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カテゴリ:ちょっと面白かった本

『それは誠』 乗代雄介

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昨年の第169回芥川賞候補となった乗代雄介の『それは誠』。

物語の主人公は地方都市の進学校に通う高校2年生の男の子。幼い頃にシングルマザーの母親を亡くし、祖父母と伯母、叔父に育てられた経緯がありますが、中学3年のときに叔父とは生き別れになってしまいます。そこで修学旅行を利用して日野市に住んでいる叔父にこっそり会いに行くことにします。
学校を休みがちで友達のいない主人公。ひとりで会いに行くつもりだったのですが、ひょんなことから同じ班の男子三人も同行することになります。男子三人はそれぞれスクールカースト上位、特待生、吃音症というユニークな面々で、女子四人もキャラがたっていて、主人公にとっては戸惑うような班構成でした。ただ、旅を通して七人の関係が密になっていき、さらに学校に内緒で別行動をとるという秘密を共有することで友人との距離感が縮まっていきます。
淡々と青春のいちページを綴った物語ですが、誰しも身に覚えのある青春時代の特別な一日を見事に仕立てあげた作品といえるでしょう。
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『なれのはて』 加藤シゲアキ

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昨年の第170回直木賞にノミネートされた加藤シゲアキの『なれのはて』。長編小説でしたが、面白く一気読みでした。

【作品紹介】
一枚の不思議な「絵」の謎を追い、令和から昭和、大正へ。日本最後の空襲といわれる秋田・土崎空襲。戦争が引き起こした家族の亀裂は、現代を生きる人びとにも影を落としていた。
ある事件をきっかけに報道局からイベント事業部に異動することになったテレビ局員、守谷京斗(もりや・きょうと)。異動先で出会った吾妻李久美(あづま・りくみ)が祖母から譲り受けた、作者不明の不思議な古い絵を使って「たった一枚の展覧会」を実施しようと試みる。ところが、許可を得ようにも作者も権利継承者もわからない。手がかりは絵の裏に書かれた「イサム・イノマタ」の署名だけ。守谷は元記者としての知見を活かし、謎の画家の正体を探り始める。だがそれは、秋田のある一族が、暗い水の中に沈めた秘密に繋がっていた。
戦争、家族、仕事、芸術……すべてを詰め込んだ作家・加藤シゲアキ「第二章」のスタートを彩る集大成的作品。

主人公の守谷京斗はイベント事業を手掛けるテレビ局社員です。一枚の絵をもとに展覧会を開くことになります。著作権の関係でその無名の画家の正体を探るのですが、その過程で秋田の石油産業で財を成した一族の秘密に迫ることになります。
舞台は東京と秋田。時代は現代と昭和初期~中期ごろという、場所と時代が交互して物語が進んでいきます。家族というブラックボックスに深く沈められ過去が少しずつ明らかになっていく様子はとてもスリリングです。戦争、報道、歴史、家族や友情、美術や著作権、発達障害など盛りだくさんの要素が網羅されていますが、物語に巧みに溶け込ませるところはさすがと思いました。
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『まいまいつぶろ』 村木嵐

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昨年の第170回直木賞にノミネートされた村木嵐の『まいまいつぶろ』。大河ドラマを見ているようで最高に面白い時代小説でした。まだ読まれていない方にはぜひお薦めしたい一冊です。

徳川幕府八代将軍徳川吉宗の嫡男で、のちの九代将軍になった徳川家重。そして御側御用人、若年寄として家重を支えた大岡忠光との物語です。家重の幼名は「長福丸」、忠光は「兵庫」です。
長福丸は生まれながらに体が不自由で、言語も不明瞭なことから意思疎通ができませんでした。おまけにたびたび尿を漏らし、歩けば跡が付くことから「まいまいつぶろ (かたつむり)」と蔑まれていました。
ある日、長福丸の乳母だった滝乃井に江戸町奉行の大岡忠相(ただすけ)が大奥に呼ばれるところから物語が始まります。滝乃井は、長福丸の言葉を解する少年(大岡兵庫)を知り、長福丸の小姓に取り立てたいと忠相に相談します。兵庫とは遠縁にあたることもあって乗り気ではなかった忠相でしたが、兵庫の才能と心根を測るべく顔を合わせることになります。かくして、心優しい長福丸と、忠相に認められた兵庫の主従を超えた関係が確立することになります。ちなみに大岡忠相はテレビ時代劇の「大岡裁き」で有名な「大岡越前」です。

終世にわたって障害に苦しむ家重を思い、彼の口(通詞)となって鏡のように寄り添う忠光。身分の違いを超えて心の奥深くで通じ合う二人の絆が胸に迫ります。田沼意次といった幕臣の能力を見抜いて重用するなど、人事能力の高い隠れた名君との評価の高い九代将軍徳川家重。そして2万石の岩槻藩主としての顔をも持ち、藩の産業振興や領民の人心を掌握して慕われたといわれる大岡忠光。

他者を理解しようとする想像力、そして清廉な精神と身の振り方など、徳川家重と大岡忠光という稀有な人物の魅力がびっしりと詰まった一冊です。
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『襷がけの二人』 嶋津輝

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昨年の第170回直木賞で次点になった嶋津輝の『襷がけの二人』を読み終えました。

【作品紹介】
裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。「家」から、そして「普通」から逸れてもそれぞれの道を行く。
「千代。お前、山田の茂一郎君のとこへ行くんでいいね」 親が定めた縁談で、製缶工場を営む山田家に嫁ぐことになった十九歳の千代。実家よりも裕福な山田家には女中が二人おり、若奥様という立場に。夫とはいまひとつ上手く関係を築けない千代だったが、元芸者の女中頭、初衣との間には、仲間のような師弟のような絆が芽生える。やがて戦火によって離れ離れになった二人だったが、不思議な縁で、ふたたび巡りあうことに。
幸田文、有吉佐和子の流れを汲む、女の生き方を描いた感動作! 

まず、読み終えてなんと気持ちのよい小説なんだろうと思いました。
世の移ろいに翻弄されつつも、立場や年齢の差を超えて支え合った千代と初衣という二人の女性の物語です。
大正末期から戦後にかけて、時に女主人として時に女中として、二人の立場は逆転しても、日々を逞しく楽しく生き抜いていく姿に感動します。波乱万丈の人生の中に、明日を生きる希望を見たような気がしました。
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『ラウリ・クースクを探して』 宮内悠介

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私事になりますが、今から50年ほど前の1972年にソビエト連邦(ソ連)を1週間かけて横断した経験があります。正確にはオーストリアのウィーンまで行くのにソ連国内を通過したと言ったほうがいいかもしれません。時間がかかりますが、ヨーロッパへ行くのに一番安いルートだったのです。そのころの日本は固定相場制で1ドル=360円の時代のことです。東西冷戦時代のれっきとした社会主義国でしたから、今にして思えば二度と味わえない貴重な体験だったと思います。

前置きが長くなりましたが、宮内悠介の『ラウリ・クースクを探して』は、そんなソ連に支配されていた時代のバルト三国のひとつエストニアを舞台にしたお話です。独立運動やソ連の崩壊が身近に感じられた1977年に首都タリンの近郊のボフニャ村で生まれたラウリ・クースク。機械技師の父親の影響を受けたのか幼少期から数字を数えることを得意にしていました。父が与えた簡単なコンピュータに興味を示し、黎明期のBASIC言語を駆使してプログラムを作成し、周囲を驚かせるような少年でした。
めきめきと頭角を表し将来を嘱望されるまでになりますが、その後のソ連の崩壊をきっかけにして、ラウリは自分の道を見失うことになります。ロシアに侵攻されているウクライナの過去の国情と似ているようで、ソ連との微妙な関係は人それぞれのおかれた立場で違っていたことがよく分かります。

この物語の主人公ラウリは、一代で財を成した人でもなければ、革命の英雄でもありません。国の体制に翻弄され、いつの間にか行方知れずになってしまった普通の一少年です。ラウリの伝記を書くために彼の足取りを追うジャーナリストの視点で、過去を回想する形で物語は静かに進んでいきます。
ラウリを探す旅は今を生きる私たち自身と重なり、日常のはかなさやかけがえのなさを私たちに教えてくれます。
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『八月の御所グラウンド』 万城目学

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昨年の第170回直木賞を受賞した万城目学の『八月の御所グラウンド』。ウルウルしながら一気読みしました。まだ読まれていない方もおられると思いますので、ネタバレはしないでおきますが、感涙しますので、ぜひお読みになってみてください。

太平洋戦争の影が見え隠れする表題作と、全国高校駅伝に出場する女子高生を描いた『十二月の都大路 上下カケル』は、いずれも生者と死者が交錯する不思議な物語です。雪の都大路と、京都五山送り火を迎える猛暑の御所グラウンドという舞台設定も絶妙です。
あの『フィールド・オブ・ドリームズ』を彷彿させるファンタジー。万城目さんの心にしみる繊細な筆さばきを味わってください。

主に新刊小説を紹介してきたコーナーは、記念すべき400冊目になりました。区切りの一冊が本作品になったことを嬉しく思っています。
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『ツミデミック』 一穂ミチ

