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カテゴリ:ちょっと面白かった本

『熱帯』 森見登美彦

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ということで、森見登美彦の『熱帯』を読了です。

何とも摩訶不思議というか難解な小説です。物語の中に何層にも別の物語が入っている入れ子の入れ子で、長方形の紙を180度ひねって端と端をくっつけたメビウスの輪のように最後は最初に繋がるという複雑な構造になっています。謎を追うたびに「千一夜物語」が深く関わっていることを知るのですが、あたかも千一夜をトレースしているような、はたまた1001夜(アラビア語写本では282夜)の続きの新しい夜話を聴いているような幻想にとらわれます。舞台は古書店の連なる神保町、大文字焼きの輝く京都、海賊の跋扈する海域、戦争の爪痕残る満州と目まぐるしく変わります。すべての謎は「千一夜」のなかにあり、魔王のような振る舞いをするある男の持つカードケースがその謎の鍵を握っているのです。

誰も読み終わることの出来ない大人の童話『熱帯』、500頁を超えるボリュームがありますが、ぜひ読んでみてください。
PC290033

『フーガはユーガ』 伊坂幸太郎

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伊坂幸太郎の『フーガはユーガ』を読了です。

話題性が高かっただけに期待して読んだのですが、個人的には「ウーン」って感じです。
常盤風我(フーガ)と優我(ユーガ)という双子の男の子の物語です。風我と優我は毎年の誕生日のみ2時間おきに入れ替わるという特異体質を持っています。中身が入れ替わるのではなく、身体ごと物理的に瞬間移動するというのがポイントです。この瞬間移動がいろいろな出来事の場面で効果的に使われ、それに添って物語が進行していきます。
物語は、優我が仙台市内のファミレスで一人の男に語り出すところから始まります。決して幸せでなかった子供時代を回想するなかで、いじめや虐待などひどい状況におかれていたことが明かされます。大切にされなかった2人が大切なものを守るために奮闘する、そんな兄弟愛が読みどころなのかもしれません。
PC290032

『宴の前』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『宴の前』を読み終えたところです。

物語はこんな感じです。日本海に面したとある県が舞台です。イメージ的には新潟県あたりが近いように思います。この県の知事、安川美智夫は4期16年を務めあげ、県の定例議会ですでに引退の宣言をしています。しかし後継者指名をためらううち、知事選まであと2ヶ月という時期に意中の副知事が病で倒れてしまいます。一方の対抗馬は16年前の冬季オリンピックで銅メダルを獲得したアルペンスキーの選手、中司涼子です。知名度は抜群ですし、既存の政党のしがらみに縛られない無所属出馬という清新さもあって、前評判は上々です。安川陣営は新たな候補者として現役国会議員の牧野という男を据えようと考えますが、彼には致命的な問題があり、断念せざるを得ません。結果的に安川自らが引退宣言を撤回して中司と選挙戦を戦う決意をするのです。さて、その結末とは・・・。

私たち庶民があまり知ることのない政治と金、選挙戦を左右しかねない地方紙との関係など、選挙の裏側の人間模様がリアルに描写されており、あたかも陣営で選挙戦に加わっているような臨場感があります。小説としては最後の終わり方に物足りなさ感が否めませんが、スイスイと読めちゃいますし、来春には知事選を含めた統一地方選挙がありますので、それに絡めて読むのも面白いです。
PC290027

『ある男』 平野啓一郎

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平野啓一郎の『ある男』を読み終えました。

物語のさわりはこんな感じです。宮崎県のS市で実家の文具店を手伝うバツイチの女性・里枝は林業会社に勤める職人の谷口大祐と店先で出会い、それが切っ掛けで再婚することになります。真面目で優しく働き者の大祐との間にやがて女の子が生まれ幸せに暮らしていましたが、大祐は突然の伐採事故で亡くなってしまいます。生前、実家とは縁を切ったと言っていた大祐でしたが、思うところのあった里枝は一周忌が終わってから実家に報告をすることにしました。しかし、駆けつけた大祐の兄から、写真の男は弟ではないと言われてしまうのです。
頼る人のいない里枝は、前夫との離婚の際に世話になった弁護士の城戸に相談をし、谷口大祐を名乗っていた男が誰だったのか調べてもらうことにします。

自分の過去の人生をデリートし、まったく別の人間の人生を生きたいと思う「ある男」の正体とは、そしてその動機とは・・・。この先は読んでのお楽しみということで。

複雑に絡まる出来事や問題を描写しつつ、そこに生きる様々な人々のアイデンティティを浮き彫りにしていきます。「私とは何か」、それが平野さんのテーマなのですね。
文章がとても読みやすく、またミステリーとしても読み応えのある一冊でした。ぜひ読んでみてください。
PC160001

『ホモ・デウス ㊦』 ユヴァル・ノア・ハラリ

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『ホモ・デウス ㊦』も読み終えました。
歴史学者だけあって、大きな歴史の流れを踏まえ、何がどういう理由で未来につながるのか、そしてその過程がどのような意味を持つのかを分かりやすく読み解いてくれます。なぜ人間は「不死」と「至福」と「神のような力」の獲得を目指すように出来ているのか、過去の歴史から浮かび上がる人間の思考や行動を分析し、その延長線上を生きていくであろうホモ・サピエンスの未来を考えていきます。

まずもって本書を読むにあたって、私たちホモ・サピエンスも太古の昔から延々と続く人類進化の時間軸のなかの一過程にあることを忘れてはならないということです。私たちの知っているホモ・エレクトスやホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)と同様に、あくまでも完成形ではなく、生物学的進化という進行形を歩み続けているヒト属のひとつなのですね。ですから、絶滅しないで生存していれば、いずれ私たちホモ・サピエンスも他の種や亜種に進化というか変化するのが必然といえるでしょう。

本書では一貫して、私たちホモ・サピエンスは「神性」を獲得してホモ・デウスにアップグレードするだろうと予測しています。ここでいう「神性」は、イスラム教やキリスト教などの既存の宗教をさしているわけではなく、「神のような力」と解釈されます。しかも、今までの種の変遷は数万年単位という途方もない時間を経てなされた奇跡的な出来事だったのですが、前述したアップグレードは人為的にしかも超短時間でなされるだろうとハラリは考えています。

AI(人工知能)やナノテクノロジーの進捗は加速度を増すばかりであり、いずれ生物学的に定められた限界を突破するだろうと言います。AIが進歩し、殆どの分野で人間にとって代わった段階では、大多数の人々は存在価値を失い、巨大な「無用者階級」が誕生するようです。人間の人生と経験はかけがえのないものであるという人間至上主義の信念は脆くも崩れ去ることになるといいます。

そのアップグレードするホモ・デウスなるものも、一握りのエリート層だけの特権らしく、前述の不死と至福と神のような力を獲得するのも彼らだけのようです。AIや高度テクノロジーを縦横に駆使出来るのは彼らだけでしょうから、「無用者階級」へと落ちぶれた旧来のホモ・サピエンスは、彼らから切り捨てられたり支配されるのかも知れません。現在でも、多額のお金のかかる高度先進医療などの恩恵を受けられるのは富裕層や特権階級だけであり、お金や権力を持っているものは命さえも買えるといえます。その延長と考えると、この予測もまんざら間違っていないような気がします。

