、涙なしには読むことは出来ません。
たった一度の機会に、亡き人をひとりだけ選ぶとしたら誰に会いたいでしょうね・・・。
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『祝祭と予感』 恩田陸

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大ベストセラー『蜜蜂と遠雷』、待望のスピンオフ短編小説集・・・と銘打った恩田陸さんの『祝祭と予感』。一気読みというか数時間で読んでしまいました。前作を読んで感動された方は、読まずにスルーするわけにはいかない一冊です。
こんな素晴らしい本の前では、私の読後感想など意味をなしませんので、本の帯をコピーして掲載するだけにします。

大好きな仲間たちの、知らなかった秘密。 入賞者ツアーのはざまで亜夜とマサルとなぜか塵が二人のピアノ恩師・綿貫先生の墓参りをする「祝祭と掃苔」。芳ヶ江国際ピアノコンクールの審査員ナサニエルと三枝子の若き日の衝撃的な出会いとその後を描いた「獅子と芍薬」。作曲家・菱沼忠明が課題曲「春と修羅」を作るきっかけとなった忘れ得ぬ一人の教え子の追憶「袈裟と鞦韆」。ジュリアード音楽院に留学したマサルの意外な一面「竪琴と葦笛」。楽器選びに悩むヴィオラ奏者・奏に天啓を伝える「鈴蘭と階段」。ピアノの巨匠ホフマンが幼い塵と初めて出会った永遠のような瞬間「伝説と予感」。全6編。

『蜜蜂と遠雷』の感動が再び蘇ってきます。ぜひお読みになってみてください。
PB180005

『落日』 湊かなえ

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湊かなえの『落日』を読み終えたところです。

物語の主人公は二人の女性。ある日、新人脚本家である甲斐千尋のもとに、新進気鋭の映画監督・長谷部香から脚本の相談が舞い込むところから物語が始まります。長谷部香が面識も接点もない無名の千尋に声をかけたのは、千尋の故郷で15年前に起きた「笹塚町一家殺害事件」を次作の題材にしたいと目論んでいたからです。事件は、引きこもりの兄が高校生の妹を刺殺し、家に火を放って両親をも死に至らしめたという悲惨なものでした。
実は、長谷部香もかつて同じ町に住み、刺殺された少女がまだ幼い頃に同じアパートの隣室で暮らしていたという過去があったのです。かつての隣人家庭で起こった事件を題材に映画化しようと考えています。
長谷部香は何故この事件を撮りたいのか、千尋はそれに対してどう向き合うのか。『知りたい』と『見たい』という全く違う思惑で事件にアプローチした二人。それぞれの視点で事件を調べ直すことで、加害者や被害者に新たな光が当たっていきます。

後半部はミステリーの要素があったりして面白かったのですが、前半から中盤はテンポが遅く、やや中弛みしている印象もあったりして、少し読みにくい感じがしました。登場人物もちょっとリアリティに欠けるかなと思いますが、映画化するとそれなりに面白い作品かも知れません。
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『笑え、シャイロック』 中山七里

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中山七里の『笑え、シャイロック』。展開がスピーディで面白かったです。

主人公は大手の帝都第一銀行に入行して3年目の結城真吾です。都内の大型店舗の債権回収部門に異動となり、そこで上司となったのが債権回収マンとしてやり手の山賀雄平という男です。「ヴェニスの商人」に登場する情け容赦の無い金貸し「シャイロック」の異名を持つほどの辣腕で、そんな百戦錬磨の男の背中を見ながら結城は鍛えられていきます。
そんなある日、山賀が刺殺され、結城は否応なしに山賀の後を引き継ぐことになります。山賀の抱えていた案件は、地上げ屋、新興宗教、ベンチャー企業、政治家などの回収が困難なうえに身の危険を抱かせるものばかりですが、結城は果敢に取り組んでいきます。結城はシャイロック山賀に勝るとも劣らない奇想天外な着想で難案件にアタックし、そして絶妙な債権回収テクニックで、難案件を次々に解決へと結び付けていきます。
そして最後には山賀殺しの種明かし。「どんでん返しの帝王」中山七里らしい犯罪ミステリーとしての楽しみも待っています。
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『さよならの儀式』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『さよならの儀式』を読み終えたところです。
近未来のお話で、SF風の8つの短編からなっています。それぞれ現実とは少しかけ離れた不思議な世界を舞台にしています。
現実の世界を見まわしても、気候、環境、科学技術、国際情勢そして経済などで、人為的なことが主な要因にも拘わらず、もう人間の手には負えないのではと思えるようなことが頻発しています。そんな近未来になんとなく不安を抱いているのは私だけではないと思います。
宮部さんが描きたかったのは、不安感や外部要因に翻弄されて変貌する人間の心のあり様です。近未来の人間社会にありそうな、なさそうな・・・そんな怖い物語を収めた一冊です。
短編ですので宮部さんにしては物足りない感じがしますが、文章は憎いほどに上手いですし、物語の発想や構成もさすがと思います。
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『夏の騎士』 百田尚樹

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百田尚樹の『夏の騎士』を読みました。
『永遠のゼロ』ではゼロ戦のパイロットを主題に描いていましたが、この作品は子供を主人公にしたものです。強くて名誉と勇気を重んじる騎士団を結成した小学6年生の男の子3人が繰り広げるひと夏の冒険物語です。
百田版「スタンド・バイ・ミー」と銘打っていますが、小学高学年と言うのは私たちが実際に通ってきた道でもありますね。人生経験が乏しいながらも友情や恋、社会や生き方について朧げに考えることができるようになった年頃だったように思います。
物語のテーマは「勇気」です。人間はなかなか一歩を踏み出す勇気を持つことは難しいものですが、自らが心の中で育てていかないと手にできないものだということを語っています。もともと勇気のない3人の少年でしたが、いろいろな試練に立ち向かい勇気の芽を少しずつ育てていきます。そして、ついに大きな樹まで育てあげたものは心の芯となり、自らを支えていくことになります。
固い友情や淡い恋心・・・夏の草原に流れる爽やかな風のような一冊、ぜひお読みになってみてください。
そうそう、百田尚樹さんはこの作品を持って作家業を引退なさるそうです。
P9240002

『希望の糸』 東野圭吾

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東野圭吾の『希望の糸』は、評判通りの面白い作品でした。いつもながら明快でスピーディーな展開ですので、ほぼ1日で読んでしまいました。

この作品もネタバレはご法度ですので、本の帯をそのままコピーします。
「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。
閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。

加賀恭一郎シリーズですが、主人公は従弟で刑事の松宮脩平です。
一人の女性の殺人事件を中心に推理していく構成になっています。大きく分けて二つのストーリーが同時進行形で進んでいきますが、ひとつは松宮が担当する前述の事件。そして、もうひとつは松宮の出生に関わることです。
作品のテーマは「家族」なのだと思いますが、関連して生殖医療に纏わる問題点、そして近年大きくクローズアップされているLGBTに関する事柄も絡めて物語を作り上げています。

殺人事件にまで発展していますし、重大な結果を招いてしまった生殖医療での過失はありますが、基本的に登場人物のいずれの人も悪意をもっていなかったということが、読後感の良さに繋がっているのだと思います。
些細な誤解、ちょっとした嫉妬、人間誰しもが持っている欲望、そんなどこにでも転がっているようなことが、何らかの原因で絡み合って複雑化し、そして重大な事件や事案へと発展していくのですね。