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一穂ミチの『ツミデミック』。

【作品紹介】
大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中にはなしかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗ーー『違う羽の鳥』。  調理師の職を失った恭一は家に籠もりがちで、働く妻の態度も心なしか冷たい。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣の一軒家に住む老人からもらったという。隼からそれを奪い、たばこを買うのに使ってしまった恭一は、翌日得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れるーー『特別縁故者』。  先の見えない禍にのまれた人生は、思いもよらない場所に辿り着く。 稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話。

コロナ禍のパンデミックの最中のお話です。感染症の流行で自粛せざるを得なかった日々に、ふとしたはずみで境界線から少し足を踏み外してしまった人々の罪と心の葛藤を描いています。あの事態に翻弄された記憶も生々しいだけに、些細な事で人生を踏み誤った人たちのお話は他人事とは思えず切なくなります。第三者的に俯瞰して見ると、浅はかで愚かで狡賢なのに、それでも当人は気づかずに正しいと信じている人たち。そんな人たちが引き起こす悲喜こもごもを描いた短編集です。

広く世を見渡しますとパンデミック、自然災害、紛争など想定外の予期せぬ状況が続く昨今です。当然のことながら私たちの生活に影響を及ぼし、暮らし方も変化していかざるを得ません。このような異常事態の中で問われるのは、「人としての真価」なのでしょうね。歴史は繰り返すといいますが、私も含めて歴史や過去から学んでいないことが多すぎますね。
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『わたしたちに翼はいらない』 寺地はるな

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寺地はるなの『わたしたちに翼はいらない』。 

【作品紹介】
他人を殺す。自分を殺す。どちらにしても、その一歩を踏み出すのは、意外とたやすい。最旬の注目度No.1作家・寺地はるなの最新長篇

同じ地方都市に生まれ育ち現在もそこに暮らしている三人。4歳の娘を育てるシングルマザーの朱音。朱音と同じ保育園に娘を預ける専業主婦の莉子。マンション管理会社勤務の独身の園田。いじめ、モラハラ夫、母親の支配。心の傷は、恨みとなり、やがて・・。「生きる」ために必要な救済と再生をもたらすまでのサスペンス。

中学校時代のスクールカーストが大人になっても影響を与えるという怖いお話です。
私のようなベビーブーマーの団塊世代の中学生活にも確かに「いじめ」というものはありましたが、現代のような陰湿なものを見聞きしたり体験したことはありません。なんといっても深刻な「いじめ」に発展するまでの関心を他者に抱く余裕がなかったというのが実情だったのだと思います。食べる物にも事欠く時代でしたから、みな自分と家族を本能的に守ることで必死だったのだと思います。

さて、本作品ですが、前述の作品紹介のように、中学時代のいじめ、ママ友によるマウント、モラハラの夫、姑による精神的支配などが主題になっています。それぞれの心の傷は深い恨みとなり、深刻な事態へと発展していきます。各章にわたって登場人物個々の内省、心の動きが詳細に描かれています。他人からすれば他愛のないことが当事者にとっては大きな痛手となったり、些細と思えることで人生が変わる事ってあるのですね。救済と再生のサスペンスと銘打った一冊。ちょっと疲れますが、若い世代の方は思い当たることもあって共感できるかもしれません。
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『ともぐい』 川﨑秋子

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第170回直木賞受賞作の『ともぐい』。久々に圧倒されるような迫力のある作品に出会えました。

【作品紹介】
明治後期の北海道の山で、猟師というより獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑(こわく)的な盲目の少女、ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化……すべてが運命を狂わせてゆく。人間、そして獣たちの業と悲哀が心を揺さぶる。

北海道で生まれ育った私でも、このような雪山の透き通った静寂や緊迫感に満ちた野生動物の息吹を身近に感じたことはありません。人を避けるように山深くに小屋を構え、熊猟師としてどこまでも自然と同化することに「生」の意義を見出だそうとした熊爪という男の生涯が描かれています。人間や獣という存在に対する問い、食って食われる自然の摂理、他者との交わりを通して揺れ動く熊爪の心の内が読みどころです。

私が感銘を受けたのは、熊爪という男の「潔(いさぎよ)さ」でした。私を含めてですが、現代人に欠けているのはこの「潔さ」ではないかと思っています。社会が「潔く」させてくれないというか出来ないようにしていると言ったほうが正しいかもしれません。
おのれの人生や物事に過度に執着せず「あるがままに」生きる熊爪という男に魅力を感じるのは、こんなところなのかも知れません。
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『君が手にするはずだった黄金について』 小川哲

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本屋大賞にノミネートされた小川哲の『君が手にするはずだった黄金について』。表題作を含む6編の短編で構成されています。

【作品紹介】
認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。彼らはどこまで嘘をついているのか? いや、噓を物語にする「僕」は、彼らと一体何が違うというのか? いま注目を集める直木賞作家が、成功と承認を渇望する人々の虚実を描く話題作!

作者の分身を主人公とするエッセイ風の小説で、パロディや私小説ではありません。
作中の主人公が作者と同名であったり、直木賞受賞など作者と重なる経歴や特徴をもつ主人公が登場しますが、あくまでもフィクションなのだそうです。このような表現手法は「オートフィクション」と呼ばれるそうです。
フィクションとノンフィクションの境目が分からず読んでいて不思議な感じがしますが、いずれも読者の心にストンと落ちるような感じの物語ばかりでした。日常における人間観察力の鋭い方なのでしょうね。特に表題作が良かったように思います。
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『ちぎれた鎖と光の切れ端』 荒木あかね

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荒木あかねの『ちぎれた鎖と光の切れ端』を読み終えたところです。

【作品紹介】
2020年8月4日。島原湾に浮かぶ孤島、徒島(あだしま)にある海上コテージに集まった8人の男女。その一人、樋藤清嗣(ひとうきよつぐ)は自分以外の客を全員殺すつもりでいた。先輩の無念を晴らすため。しかし、計画を実行する間際になってその殺意は鈍り始める。「本当にこいつらは殺されるほどひどいやつらなのか?」樋藤が逡巡していると滞在初日の夜、参加者の一人が舌を切り取られた死体となって発見された。樋藤が衝撃を受けていると、たてつづけに第二第三の殺人が起きてしまう。しかも、殺されるのは決まって、「前の殺人の第一発見者」で「舌を切り取られ」ていた。
そして、この惨劇は「もう一つの事件」の序章に過ぎなかった。

Z世代のアガサ・クリスティーと称される著者だけあって、とても読み応えのある作品でした。ただ、ストーリー性の重視とミステリーの面白さの両方を追求した結果なのでしょうが、500頁近いボリュームはさすがに長過ぎの感を否めません。もう少しコンパクトにまとめても良かったと思います。まだ24歳ですから期待の新人作家の誕生ですね。次作もぜひ読みたいと思います。
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2024年本屋大賞ノミネート決定

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本好きにはたまらない2024年本屋大賞のノミネート作品が決定しました。
以下の10作品です。
『黄色い家』川上 未映子(中央公論新社)
『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲(新潮社)
『水車小屋のネネ』津村 記久子(毎日新聞出版)
『スピノザの診察室』夏川 草介(水鈴社)
『存在のすべてを』塩田 武士(朝日新聞出版)
『成瀬は天下を取りにいく』宮島 未奈(新潮社)
『放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件』知念 実希人(ライツ社)
『星を編む』凪良 ゆう(講談社)
『リカバリー・カバヒコ』青山 美智子(光文社)
『レーエンデ国物語』多崎 礼(講談社)

個人的に『水車小屋のネネ』、『スピノザの診察室』、『放課後ミステリクラブ』の3作品についてはまったく予想外でした。読み終えた作品は『黄色い家』、『星を編む』、『リカバリー・カバヒコ』の3冊だけですが、『君が手にするはずだった黄金について』は手元に本がありますので、これから読むところです。『存在のすべてを』、『成瀬は天下を取りにいく』も4月の大賞発表までには読みたいと思っています。
選外になりましたが、『ちぎれた鎖と光の切れ端』、『私たちに翼はいらない』、『なれのはて』なども面白いと思っていました。ノミネートされなかったのが残念です。
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『星を編む』 凪良ゆう

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凪良ゆうの『星を編む』。2023年本屋大賞受賞作『汝、星のごとく』で描き切れなかったスピンオフストーリーです。

【内容紹介】
「春に翔ぶ」瀬戸内の島で出会った櫂と暁海。二人を支える教師・北原の秘められた過去。北原が病院で出会った女子高生・明日見奈々が抱えていた問題とは……?
「星を編む」夜空に浮かぶ星を輝かせるために、自らをも燃やす編集者がいた。漫画原作者・作家となった櫂を担当した、編集者二人の物語。『汝、星のごとく』後日談。
「波を渡る」燃え尽きるような愛を経て、北原とともに過ごす暁海の心に去来する感情は……。愛の果て、そして、その先を描く、新しい愛の物語。

あくまで抑揚を抑えた一見平板な感じのするストーリーながら、登場人物の細かな描写と透明感に満ち溢れた文章が前作にもまして素敵です。北原先生をはじめ、登場する人たちすべてが自分に正直に生きていることに感動します。
声高に「多様性」などと叫ばれている現代ですが、自分が思う「普通」に生活することの難しさも感じられる昨今です。物語のように、困難にぶつかりながらも自分と周りの人たちを大切にして過ごしたいですね。
素敵な一冊、ぜひ読んでみてください。
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『喫茶おじさん』 原田ひ香