なにやら怖い予測なのですが、ハラリは未来は変えられるという前提で本書を書いています。どのようにすれば、私たちの未来は変えられるのか、ぜひ本書を読まれて考えてみてください。
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『ホモ・デウス ㊤』 ユヴァル・ノア・ハラリ

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ユヴァル・ノア・ハラリの話題の書『ホモ・デウス ㊤』も面白くて一気読みです。

ハラリが本書で述べていることの要約は次のようなことです。
人類は過去300年の間に「神」至上主義から「人間」至上主義に考え方を変え、人類共通の敵であった飢饉、疫病、戦争というものを葬り去って現在の繁栄を達成したといいます。こう書きますと、皆さんはまだ前述の3つの敵は克服されていないのではないかと異議を申し立てると思いますが、ハラリは以下のように説明します。
まず飢餓についてです。異常気象や内戦などで栄養状態が悪くなっている人々は確かにいるが、その何倍もの人々が過剰栄養による肥満や生活習慣病で悩んでいるといいます。疫病もウィルスなどによる克服されていない疾患が沢山あるが、同様に癌や脳血管系の病気で亡くなる人の方が断然多いといいます。そして最後の戦争。中東などでは依然として血なまぐさい内戦や紛争が起きているが、これもテロや紛争で亡くなる人よりも、先進国を中心とした自殺者の方が圧倒的に多いのだそうです。こうして解説されますと何となく頷いてしまいますね。

さらに遺伝子工学や生命化学、ナノテクノロジーの発展によって、人類が次に向かうのは老化と死の克服へのトライだろうといいます。確かに私たちの周りでは、健康志向やアンチエイジングなどが大流行りですし、太古の昔から「不老不死」というのは人類の最大の願いですもね。私が水泳やサイクリングをするのも一緒かもしれません。

そして、私たち「ホモ・サピエンス」が次に向かう先では、神性を獲得し「ホモ・デウス(神)」にアップグレードするだろうとハラリは予測をするのです。何やら毛色の違った人類に進化するというか変化するという仮説なのですね。それも遠い未来ではないらしいのです。
そういえば、世界で初めて受精卵のゲノム編集操作によって手を加えられた遺伝子を有する双子の女児が中国で誕生したと発表されたのは先月のことでした。いわゆる「デザイナーベビー」なのでしょうが、倫理上の懸念などがあるものの、この手のテクノロジーは進化のスピードを緩めることはないでしょう。ハラリが言うように人類は「神」の領域に踏み入った感じがしますね。そして人為的に変えられた遺伝子は、「デザイナーベビー」にとどまらず私たちの子孫のサピエンスに粛々と取り込まれていくのは言うまでもありません。

本書には、「情動、共同主観、書字、人間至上主義、アルゴリズム」といった何やら難しい言葉が沢山出てきますが、これらをキーワードに人類(ホモ・サピエンス)の未来を考えていきます。

まだ上巻を読んだだけですが、未来はどんな風景になっているのか、ちょっと怖いような気がしています。下巻はこれからですので、また感想を書いてみます。
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『ひとつむぎの手』 知念実希人

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知念実希人の『ひとつむぎの手』も面白くて一気読みです。
都内の私立医科大学病院の心臓外科で過酷な勤務に耐えている平良祐介が主人公です。医局の最高権力者である赤石教授のもとで心臓外科医としての研鑽を積んでいます。将来が約束されている一流関連病院への出向を目論んでいますが、ライバルの出現や医局内の権力争いに巻き込まれたりして、なかなか思い通りにことは運びません。強引に研修医の指導を押し付けられたり、赤石教授に纏わる怪文書に翻弄されたりと、鬱々とした日々を過ごしている平良ですが、そんな日々の出来事の中から少しずつ医師として本来あるべき姿を見出していきます。

「人紡ぎの手」とも読み取れるタイトル。心臓に大切な血液を送り込む冠動脈のバイパス手術で血管を織るように縫い合わせる手ともとれますし、優秀な人材を生み出し育てる手とも解釈できます。一気に読んでしまいたくなるほどにスリリングでエンターテインメント性に富んでいる物語ですが、心優しく懸命に仕事に取り組むひとりの医師を応援したくなる、そんなヒューマンドラマとしても印象に残る一冊でした。

この作品も、本屋大賞に推したいですね。
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『愛なき世界』 三浦しおん

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三浦しおんの『愛なき世界』。まずもって表紙の装丁が素晴らしいですし、恋愛ものと思って手にされた方も多いのではないでしょうか。タイトルからは連想できないような一途に研究にいそしむ若い院生と洋食の世界で道を開こうとしている若者の物語です。
主人公はT大学理学部生物学科(たぶん東京大学)で植物学の研究者を目指す本村紗英という大学院生です。もう一人は本郷キャンパスの赤門近くにある洋食屋・円服亭でコック見習いをしている藤丸陽太という若者です。本村のいる研究室の面々は、よく藤村の勤める食堂を利用したり出前を頼んだりしているのですが、度々会っているうちに藤丸は本村へ恋心を抱きます。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナという植物の研究が好きで、恋などへはまったく関心がありません。当の藤丸は2度もフラれてしまい、店主からは「フラフラ丸」という洒落にもならないあだ名をつけられる始末です。
見かけは殺し屋のような面構えなものの研究熱心で優しい松田教授。私生活は謎だらけですし、喪服のような黒い服しか着ない拘りにも訳があります。そしてイモに惚れ込む隣の研究室の定年間近の老教授。安田講堂の前の生垣にこっそりサツマイモを植えたりしています。そんな何とも愛おしくもちょっと風変わりな学究たちに囲まれて、ひたむきに研究に情熱を燃やす日々が綴られています。

本村たちが研究しているのはシロイヌナズナやサボテンなどの植物。その植物の細胞は、我々を含めた動物の細胞とは些細な構造の違いしかありません。前者の集合体である植物は整然と枝葉を茂らせて繁茂し、「感情」や「愛」とは関係なしに生殖行動が成就します。一方、同様の細胞の集合体である人間はと言えば、複雑な感情や欲望に翻弄される生命体であります。物語は、それらを同一線上に並べて対比し、素朴ながらも混沌とした「愛」や「感情」というもののあり様の不思議さにアプローチしていきます。

柔らかい語り口ながら、研究の手順などは科学的にきわめて精緻に描かれており、「なぜ」という知的好奇心の大事さと、発見の喜びが生き生きと伝わってくる一冊です。そして普遍的な命題である「愛」とはなんぞやということを翻って考えるきっかけが得られるかも知れません。450頁を超える長編ですが、ぜひ読んでみてください。
2度目の本屋大賞ノミネートがありそうな気がしますが、どうでしょう。
PB210041