東野圭吾ファンならずとも手にしたい一冊です。
P9150002

『シーソーモンスター』 伊坂幸太郎

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伊坂幸太郎の『シーソーモンスター』を読んでみました。
中央公論新社の「螺旋プロジェクト」シリーズの中の一冊です。昭和後期編の『シーソーモンスター』と、近未来編の『スピンモンスター』の二本立てになっています。

このシリーズは、少しでもネタバレをしてしまいますと読む興味が薄れてしまいますので、本の帯のキャッチコピーをそのまま掲載するだけにします。

我が家の嫁姑の争いは、米ソ冷戦よりも恐ろしい。バブルに浮かれる昭和の日本。一見、どこにでもある平凡な家庭の北山家だったが、ある日、嫁は姑の過去に大きな疑念を抱くようになり・・・。
シーソーモンスター

ある日、僕は巻き込まれた。時空を超えた争いに。舞台は2050年の日本。ある天才科学者が遺した手紙を握りしめ、彼の旧友と配達人が、見えない敵の暴走を阻止すべく奮闘する。
スピンモンスター

少し前に読んだ同じ「螺旋プロジェクト」シリーズの薬丸岳の『蒼色の大地』と通じるものがあります。「人と人との対立」というセンテンスがキーワードになっており、「海族と山族の血筋をひく者同士は、お互いに理解することはなく、ぶつかり合う運命にある」という設定で物語は綴られています。
P8280007

『平場の月』 朝倉かすみ

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朝倉かすみ『平場の月』を読み終えました。
太陽や星ではなく、「月」というのが何ともいいですね。日本中どこにでもありそうな街の片隅で、淡い「月」のように生きる大人の恋愛を描いた作品です。

主人公は地元の埼玉県で一人暮らしをする青砥健将という50歳になる男です。転職、親の介護、離婚を経て今は印刷会社で働いています。身体に不調を感じて検査に訪れた病院の売店で中学時代の同級生の須藤葉子に再会します。青砥にとって須藤は中学時代に告白して、ふられた相手でした。須藤にも離婚歴があり、今は一人暮らしです。
この再会を切っ掛けに、二人は「互助会」と称して近所で酒を飲む仲となり、若い頃のようなトキメキやキラキラ感とは無縁ながら、お互いを大切な人と思うようになります。それは恋愛感情というよりも、修羅場をくぐり抜けてきた人間同士が抱く絆なのかも知れません。
ほどなく須藤は大腸がんを患い、人工肛門ストーマ―造設という試練に見舞われます。しかし、須藤を思う青砥の気持ちにはまったくの揺らぎはありません。

量販店の衣服を纏い、発泡酒と廃棄処分の弁当を食べ、孤独死も想定済みの簡素なアパートに暮らす二人。人生の後半に差し掛かり、一人で生きていくことを覚悟した二人が、思いがけずに巡ってきた他人と関わることの逡巡、そして喜びが丁寧なタッチで描かれています。平場で月のように淡く静かに生きる男と女のせつない恋物語です。
P9150001

『つみびと』 山田詠美

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山田詠美の『つみびと』は、 読むほどに胸がえぐられ苦しくなるのですが、何とか読み終えることが出来ました。

母親が育児放棄で幼い子ども2人を餓死に至らせたという大阪で実際に起こった痛ましい事件をモチーフにした長編小説です。
4歳と3歳という幼い子どもを狭い真夏のマンションに置き去りにして死なせた母親はマスコミによって徹底的に叩かれ世間からは"鬼母"と呼ばれます。物語は、"鬼母"と呼ばれた当事者の「蓮音」、蓮音の母親の「琴音」、そして被害者となった二人の幼い子供のひとり「桃太」の3つの視点から、過去を振り返りつつ進んでいきます。
家庭内暴力、性的虐待、ネグレクト(育児放棄)、性的搾取、無知、無関心、無理解、無慈悲、不寛容などなど世のあらゆるネガティブなものが渦巻き、しかも母から子、子から孫と負の連鎖が続いていることに戦慄を憶えます。
事件の萌芽が複雑に絡み合ってこのような重大な事案にまで発展したのでしょうが、どのようにすれば悲惨な結末を防げたのか私には皆目分かりません。
ただ、筆者は「誰のせいでもないけれど誰のせいでもある」と仰っています。この物語の登場人物のような人たちと自分はまったく無関係と思っている私を含めた大多数の「ふつう」の人たちも『つみびと』なのかなと思っています。

感情移入をすると相当に読み辛い作品ですが、読む価値のある一冊です。
P8280004

『化物蝋燭』 木内昇

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木内昇の『化物蝋燭』を読了です。

江戸の町に生きた市井の人たちや下級武士などを主人公にした7話の短編から成る奇譚集です。
冥界にあるものやあの世とこの世の狭間にいるものといった現実の人間の世界を超えるものが、現世に生きる人たちの生活と絡み合って物語を作っていきます。
漆黒の闇の中で仄かに揺らめく蝋燭に炙られて浮かび上がる切り絵を見るようで、いずれの短編も哀切の情が深く心に沁みてきます。
江戸の情緒が木内さんの美しい文章で綴られていて、いい作品です。
本屋大賞にノミネート間違いなしの一冊と思っています。
P8280001

『機捜235』 今野敏

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今野敏の『機捜235』はとても読みやすくて一気読みです。

平時は不審者に目を光らせ、殺人や強盗などの重要犯罪が発生した際には現場に急行して初動捜査に当たる機動捜査隊(機捜)を舞台にした9編の連作小説集です。

34歳の高丸と、新たに機動捜査隊に配属され高丸とコンビを組むことになった白髪頭の縞長という男が物語の主人公です。通常は所轄の若い刑事が配属されることが多い機動捜査隊だけに、56歳で定年間際の縞長という相棒と組むことになった高丸は心の中で溜息をついてしまいます。
しかし、この縞長という男は、指名手配犯を人混みから見つけ出す「見当たり」捜査員としての経験が豊富で、しかも柔道三段、合気道五段という思いがけない実力を秘めた刑事だったのです。

殺人や人質立てこもりなどの事件の捜査を積み重ね、コンビとして意気投合してゆく過程がスカッととても読みやすく描かれています。
ちなみに「235」というのは、第二機動捜査隊・第三方面、班の中の五番目の車両という意味です。もちろん車両は覆面パトカーです。
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『ライフ』 小野寺史宣

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小野寺史宣の『ライフ』は一気読みです。
前作の『ひと』は本屋大賞にノミネートされましたが、本作品も同じようにホンワカとした内容です。

27歳になる主人公の井川幹太は、荒川と旧中川に挟まれた江戸川区平井にある小さなワンルームのアパートに住んでいます。新卒で入社した大手製パン会社は2年半で辞め、次の会社も半年で辞めて、今はコンビニと結婚式の代理出席バイトを掛け持ちしながら食い繋いでいます。
学生時代から住んでいる気楽なアパート暮らしでしたが、コワモテの戸田が真上の2階に引っ越してきて、望まないながらも付き合いが始まったことで、彼の人生が動いていきます。