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原田ひ香の『喫茶おじさん』。

【内容紹介】
松尾純一郎、バツイチ、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを味わい、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都。「おいしいなあ」「この味、この味」コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡る純一郎だが、苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたのだ。仕事、老後、家族関係……。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる。

喫茶店に通い詰めた12か月。月ごとに訪れた喫茶店と主人公・純一郎の周りで起きた出来事とを絡めて物語は進行します。それにしましても訪れた喫茶店のすべてが外れなしのお店ばかり。さすが東京ですね。
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『青瓜不動』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続』。シリーズの9作目です。
いつものように、江戸・神田で袋物を商う三島屋の名物の「変わり百物語」。この店を訪れた語り手は、黒白(こくびゃく)の間と呼ばれる座敷で聞き手の富次郎と向かい合い、長年胸にしまい込んできた怖い話や不思議な話を口にします。そんな形式で進められている百物語シリーズ。今作には4つのお話が収載されています。次の次の巻あたりで50話に到達できそうとのことです。

【内容紹介】
行く当てのない女達のため土から生まれた不動明王。悲劇に見舞われた少女の執念が生んだ家族を守る人形。描きたいものを自在に描ける不思議な筆。そして、人ならざる者たちの里で育った者が語る物語。恐ろしくも暖かい百物語に心を動かされ、富次郎は決意を固める。


いずれの短編にも怪談としてのドキドキ感、どんどん引き込まれるミステリーとしての要素、世にも不思議なファンタジーというかホラー的な夢幻描写などが、すきまなく密にびっしり詰まっています。生きる喜びや哀しみなど、江戸を舞台に人間の切実な心模様を人情味のある温かい語り口で綴っています。
いつの時代も生きることは大変ですが、それ以上に心豊かになることや楽しいこともたくさんあったのですね。
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『黄色い家』 川上未映子

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川上未映子の『黄色い家』。600頁超の長編。やっと読み終えました。

【内容紹介】
十七歳の夏、親もとを出て「黄色い家」に集った少女たちは、生きていくためにカード犯罪の出し子というシノギに手を染める。危ういバランスで成り立っていた共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解し……。人はなぜ罪を犯すのか。世界が注目する作家が初めて挑む、圧巻のクライム・サスペンス。


格差や貧困の広がる現代社会の中で、がむしゃらにピュアに生きる主人公の試練とそれに立ち向かう姿を描いた長編小説です。お金や家、そして犯罪に纏わる大きなちからに引きずり回され、社会からはじき出され肩を寄せ合うようにして生きる主人公と登場人物の描写がすごいです。
生きる社会が違うというか、裏社会のことは分かりませんが、圧倒的スピード感とリアリティで描かれた本作。久しぶりに著者渾身の力作を読んだような気がします。
本屋大賞へのノミネートは間違いないでしょうね。
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『家康の誤算』 磯田道史

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NHK「英雄たちの選択」で司会を務める国際日本文化研究センター教授の磯田道史さんの最新著書を図書館からお借りし、年始にかけて読んでいました。
昨年の大河ドラマ「どうする家康」を堪能しましたので、本書も興味深く拝読しました。

【内容紹介】
二百六十五年の平和—その体制を徳川家康がつくり上げることができたのは、波瀾万丈の人生と、天下人織田信長・豊臣秀吉の「失敗」より得た学びがあったからだった……。しかし盤石と思われたその体制は、彼の後継者たちによって徐々に崩され、幕末、ついに崩壊する。なぜ、徳川政権は消えてしまったのか? 薩長による明治維新は最後のトドメにすぎない。家康の想定を超えて「誤算」が生じ、徳川政権が滅んでしまったウラ事情をわかりやすく解説! そして、家康が「日本のつくり」に与えた影響とは—。 ●第一章 家康はなぜ、幕藩体制を創ることができたのか ●第二章 江戸時代、誰が「神君の仕組み」を崩したのか ●第三章 幕末、「神君の仕組み」はかくして崩壊した ●第四章 「神君の仕組み」を破壊した人々が創った近代日本とは ●第五章 家康から考える「日本人というもの」

本書を読むと明治維新後はもとより現在の私たちのものの考え方の中に、家康や江戸時代の体制や概念の名残が色濃く染みこんでいることがよく分かります。日本人の「和」や「正直」を美徳とする風潮や忖度社会に迎合しやすいのも家康や江戸時代の社会に由来するものだったのですね。
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『777』 伊坂幸太郎

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伊坂幸太郎の『777』。何が何だかわからないままに読み終えていました。(笑)
 
【内容紹介】
やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる。そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす。


伊坂幸太郎節が全開なのでしょうが、あまりにも非現実的でエンタメ色が強く、私はついていけませんでした。人がいとも簡単に次から次へと殺されるのではなくて、ホテルを舞台にした逃亡劇のほうが面白いように思いましたが・・・。それでは「殺し屋」ではないか。(^^♪
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大安 & 一粒万倍日

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大安と一粒万倍日という特別な日が重なった今日。年末ジャンボ宝くじを購入した方は大勢いらっしゃると思います。西銀座チャンスセンターには数100mの長蛇の列が出来、購入までには6~7時間も寒空に並ばなくてはいけなかったようです。しかも1番窓口に殺到しているのですが、この窓口で買ったら3億円が当たったという数々のエピソードに基づいているそうです。

たまたま読んだ『お金の賢い減らし方 大江英樹著』にまさしくこのことが書かれていて面白いと思いました。結論からいいますと、西銀座チャンスセンター・一番窓口に特別な霊力があるわけではなく、当たる確率も他と一緒というのがポイントです。ただ発売枚数が多いので、当たる絶対数も多いという至極当たり前のことが書かれています。こういうのを行動経済学では「利用可能性ヒューリスティック」と呼ぶそうです。自分の身近で起こったことや見聞きしたことは、現実に「それが起こりやすい」というバイアスに陥りやすいそうです。仮想通貨やFXで短期間で大儲けをしたというエピソードが載れば、「自分にもそのようなことが起こるかもしれない。自分にもできるかもしれない」と思う人が出てきてもおかしくはありません。長時間も並んで口々に「夢を買う」と言ってますが、それと一緒でしょうね。

ちょっと話題を変えて、お金は「きれいなもの」か「汚いもの」かと問われたら皆さんはどのようにお答えになるでしょう。著者によりますと、中高生の8割の生徒が「汚いもの」と答えるそうです。日本人特有の建前と本音に起因するらしいのですが、多くは親や大人の影響が大きいようです。「お金は大好きだが、なかなか手に入らない」、「お金の本質について間違った理解をしている」ことが理由のようですが、詳しいことは本書を読んでみてください。

そうそう、宝くじついでにギャンブルについても書かれています。JRAの2021年の売上額は3兆円を超えており、競輪や競艇などのほかの公営ギャンブルやパチンコなどを加えると日本は先進国の中で断トツの賭博大国といえるそうです。ビットコインやFXも世界有数の取引額を誇っているそうです。お金は欲しいし大好きなのに汚いものと思っている国民性。なんか変ですね。

ほかに「自分が損をしてでも相手に儲けさせたくない」という嫉妬の気持ちについても書かれています。2020年にコロナ禍に関連して低所得者に給付される予定だった30万円が、全世帯に一律10万円が給付されるようになった経緯について「スパイト(意地悪をすること)行動」に絡めて論じられています。

お金を通して見えてくる日本人特有の国民性。お金の役割などについて知ることができます。
「大安と一粒万倍日」で思い出した面白い一冊について紹介しました。
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『続 窓ぎわのトットちゃん』 黒柳徹子

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黒柳徹子さんの『続 窓ぎわのトットちゃん』。最初から最後までぜ~んぶ面白かったです。

そうそう、たまに見る『徹子の部屋』は今年で48年にもなるのですね。
この番組のこともたくさん書いておられます。特に、朝ドラ『ブギウギ』に登場する「茨田りつ子」こと淡谷のり子さんが出演した際のことを興味深く読ませていただきました。
それは、戦時中に淡谷さんが慰問で訪れた特攻隊の基地でのこと。彼女がブルースを歌いはじめると、みんな身を乗り出して聴いていたものの、一人の若者が席を立ち、敬礼して出ていったそうです。「にっこり笑ってねぇ、私に敬礼して出ていくのよ。涙が流れて歌えなくなった」とおっしゃっていた淡谷さんのことが忘れられないと書かれています。
そして、2022年の最後のゲストがタモリさんだったそうです。「来年はどんな年になりますかね」とトットちゃんが聞いたら、「なんていうかな、(日本は)新しい戦前になるんじゃないですかね」とタモリさんはおこたえになったとか。

朝ドラ『ブギウギ』を見ていて、私もそんな危うい感じを抱いています。福来スズ子が「ラッパと娘」を茨田りつ子が「別れのブルース」を自由に歌えて、六郎が戦死しなくてもいいような平和な世の中がずっと続いていくことを祈っています。
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『照子と瑠衣』 井上荒野