『ボーダレス』 誉田哲也

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誉田哲也の『ボーダレス』を読み終えたところです。
物語は脈絡のない4つのお話が同時並行的に進行していきます。小説家志望の女子高生とその級友のお話からスタートします。そして、舞台は山奥の別荘に変わり、謎の男から逃げる盲目の少女と彼女を支える姉のお話へと続きます。3つ目は音楽家への道を諦め実家の喫茶店を手伝う姉と、彼女との接触を避ける才能あふれる妹のお話です。最後は高級住宅の一室で精神を患って療養している令嬢が、年上の美女と出会い世界を変えられていくというものです。
女子高生達の平和な夏休みの一日で幕を開けた物語は、ほんの少しずつ繋がりながらクライマックスで収斂するという仕組みになっています。タイトルの『ボーダレス』は、そのことを意味していたのですね。
個人的には、小説家志望の女子高生が書いた小説が、現実世界とリンクするというか境目が曖昧(ボーダレス)になっていくようなストーリーを想定していたのですが、その意味ではちょっと期待外れかなと思っています。サスペンスだけではなく、ファンタジーの要素もあったほうが面白いように思うのですが・・・。
PB210038

『下町ロケット ヤタガラス』 池井戸潤

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池井戸潤の『下町ロケット ヤタガラス』を読み終えました。
現在、TBSで同ドラマが放映中ですので、詳しいネタバレは避けたいと思いますが、池井戸さんの小説は最初の数ページを読んだだけで物語の全体像と最後の結末のおおよその予想がついてしまいます。でも読まずにはいられないという気持ちになりますので、池井戸小説には惹きつける何かがあるのでしょうね。
今回も佃航平が率いる「善」のチームと、それに対抗する「悪」のチームという分かりやすい構図で、最後はいつものように正義の味方の佃チームが勝つというお決まりのパターンです。
物語は帝国重工の大型ロケットで打ち上げられた準天頂衛星「ヤタガラス」のGPS機能を利用した無人の農業トラクターの開発に纏わるものです。具体的には、佃チームが加わる帝国重工の「アルファ1」とダイダロスが中心となって開発する対抗馬の「ダーウィン」の開発競争です。技術開発というテクニカルなお話ですのでクリーンなイメージがあるのですが、こと人間の我欲や複雑な感情が絡んでくると話はいい方向へ進まないのは世の常です。人間の怨念の凄まじさを感じるか、佃航平の人間味溢れる「善」にホッとするのか、それは読んでのお楽しみということで。
PB190001-2

『星をつなぐ手』 村山早紀

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村山早紀の『星をつなぐ手』は読んで良かったと思える一冊でした。
2016年の『桜風堂ものがたり』の続編になり、2017年の『百貨の魔法』とも関連があります。小さな地方都市の風早市にある老舗の星野百貨店とテナントの銀河堂書店、そして辺鄙な山奥の美しい里、桜野町にある桜風堂書店が舞台です。主人公は月原一整という青年です。田舎の小さな桜風堂書店を継いだ彼が、いろいろな困難に直面しながらも本に纏わる縁で繋がった友人たちの助けを借りて書店を再生していく物語です。
村山早紀さんの文章は、ふんわりと包まれるような優しいタッチでとてもいいですね。登場人物や情景、展開が限りなく美しく、抒情的そしてメルヘンチックに描かれていて、あたかも夢心地で星野百貨店のショーウィンドーや桜風堂書店の店先を覗いているような気持になります。こんな素敵なデパートや書店が近くにあればいいなと思ってしまいます。
読んでいて優しい気持ちになれる一冊、ぜひ本屋大賞にノミネートされて欲しいと思います。
PB140002

『任俠浴場』 今野敏

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今野敏の『任俠浴場』は最高に面白かったです。
知りませんでしたが、これはシリーズ物で「任俠書房」、「任俠学園」、「任俠病院」に続く第4作になるそうですね。前の3作もぜったいに読まなくてはと思うほどに傑作でした。

舞台は東京の下町に事務所を構える阿岐本組です。組長の阿岐本雄藏は義理と人情に篤く、昔気質(かたぎ)のヤクザです。ヤクザの寡占化と広域化が進む中、指定暴力団の枠から外れるほどに弱小ということが幸いして、ここまで何とか生き延びてきました。
そんな阿岐本のもとに持ち込まれたのが、赤坂6丁目にある古ぼけた銭湯の再建話でした。阿岐本は代貸の日村たちと浴場経営再建に乗り出すのですが、銭湯経営者の家庭事情や赤坂署のマル暴などが絡んで、ヤクザといえどもそう簡単にことを進めることはできません。でも、そこはヤクザの中のヤクザと言われる阿岐本です。見事に銭湯「檜湯」を庶民の憩いの場に生まれ変わらせるのです。
「世直し」に燃える任俠の物語をぜひ読んでみてください。個性豊かなヤクザたちがとても魅力的です。
PB110007

『ブロードキャスト』 湊かなえ

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湊かなえの『ブロードキャスト』、高校生時代を思い出して、懐かしい気持ちで読み終えました。

物語は中学生時代に陸上部に所属し駅伝で全国大会を目指していた町田圭祐が主人公です。陸上の名門・青海学院高校に入学したものの交通事故が原因で断念し、同じ中学出身の正也から誘われてなんとなく放送部に入部することになります。陸上への未練を感じつつも、脚本家志望の正也、いじめを受けている正也の同級生の久米という女の子、そして放送部先輩女子たちの熱い思いに触れながら、その面白さに目覚めていくのです。SNSによるいじめ、部活での理不尽な遣り取りなど身近な出来事を乗り越えて、彼らが全国大会出場という大きな目標を目指して真剣に取り組む姿勢が読みどころです。
当然のように登場人物はいろいろなパーソナリティを有していますのでぶつかり合ったりしますが、みんな等身大で活きいきと描かれており、青春っていいなぁと思わせてくれます。現役の高校生にはぜひ読んで欲しい一冊です。
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『みんなちがって、それでいい』 重本沙絵監修

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本は図書館か本好きの知人から借りるなどして、あまり買うことはありませんが、この本だけはすぐ購入しちゃいました。なんたって沙絵ちゃんの本ですからね。(^^♪
小さい頃から努力と工夫を重ねて何でも他の人と同じようにできる力を身につけてきた沙絵ちゃん。ハンドボールからパラ陸上へ転向してリオ・パラリンピックとロンドン世界陸上で感動の銅メダルを獲得したのは記憶に新しいところです。そしてその先にあるのは東京2020パラリンピックです。
パラアスリートとしてここまで成長した彼女ですが、今年の2月に大学の同級生の重本さんという良き伴侶を得て、ひとりの人間として、またひとりの女性として新たな一歩を踏み出したところです。
「あるがままの自分を受けいれたら、自分がもっと好きになりました」という沙絵ちゃん。幼い頃から現在に至るまでのスポーツとのかかわり、両親や仲間からの励まし、素晴らしい指導者との出会い、そしてリオを経て輝かしい未来へと・・・感動の軌跡が綴られています。
将来は体育教師を目指していると言いますが、いろいろな貴重な経験を糧に素晴らしい教育者になることは間違いないでしょう。
思春期を迎えいろいろと悩みをかかえている子供さんにはぜひ読んで欲しい一冊です。小学生でも読みやすい文章ですし、漢字にはルビがふってあります。