ガサツな戸田とその家族が発する足音などの騒音に悩まされ続けている幹太ですが、ちょっとしたアクシデントで戸田の家族のドタバタに巻き込まれていくことになります。夫婦喧嘩から育児まで開けっぴろげな戸田や他のアパート住民との関わりの中から、心の底に眠っていた家族への思いや人と関わることへの願望に次第に気づいていきます。

暖かい思いやりに溢れる青春小説です。若い人にぜひ読んで欲しい一冊です。
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『百花』 川村元気

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川村元気の『百花』、読了です。
アルツハイマー型認知症の祖母のもとに通った著者自身の体験をベースに、約2年半の歳月をかけて執筆した作品だそうです。

主人公は音楽関連会社に勤務する30代の泉です。妻が妊娠しもうすぐ父親になります。そんな折、母一人子一人で自分を育ててくれたピアノ教師の母、百合子が68歳で認知症を患っていることに気付きます。
認知症によって徐々に記憶が消失していく百合子。そして彼女を介護をする泉には、母子の間で封印されていた過去の出来事の記憶が蘇ってきます。過去を失っていく百合子、対照的に介護の過程で母の過去を目の当たりにする泉。老いというものを介在にして情報が減る者と、思いもしない情報を得て困惑する二人の対比が読みどころです。

人はいろいろなものを喪失して大人になると言いますが、認知症を患っている人の記憶は亡くなるときで百くらいしか持ち合わせがないようですね。もちろん個人差があるのでしょうが。
本作の『百花』というタイトルも、それに基づいてネーミングしたようです。
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『蒼色の大地』 薬丸岳

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薬丸岳の『蒼色の大地』を読了です。
中央公論新社の創業130周年を記念して創刊された小説BOC。その創刊とともに企画された「螺旋プロジェクト」の中の一冊です。

物語の設定は明治時代。瀬戸内海の「鬼仙」という島が主舞台です。青い目を持つが故に青鬼と呼ばれ、不当で激しい差別を受ける「海族」が難を逃れて住み着いています。彼らは海賊として生計を立てています。そしてこの物語の主人公は、世間から疎外され島に流れついた灯という「海族」の少年です。

この物語の時代に支配層になっているのは「山族」ですが、「海」と「山」はお互いに忌み嫌い決して交わることはありません。有史以来激しい争いを繰り返している関係でもあります。
この「山族」には灯の幼なじみの新太郎と鈴という兄妹がいます。彼ら3人はそれぞれ成長し、新太郎は呉鎮守府の軍人に、灯は瀬戸内海を根城にする海賊に、そして鈴は思いを寄せる灯を探し謎の孤島・鬼仙島にたどり着くところから物語が始まります。

「海」と「山」という二つの血に翻弄され、彼らは否応なしに国を揺るがす凄惨な争いに巻き込まれていきます。 
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『続 横道世之介』 吉田修一

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吉田修一の『続 横道世之介』を読み終えました。

物語の舞台は1993年。主人公は横道世之介という善良を絵にかいたような青年です。世はいわゆる就職氷河期まっさかり、大学を1年留年したこともあって社会に出る好機に乗り遅れてしまい、バイトとパチンコで食いつなぐ日々を送っています。そんな彼の24歳から25歳までの1年間の物語です。
いわゆる人生のダメな時期にあるのですが、なぜか彼には悲壮感がありませんし、彼の周りにも笑顔が絶えません。
寿司職人を目指す女友達の浜ちゃん、大学時代からの親友コモロン、美しきヤンママの桜子とそのファミリー、ムショあがりの理容師のオジサンなど。彼を取り巻く人たちは一癖も二癖もありますが、みな心優しいいい人ばかりです。
そして27年後、「2020オリンピック」に沸く東京で、小さな奇跡が生み落とされます。P6130002

『ニムロッド』 上田岳弘

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第160回の芥川賞受賞作品、上田岳弘の『ニムロッド』を読み終えました。

『ニムロッド』の主人公は、都内のサーバ保守会社に務める38歳の中本哲史です。〈ナカモト・サトシ〉という名前のせいもあって、保守会社の社長から部下のいない一人だけの「仮想通貨」担当部署の課長を命じられます。業務内容は、余剰のサーバーを使って「金を掘る仕事」と呼ばれるビットコインのマイニングが主だったものです。
ちなみにマイニングと言うのは、仮想通貨の取引をチェックし、ブロックチェーンという取引台帳に追記していく作業のことです。また、〈ナカモト・サトシ〉という人物はビットコインの生みの親であり、現在のところ国籍・性別など正体はまったく不明というです。

中本は、物事への関心がまったくないわけではないのですが、自分に不必要なことはバッサリ切り捨てることができるイマドキの若いサラリーマンです。平穏に日々を生きることすら難しくなってきている現代、いちいち細かいことに目を向けていたらとても耐えられませんから、彼の生き方は現代的に言えば「普通」なのかも知れません。

もうひとりの主人公は、仕事に行き詰って今は実家近くの名古屋支社で勤務しつつ小説家を目指している中本の先輩の荷室(にむろ)という男です。中本とは反対に、自分とは何かということを常に検証し考察し続けている人物です。中本へ「駄目な飛行機コレクション」なる文章をメールで送り付けているのも彼です。
この「駄目な飛行機コレクション」は「NAVER まとめ」で見ることが出来ます。結構笑えるようなダメな飛行機ばかりですが、当時は最先端の技術を用いたもので製作者たちの熱い情熱が感じられます。楽しいですから是非ご覧ください。

そして、もう一人の登場人物が、恋人とは言えないものの中本と週に何度か会う関係にある外資系企業エリート社員の田久保紀子です。中本や荷室とは違い、文中では彼女だけが勝ち組というか成功者です。ただ、彼女も仕事の重圧に押しつぶされそうな精神状態におかれていることもあり、中本や荷室の生き方に共鳴し、彼らと接触することで安らぎを得たりしています。

物語は、ビットコインという仮想通貨をモチーフに、それとは対極的な「駄目な飛行機コレクション」が相互に絡まりつつ、イマドキの若いサラリーマンたちの生活が淡々と綴られて進行していきます。

完璧なまでのシステムで構成された仮想通貨という我々世代から見ると何とも不可思議な仮想空間が今の世の中に同時進行的に動いているわけですが、以前に読んだ『ホモ・デウス』での驚愕の未来社会を思い出さずにはいられません。21世紀入り、企業はこぞってミスを減らそうと品質管理に一生懸命ですし、個々人は「健康」「長寿」が最大の目標になっているのは知っての通りです。我々人類は『完璧な存在』になろうとしているのは間違いありません。
その延長線上に人間以上に賢い人工知能(AI)が生まれようとしていますし、高度生殖医療や遺伝子工学といった科学の発展が、人間の能力を強化したり永遠の命だって可能になるかもしれません。神のごとき科学技術と、莫大な富を手に入れた後で、人類は次に何をしたいと思うのでしょう。
荷室の書いた小説の中で、すべての望みを得て王となったニムロッドが感じる虚しさや、文中小説の登場人物が抱く悩みを見ていますと、近未来を生きる私たちや次の世代に生きる者たちへ現実が突きつけられているような気がしました。

結局のところ私たち人間は、完璧なものではなく、何となく失敗する「人間的な」ものや「駄目」ながらも努力したものに魅力を感じるのかも知れませんね。令和世代以降は違う感覚になるのかも知れませんが・・・
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『ノースライト』 横山秀夫