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井上荒野の『照子と瑠衣』。カバーは本の顔といいますが、こういうユニークで一目で惹きつけられる本はたいてい面白いですね。
疾走感あふれる装画に描かれている二人が主人公の照子と瑠衣です。ともに70歳。
照子は理不尽な態度を取り続ける夫を見限り、瑠衣は老人マンションの派閥争いに疲れ果てて、二人で新天地を求めて旅に出ます。照子のBMWで東京を離れ、向かったのは八ヶ岳山麓の無人の別荘。前もって下調べをしていたものの、他人の別荘に勝手に入り込んで共同生活を始めることになります。
体の衰えやお金の心配がありますが、しがらみや過去をかなぐり捨て、楽しく暮らす二人が眩しいくらいに爽快です。照子と瑠衣が得た結論は「冴えない平凡な一生なんてものはそもそも存在しないし、10代や20代の小娘たちよりも私たちは生きる気満々なのだ」というものでした。何歳になっても新しい発見がありますし年齢を理由に諦めなくてもいいということなのですね。
豪快!痛快!爽快!な一冊。ぜひ読んでみてください。元気がでますよ。
PB240003-2

『カモナマイハウス』 重松清

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重松清の『カモナマイハウス』。「空き家」というシリアスな問題をちょっとコミカルに描いた一冊です。

水原孝夫は60歳前に役職定年となり、出向した不動産会社では依頼を受けた空き家のメンテナンスをしています。妻の美沙は、実家の両親を看取ったあと介護ロス気味。それを癒す目的で謎の老婦人が豪邸で主宰する怪しげな「お茶会」にはまっています。二人が心配なのは31歳になる元戦隊ヒーローの息子・ケンゾーです。そんな登場人物と舞台設定で物語が始まります。

全国の空き家は849万戸といいます。ブルガリアやデンマークなら、一つの国がそっくり引っ越してきても受け容れられるほどの空き家が今の日本にはあるそうで、今後ますます増えていくそうです。7軒に一軒は空き家といいますからすごいです。
古くなって見向きもされない空き家にも住んでいた家族の歴史が刻まれており、柱の傷や黄ばんだ畳などに息遣いを感じることがあります。家はただの容れ物ではないのでしょうね。
そんな「空き家」問題をベースに、それに絡む生身の人間の悲喜こもごもを描いています。
PB240001-2

『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』 ヤマザキマリ

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ヤマザキマリさんの『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』。借りてきて一気読み。数時間で読んでしまいました。 

レオナルド・ダ・ヴィンチの「あたかもよく過ごした一日が、安らかな眠りを与えるように、よく用いられた一生は、安らかな死を与える」という一節で始まるエッセイ。
表題の「カルぺ・ディエム」とは、古代ローマ人の思いのこもったラテン語で「今この瞬間を生きて」と訳され、「死を忘れずに今日を大切にして思い切り愉しみなさい。」という意味が込められているそうです。

貧富の差や幸せの度合いにかかわらず、長いか短いかの差はあるものの、全ての人は平等に間違いなく死ぬわけですが、そこへ至る老いそして病や死へのアプローチの捉え方に共感しました。
私などはもうすでに老境の域に達していますし、ほぼほぼ人生に満足していますから、ヤマザキさんのおっしゃる老いることも死ぬこともまんざら悪くないという気持ちはよく分かります。体や脳の経年劣化を感じつつも自分なりのクオリティを保って最後まで生きていくことが大切なのですね。
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『私たちの世代は』 瀬尾まいこ

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瀬尾まいこの『私たちの世代は』。久々にいい作品に出会えました。若い世代の人たちの物語ですが、おじいさんでも泣けました。

「今でもふと思う。あの数年はなんだったのだろうかと」というフレーズで物語は始まります。
就活の面接で同室になった心晴(こはる)と冴(さえ)。未曾有のコロナ禍から10年ほど経ち、二人はともに23歳になっていました。互いの第一印象は異なっていましたが、偶然再会して話をしてからは、あっという間に親友と呼べる間柄になっていきます。

早くに父を亡くし母親の愛情を受けて公立小学校に通っていた冴。父親は単身赴任で、幼児教室で先生をする母親と暮らし、私立小学校で学んでいた心晴。二人の環境は違うものの、新学年の始まりとともに感染症(コロナ)が流行し、休校や分散登校、オンライン授業で友達とおしゃべりもできない日々が続いていました。心晴はあることがきっかけで4年生から不登校となって引きこもり、一方の冴も中学でいじめに遭い、高校ではさらにつらい出来事が待っていました。

それでも苦しいときに体験したささやかな出来事が、後に希望となって二人を支えていくことになります。
「コロナ禍が奪ったものは絶対にあるし、悔しく悲しい思いをしたことがよく分かるんです。でも同じ世代が一緒に過ごす中で、何かに触れた瞬間に得たものがきっとあるはずです。だからこそ生きていける未来も絶対にあると思うんです」と瀬尾さんはおっしゃいます。
その通りだと思います。若いお二人の人生に幸多かれと祈らずにはおられません。
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『木挽町のあだ討ち』 永井紗耶子

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第169回直木賞と第36回山本周五郎賞のダブル受賞をした永井紗耶子の『木挽町のあだ討ち』。やっと借りて読むことができました。歌舞伎を見ているようで、最高に面白かったです。

舞台は芝居町として知られる江戸の木挽町。ある雪の夜、そこで一件の仇討ちがありました。芝居小屋の裏手で、元服前の美しい武士の伊納菊之助が、父親を殺した元下男の作兵衛を討ち取り、首級を挙げたのでした。それから二年を経たある日。菊之助の縁者だという武士が、芝居の関係者に仇討ちの話を聞きたいと木挽町にやって来るのです。すでに落着している事件の、いったい何を知りたいというのでしょう。ここからが面白いです。

物語は話を聞いた人々の語りで進行します。菊之助とかかわりがあった芝居小屋の人々の話を通して次第に事件の輪郭が露わになりますが、同時に語り手たちがなぜ今の仕事をしているのかという、彼らの歩んできた人生についても詳らかになっていきます。
旗本の身分を捨て五瓶に弟子入りした男、吉原生まれの木戸芸者、武家を出奔した立師、焼き場の爺に育ててもらった女形などなど。交代する語り手たちの身の上話から、一見華やかに見える芝居町を取り巻く複雑な身分社会が浮かび上がってきます。ひとつひとつが味わい深い短編になっており、ほろりと胸が揺さぶられます。

最終章で仇討ちの驚くべき真相が判明するのですが、それは読んでのお楽しみということで。
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『リカバリー・カバヒコ』 青山美智子

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青山美智子の『リカバリー・カバヒコ』。
小さな公園の片隅に鎮座する古いアニマルライド。塗装が剥げ、あちこちがへこみ、そして無数の傷のあるカバの乗り物「カバヒコ」が主役です。長い年月のあいだ、たくさんの人が自らを投影して触った結果、年季が入り傷んでしまいました。いろんな人の想いを静かに見届けてきたのでしょう。古ぼけて涙目になっているものの口には笑みをたたえ、訪れる人を優しく包んできました。「カバヒコ」と訪問者、それぞれが共有した時間が愛おしくなります。

なんとなく素直になれないときや傷ついたときに読み返したい素敵な一冊です。本屋大賞にノミネートされ、今年こそこの作品で大賞をとって欲しいです。

【内容紹介】
新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒル。近くの日の出公園にある古びたカバの遊具・カバヒコには、自分の治したい部分と同じ部分を触ると回復するという都市伝説がある。人呼んで、”リカバリー・カバヒコ”。
アドヴァンス・ヒルに住まう人々は、それぞれの悩みをカバヒコに打ち明ける。急な成績不振に悩む高校生、ママ友たちに馴染めない元アパレル店員、駅伝が嫌でケガをしたと嘘をついた小学生、ストレスからの不調で休職中の女性、母との関係がこじれたままの雑誌編集長……
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『墨のゆらめき』 三浦しをん

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久し振りに読み応えのある新刊本に出会えました。三浦しをんの『墨のゆらめき』です。

新宿中央公園を借景にした三日月ホテルのホテルマン・続力と、筆耕士であり書道教室を営む書家・遠田薫との心温まる友情の話です。
ある日、続はお別れの会の案内状の宛名書きを依頼するため、遠田のもとを訪ねるところから物語は始まります。遠田は続と同じ30代半ばで、紺色の作務衣を着て、役者にしてもおかしくないイケメン男です。奔放で謎めいていて、書道教室にやってくる小学生には慕われているものの平気で品のない言葉を吐いたりする様子に続はたじろいてしまいます。
そんななか、ひょんなことで遠田から代筆屋を手伝わされることになります。小学校を転校する友達や恋人への別れ話の手紙の文面を考えるよう頼まれ、いやいや応じます。続が依頼者から用件を聞き出して手紙の文面を考え、遠田が依頼者そっくりの筆跡でしたためるというものです。そんな遠田と奇妙なコンビを組むことになった続は、いつしか彼の書の放つ力に惹きつけられていきます。徐々に遠田の人柄に興味を持ち、本当はどんな人物なのか知りたくなるのですが、彼には思わぬ過去があったのです。

「書」のことは皆目分かりませんが、一人の書家が人生を賭けて筆を振るう姿と、その筆先から紡ぎ出される文字に込められた魂の声が聞こえてくるような作品です。
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『ぼんぼん彩句』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『ぼんぼん彩句』。今までの宮部作品とは少し趣の異なる一冊です。
宮部さんのお仲間の方々が俳句を作り、その句に基づいて宮部さんが物語を仕上げるという面白い趣向の短編集です。俳句からこれだけの内容の文章を捻りだすのですから、さすがに宮部さんと思います。ただ、個人的にはいつもの中長編の小説の方が好きです。
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『#真相をお話します』 結城真一郎