ちなみに著者はスポーツジャーナリストの宮崎恵理さんです。ポプラ社、1300円。
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『能面検事』 中山七里

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中山七里の『能面検事』を読み終えました。

大阪地検一級検事の不破俊太郎と、彼のもとに検察事務官として赴任した新米の惣領美晴のコンビが主人公です。周囲の空気を読むようなことはせず、どんな圧力にも屈せず、自らの流儀に則って検事という仕事を粛々とこなす不破は、被疑者は勿論のこと同僚に対しても表情筋を少しも動かすことがないので、仲間内からは「能面検事」と呼ばれています。
検察というところは警察から上がって来た案件を起訴するかどうか決定する機関なのですが、彼はあるストーカー殺人事件を調べるうちに捜査資料が大量に紛失していることを発見します。この一件がやがて大阪府警全体を揺るがす一大スキャンダルへと発展していくのですが、そもそものストーカー殺人事件自体も思わぬ展開へと向かっていきます。ここからはぜひ読んでみてください。
誰に対しても怯むことのない不破俊太郎は「月光仮面」のように正義の味方で超格好いいです。

「能面検事」の不破俊太郎と新米の惣領美晴のコンビによる難事件解決物語はシリーズになりそうな予感がします。小気味が良くてすらすら読めるのが中山七里さんの小説の持ち味ですから、この「能面検事」シリーズにも期待したいですね。面白かったです。
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『大家さんと僕』 矢部太郎

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お笑いコンビ「カラテカ」のボケを担当している矢部太郎さんの『大家さんと僕』が売れていますね。8年前から大家さんの家の2階に間借りしている矢部さん、1階に住む88歳の大家さんとの交流の日々を、4コマ漫画として描いた作品です。大家さんは東京生まれの東京育ち、とても上品な物腰の方で、挨拶は「ごきげんよう」が口癖です。お二人とも一つ屋根の下の二人暮らしがとても楽しいらしく、ほのぼのとした触れ合いが滲み出ています。好きなものは伊勢丹とNHKと羽生結弦くんという大家さん、何となく浮世離れしていていいですね。その大家さん、残念なことにこの8月にお亡くなりになり、矢部さんは大家さんからいただいた手紙に号泣したそうです。
誰もが感じるような人生の哀しみや寂しさがコマの隅から見え隠れしているようで、いい本でした。20万部突破の大ヒットを記録しているといいますし、第22回手塚治虫短編賞を受賞したのも頷けるような一冊でした。
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『ののはな通信』 三浦しをん

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三浦しをんの『ののはな通信』をやっと読むことが出来ました。
1984年、主人公の野々原茜(のの)と牧田はな(はな)は、横浜にあるミッション系の女子校で出会います。頭脳明晰でクールな「のの」と、外交官の家庭に育った天真爛漫な「はな」は、親友から恋人へと進展していきます。
そんな出来事があった日から二人は手紙のやり取りを始めるのですが、その後の30年間に渡る往復書簡(後にメール)のみで、450頁の本書は構成されています。お互いを心の底から愛し、慈しみ、愛するが故に別れ、そして40代になって再会し、昔とは異なる形で愛と理解を深めていくのです。愛、嫉妬、下心など心の葛藤に翻弄される姿を、時とともに移り変わる二人を取り巻く世界と絡めて描いています。

男の私が二人の秘密を覗き見るような感じで、最後まで居心地の悪い思いで読んでいましたが、語り口はとても静かで穏やかなトーンで綴られている小説でした。
本屋大賞にノミネートされるかなと思っていますが、どうでしょうね。
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『人の心に木を植える』 畠山重篤

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加美町のsea to summitシンポジウムで基調講演をされた畠山重篤さんが、交流会の会場で著書の『人の心に木を植える』の販売とサイン会をしていましたので一冊購入しました。

畠山さんは、気仙沼湾でカキ養殖業を営んでいるのですが、「森は海の恋人」の合言葉とともに1989年から気仙沼湾にそそぐ大川上流の室根山で植樹運動を続けています。その活動が今年で30年を迎えることから、今までの軌跡や思いをまとめて刊行したそうです。その間、2011年には「千年に一度」と言われる東日本大震災の大津波に襲われて、お母さんを亡くされ、また養殖設備も壊滅的な被害を受けたそうです。すべてが流され、大量の油に覆われて海は死んだかに見え、一時は絶望的になって漁師を辞めようとさえ思ったそうです。しかし、ひと月半後には奇跡的に魚が戻って来たそうで、これは植林運動によって背景の森林の環境を整えたゆえの成果だったとの確信に至ったようです。
「30年やってきて気が付いたのは、結局は人間に還るということ。科学的な裏付けがわかっても、人間が自然を壊すような生活をしていたら、自然はよくならない」と仰います。植林運動は環境整備という大事な役割と当時に、「人の心に木を植える」という精神運動でもあるようです。

著書にサインをしていただいたら、一緒に写真も撮りましょうということで、並んでファインダーに収まっていただきました。大きくて心優しい方といった印象でした。
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『送り火』 高橋弘希

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第159回の芥川賞を受賞した高橋弘希の『送り火』を読み終えました。
 
主人公は、父の転勤に伴って東京から津軽地方の山間に広がる小さな集落へと引っ越してきた歩という少年です。東京にはない見渡す限りの緑豊かな山々、裾野に広がる田圃と畦道、茅葺き屋根や囲炉裏のある家、そして独特の方言や風習が醸し出す風景に目を瞠ります。今年度限りで廃校になる中学校に転入し、思いのほか簡単に学級の輪の中に溶け込んだ歩でしたが、ほどなくして学級の中心人物の晃がひとりの級友に酷い暴力を振るっている事実を知ることになります。

これ以上のネタバレをしますと、この小説の魅力が半減しちゃいますので、このへんで止めますが、すみずみまで抑制の効いた美しい語り口で綴られた文章からは、登場人物の心理とその場の状景が手に取るように分かります。まさに怖い名作の映画を観ているような感覚にとらわれます。

短編のような短い小説ですが、物語からはいろいろなことが読み取れます。まず、都会から来た者が地方へ向ける身勝手な感傷と蔑視、そして厭なら抜けられるという非定住性。そこから生まれるあくまでも傍観者としての振る舞いや態度。この小説では、いじめの被害者と加害者という単純な括りではなく、俯瞰というか上から目線的な傍観者としての立場に焦点を当てています。ラストでは、そんな傍観者であった歩に対して思いもしないような復讐が待ち構えています。
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『むすびつき』 畠中恵