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横山秀夫の『ノースライト』を読了です。

主人公は一級建築士の青瀬稔。バブル崩壊の頃に一時仕事を失い、結婚生活も破綻して中学生のひとり娘とは月1回の面会日に喫茶店で会うだけの関係にあります。バブル前の情熱は失せ、ただ注文に合わせて図面を引く日々を過ごしていたのですが、ある日、施主の吉野という男から〈あなた自身が住みたい家を建てて下さい〉という依頼を受けるのです。それは浅間山を望む信濃追分の地に、ノースライト(北からの光)を存分に取り込んだY(吉野)邸の設計でした。彼の手による「木の家Y邸」は雑誌に取り上げられるなどして絶賛されることになります。
ところが引き渡しから4ヶ月が経ってもY邸には誰も住んでいないという驚くような知らせが届くのです。設計事務所のオーナー岡嶋とともに信濃追分のY邸に赴くのですが、そこに残されていたのは、浅間山を望むように置かれた古ぼけた一脚の椅子だけでした。それは昭和初期にナチス政権による迫害から逃れるために日本に渡ってきたドイツの近代建築家ブルーノ・タウトのデザインにとてもよく似ているものでした。
吉野が失踪した謎と、ブルーノ・タウトの足跡を追って高崎、熱海、仙台と物語は展開していきます。それは青瀬自身の生い立ちと深い関係があり、終盤に向けて謎はループのように繋がっていきます。

ミステリーと言うよりも感動の人間ドラマともいえる内容でした。建築の世界には疎いのですが、自身が設計した建築物への思い入れと言うのは私の想像を超えるもので、それだけに住む人たちの暮らしぶりも気になるものなのでしょうね。
読み進むとともに、ブルーノ・タウトが妻エリカと2年間ほど暮らした高崎市の少林山達磨寺にある洗心亭や、彼が絶賛した京都の桂離宮などへも行ってみたいなと思ってしまいました。
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『魔眼の匣の殺人』 今村昌弘

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今村昌弘の『魔眼の匣の殺人』。久々に星5つを差し上げても良いと思える作品でした。
鮎川哲也賞や本格ミステリ大賞を受賞した前作の『屍人荘(しじんそう)の殺人』も最高に面白い作品でしたが、今作はそれ以上の面白さでした。

物語は前作に続いて大学2回生の剣崎比留子が名探偵宜しく1年後輩の葉村譲と共に事件の謎に挑みます。
舞台は、人里離れた「W県I郡旧真雁(まがん)地区」。そこにはかつて斑目機関という超能力研究所があり、敷地内に「魔眼の匣」と呼ばれる巨大な建物が現存していて、現在は予言者のサキミという老女がお世話をする神服(はっとり)という女性と一緒に暮らしています。サキミが「11月最後の2日間に、真雁で男女が2人ずつ、4人死ぬ」と予言したこともあって、住人は恐れおののいてその土地を離れて集落は人っ子一人いない状態にあります。そんな真雁に目的があったり、偶然に立ち寄ったりした剣崎と葉村ら9人を含め11人が「魔眼の匣」に取り残されることになります。それは「魔眼の匣」と外部を繋ぐ唯一の橋が燃え落ちたことに起因し、それを切っ掛けにいよいよミステリーの幕が下ろされることになります。そして予言通りに次々と凄惨な事故や事件が起きていくのです。
俗にいうミステリーの王道・クローズドサークルものなのですが、予言や予知能力といったホラーやSFで扱われるような題材を組みこんでいたり、アガサ・クリスティの小説を思わせる仕掛けがあったりと驚くような謎解きが満載になっています。
ネタバレをしますと叱られそうですので、この続きはぜひ読んでみてください。

狭い空間の中で予言に翻弄される人間の心の弱さ。そしてお互いに疑心暗鬼になる人間の心理。ミステリーとしても一級の面白さがありますが、人間の心の駆け引きこそ、この作品の面白さなのかもしれません。第3作目も期待したいですね。
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『まつらひ』 村山由佳

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村山由佳の『まつらひ』。面白かったです。

まずもって、「まつらふ」とは祭の語源であり、「奉る・祀る」の未然形に助動詞「ふ」がついた形らしいですね。神様の力に従い奉仕するという意味があるようです。

そんなことで日本各地の6つのお祭りに絡めて様々な人たちの人間模様を描いています。それぞれの町の風情や季節の移ろい、お祭りの喧騒や儚さまでもが伝わってくるようです。誰もが幼いころからお祭りに慣れ親しみ思い出も多いことと思うのですが、お祭りという非日常が不思議と私たちの感情を揺り動かすのは間違いないようです。幻想的だったり、どことなく淫靡(いんび)に感じるのは、少なからず人間としての本性が刺激されるからなのかも知れません。そんな祭りの昂揚感と心の奥に秘する情欲との交わりが、6つの短いお話の中に見事に収斂(しゅうれん)されて描かれています。
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「本屋大賞」予想は大外れ・・・

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2019年の「本屋大賞」が午後7時から発表になりました。
youtubeのライブ配信の映像を固唾をのんで見ていました。
大賞は瀬尾まいこさんの「そして、バトンは渡された」に決定しました。
私が予想していた森見登美彦さんの「熱帯」は惜しくも大賞を逃してしまいました。
でも、好きなのは「さざなみのよる」「ひと」そして瀬尾さんの本書でしたから、受賞をとても嬉しく思っています。
そうそう、知人にも読んで欲しくて「さざなみのよる」と本書をamazonに発注していたのですが、くしくも今日の午後に届けられました。写真は「本屋大賞」発表直前に届いたピカピカの一冊です。

追記です・・・
速報ですが、2位は小野寺史宜さんの「ひと」、3位は深緑野分さんの「ベルリンは晴れているか」とのことです。森見登美彦さんの「熱帯」は4位、木皿泉さんの「さざなみのよる」は6位、三浦しをんさんの「愛なき世界」は7位でした。
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2019年「本屋大賞」の行方は・・・

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2019年の「本屋大賞」が4月9日(火)に発表になりますが、今年はどの作品が大賞を獲得するでしょうね。
ノミネート10作品のうち、「ベルリンは晴れているか」は現在読んでいるところで、「火のないところに煙は」は次に読む予定にしています。
8作品については読み終えましたが、今年はまったく予想がつきません。
個人的には「さざなみのよる」「そして、バトンは渡された」「ひと」の3作品が好きなのですが、大賞となると森見登美彦の「熱帯」か三浦しをんの「愛なき世界」かなと予想しています。
皆さんの予想はいかがでしょうか。
books

『ピーク』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『ピーク』を読み終えました。

主人公は40歳になる新聞記者の永尾。17年前、入社一年目にプロ野球賭博の特ダネをつかみ、この記事で新聞協会賞を受けて社内でも一躍脚光を浴びる存在でした。しかし、その後は目立った記事にも恵まれず、「一発屋」を自認する日々を送っています。
そして、17年前の同じ頃、永尾の記事によって球界から永久追放されたのがルーキーの竹藤という男でした。彼も高校球界では甲子園を沸かせ、鳴り物入りでプロ野球界に入って、一年目にして投手部門の主だったタイトルはすべて獲得したスター中のスターでした。
そんな若い時に「ピーク」を迎えてしまった二人の男が、ある殺人事件に絡んで再び表舞台に登場することになります。