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今年の本屋大賞にノミネートされた結城真一郎の『#真相をお話します』。各短編は30分もあれば読めちゃうようなお手軽感がいいです。サクサク読める割にはミステリーとしてそれなりの捻りを絡ませてあり読み応えも十分です。今風の若者の会話や遣り取りが多いですが、高齢者でもスーッと受け入れられるところなど、文章や物語構成の作り方の上手な作家さんと思いました。

私たちの日常に潜む小さな"歪み"、あなたは見抜くことができるか。
家庭教師の派遣サービス業に従事する大学生が、とある家族の異変に気がついて……(「惨者面談」)。不妊に悩む夫婦がようやく授かった我が子。しかしそこへ「あなたの精子提供によって生まれた子供です」と名乗る別の〈娘〉が現れたことから予想外の真実が明らかになる(「パンドラ」)。子供が4人しかいない島で、僕らはiPhoneを手に入れ「ゆーちゅーばー」になることにした。でも、ある事件を境に島のひとびとがやけによそよそしくなっていって……(「#拡散希望」)など、昨年「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞を受賞。そして今年、第22回本格ミステリ大賞にノミネートされるなど、いま話題沸騰中の著者による、現代日本の〈いま〉とミステリの技巧が見事に融合した珠玉の5篇を収録。
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『ヨモツイクサ』 知念実希人

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知念実希人の『ヨモツイクサ』を読み終えたところです。
ストーリーを明かすと面白さが台無しになりますので、出版元の作品紹介だけにします。とにかく最初から最後まで怖いです。そして最後の1頁まで犯人が分からないと思います。

「黄泉の森には絶対に入ってはならない」 人なのか、ヒグマなのか、禁域の森には未知なる生物がいる。究極の遺伝子を持ち、生命を喰い尽くすその名は——ヨモツイクサ。 北海道旭川に《黄泉の森》と呼ばれ、アイヌの人々が怖れてきた禁域があった。その禁域を大手ホテル会社が開発しようとするのだが、作業員が行方不明になってしまう。現場には《何か》に蹂躙された痕跡だけが残されていた。そして、作業員は死ぬ前に神秘的な蒼い光を見たという。 地元の道央大病院に勤める外科医・佐原茜の実家は黄泉の森のそばにあり、7年前に家族が忽然と消える神隠し事件に遭っていて、今も家族を捜していた。この2つの事件は繋がっているのか。もしかして、ヨモツイクサの仕業なのか……。 本屋大賞ノミネート『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』を超える衝撃医療ミステリーのトップランナーが初めて挑むバイオ・ホラー!

たまたま偶然なのですが、テレビと新聞の報道で、OSO18が駆除されたとありました。OSO18は足の幅が18cmもある巨大熊で、放牧中の牛を次々と襲撃し、襲われた頭数は66頭に上るといいます。実際の足のサイズは当初よりビックで20cm、体長は210cm、体重は330kgだそうです。とても賢く行動も掴み切れないでいましたが、ついに7月30日に釧路町で駆除されました。毛のDNA型からOSO18と判明したそうです。
この作品にも、巨大な熊(ASA20)が出てくるのですが、知念さん自身がX(ツイッター)で文中モデルがOSO18だったと投稿し話題になっています。 P8220020

『隠居おてだま』 西條奈加

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大好きな西條奈加さんの『隠居おてだま』を読みました。

老舗糸問屋・嶋屋元当主の徳兵衛は、還暦を機に隠居暮らしを始めた。風雅な余生を送るはずが、巣鴨の隠居家は孫の千代太が連れてきた子供たちで大にぎわい。子供たちとその親の面倒にまで首を突っ込むうち、新たに組紐商いも始めることとなった。商いに夢中の徳兵衛は、自分の家族に芽吹いた悶着の種に気が付かない。やがて訪れた親子と夫婦の危機に、嶋屋一家はどう向き合う?
笑いあり涙ありの人情時代小説『隠居すごろく』、待望の続編!

時代が変わっても人の営みは一緒なのですね。年寄の頑固さと意固地な性分も一緒。分かっているのに変えられない。徳兵衛さん、分かりますよ。
私はまだ隠居暮らしをしたことがありませんが、存外難しいものかも知れませんね。仰るように、何事も慣れないお手玉のように、ひとつ放り投げても、また一つ手に返ってきますもね。世の悶着はまさにお手玉に似ているとは言い得て妙です。ただ、安穏を求めてそれだけに身を置けばたちまち腐り出すというのも、一つの真理かも知れません。年をとっても社会と繋がり、適度に緊張感を持っていることが大切なのでしょうね。
人生訓もたっぷり盛り込まれた西條さんの江戸人情噺。いいですね。  
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『27000冊ガーデン』 大崎梢

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主人公は高校の図書館司書である星川駒子。生徒から持ち込まれた本に関わる事件や相談事を、取引先の書店員の針谷敬斗や司書仲間、図書委員らを巻き込んで解決していきます。短編集でミステリーと謳っていますが、謎解きはあまり期待しない方がいいです。
保健室登校ならぬ図書室登校というのがあることを知りましたが、家庭や学校に疲れた子供たちにとって好きな本に囲まれた安らぎの場としての図書室の役割は重要なのでしょうね。まさに子供達のガーデンですね。
大崎さんは元書店員さんだったらしく、お馴染みの本が沢山出てきます。読んだ本もあるし、まだ読んでいない本もありますが、いずれも大崎さんがセレクトした良書ばかりのようで、さすが本に対する愛の深い方と思いました。ブックコンシェルジュやブックソムリエみたいな感じかな。その意味でも読んで損をしない一冊と思います。
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『コメンテーター』 奥田英朗

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奥田英朗の『コメンテーター』。久しぶりに大笑いできる本に出合えました。こんな本は大好きです。
シリーズの第一作は『イン・ザ・プール』、第二作は『空中ブランコ』。これで直木賞を受賞しているというのですから、選考委員も賞賛ものです。その後は第三作として2006年の『町長選挙』。そして17年ぶりに第四弾『コメンテーター』が刊行されました。

私は前作を読んでいませんが、心の病にかかった患者たちが、変人精神科医・伊良部に不可思議な療法を施され、そこから奇想天外な事件が連続するというドラマの基本は第一作から変わらないそうです。ホテルと見間違うほどに豪華な大総合病院の地下に貧弱な診療科を構える精神科医の伊良部。フィギュアを愛し、患者の腕に刺される注射に興奮する変な精神科医です。そして看護師のマユミちゃん。不愛想にガムを噛みながら登場し、こちらも行動が尋常ではありません。こんな変な医者と看護師が巻き起こす奇想天外な変な治療が笑いを誘います。

コロナ禍でテレビの視聴率の依存症となったプロデューサー、他人のルール違反への怒りでパニック障害になった男、ネット上の投資で億万長者になったものの不安で失神してしまう男などが伊良部のもとを訪れます。いずれも私たちと同じ今の時代を生き、その時代のせいで病に陥った人たちばかりです。伊良部・マユミコンビと患者のやりとりは、極端なケースでコミカルとさえ思えますが、この時代を映す鏡として説得力に満ちているといえます。

この伊良部シリーズは短編ですので、どこから読んでも面白いです。
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『魔女と過ごした七日間』 東野圭吾

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東野圭吾の『魔女と過ごした七日間』。本書もテンポが良く、明快で読みやすいです。 

AIによる監視システムが強化された日本。指名手配犯捜しのスペシャリストだった元刑事が殺された。「あたしなりに推理する。その気があるなら、ついてきて」不思議な女性・円華に導かれ、父を亡くした少年の冒険が始まる。

本作の鍵となっている科学技術がとても興味深いです。とくに「ゲノム・モンタージュ」なるものが出てきますが、法医学分野をはじめとするいろいろな分野での応用が期待されているもので、個人のゲノム配列から顔形状を推定する技術なのだそうです。なんとも夢物語のようなお話なのですが、実際にいろいろな大学や研究施設で開発が進められていて、既に報告書や学術論文まで公表されています。具体的には、一卵性双生児はよく似た顔をしていますが、ヒトの顔形状には遺伝情報が強く働いていると考えると理解しやすいです。ということは、ゲノム配列さえ分かれば、顔は復元できるということになりますね。

「DNAデータベース」のことも知りませんでしたが、日本の警察でも着々とデータを蓄積しているようです。朝日新聞デジタルによりますと、警察が逮捕など検挙した容疑者から得たDNA型のデータベースの登録件数が、年間十数万件のペースで増え続け、2019年末時点で約130万件にのぼることがわかったとあります。これは日本の人口のほぼ100人に1人にあたる数といいます。このシステムを作った警察の目的からして、登録件数を限りなく100%に近づけることが目標でしょうから、逮捕歴のない一般善良市民のDNA型をいかにして収集するか、これから将来に向けて方策を考えてくるかも知れません。