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ファンタジーミステリー小説の『しゃばけ』シリーズ第17弾『むすびつき』を読んでみました。
病弱な若だんなと、彼に仕える妖(妖怪)たちが協力して事件を解決するという奇想天外な短編集です。
大店である長崎屋の一人息子の若だんなは寝たり起きたりの人間ですが、屋敷に住み付く多くの妖(あやかし)達に愛されてどうにか無事に生きています。今回の5つの物語のテーマは輪廻転生です。数百年、数千年と生き続ける妖達に比べ、人である若だんなの生はせいぜい数十年。お互いの生きる時間が違うのですが、優しい若だんなと可愛い妖達は来世でも一緒に楽しく暮らしたいと願っています。そんな若だんなと妖達が住む長崎屋には、いつも難しい事件が持ち込まれて、てんやわんやの大騒動が繰り広げられます。
お伽話のような、昔の紙芝居を見ているような雰囲気でしたが、人の生き死にや時間というものを考えさせるなかなか深い一冊と思いました。
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『下町ロケット ゴースト』 池井戸潤

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池井戸潤さんの人気小説シリーズで2010年の第145回直木賞を受賞した『下町ロケット』。5年後の2015年に出版になった第2弾は『下町ロケット ガウディ計画』でした。そしてシリーズ最新作となる第3弾の『下町ロケット ゴースト』も面白くて一日で読み終えてしまいました。

今回の主題は農業です。耕運機の変速機トランスミッションのバルブをめぐる佃製作所の開発計画と、その変速機を製作しているベンチャー企業のギアゴーストに仕掛けられた特許紛争に纏わるお話です。今回も佃航平社長の誠実さと神谷弁護士のスカッとさせる敏腕ぶりが読みどころです。

今月末には『下町ロケット ヤタガラス』が発売になりますが、この刊をもってシリーズは完了のようです。
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『ロンリネス』 桐野夏生

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桐野夏生の『ロンリネス』。
前作の『路上のX』が面白かったので期待して読んだのですが、個人的には期待外れでした。

物語の主人公は、都内のタワーマンションに住み、それほどの財力もないのに背伸びをしてセレブ風の生活を楽しむ妻たちです。マンション内にある保育所のママ友なので、それぞれを子供の名前にママをつけて呼び合い、暗黙のうちに何らかのヒエラルキーも存在します。一見幸せそうな妻たちなのですが、本の題名のように皆それぞれに家庭やコミュニティ内で、「孤独」や「孤立」といった気持ちを抱えて過ごしています。その寂しさを紛らわす意味合いもあるのでしょうが、既婚だろうがご近所だろうがお構いなしのママ友たちの不倫のオンパレードが展開されます。当然のように子供を含めてみな傷つくのですが、それでも突っ走っていくママ友の凄さには唖然とさせられます。
私たち中高齢の世代が共有していると思っていた価値観や社会常識が軽んじられているようで、あまり好きにはなれないストーリーでした。孤独で寂しいのなら他にやることがありそうに思うのですが、まあ人それぞれですから仕方がないのかも知れませんね。小説に文句を言ってもしょうがないのですが。(笑)

『ハピネス』のシリーズ続編らしいですからこの続きも出そうですが、まず読まないと思います。
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『ファーストラヴ』 島本理生

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島本理生の『ファーストラヴ』を読み終えました。
『蜜蜂と遠雷』以来、個人的に直木賞受賞作品で心ときめく作品はありませんでしたが、今回(第159回)受賞の本作『ファーストラヴ』は、さすがに読んで良かったと思える作品でした。

ある夏の日、多摩川沿いを血まみれの姿で歩いていた女子大生が殺人容疑で逮捕されるところから物語が始まります。彼女の名前は聖山環菜。刺されて死亡したのは彼女の父親で画家の聖山那雄人。彼が講師を務める美術学校の女子トイレ内での出来事でした。しかし、逮捕後の取り調べで、環菜は犯行を認めたものの動機については本人ですら分かっていないようなのです。
この事件を題材にしたノンフィクションの執筆を依頼された臨床心理士の真壁由紀は、被告の弁護人となった義弟の庵野迦葉とともに、環菜や彼女の周辺の人々への面談を重ねていき、少しずつ真実への手がかりを見出していきます。

全体的に薄ぼんやりとしたミストの籠る舞台の上で演じられているような感じのする小説でした。性的虐待や歪んだ親子関係など、とても重いテーマの物語ですが、静かなタッチで淡々と綴られているのが印象的です。物語の終盤に向かって謎解きのように一つひとつのピースが繋がっていく過程が丁寧に、そしてミステリアスに描かれています。

ぜひ読んでいただきたい一冊です。
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『焦土の刑事』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『焦土の刑事』を読み終えました。
昭和20年3月10日に起きた東京大空襲の日、銀座の防空壕で首に切り傷のある若い女性の他殺死体が見つかるところから物語は始まります。警視庁京橋署刑事で28歳の高峰は捜査に乗り出すのですが、署長から「あれは空襲の被害者で、身元不明ということにする」という思ってもいない指示を受けます。高峰は、特高に本籍を置き警視庁保安課で芝居台本の検閲などに当たっている幼なじみの海老沢にその不満を漏らすのです。そうこうしているうちに、同じ手口で女性の他殺体が防空壕内で連続して見つかるのですが、同様に上層部から捜査に対する圧力がかかるのです。
そして同年8月15日に終戦を迎え、高峰らは新制警察の体制で本格捜査を行うことになります。その結果、ある劇団との接点が浮かび上がるのですが・・・、ここから先は読んでのお楽しみということにいたします。

戦争という狂気のなかで引き起こされた殺人事件をモチーフに、個人の正義と国家の正義のはざまで揺れ動く若き警察官、そして戦争に翻弄された人々の姿を描いています。高峰・海老沢というコンビが活躍するシリーズのようですから、次作も楽しみな一冊になりそうです。
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『噛みあわない会話と、ある過去について』 辻村深月

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辻村深月の『噛みあわない会話と、ある過去について』を読み終えました。
メルヘンチックな装丁の表紙からは想像できないような何とも怖い四つの短編で構成されています。
第1話は男として見てあげられなかった男友達のお話「ナベちゃんのヨメ」、第2話は昔の教え子を傷付けていたことに気づけなかった教師のお話「パッとしない子」、第3話は自分の価値観で縛り続けた母親のオカルト的なお話「ママ・はは」、そして第4話は何となく気にくわないという理由だけで仲間外れにし、それがイジメだとも気づかないまま成人した女に対する復讐のお話「早穂とゆかり」。
タイトル通り、4篇を通して共通するのは、悪気はなしに何気なく発した言葉や良かれと思ってやった行動が、発した側と受け止めた側ではまったく捉え方が違うという、どこにでもありそうながら繊細で難しい問題をテーマにしていることです。気にも留めないような思い出や過去の出来事が、異なる立場や価値観によって、まさに「噛み合わない会話」として現在に蘇り、時を経て因果応報のごとく自分に襲いかかってくるというお話です。
どうしようもなく分かり合えない二人の人間・・・どちらの立場にもなり得そうで、鳥肌が立つような怖さを感じた一冊でした。
『かがみの孤城』とは趣を異にした辻村さんの短編集。ぜひお読みになってみてください。
《図書館からお借りしました》
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『ウォーターゲーム』 吉田修一