私たち一般庶民でも人生においては山あり谷ありと思いますが、マスコミをにぎわすような人たちはその振幅の度合いが桁違いに大きいことが想像できます。特に近年のスポーツ界では10代のアスリートが大活躍しており、種目によっては20代に入るとトップアスリートとしては成り立って行かないことも多く見受けるようになってきています。ピークを過ぎてもアマチュアスポーツ界の人たちはあまり心配がないのかも知れませんが、野球やサッカー、バスケットなどプロスポーツの世界では指導者や解説者にスライドする一部の人を除いてより過酷な状況と言えます。
人生100歳時代にその1/3ほどのところでピークを迎えるというのはどういう感覚なのでしょう。一握りの成功者はいいとしても、それ以外の大多数の人達のその後の人生はどうなっちゃうのかなと思ったりします。

物語のほうは、「野球ブローカー」というのがキーワードになって話が進んでいきます。高校野球の世界では、関西や首都圏から野球留学と称して地方の高校のチームへ入部するのは普通になりましたもね。全国を行脚してこれぞと思う中学生を発掘して、有力高校へ斡旋するのを生業にしているらしく、もちろん多額のお金も動くようです。小説ですから実態はよく分かりませんが、裏でこのようなことが行われているのであれば、高校野球の魅力も半減ですね。
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『光まで5分』 桜木紫乃

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桜木紫乃の『光まで5分』を読了です。

舞台はいつもの北海道から沖縄へと流れます。いかがわしい風俗店で働きながら生きている主人公のツキヨと彼女が出会ういわくつきの人たちとの束の間の物語です。抜けるような青空と紺碧の海がウリの沖縄、観光客などで賑わう国際通りから一歩路地へ入るとそこはツキヨたちが男を迎える「竜宮城」。生きることに対する女の強(したた)かさ、そして同じような境遇を抱えつつも甘さや弱さの目立つ男たち、色や熱気にあふれている表舞台(メインストリート)とそこから一歩退いた路地裏。すべてが大人のお伽話のようです。
ドンツキ(突き当り)まで流れ着いたツキヨとヒロキそして万次郎。心優しい彼らが暗闇のなかで見出したひと時の安らぎが愛おしいです。光を求めてよろよろと歩く彼らに、「光まであと5分だから頑張って」と声をかけたくなります。

纏わりつくようなどんよりとした暗さを描かせたら桜木さんは上手いですね。
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『木曜日の子ども』 重松清

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重松清の『木曜日の子ども』を読み終えました。
1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件を彷彿とさせる作品で、ひたすら不穏で言い知れぬ怖さを感じながら頁を捲っていました。例えが適当かどうか分かりませんが、ヒッチコックの映画を観ている時の背筋が寒くなるような感覚が蘇ってくる作品でした。

7年前のある日、ありふれたニュータウンにある旭ヶ丘という中学校が最初の舞台です。〈もうすぐたくさん生徒が死にます みんな木曜日の子どもです〉という一通の封書が学校へ届くところから物語が始まります。同じ頃、2年1組では生徒9人が死亡、21人が入院するという無差別毒殺事件が起きていました。給食にワルキューレという猛毒の薬物が混入されており、同組でただ一人生き残った上田祐太郎という少年によるもので、世の中を震撼させるショッキングな犯行でした。

そして7年後。この物語の主人公の清水という男は、再婚を機にこのニュータウンへ引越してくることが二幕目の始まりです。生活を共にするのは妻の香奈恵と彼女の連れ子で14歳になる晴彦という少年です。清水は三人が本当の家族になるためにと気持ちを新たにしていますし、晴彦にとっても前の学校で酷い虐めにあっていたこともあって、転校は新しい出発点になるものでした。ただ、願いは思い通りには行かないもので、清水は二人を守らなくてはいけないと思いつつも、晴彦との距離をなかなか掴めずにいるのです。

そんなおりに、晴彦が上田に面影が似ているという噂が中学校で流れていることを清水は耳にします。さらに清水が購入した家が、事件の被害者の女子中学生がかつて住んでいた家だったということをも知るのです。そして21歳になった上田が少年院を本退院して社会に復帰してきたという情報が清水の耳に届くのです。こんなところが物語前半部のさわりです。

神戸連続児童殺傷事件のときもそうでしたが、猟奇殺人事件が起きると「心の闇」などといってマスコミや専門家はこぞって事件の分析をするものの、いつも動機や背景が不可解で情報の受け手の私たちも次第に忘れていくというのが常だったように思います。ただ、一つひとつの事件が積み重なることで、確実に不安だけは蓄積されていくのは間違いありません。
後半部で、上田が述懐する部分があります。大人は子供の心の深層を探ろうと懸命になるが、それは意味がないと彼は言うのです。親子であろうが夫婦であろうが人間誰しも他者の心のあり様は分からないのが当たり前で、だから小説や映画が成り立ち、面白いのではないかとも言うのです。そして、未来の「心の闇」を抱えた中学生は、上田を「ウエダサマ」として神か聖者のように崇め、同様の行動を惹き起こすだろうことを暗示するのです。

読み終わって・・・
本当に難しい時代になったものですね。私が14歳の頃を振り返ってみますと、同級生は誰も「心の闇」なんて抱えていなかったように思います。多感な年頃ですから、些細な悩みや反抗心は抱えていたことは間違いありませんが、ゲーム感覚で猟奇事件を起こすということは感覚的にあり得なかったと思います。それよりも腹ペコの空腹感のほうが強かったですね。(^^♪
この手の不可解な事件は、家庭や学校、地域そして大人の働く環境などを含めた社会の構造の歪みが一因なのかも知れませんし、スマートフォンなどの情報機器の発達も歪みを助長しているのかも知れません。ただ、要因が分かったとしても、社会が肥大化していますし、複雑化していますので、どうすればこういう事件のない良い世の中になるのか皆目分かりませんもね。
まあ身近なところで、いま一度、他者の心なんて分かるはずがないということを前提にして、だからこそ相手を理解する努力が必要なのかなと思っています。そんなことを考えさせる一冊でした。
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『ふたたび嗤う淑女』 中山七里

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中山七里の『ふたたび嗤う淑女』を読了です。

我欲に取り憑かれたあさましい人間たち。彼らを逆手に取って誑(たぶら)かし、地獄に突き落とす怖い女のお話です。

女性の活躍推進を掲げるNPO法人は建前の理念とは裏腹に、柳井耕一郎という国会議員の資金集めの隠れ蓑として存在しています。柳井の公設秘書にライバル心を抱いている当のNPO法人の女性事務局長は、募金活動でも資金が集まらず焦っている時に同僚の女性からFXに絡む投資の話を持ちかけられるのです。
2つ目は、社会情勢に不満を持つ人々の心を言葉巧みに操り信者を集める新興の宗教法人が舞台です。この宗教法人もご多分に漏れず柳井の票田として重要な役割を担っているのですが、教祖が元ホームレスという怪しさもあって信者の数が激減して金策に行き詰まっています。そんな折に、信者の一人から耳寄りな情報を得るのです。それは80万部という膨大な数の信者向けの教義本の出版というものだったのです。
そして3つ目は、柳井の後援会が舞台です。後援会長である不動産屋の社長は、半年前に入会してきた男の口車に乗せられ、自らも都議会議員選挙に立候補することになります。その男から紹介をされたのが当選請負人という人物。選挙資金不足を理由に金融機関から莫大なお金を融資してもらうのですが、その陰では地面師グループが暗躍しています。
彼らが引き合わされたのは、投資アドバイザーの野々宮恭子という女でした。野々宮たちの策略に嵌まり途轍(とてつ)もない負債を抱えて追い詰められた彼らはいずれも事件や自死という悲惨な末路を迎えることになります。