視点をマイナンバーカードに向けますと、基本的にはすべての国民が持つことになっていますし、当然個人情報や顔写真も登録します。すでに健康保険証の機能も持たせていますが、マイナポータルとの連携により過去の診療歴や薬剤処方の記録などが共有されることになります。

現時点では、「ゲノム・モンタージュ」や「DNAデータベース」、マイナンバーカードなどのリンクはないのでしょうが、社会の不安定さがより深刻になっていくにつれ、世論の声に押されるような形で一気に技術革新や制度整備が加速していくような不気味さを感じます。

タバコの吸い殻や空き缶のポイ捨てなども「ゲノム・モンタージュ」や「DNAデータベース」で、すぐ個人が識別されてしまいますし、どこに逃げようが監視システムで判明するという社会がすぐそこまで来ているようですね。安心安全な社会を目指すのでしょうが、ある種の息苦しさを感じます。

そうそう、そんなことが網羅された本作品、ぜひ読んでみてください。
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『とりどりみどり』 西條奈加

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西條奈加の『とりどりみどり』。これも面白かったです。 
長屋暮らしの市井の人々が主役の江戸人情ものもいいですが、こういう羽振りのいい大店(おおだな)が舞台のお話もいいですね。

万両店の末弟、鷺之介が齢十一にして悩みがつきない原因とは。時代小説の名手が描く、ホロリと泣かせる大江戸謎解き物語。
万両店の廻船問屋『飛鷹屋』の末弟・鷺之介は、齢十一にして悩みが尽きない。かしましい三人の姉、お瀬己・お日和・お喜路のお喋りや買い物、芝居、物見遊山に常日頃付き合わされるからだ。遠慮なし、気遣いなし、毒舌大いにあり。三拍子そろった三姉妹の傍にいるだけで、身がふたまわりはすり減った心地がするうえに、姉たちに付き合うと、なぜかいつもその先々で事件が発生する。そんな三人の姉に、鷺之介は振り回されてばかりいた。
ある日、母親の月命日に墓参りに出かけた鷺之介は、墓に置き忘れられていた櫛を発見する。その櫛は亡き母が三姉妹のためにそれぞれ一つずつ誂えたものと瓜二つだった。

主人公は江戸で屈指の廻船問屋の末息子・鷺之介。上に4人の兄姉がいるのですが、みんな母親が違うという今の世では考えられないような家族です。そんな3姉妹にいたっては有り余るお金を惜しげもなく使うというお嬢様暮らしを過ごしています。ただ、お金の使い方がきれいで、まったく嫌味を感じることはありませんし、それを咎めるような人もいません。家族の仲はすこぶるよく、天衣無縫のお嬢たちと、それに振り回される鷺之介の可愛さが相俟って、いい物語に仕上がっています。
7つの短編で構成されていますが、鷺之介の出生の秘密が判明する終章「とりどりみどり」が涙と笑いを誘っていいです。
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『うさぎ玉ほろほろ』 西條奈加

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西條奈加の『うさぎ玉ほろほろ』。いつもの江戸人情噺で、面白かったです。
函館出身の宇江佐真理さんは大好きな作家さんでしたが、同じ北海道出身(池田町)の西條さんも心惹かれる時代小説をお書きになりますね。

武士から菓子職人に転身した変わり種の主、治兵衛。父を助ける出戻り娘、お永。看板娘の孫、お君。
親子三代で切り盛りする江戸麹町の評判の菓子舗「南星屋」には、味と人情に惹かれやって来るお客が列をなす。麹町を大火が襲った夜以来、姿を見せなくなった気のいい渡り中間を案ずる一家だったが、ある日、思わぬところから消息が届き・・・。
「誰だって、石の衣は着ているもんさ。中の黒い餡を、見せねえようにな」・・・。ほろりとやさしく切ない甘みで包む親子の情、夫婦の機微、言うに言えない胸のうち。諸国の銘菓と人のいとなみを味わう直木賞作家の大人気シリーズ。(講談社による書籍紹介)

時代小説で食(今回は菓子)を扱うのは、時代考証の絡みでとても難しいと思うのですが、作り方から食材までよくお調べになったものと思います。そして、本作に出てくるお菓子は現在でも全国の老舗菓子店で江戸時代と同じような製法で作られて、店先に並んでいるようです。ぜひ食べてみたくなりますね。
収載短編は6作。いつの時代も人生はままならないことが多いですが、「南星屋」の店先に並んでいるような美味しいお菓子でも食べて、ほっこりと優しい気持ちで過ごしたいですね。
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『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇美緒

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今年の本屋大賞で第2位になった安壇美緒の『ラブカは静かに弓を持つ』。すでにお読みになった方は多いことと思います。 

少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもとに通い始める。師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……。(集英社の書籍紹介)

読みやすく、読後感のとてもよい一冊でした。さすが本屋大賞の2位になった作品と思いました。

自分を閉ざして生きてきた主人公が、上司からの命によって潜入した音楽教室。何らかのミスで自分の素性とスパイ行為がバレるかもしれない恐怖を感じつつも、次第にチェロの響きに惹き込まれていきます。同時に教師への尊敬の念と音楽で繫がる仲間を得ますが、彼らを騙しているという罪悪感に苛まれることになります。
最後までスローテンポで起伏の少ないタッチで描かれており、深海に潜む不思議な生き物が人の心に触れて少しずつ変わっていく様を巧みに表現しています。

本当に音楽っていいですね。そして人と人の信頼って尊いものですね。
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youtubeにプロモーションビデオがありましたので、再掲させていただきます。J.S.バッハ の「無伴奏チェロ組曲 第1番~プレリュード~」。いいですね。

『祝祭のハングマン』 中山七里

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中山七里の『祝祭のハングマン』。

法律が裁けないのなら、他の誰かが始末する。司法を超えた復讐の代行者。それが私刑執行人(ハングマン)。現代版〝必殺〟ここに誕生。
警視庁捜査一課の瑠衣は、中堅ゼネコン課長の父と暮らす。ある日、父の同僚が交通事故で死亡するが、事故ではなく殺人と思われた。さらに別の課長が駅構内で転落死、そして父も工事現場で亡くなる。追い打ちをかけるように瑠衣の許へやってきた地検特捜部は、死亡した3人に裏金作りの嫌疑がかかっているという。父は会社に利用された挙げ句、殺されたのではないか。だが証拠はない。疑心に駆られる瑠衣の前に、私立探偵の鳥海(とかい)が現れる。彼の話を聞いた瑠衣の全身に、震えが走った。(文藝春秋社の書籍紹介)

法の秩序を守りながら、かたや法で裁くことが出来ない極悪人を成敗するという現代版"必殺仕事人"のお話です。実際に財界や政界を巻き込んだ法では裁けない悪って在りそうですが、主人公・瑠衣の暴走はどうなんでしょうね。恨みは晴らせても彼女自身が背負うものはとてつもなく大きいように思うのですが。
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『罪の境界』 薬丸岳

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薬丸岳の『罪の境界』を読み終えたところです。
思いのほか重い内容で結構時間がかかってしまいました。

無差別通り魔事件の加害者と被害者。決して交わるはずのなかった人生が交錯した時、慟哭の真実が明らかになる感動長編ミステリー。「約束は守った……伝えてほしい……」それが、無差別通り魔事件の被害者となった飯山晃弘の最期の言葉だった。自らも重症を負った明香里だったが、身代わりとなって死んでしまった飯山の言葉を伝えるために、彼の人生を辿り始める。この言葉は誰に向けたものだったのか、約束とは何なのか。(書籍説明より)

「罪」をテーマに犯罪被害者と加害者の双方を取り上げた作品ですが、この本を読み終えた時に偶然にも岸田総理の襲撃事件が起きました。作品中の加害者も無期懲役となって終生刑務所で過ごすことを望むという若者の「自爆テロ型犯罪」の類ですが、こういう事件が起きるたびに何ともやるせない気持ちになりますね。
読むのが辛くなるほどに重い内容ですが、最後は「人って素晴らしいなぁ」とウルウルするほどに感動的ですから、ぜひ読んでみてください。
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『方舟』 夕木春央

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夕木春央の『方舟』も「本屋大賞2023」にノミネートされている本です。
週刊文春ミステリーベスト10国内部門第1位、MRC大賞2022第1位ということで期待感の高い一冊でしたが、ミステリーとしては面白いものの読後感があまり良くないので妻には薦めませんでした。
こちらも多くの方がすでに読まれていると思いますので、出版元の紹介だけとします。

9人のうち、死んでもいいのは・・・死ぬべきなのは誰か?
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。犯人以外の全員が、そう思った。タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。
(講談社の書籍紹介より) 
P4070001

『月の立つ林で』 青山美智子

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来週には「本屋大賞2023」が発表になりますね。今年度はどの本が大賞を獲得するのでしょう。
そんなことでノミネートされている中で読んでいなかった本を何冊か読んでいます。
その中の一冊、青山美智子の『月の立つ林で』です。
既に読んでいる方が多いと思いますので、出版元の紹介だけにいたします。

似ているようでまったく違う、新しい一日を懸命に生きるあなたへ。
最後に仕掛けられた驚きの事実と読後に気づく見えない繋がりが胸を打つ、
『木曜日にはココアを』『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』の青山美智子、最高傑作。
長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士、親から離れて早く自立したいと願う女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。つまずいてばかりの日常の中、それぞれが耳にしたのはタケトリ・オキナという男性のポッドキャスト『ツキない話』だった。月に関する語りに心を寄せながら、彼ら自身も彼らの思いも満ち欠けを繰り返し、新しくてかけがえのない毎日を紡いでいく。
(ポプラ社の書籍紹介から)
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『光のとこにいてね』 一穂ミチ