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吉田修一の『ウォーターゲーム』を読み終えたところです。
『太陽は動かない』『森は知っている』に続く、「産業スパイ・AN通信」シリーズ第3弾です。 前2作を読んでいませんので、最初ちょっと物語に入り込めなかったのですが、この3作目だけでも充分に楽しめる内容になっています。
冒頭からダムの爆破など少し現実離れしたお話から始まるエンタメ系の小説で、水道事業の利権をめぐる騙し騙されのコンゲーム(confidence game 信用詐欺)がスピーディなタッチで描かれています。国内の水道事業民営化に纏わる政財界の怪しい影、そして国際的な利権が複雑に絡み合う中央アジアの水資源問題と、場面は世界を股にかけて目まぐるしく変わっていきます。ミッションインポッシブルを思わせるスパイたちの情報戦など、ハラハラドキドキの連続ですので、お好きな方には堪らないかも知れません。

話は変わりますが、この7月5日に私たちには十分に知らされないまま、水道法改正法が衆議院本会議で可決されましたね。そう、W杯での日本代表の活躍に湧き、オウム真理教の松本被告ら7名の死刑執行に驚かされた週でした。この小説のように水道事業の運営権を民間に売却できる仕組みが盛り込まれた法案で、自民・公明両党などの賛成多数で可決されています。海外ではフィリピンとボリビアで民営化が失敗しており、わが国でもこのまま民営化して大丈夫なのだろうかと思ってしまいます。人間が生きていくうえで最低限必要なのは「空気」と「水」ですからね。

《図書館からお借りしました》
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『砂の家』 堂場瞬一

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堂場瞬一の『砂の家』を読んでみました。
この物語の主人公は、大手外食企業「AZフーズ」で働く30歳の浅野健人です。ある日、父が刑務所から出所するという電話が弁護士からかかってきます。彼が10歳の時に父は事業に失敗して一家心中を企て、結果として母と妹が殺害され彼と弟の正俊は助かります。残された兄弟は犯罪被害者として、また加害者の家族として、絶望的な日々を送ることになります。事件後叔母に引き取られた健人は、犯罪者の子とレッテルを貼られながらも、大学を出て真面目に働き、恋人もできます。しかし、施設に入れられた弟の正俊は、まともな仕事に就けず、正反対の人生を歩んでいます。
そんな弁護士からの通告と時を同じくするように、健人の勤める「AZフーズ」の社長の竹内のもとに誰も知るはずのない竹内の秘密を暴露した脅迫文がメールで届くのです。解決役を任された健人ですが、警察へ届けることを勧める危機管理会社の助言を断り秘密裏に解決しようとします。これには社長の竹内に対する大きな恩義があったからなのです。
父親に対する兄弟の恨み、そして幸せそうな普通の生活を送る兄に対する弟の嫉妬。そんな暗い心の闇を抱えた兄弟の過去と現在を行き来しつつ、竹内社長の複雑な家族環境と「AZフーズ」という会社の内情も絡めながら物語はサスペンスフルに進んでいきます。
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『未来』 湊かなえ

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平成30年上半期の直木賞にノミネートされた湊かなえの『未来』を読み終えました。

物語の主人公は章子という10歳の少女です。ある日、彼女のもとに一通の手紙が届きます。「10歳の章子へ」で始まるその手紙の送り主は、20年後の自分だと書いてあります。その証拠として、未来の章子しか知らないようなことが書かれていましたし、10周年を迎えたばかりの「東京ドリームマウンテン」の30周年記念グッズも同封されていました。その手紙を信じた彼女はその日から未来の章子に返事を書き始めます。未来の章子に問いかけるように日々の出来事をしたためていきます。ただ、未来の章子からは後にも先にもこの一通の手紙だけだったのですが・・・。

10歳の章子が手紙に記したのは、一人の少女を襲ったあまりにも辛い出来事の数々でした。
父をガンで亡くし母は心の病を患っているため、幼い頃から家事を担っていること。学校ではPTAの役員の娘で人気者の実里に目を付けられ、陰湿で執拗なイジメに遭っていること。章子を救う立場にある林という担任教師が歪んだ動機で彼女に手を差し伸べたことが原因で教職を追われたこと。父方の祖母から母が犯したという謂れのない過去の出来事を暴露されたこと。母の新しい恋人の早坂という男からも暴力を受け、自由を奪われたこと。そして、そんな状態から学校にすら行けない状況に陥ってしまったことなど・・・。
そんな辛い現実を「未来の章子」へ向けて淡々と綴っていきます。

章子の両親の抱える不幸な過去と現在を起点に、章子を支える教師や章子と同じような悩みを抱える友人をも巻き込みながらストーリーは進んでいきます。性的虐待、精神崩壊、家庭内暴力、イジメ、殺人、放火、自殺など小説とはいえ目を背けたるような不幸の連鎖が続きます。
この物語に登場する子供たちが苦しんでいる原因は、自分の都合や欲望で子どもを振り回す身勝手な大人たちにあるのですが、一方で子供たちが未来を信じることができるように温かい救いの手を差し伸べる大人たちの存在も用意されています。

「未来の章子」からの手紙は本物なのか。手紙に書かれていた「悲しみの先には光さす未来が待っています。それをあなたに伝えたくて」という文面を信じていいものなのか。
それは読んでのお楽しみということで。
ちょっと悍(おぞ)ましい描写の連続ですが、ミステリーの要素はさすがに面白くて一気に読めちゃいますので、ぜひ読んでみてください。
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『あやかし草紙』 宮部みゆき

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宮部みゆきの『あやかし草紙 三島屋変調百物語・伍之続』を読み終えました。
550頁を超える分厚い長編小説ですが、面白くてほぼ一気読みです。
これまでに4巻刊行されている人気シリーズですが、この巻で26話になりました。いつものように江戸は神田の筋違御門先にある袋物をあつかう三島屋で、風変わりな百物語を続けるのが、このお店の主人の姪のおちかです。実家は川崎宿にある旅籠の丸千で、訳あって三島屋へ身を寄せ、お手伝いをしながら、語り手の聞き手として務めをしています。今回も口入屋の灯庵という老人の周旋で語り手が三島屋へ訪れることから物語が始まります。
「開けずの間」、「だんまり姫」、「面の家」、「あやかし草紙」、「金目の猫」の5話。
・・・語って、語り捨て。聞いて、聞き捨て・・・
欲望、憤怒、怨念、嫉妬、妄執、後悔など、人間の愚かさ、残酷さ、哀しみ、業の深さを思い知らされます。そしてそれらを超えたところでの人間の心の温かさも伝わってきます。今まさに猛暑の夏真っ盛り、少し涼む意味でも『これぞ江戸怪談の最高峰』と銘打った物語の数々をお楽しみいただければと思います。体感温度は首筋から背中にかけて、ぞく~っと5℃ほど下がる感じですが、一つの物語を読み終えますと心はほっこりと温かくなりますから、ご安心のほどを。(笑)
そうそう、おちかさんは三島屋から三丁ほど離れた多町二丁目にある貸本屋の瓢箪古堂の若旦那・勘一さんのもとへめでたく嫁いでいくことになります。そんなことで、このシリーズはいったん完結して、次巻からは三島屋の小旦那である富次郎さんが百物語の聞き手を務めることになります。黒白の間で語られる27話からのシリーズも楽しみですね。 
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『風は西から』 村山由佳