ただ、物語はこれだけには終わらず、悪女の上を行く悪女が用意されています。帯には『金と欲望にまみれた“標的”の運命を残酷に弄ぶダークヒロイン、降臨』とありました。最後までスリリングなどんでん返しがテンコ盛りの一冊、ぜひ読んでみてください。

次は『みたび嗤う淑女』として続編がありそうですね。
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『昨日がなければ明日もない』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『昨日がなければ明日もない』は頁を捲る手が早くなり、一気に読んでしまいました。

宮部さんの本はぐいぐい惹きつけられるというか、呑み込まれるような迫力がありますね。心の深いところに潜む堆積物のようなものを描写させたら宮部さんの右に出る人はいません。
この物語も我儘、見栄っ張り、自己中心的、傲慢などの鼻持ちならない嫌な人間がキーマンになっています。こういう常識の欠片もないモンスターのような人間が身近なところにいそうな感じにさせるのもさすがに上手いです。
対極的に主人公で私立探偵業を営む杉村の正義感と善良さ、そして彼が間借りしている大家の竹中一家の「普通」の生活が、前述の嫌な人間の異常性を際立たせています。あくまでもヒステリックにならず、適度な距離感で淡々と描写しており、この静かで重苦しい雰囲気が、逆に物語に迫力を持たせているようにも思えます。

3つの短中編から成り立っています。
ダメな男に惚れた女の末路とその巻き添えで悲劇を迎える夫婦を描いた「絶対零度」、結婚式当日にドタキャンをくらう花嫁とその家族の因果応報を描いた「華燭」、金のためなら我が子まで利用する毒母とその余波を受けた周囲の人たちの悲劇を描いた「昨日がなければ明日もない」の3編です。

帯には〈杉村三郎 VS. “ちょっと困った”女たち〉とありますが、愛情と依存を履き違えて深みに堕ちてゆく女たちの悲劇が圧倒的な筆の力で描かれています。うなるほどに凄いです。
ぜひ読んでみてください。
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『神のダイスを見上げて』 知念実希人

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知念実希人の『神のダイスを見上げて』を読み終えました。

直径が400kmもあるという巨大小惑星『ダイス』が地球に接近して、あと5日で人類は滅亡するかもしれないという緊迫した状況の舞台設定です。世界各地で無政府状態に陥った国が続出する中、日本でもデモや暴動などが起きて警察や自衛隊が出動する事態になっています。
そんな異常事態の中で、主人公の漆原亮の姉で女子大生の圭子が惨殺されるという事件が起きます。二人だけで暮らしていた亮と圭子は、周りから「シスコン」と言われるほどに姉弟の愛情が深く、それだけに亮の犯人に対する憎しみは半端なものではありません。亮は、巨大小惑星『ダイス』が衝突して人類が滅亡する「裁きの刻」の前に、自らの手で犯人を探し出して復讐をしようと企てるのです。
高校のクラスメートである女の子の協力も得たりして犯人探しをするのですが、思いは空回りするばかりです。刻一刻とタイムリミットに近づいていきますが、彼の周囲では新たな殺人事件が起きたりして、事態は混迷を深めていきます。
そして「裁きの刻」の当日。数時間後に地球の運命が重大局面を迎えるという時になって、亮は本当の犯人を知ることになるのです。それは思いもしないような人物でした。
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『ゴリラからの警告』 山極寿一

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京都大学総長の山極寿一さんが書かれた『ゴリラからの警告』を読了です。
山極さんは、ゴリラを主たる研究対象として人類の起源を探る世界的な霊長類学者です。

少し前に『ホモデウス』を読んでの感想を書きましたが、今まさに私たち人間は内と外から問い直されている時代のように思います。「内」は私たちの身体そのもの。前回も書きましたようにデザイナーベイビーに代表されるような遺伝子編集によるDNA書き換えが現実味を帯びてきています。そして私たちを取り巻く「外」の社会では、AIやICT機器の登場でコミュニケーションそのものが急速に変わってきていることをあげなければなりません。長い間、人間であることを支えてきた遺伝子とコミュニケーションの根幹が揺らいでいるのですね。
そんなことを「人間社会、ここがおかしい」という副題で、山極さんは丁寧に分かりやすく指摘していきます。人類に近いサルやゴリラから人間社会を眺めてみるという山極さんのアプローチがとても深い意味をもって私たちに語りかけてきます。
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『ひと』 小野寺史宜

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コロッケ作りの後押しをしてくれた小野寺史宜の『ひと』、読んで良かったです。

ドラマチックなところは一つもなく、天涯孤独になった一人の若者と、彼を取り巻く優しい人たちが織りなす日常を淡々と綴った小説です。文章がとても読みやすいうえに、物語が醸し出す柔らかい雰囲気がとても心地よくて、こういう小説はいいなと思って読んでいました。

主人公の柏木聖輔は20歳の若者です。腕の良い調理師の父は鳥取で店を開くも失敗し、おまけに交通事故で亡くなってしまいます。母は女手ひとつで一人っ子の彼を東京の大学に進ませてくれていましたが、突然急死してしまいます。たった一人になった聖輔は大学をやめ、仕事を探さなければと思いつつも動き出せない日々が続いていました。そんなある日、空腹に負けて吸い寄せられた砂町銀座商店街の総菜屋で、買おうとしていた最後に残ったコロッケを見知らぬお婆さんに譲るところから物語が始まります。

砂町銀座商店街の庶民的な雰囲気がとても良く描かれていますし、ホンワカとした「ひと」の優しさが心に沁み込んでくる小説です。本屋大賞にノミネートされている一冊、ぜひ読んでみてください。
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『常設展示室』 原田マハ

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原田マハの『常設展示室』を読み終えたところです。

6つのお話から構成される短編集です。親と子、姉と弟、男と女など・・・それぞれが戸惑ったり悩みながらも力強く生きようとする話しです。以下に掲げるような美術館と絵画がそれらの物語と微妙に絡まり、鮮やかな彩りを添えています。
泣いたり笑ったり、苦しんだり悲しんだり・・・そんな常設展示のような日常の暮らしの中の出来事を珠玉の物語として仕立てています。ぜひ読んでみてください。

そうそう、私たちは特別展や企画展には長蛇の列を作りますが、あまり常設展示には目を向けませんもね。静かな雰囲気の中で、ゆっくりと常設展示室を巡ってみたいと思っています。

第1話「群青 The Color of Life」
・"盲人の食事" 1903年 パブロ・ピカソ ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵

第2話「デルフトの眺望 A View of Delft」
・"真珠の耳飾りの少女" 1665年? ヨハネス・フェルメール マウリッツハイス美術館蔵

第3話「マドンナ Madonna」
・"大公の聖母" ラファエロ・サンツィオ 1505年 パラティーナ美術館蔵

第4話「薔薇色の人生 La Vie en Rose」
・"ばら" フィンセント・ファン・ゴッホ 1889年 東京・国立西洋美術館蔵

第5話「豪奢 Luxe」
・"豪奢、静寂、逸楽" アンリ・マティス 1904年 パリ・国立現代美術館蔵

第6話「道 La Strada」
・"道" 東山魁夷 1950年 東京・国立近代美術館蔵

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『針と糸』 小川糸

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小川糸さんのエッセイ集『針と糸』を読み終えたところです。