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一穂ミチの『光のとこにいてね』。
 
古びた団地の片隅で、彼女と出会った。彼女と私は、なにもかもが違った。着るものも食べるものも住む世界も。でもなぜか、彼女が笑うと、私も笑顔になれた。彼女が泣くと、私も悲しくなった。彼女に惹かれたその日から、残酷な現実も平気だと思えた。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一瞬の幸せが、永遠となることを祈った。どうして彼女しかダメなんだろう。どうして彼女とじゃないと、私は幸せじゃないんだろう……。

女性同士の慕情を描き、切なさをかきたてる作品です。
ひとり親家庭の果遠(かのん)、裕福な医者の家で暮らす結珠(ゆず)という二人の女の子の物語です。まったく違う環境で育った同い年の二人が7歳で出会い、離ればなれになって成長して、15歳、29歳で再会し、お互いに思い合い続ける四半世紀を描いています。
出会い、学校生活、別れ、大人になってからの諸々のことが対比形式で交互に書かれており、相手を思いやるお互いの心模様が美しい文体を通して透かし絵のように描写されています。
「友人と広い露天風呂につかりながら、同性の恋人と来たら楽しいだろうなと思った」と一穂さんは仰っていますが、作品を読んだ感じでは恋愛感情とはちょっと違う何とも名付けにくい不思議な関係のように思いました。人の関係はゆるくていいのでしょうし、今の時代は一緒にいて気持ちが楽という繋がりが増えればいいのかも知れませんね。そんなことを感じさせる一冊でした。

キラキラと輝くような『光のとこにいてね』。ぜひ読んでみてください。
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『しろがねの葉』 千早茜

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千早茜の『しろがねの葉』。
 
舞台は、戦国時代から江戸時代前期にかけて世界を動かすほどの産出を誇った石見銀山。
秀吉の唐入りへの徴用と凶作が重なり、貧しさに耐えかねた一家が村の隠し米を盗んで夜逃げを画策したものの追っ手に見つかり、幼い少女・ウメは両親とはぐれてしまうところから物語が始まります。道に迷ったウメが迷い込んだのは、石見国・仙ノ山と呼ばれる銀山の間歩(坑道)でした。そこで、カリスマ的山師の喜兵衛に拾われます。喜兵衛はウメに銀山の知識と鉱脈の在りか、そして山で生きる知恵を授け、自らの手子(雑用係)として間歩に出入りさせます。生まれながらに夜目の利くウメは暗い間歩の中で重宝されますが、銀掘は男の仕事。女性として成長していく中、ウメは女であるがゆえに制限されることの多さに悩みます。しかも初潮を迎えたときから、彼女は間歩に入ることを禁じられてしまい、さらに卑猥な目を向ける男や乱暴を働く男も出てくる始末です。自分のやりたいことをやりたいだけなのに、女であるというだけでその道が閉ざされることに憤りを感じつつも、同時に女としての心と体の性を自覚していきます。

作中に「銀山やまのおなごは三たび夫を持つ」という言葉が出てきます。粉塵と瘴気(しょうき)の中で仕事をする掘子たちは長生きできず、遅かれ早かれ肺を患って死んでいきます。夫に先立たれた女は他の男に嫁ぐのが銀山のならいです。それは生活のためだけではなく、将来の働き手となる子を産むためでもありました。早死にすることがわかっていて、それでも山に穴を穿つことをやめない男たち。それを止めたくとも、止めることができず、ただ弱っていく夫を看取る女たち。ウメ自らもその運命の渦中に身を置き、男が女に求めるものは何なのか、女が男にしてやれることは何なのか、ひいては生きるとは何なのかを考えます。

親と離れ、行きたい道にも進めず、性的暴力を受け、愛した者には先立たれる。それでもなぜウメは生きるのか。男たちはなぜ死ぬとわかっていて間歩に向うのか。ウメは間歩で繰り返される短い人の生を自らの生と重ね見続けるのです。
世界に名の知られた岩見銀山は銀山としての役目を終えましたが、名も知られずに埋もれていったウメや喜兵衛や多くの掘子たちがいたことを、そして多くの生と性のドラマがあったことを私たちに伝えています。
世界遺産・石見銀山へといざなう一冊でした。
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『人類の起源』 篠田謙一

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話題になっている『人類の起源』を借りることが出来ましたので、読んでみました。著者の篠田謙一さんは、文化人類学の研究者で国立科学博物館の館長をされています。

この分野での第一人者だけあって専門的で難解なところもありますが、私たち人類の「大いなる旅」を辿る内容はとても面白いです。出土する化石などの一次資料が少ないこともあって、まだまだ解明に至らない部分が多いのでしょうが、新しい分析手法の登場などで相当なところまで漕ぎつけているようで驚いてしまいます。

個人的に興味深い点をピックアップしますと・・・
まず、旧人と呼ばれるネアンデルタール人やデニソワ人から環境に適応するのに有利な遺伝子を私たちが受け継いでいるということ。別種と考えられている両者が交雑していたという事実は、いわゆる「種」という概念を考えるうえでも興味深いですね。

人間の持つ生物学的な側面に注目して集団を区分する「人種」という概念は無意味であること。私たちホモ・サピエンスのゲノムは99.9%まで共通であって、残りの0.1%が私たちの姿形や能力の違いになっていること。ただし、ここでいう能力の違いというのは、交配集団の中でランダムに生まれるもので、基本的な能力の差を示すものはないということ。
0.1%の違いに重きをおくと能力主義という立場に繋がるのでしょうし、99.9%の共通性を重視すると「人類の平等」という考え方に辿り着きます。どちらの考え方が正しいとは一概には言えないのでしょうが、現代の風潮は0.1%の違いに価値を見出しているようです。

「民族」という言葉で括られる集団の遺伝学的な性格はそれぞれで異なるものであり、人類集団は離合と集散を繰り返しながら、その遺伝的な性格を変化させながら存続してきたこと。「民族」という概念は、せいぜい数千年程度の歴史しかなく、将来的にも民族と遺伝子の間には対応関係が見られない方向に変化すること。
つまりは斉一性が高いと考えてきた「民族」やそこから派生する言語、文化、宗教などは前述の「離合と集散」という過程を経て現在に至っているのですね。世界中の戦争や紛争は、民族間の対立やそれから派生する文化、宗教に起因することが多いのですが、この事実を知ると意味があることとは思えません。

そうそう、北海道・東北といえば、縄文文化に興味があるところですが、この縄文人や弥生人と呼ばれる人たちも遺伝学的には相当に多様性があるようです。長い時間軸で俯瞰すると多様な集団が交雑を繰り返しながら文化圏を作り上げてきたことを意味するのでしょうね。
興味のある方はお読みになってみてください。
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『アルツ村』 南杏子

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エーザイと米国のバイオジェンが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」が、FDAによって承認されたとの報道発表がありました。原因とみられる異常なたんぱく質「アミロイド・ベータ 」を脳内から取り除き、認知機能の低下の長期的な抑制を狙う薬とのことです。
内閣府によりますと、2020年の認知症の患者数は約630万人、2025年には約730万人、さらに2060年には1100万人以上になると言われており、高齢者の約3人に1人が認知症になるという予測もあります。

そんなアルツハイマー病をテーマにした南杏子の『アルツ村』を読んでみました。題名からして楽しい小説ではありませんが、まずは出版元の簡単な内容紹介を掲載します。
 
『恍惚の人』から半世紀。現役医師作家による衝撃のメディカル・サスペンス!
高齢者だけが身を寄せ合って暮らす山間の村。そこは楽園か、遺棄の地か。夫の暴力から逃れ、幼い娘を連れて家を出た主婦・明日香。迷い込んだ山奥の村で暮らし始めた明日香は、一見平和な村に隠された大きな秘密に気付き始める。住民はどこから? 村の目的は?
老老介護、ヤングケアラー、介護破綻……世界一の認知症大国、日本。人生を否定される患者。生活を破壊される家族。認知症の「いま」に斬り込む衝撃作!