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村山由佳の『風は西から』を読み終えました。 

物語は幸せそうなカップルの日常から始まります。同じ大学のサークルで知り合い、夢と希望をもった、ごく普通の若者である藤井健介と伊東千秋がこの物語の主人公です。健介の両親は広島で居酒屋を営んでおり、彼は将来この店を継いで大きくしたいという夢を持っています。ノウハウを学ぼうと就職したのが、大手居酒屋チェーンの「山背」という会社です。この会社を創立した山岡誠一郎というカリスマ経営者に心酔するのですが、入社してみるととんでもないブラック企業だったのです。本社勤務から繁盛店の店長となると生活が一変することになります。度を超えたサービス残業など悪質な労働環境、さらに人格を否定するような吊し上げなどが常態化しています。数ヶ月後、心身ともに疲れ果てた彼は、正常な判断をする精神的な余裕さえ奪われて自死を選んでしまいます。
健介の死後、千秋は彼の両親とともに、このブラック企業「山背」から労災認定と謝罪を獲得すべく奔走することになります。3年9ヶ月にもおよぶ長い闘いでしたが、大切な恋人と最愛の息子を失った小さな個人の思いが、大企業ひいては社会をも動かす大きなうねりとなって広がり、最後には勝利を勝ち取ります。
あらためてブラック企業の悪辣さを思い知らされましたが、若者の過労死や自死の報道を見るたびに、これは氷山の一角なのだろうなと思ってしまいます。「電通」や「和民(※正式には子会社のワタミフードサービス)」での過労死問題を見るにつけ、東証一部上場にあるまじき企業体質と思ってしまいます。このところの異常気象もそうですが、日本いや世界はどうなっちゃったのでしょうね。
最後に吹く西からの風が千秋たちにとって心地いいものだったのが、せめてもの救いだったと思います。
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『ノーマンズランド』 誉田哲也

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誉田哲也の『ノーマンズランド』を読み終えました。

この本はシリーズになっているようで、いずれも姫川玲子という警察官が主人公です。現在は警視庁捜査一課殺人犯捜査係第十一係の主任警部補というのが肩書です。
ひとり暮らしの女子大生がマンションの部屋で扼殺されるという事件が起き、彼女が所轄の葛飾署の特別捜査本部に入り捜査を担当するというくだりから物語がスタートします。そして容疑者を逮捕するのですが、調べが進むにつれ20年前に埼玉県のある街で突然消えてしまった女子高校生の事件とリンクすることが分かり、思いもかけないような事実が浮かび上がってきます。

エンタメ小説かと思いきや、北朝鮮による拉致問題が絡んだり、さらには自衛隊や憲法議論にまで踏み込んでいますので、作者はこのへんのところに読者の眼を向けさせたかったのかなと思っています。戦争によって生じた空白地帯を「ノーマンズランド」と言うらしく、現在の日本は広い意味でのノーマンズランドに近い状態にあるのではと作者は考えているようです。きっと政治や外交が未熟ってことを言いたいのかも知れませんね。

北朝鮮の問題や政治的な議論を絡ませているのはタイムリーで、それなりに理解できるのですが、姫川玲子が大活躍するエンタメ風のこのシリーズに馴染むのかどうか、空回り感もあって個人的には疑問です。ちょっと消化不良気味で面白さが伝わってきませんでした。
《図書館からお借りしました》
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『さざなみのよる』 木皿泉

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木皿泉の『さざなみのよる』。涙と鼻水でグショグショになりながらも一気読みです。
図書館からお借りした本なのですが、涙の粒が一滴くらいは落ちたかもしれません。鼻水はティッシュで鼻栓をしていましたので、大丈夫だと思います。(^^♪

2016年、2017年のお正月にNHK総合で新春ドラマとして放映された『富士ファミリー』をご覧になりご記憶の方は沢山おられると思います。2018年の今年は放映がありませんでしたね。そう、あのドラマの前というか後というか、ともかくドラマのシーンが目に映るような小説です。
しかも、この小説の主人公は小泉今日子が演じた幽霊のナスミが主人公で、彼女が癌に侵されて、今まさに死に向かう病床の様子から物語が始まります。そして、ナスミは静かに旅立っていきます。享年43歳でした。平凡ながら真っ直ぐに信念を通して生きてきたナスミですが、水面にポチャンと石が落ちた時に立つさざ波のように、生前に関わった人たちの心に彼女の思いが広がっていきます。
姉の鷹子や妹の月美、夫の日出男、そしてあの謎の笑子バアさんなど、周辺の人々の内面が丁寧に描かれているのは勿論ですが、ナスミの幼馴染とその妻、ボーイフレンドの妹、そしてかつての同僚など、彼女のことを大切に思い、思われた人たちとの思い出がさざ波のごとく綴られています。第1話から第14話まで泣いたり笑ったりの素敵なお話で凝縮されています。

そうそう、ナスミって名前のことですが、こっそり教えますね。このくらいネタバレしても大丈夫でしょう。もう43年も前の昔のことですが、彼女の父と母が、同居していた笑子バアさんに命名をお願いしたらしいのです。笑子バアさんによると、家族が営む古い商店が「富士ファミリー」、長女が「鷹子」、だから次は「ナスビ(茄子)」だろうということになったらしいのです。でも、当然のように両親は、「その名前では可哀そう」ということで、結果的に笑子バアさんがちょっと折れて「ナスミ」に落ち着いたようです。(笑)

それと、ドラマでは笑子バアさんだけが台所でナスミの幽霊と会って会話していますよね。あれにも秘密があるのですが、これを書いちゃうと叱られそうなので、止めておきます。後のストーリーと大きく関係しますので、ぜひ読んで「ああ、そうだったの」と思ってください。

「よいことも悪いことも受け止めて、最善をつくすッ!」ってナスミの信条ですが、生きてれば沢山の出会いやいいことがありますし、また「生きとし生けるものが幸せでありますように」って思いつつ死んでいくのもそんなに悪くはないな・・・なんて思わせる物語です。
人はさりげなく生まれて死んでいき、しかしそのさざ波は周囲に波紋のように広がり、今ここにあることへの感謝と生きる希望を与える・・・そんなメッセージをナスミは残したような気がしています。

もう、「大人の教科書」にしても良いと思えるような一冊でした。あなたの涙の一滴もページに落としてみてください。本当にいい本でした。
2019年のお正月には『富士ファミリー』の放映があれば嬉しいなと思います。みんなで楽しみに待ちましょうね。(^^♪
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『青空と逃げる』 辻村深月

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辻村深月の『青空と逃げる』を読み終えたところです。
『かがみの孤城』で2018年本屋大賞を受賞した辻村さんの作品だけあって、読み応えのある素晴らしい一冊でした。