ベルリンと東京を行ったり来たりしているようで、このエッセイでは主にベルリンでお暮しになっていて感じたことなどが多く書かれています。小川糸さんはラトビアがお好きだったようですが、ベルリンの街並みや佇まいもとても気に入っているようです。

とくに印象深かったのが、第1章の「日曜日の静けさ」でした。ベルリンで暮らして最初に驚いたことは、街中のお店の殆どが日曜日には休みになることだったそうです。街全体がシーンと静かになってしまい、おまけに買い物も出来ず戸惑ったといいます。

そうそう、私と家内も半世紀近く前になりますが、スイスのジュネーブで暮らしたことがあります。もちろん結婚前ですから、お互いに別々に生活をしていました。今でも思い出したように言うのは、スイスと日本の日曜日や休日の過ごし方の違いです。ジュネーブもベルリンと一緒で日曜日は小さなカフェなどを除いてすべてのお店は閉店になります。最初は戸惑うものの慣れてくると小糸さんと同じように静かでいいなと思うようになりました。教会に行く人、野山を散策する人、家で静かに本を読む人、子供と公園で遊ぶ人、日曜マーケットを楽しむ人など、思い思いに日曜日を楽しんでいる人たちを目にしました。ジュネーブは20万人程度の小さな街ですが、ベルリンは350万人もの大きな街ですから、なおさら平日と週末の人の流れなどの違いは大きいのでしょう。

日本のようにお正月も日曜日もかまわず24時間や夜間営業をするコンビニエンスストアやスーパーマーケット、ドラッグストアは便利でいいかも知れませんが、働いている人や社会に与える負の要素などを考えると、このままでいいのだろうかと思ってしまいます。地方都市はそんなでもありませんが、たまに行く東京などは不夜城のようで田舎者には毎日がお祭りをやっているような感じがしますもね。

現在のジュネーブの様子は分かりませんが、スーパーマーケットは私たちが住んでいた当時もあった"coop(コープ)"と"Migros(ミグロ)"程度でしょうし、コンビニに至っては殆どないかあっても僅かなのではないでしょうか。この半世紀近くの間の日本の目まぐるしい街並みと経済の変化、そして殆ど変わっていないのではと思うヨーロッパ、この違いは何なのでしょうね。単なる「石」と「木」の文化の違いだけではないような気がしています。
小糸さんはベルリンには日本的な便利さはないけれど、それ以上に生活は充実して楽しいと仰っています。ベルリンに恋している小糸さんの気持ちがちょっぴり分かるような気がしています。
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『静おばあちゃんと要介護探偵』 中山七里

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中山七里の『静おばあちゃんと要介護探偵』、痛快で面白かったです。

静おばあちゃんは前作で既に亡くなっていたようですが、時代を2005年に逆戻りさせて再び登場です。物語の主役は、元判事で80歳の高遠寺静と不動産会社「香月地所」を一代で築き上げた70歳の香月玄太郎です。静は名古屋の法科大学に客員教授として迎えられ大学で一般向けの講演をしていたのですが、その際に客席から大声でヤジったのが車椅子に乗った玄太郎でした。玄太郎は、商工会議所の会頭を務めるなど名古屋では立志伝中の人物と言われ、口が悪いものの皆から慕われています。

その老老コンビが、高齢者による詐欺や万引き、老老介護、外国人の不法就労など高齢化や国際化に纏わる5つの難事件に果敢に挑んでいきます。冷静沈着な元判事おばあちゃんと暴走気味ながら情にもろく曲がったことが大嫌いの要介護探偵の凸凹コンビが大活躍します。
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『キンモクセイ』 今野敏

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今野敏の『キンモクセイ』を読了です。

主人公は警察官僚で30歳の隼瀬(はやせ)という男です。物語は、在日米軍について話し合う「日米合同委員会」に関与していた35歳の法務官僚の神谷が何者かに殺害されるところからスタートします。隼瀬は情報の収集を始めるのですが、同僚の岸本から神谷は殺害される前日に「キンモクセイ」という謎の言葉を残していたと知らされます。しかし、その岸本は隼瀬と会った翌日に遺体となって発見され、隼瀬も岸本殺人の容疑をかけられ警察から追われる立場になります。

「日米合同委員会」と公安組織「ゼロ」の暗躍、そしてコードネーム「キンモクセイ」の謎に迫っていくというストーリーです。著者・今野さん初の警察インテリジェンス小説ということですが、私たちの知らない国政の本質そしてそこで活躍するキャリア官僚の姿が、スピーディーにスリリングなタッチで描かれています。

特定機密保護法と共謀罪が成立したのは記憶に新しいところですし、日米地位協定など旬な問題の核心にも触れた一冊です。ぜひお読みになってみてください。
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『沈黙のパレード』 東野圭吾

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東野圭吾の『沈黙のパレード』。さすがに面白かったです。

単行本のガリレオシリーズとしては6年ぶり、そして第1作発刊から20年経つそうです。20周年の記念すべきこの一冊は、過去のシリーズ8作を含めて3本の指に入るのではと思える力作でした。

物語のネタバレをしちゃいますと幻滅ですので、「bookデータベース」をそのまま掲載します。

突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は。アリバイトリックは。超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める。

登場人物相互の水平的な繋がり、そしてそれを貫く垂直的な時間軸。それらが複雑に絡まるものの何らの齟齬もなく、ぴったりと繋がっていることの見事さに感動しました。440頁ほどありますが、最後の1頁まで油断をしてはいけません。どんでん返しの連続、東野マジック、凄いです。
ここ数年の東野作品は映像化を意識するあまり、あまり面白い作品には出会えないでいました。しかし、この一冊は良く練られた超ワンダフルな作品と思います。
P2050006

『はつ恋』 村上由佳

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村上由佳の『はつ恋』、とても良かったです。(^^♪
村上さんの流れるような綺麗な文章を読んでいると心地よいメロディーが聴こえてくるようです。

物語の主人公は房総の平屋建て古民家で一人暮らしをしているハナです。彼女は40歳代で作家を生業にしています。相方の恋人は幼なじみのトキヲです。歳はハナの一つ下で大阪で大工をしています。二人は幼馴染みで、幼い頃は姉弟のような感じで遊んでいた間柄です。そして二人はそれぞれ別の相手と二度結婚して、二度とも離婚しています。そんな経験をした二人が、ひょんなことで出会い、そして「幼なじみ」「はつ恋」の相手として千葉と大阪を行ったり来たりしながら暮らし始めます。お互いに本音をさらけ出しても、離れていかないという安心というか確信を二人は持っていて、大人の「はつ恋」を静かに楽しんでいます。

南房総の四季折々の景色が目に浮かんできますし、大人の渋い恋心が絡んで、「う~ん」と唸るほどいい小説です。
P2020011

『こころ傷んでたえがたき日に』 上原隆

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上原隆の『こころ傷んでたえがたき日に』は一日で一気読みです。 
月刊誌に100回連載したお話の中から22編を選んで一冊にしたものだそうです。コラムノンフィクション作家の第一人者と言うだけあって市井の人々の人生の悲しみと喜びを、一篇の詩を口ずさむような静かなタッチで描いています。そして昭和の薫りがするような懐かしい心持ちにさせてくれる作品でした。