物語の舞台は、道北の厳寒の地として知られている幌加内町母子里。近くに朱鞠内湖という湖があります。ここに認知症患者ばかりを集めたグループホームのような施設があります。もともとはバブル期のリゾート地で別荘や移住者などが住んでいたところですが、高齢化と共に住民がいなくなり、そこを大陸系の資本が買収して、怪しげなグループホームを運営しているという設定です。
ひょんなことから主人公の明日香が施設内に迷い込んでしまうのですが、周囲を高圧電流柵で囲むほどに厳重に管理されており、所在地も公にされていないという不思議さに彼女は戸惑いと恐怖を感じます。

サスペンスとしての興味が薄れますので、ネタバレはこのくらいにします。

著者が現役の医師ということもあって、認知症の医学的知識や問題点について詳しく書かれています。また、大陸系を主とした外国資本が国内の土地や施設を買いあさっていることもベースとして織り込んでおり、これらを複雑に絡めての物語構成が興味深いところです。
PC280010

『嘘つきジェンガ』 辻村深月

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辻村深月の『嘘つきジェンガ』。

3つの中編で構成され、いずれもニュースなどでよく目にする詐欺に纏わる内容です。
オレオレ詐欺に代表されるように詐欺には必ず騙す側と騙される側がいます。お金が目当ての騙す方と子や孫のことを思って騙されるお年寄りという構図が浮かび上がりますが、そのどちらにも切実な願望や不安が動機としてあります。
本書の3つの作品はオレオレ詐欺とは異なりますし、詐欺には絶対に引っかからないと自負していますが、本作を読むと、何かのはずみで誰もがどちらの立場にもなり得ると痛感させられます。詐欺というネガティブな題材ですが、内容は面白いですし、読後感もいいですから、おすすめです。

以下、発行元の文藝春秋社にて公表されている作品紹介を掲載いたします。

『2020年のロマンス詐欺』
まさか、こんな2020年の春が待っているとは思いもしなかった。大学進学のため山形から上京した加賀耀太だったが、4月7日、緊急事態宣言が発令されてしまう。入学式は延期され、授業やサークル活動どころか、バイトすら始められない。そのうえ、定食屋を営む実家の売り上げも下がって、今月の仕送りが半分になるという。地元の友人・甲斐斗から連絡が来たのはそんなときだった。「メールでできる簡単なバイト」を紹介してくれるというのだ。割の良さに目がくらんで始めた耀太だったが、そのバイトとはロマンス詐欺の片棒を担ぐことだった。早く実績を上げるよう脅され、戸惑いながらもカモを捕まえようと焦る耀太は、未希子という主婦と親密なやりとりを交わすようになる。ある日、未希子から「助けて、私、殺される」というメッセージが届く。

『五年目の受験詐欺』
「紹介は、詐欺だったんです、私たち、騙されていたんですよ」。電話口でそう告げた女の声に風間多佳子は驚愕した。詐欺と言われてもにわかには信じられなかった。なぜなら、長男・大貴は志望校に合格したのだから。教育コンサルタントが受験生の親向けに開く完全紹介制の「まさこ塾」に多佳子が通っていたのは、次男・大貴の中学受験に際してだった。頑張っても頑張ってもなかなか成績が上がらず苦しむ息子の姿に心引き裂かれていた多佳子は、息子を信じようと決意しながらも、つい、まさこ先生に持ち掛けられた、100万円で受けられる特別紹介の事前受験という甘い誘いに、夫にも内緒で乗ってしまったのだ。あれが詐欺だったなら、息子は自力で合格したのか。混乱する多佳子のもとに、まさこ塾で親しくしていた北野広恵から連絡がある。「多佳子さんにも、当時、まさこ先生からそのお誘いはあったの?」

『あの人のサロン詐欺』
紡はオンラインサロン「谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会」を主宰している。最初は漫画原作者・谷嵜レオとファンとの非公式な交流イベントだったが、谷嵜のようなクリエイターに憧れる彼らの質問を受けるうち、いつのまにか創作講座がメインとなった。紡が発する言葉を熱心に書き留める参加者たち。谷嵜レオになるまで、紡は自分がこんな風に話せる人間だとは知らなかった。自分の作品を熱心に愛してくれる皆が、紡の話に真剣に耳を傾けてくれる高揚感で、オフ会の時間はあっという間に過ぎる。しかし、じつは紡は谷嵜レオではない。谷嵜が覆面作家なのをいいことに、創作サロンの参加者にも、自分の家族にもそう偽っているのだ。これは詐欺なのだろうが、全身で谷嵜レオを生きてしまっている紡には、その考えはしっくりこなかった。ほんものの谷嵜が逮捕されてしまうまでは。
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『クロコダイル・ティアーズ』 雫井脩介

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雫井脩介の『クロコダイル・ティアーズ』。直木賞候補になっていますが、読み応えのある一冊でした。

物語は、鎌倉近郊で老舗陶磁器店を営む久野貞彦と暁美(あきみ)夫妻の視点で進んでいきます。夫婦は、近くに住みいずれ稼業を継ぐことになっていた息子夫婦や孫と幸せに暮らしていました。しかし、息子が何者かに殺害され、逮捕されたのは嫁の想代子の元交際相手でした。被告になった男は、裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼された」と主張するのです。残された久野夫婦は、想代子の言動に不安を感じ疑心暗鬼になっていくというストーリーです。
想代子が自身の視点で真相を語る最終章まで、読者自身も「彼女は善か悪か」と問いかけられながら読み進むことになります。家族への「疑念」を描く静謐で濃密なサスペンス。ぜひお読みになってみてください。
PC280007

『ハヤブサ消防団』 池井戸潤

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池井戸潤の『ハヤブサ消防団』。
舞台は東海地方のU県S郡八百万(やおろず)町ハヤブサ地区。聞くだけで過疎の集落が頭に浮かびます。ここが主人公・三馬太郎の亡き父親の故郷です。太郎はミステリー作家ですが、ひょんなことで当地を訪れた際に、自然豊かな田園風景に魅了されてしまい、東京から移住をします。
来て間もなく、地元の人からの誘いで消防団へ入団することになります。小説を書きながらひっそりと暮らすつもりだったのですが、狭い閉鎖されたコミュニティ内で生活するためには、田舎の付き合いを欠かすことはままならず、泣く泣くの決断でした。消火活動にとどまらず、毎日のように行われる訓練、消防団競技大会、そして神社、お祭り、運動会、文化祭まで駆り出されるという始末です。
そんな慌ただしい日々を送る中で、連続放火と殺人事件が起こります。
一癖も二癖もあるような村の衆が、「池井戸」節全開で面白おかしく描かれており、登場人物を想像するだけで楽しいです。血縁、地縁、因習の深く染みついた山村ですが、そこへ行政を巻き込んだソーラーパネルの設置問題やカルトまがいの新興宗教が絡んで、事態はより複雑なものになっていきます。
ミステリーとしても面白く、最後まで犯人の目星がつかないのも魅力的です。
500頁近い長編ですが、スピード感がありますので、意外と早く読めちゃいます。ぜひ読んでみてください。
PC010003

『汝、星のごとく』 凪良ゆう

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凪良ゆうの『汝、星のごとく』。久しぶりに感動の一冊でした。 

瀬戸内海の小さな島が舞台です。一人はこの島で生まれ育った井上暁海。父が外に恋人を作り家を出てしまい、母は心に不調をきたしています。そんな井上家の内情は閉鎖的な小さな島の人たちに恰好の噂の種を提供しています。もう一人は、京都からこの島にやってきた青埜櫂。母と二人暮らしながら、母親はいわゆる〝男なしでは生きられない〟タイプで、この地にも恋人を追ってやってきました。島で唯一のスナックを営み、周囲の女たちから冷たい視線を浴びせられています。
ともに母親に振り回されながら高校に通う17歳の二人が惹かれ合うのに時間はかかりませんでした。夢を語り、若い恋を満喫しながらも、気がかりなのは互いの家族のこと、そして自分たちの将来です。そんな二人が成長していく姿を、周囲の人たちとの関わりをまじえて長い時間にわたって描いています。

この作品の中には、さまざまな要素が盛り込まれています。世間という閉鎖された地域社会の人目の厳しさ、女は男に尽くし男は女を守るのが当然かのような旧来の男女観の社会、性的マイノリティの人たちの生きづらさ、個々人が抱える様々な恋愛事情、そしてネット社会の怖さなどなど。それらは、二人の人生観と人生そのものに大きな影響を与えていきます。

凪良さんは、「このお話に立派な人は誰も出てきません。でも、世間から見れば間違った生き方でも、それを全うしているのなら、他人がとやかく言うことではないと私は思っています。正しくないかもしれないけれど、間違っているわけじゃないよ。大丈夫、生きたいように生きていいんだよ。そんなメッセージが、生きづらさを抱える人たちを、優しく抱き止めるのだと思います」と仰っていました。

閉鎖的な社会で古い価値観にまみれて育った暁海は強くしなやかに自立し成長していく一方、優しく弱い櫂は、傍目にはちっともかっこいいところがありません。しかし、それもある一面での男特有の魅力なのかもしれません。

物語の終盤。島で過ごした日々から15年を経て、思い出深い島の海岸に佇む二人。やっと安らかな着地点を見出すことが出来ました。暮れなずむ景色の中に溶け込む二人の姿が切なく美しいです。
ぜひ読んでみてください。
PC010001

『よって件のごとし』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『よって件のごとし』。三島屋変調百物語の八之続です。

500頁を超えるボリュームがありながらも、まったく退屈させることのない中編の3篇。さすがにいずれも甲乙つけがたい作品でした。一昨日は白石加代子さんの舞台『小袖の手』でしたし、ここ数日は宮部みゆき作品浸けの日々でした。

宮部流のホラーというかゾンビものというか、時空を超えた異界や魔界の世界がカタチとなってリアルに見えてくるのが「百物語」の醍醐味です。怖いというよりも摩訶不思議といったほうが、あたっているような気がします。

富次郎の前の聴き手だったおちかの出産を控えており、障りがあってはいけないということで黒白の間での百物語はいったん休止するようですが、無事出産すれば再開するようです。来年には九之続が上梓されることでしょう。
PB260002

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