22編の物語のすべてが実在の方々からのインタビューで成り立っており、老若男女さまざまな人達が登場します。
妻が不倫相手の男の子供を出産したものの別れることなくその子を自分の子として育てようとする30代の男性。中学生の頃から訳あって60年間にわたって新聞配達を続ける74歳の男性。毎日新聞の「仲畑流万能川柳」への投稿を生きがいにする結婚経験のない61歳の男性。腸内がただれて食事ができない難病・クローン病を患う青年とその母親。ギャンブルが原因でホームレスとなり、広告看板に挟まれながら街角に立つちょっと見栄っ張りな53歳の男性。留学直前の娘が殺害され自宅にも放火された「柴又・上智大生殺人事件」の被害者となった69歳の夫婦。などなど・・・。

どんなに苦しくなったり落ちぶれたとしても、人間は明日への希望とささやかなプライドを支えに生きていくのですね。すべての人の人生にそれぞれの物語があり、命の炎が燃え尽きるまで各々の生の物語を投げやりになることなく丁寧に紡いでいくことが大切なのでしょう。

そうそう、連載時の表題はボブ・ディランの「くよくよするなよ (Don't think twice. It's All Right.)」だったのだそうです。うふふ、人生「くよくよするなよ」ですね。(^^♪

何となく元気をもらえるいい本です。ぜひ読んでみてください。
P2020009

『死に山』 ドニ―・アイカ―著 安原和見訳

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ドニ―・アイカ―著 安原和見訳の『死に山』を読了です。「世界一不気味な遭難事故」《ディアトロフ峠事件》という副題がついているノンフィクションです。
読後感想から先に言いますと、とにかく面白いというか興味深い一冊でした。絶対にお勧めです。

事故(もしくは事件)は60年前の今頃の季節(1月~2月)に起こります。旧ソ連体制だった頃のスヴェルドロフスク州内のウラル山脈北部においてスキーでのトレッキングをしていたウラル科学技術学校(現ウラル工科大学)の学生および卒業生(男性7名女性2名)が不可解な出来事に巻き込まれて全員命を落としてしまいます。
一行の最終目的地はオトルテンという山でしたが、不可解な出来事はその10kmほど手前の丘陵地で深夜のキャンプ中に起きました。踏破ルートは氷点下40℃以下、さらに強風に曝されるという悪条件で、難易度が極めて高いと推定されましたが、一行の全員が長距離スキー・トレッキングや山岳遠征の経験を有しており、この探検計画に表立って反対するものはいなかったといいます。

60年前の悲惨な出来事およびその後の捜索の様子、そして2010年から2012年にかけてのドニー・アイカー自身による詳細な現地調査などを織り交ぜ、交互に時代を行ったり来たりしつつ結論へと導いて行きます。

これ以上のことを書きますと本書の面白さが台無しになりますので、このくらいにしておきます。
以下は本書の帯の内容紹介です。

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959年、冷戦下のソ連・ウラル山脈で起きた遭難事故。
登山チーム9名はテントから1.5kmほども離れた場所で、
この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。
氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。
三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの1人は舌を喪失。
遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。
最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ。
地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から50年を経てもなお
インターネットを席巻、われわれを翻弄しつづけるこの事件に、
アメリカ人ドキュメンタリー映画作家が挑む。
彼が到達した驚くべき結末とは・・・
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P1190004
本書の面白さは著者の緻密な調査と推理があればこそですが、それを蔭から支えていたのが素晴らしい翻訳といって過言はないと思います。安原和見さんはアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』など数多くの翻訳書を出版されていることを知りましたが、経歴をみましたら1980年代に東京大学文学部西洋史学科を卒業されているようです。東京大学文学部西洋史学科といいますと、村川堅太郎氏(1907-1991)や伊藤貞夫氏(1933-)など錚々(そうそう)たる名前が挙げられますが、その方々とも一緒に研究をされていたのでしょうね。知的な歴史学に裏打ちされた安原和見さんの他の翻訳本も読んでみたいと思っています。

『一億円のさようなら』 白石一文

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白石一文の『一億円のさようなら』を読了です。

物語の主人公は52歳の加能鉄平という男です。ある日、妻の夏代の不在時にかかってきた弁護士からの電話を機に、驚きの秘密を知ることになります。今から30年前、夏代は伯母から34億円もの巨額の遺産を相続し、うち2億円を投資した株式は時価16億円にもなって、現在は総額で48億円も所有しているというものでした。結婚して20年もの間、なぜ妻はひた隠しにしていたのか鉄平は疑心暗鬼になるのです。ほどなく、その秘密の理由が夏代の口から語られるのですが、「あれは私のお金じゃないの。だから善いことにも悪いことにも、どんなことにも使わないって決めてるのよ」というものでした。
それと時を同じくして、大学生の娘の妊娠や別の地で暮らす息子の同棲など、鉄平にとっては寝耳に水のような家庭内の出来事を知ることになります。これらも夏代から知らされることはありませんでした。そんなある日、夏代は鉄平に「自由に使って。私は娘の様子を見に行く」と言って1億円を手渡して家を出ていくのです。
一方の勤務先の会社は祖父が創業し、先代社長は叔父、現社長は従兄弟という化学メーカーですが、親族である鉄平は社長から邪魔者扱いされています。当然のような社内抗争は激化し業績も低迷しているのですが、そんな折に工場内で大きな爆発事故が起きるのです。
日常の歯車が静かに狂い始める中、鉄平は1億円を抱えて新たな人生を歩んでいくのです。鉄平のその後、夏代との関係、そして化学メーカーの行方など、その先はお読みになってみてください。

550頁に迫る長編ですが、それなりに面白く、割とスラスラと読める小説でした。
ただ、あまりにも物語の筋からそれるというか付随する枝葉の話が多すぎて、読んでいて何となく怠くなってきます。それらをカットして300~400頁くらいまでスリムにしてもいいのではと個人的に思っています。最後のオチは「えーっ。こう来るの」というほど予想外の展開だっただけに、もう少しすっきりした読後感が得られれば一押しにしてもいいかなと思っています。
PC290030

『白いジオラマ』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『白いジオラマ』を読了です。
堂場さんの作品ですから面白いかなと思って読んだのですが、ちょっと肩透かしをくらったような感じがしています。1週間ほど前に読み終わった『熱帯』がかなり複雑な内容で頭をフル回転しないと読みこなせない感じでしたので、それとのギャップが大きかったのかも知れませんが、個人的には退屈な小説でした。

物語は、定年退職した元刑事で防犯アドバイザーの麻生和馬が、大学に通わず引き籠り中の孫の将を都内から小田原に呼び寄せ、自身の活動を手伝わせることで自立を促していくといった内容です。行方不明となった高齢者や、ネグレクトなどが原因で家出をした女子中学生の問題などに取り組むなかで、やる気のなかった将の気持ちに少しずつ変化が表れてきます。
頑固一徹で熱血漢の祖父と現代っ子の孫の視点を対比しつつ、現代の家族が抱える問題を浮きぼりにしていきます。
P1190002

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