主人公は本条早苗という主婦とその息子で小学5年生の力(ちから)です。早苗の夫の拳(けん)とは、ともに都内の小さな劇団に所属していたことがあり、そこで知り合い結婚をしました。3人は平穏に暮らしていましたが、ある日の深夜、夫が乗っていた車が事故を起こしたと警察から連絡が入ります。その後の調べで、人気女優の遥山真輝の運転する車に一緒に乗っていたことが判明し、さらに悪いことに彼女は顔の怪我がもとで入院中に自殺してしまうという悲劇が続きます。遥山と拳のスキャンダルは連日、週刊誌やワイドショーを賑わせ、思わぬ形で事件の関係者になってしまった早苗と力は、真偽の定かでない情報と周囲からの悪意を避けるために東京を離れることを決めます。しかも東京を離れる前日には、力の部屋のクローゼットの中に大量の血に染まったバスタオルと包丁を偶然発見し、早苗は気が動転してしまいます。
様々な要素を載せた物語は、高知の四万十川、兵庫県の瀬戸内海に浮かぶ家島、大分の別府温泉、そして仙台、北海道の大空町へと舞台が移っていきます。遥山の関係者と思われる怪しい者たちの追跡から逃れる二人の逃避行はスリリングですが、行く先々で出会う人たちはいずれも善良で優しく、二人の身を案じて暖かく接してくれます。逃避行の旅でいろいろな人々や出来事に接することで、早苗が母親として日々強くなっていき、思春期の力も健やかに成長していきます。
物語は、早苗と力が交互に主人公になり進んでいきます。夫であり父である拳の行方は終盤まで分からず、また事件の真相も同様に謎に包まれたままの、ちょっぴりミステリー的な要素も絡んで物語は佳境に向かっていきます。そして、最後は感動の結末が待っているのですが、それは読んでのお楽しみということで。
家族の絆、人の優しさを実感できるところが辻村作品に共通する素晴らしさなのかなと思っています。
《図書館からお借りしました》
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『スイート・ホーム』 原田マハ

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原田マハの『スイート・ホーム』。今まで読んだ作品とは少し趣きが違いますが、ほっこりと温かくなる感じの短編集で、まあまあ良かったと思います。

作品の舞台は、宝塚歌劇団で知られる宝塚にほど近い閑静な住宅街にある「スイート・ホーム」という洋菓子店です。玄関脇にはキンモクセイの木があり、小さな花が咲く秋にはキンモクセイと洋菓子の甘い香りとまじりあって、何とも素敵な空間というか雰囲気を醸し出しています。このお店は表題作の『スイート・ホーム』で主人公として登場する香田陽皆(ひな)の父親がパティシエをしています。家族は職人気質で気の優しい父と自称「看板娘」の母、そして年頃に育った陽皆と妹の晴日(はるひ)の美人姉妹です。宝石のような輝きと、温かみの溢れるスイーツ、そして丁寧な接客が評判を呼んで、地元の超人気店になっています。
香田一家の何気ない日々の暮らしを縦糸に、そしてこのお店を訪れる常連さんとの語らいや姉妹の恋人達との遣り取りを横糸に、それぞれの短編が暖かい視線で丁寧に描かれています。香田一家はもちろんのこと、登場人物のすべての人がいい人で、そして物語の最初から最後までひとつの翳りもない夢のような幸福な風景で彩られています。

読後感は冒頭の感想のように、まあまあいい本なのですが・・・
こんな幸せな日々を過ごしてみたいなと思う反面、こんなお伽話のようなハッピーな生活なんてあり得ないから小説になっているんだという邪念が頭をもたげてきます。甘ったるいスイーツ風の生活ばかりでは食傷気味になるでしょうし、たまには塩辛い煎餅を食べるような生活も交えたほうがいいのではと、臍曲がりのお爺さんは思うのであります。(笑)

そんなことを思って巻末を見ましたら、関西方面の不動産会社のホームページに書き下ろされた小説であるらしいことが分かり、「なるほどねぇ」と頷いてしまいました。確かに、こんな人たちと楽しく超ハッピーな暮らしが待っているなら、この街に住みたいと思う人がいるかもしれませんね。
この手の本がお好きな方は、お読みになってみてください。
《図書館からお借りしました》
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『青くて痛くて脆い』 住野よる

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住野よるの『青くて痛くて脆い』を読み終えました。
『君の膵臓をたべたい』と同様に、お爺さんからするとちょっと青臭いお話なのですが、若者の細かい心理描写が見事で、なかなかいい本でした。

ドライで現実主義的な大学一年生の「僕」こと田端楓が主人公です。彼の信条は、〈人に不用意に近付きすぎないことと、誰かの意見に反する意見を出来るだけ口に出さないこと〉と決めています。そんな引っ込み思案というか積極性に欠ける性格ゆえに入学当初から孤独な日々を送っています。しかし、講義中に理想論を振りかざして周囲を驚かせる同級生の秋好寿乃とひょんなことから仲良くなります。二人は意気投合して、秘密結社のような「モアイ」というサークルを立ち上げます。活動目的は「四年間で、なりたい自分になる」というものでしたが、発足から2年半後には理想からは大きく掛け離れた巨大な就活サークルになってしまいます。そんなサークルに嫌気がさして楓は去っていくのですが、暫くして就活も終え卒業を待つばかりになった頃に、理想に燃えて創立したサークルへの思いが再燃してきます。そして、思いもしないような手段でサークル執行部へ戦いを挑むことになります。
ここまでが前半部までのあらすじですが、読みどころは後半部です。登場人物の心理描写、刻々と変化するお互いの距離感など、静かなタッチですが、読み応えがあります。

キラキラと輝き、いろいろなことに傷つき、そして後悔の連続だった・・・そんな青春時代のあなたをこの小説の中に見出すかもしれません。まさに「青くて」「痛くて」「脆い」青春の一頁を思い出させるいい本でした。本屋大賞にノミネートされるといいなと思っています。
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『魔力の胎動』 東野圭吾

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東野圭吾の『魔力の胎動』を読み終えたところです。 
映画になっている『ラプラスの魔女』の前日譚とのことです。前作を読んでから2年半も経っていますので、どんな内容だったか忘れていましたが、不思議な能力を持つ少女・羽原円華の名前を目にして、あらすじを思い出しました。

本書は5つの短編からなっています。前日譚ということで、前書のストーリーに向かって遡る形になっていますが、人物の登場時期と合わせますと、すべてが過去の物語ではなく、各章が前作と入り乱れているようです。前作と合わせて読まれると、より面白いかも知れません。
ちょっとネタバレをしますと・・・

・「第一章 あの風に向かって翔べ」
ベテランスキージャンパーの坂屋は鍼灸師のナユタの患者です。近頃の坂屋は思うような結果が出せず、幼い息子に胸を張って自分の職業を言えないでいます。ひょんなことから坂屋の手伝いをすることになった円華。彼女の不思議な能力で坂屋の復帰を目論みます。
・「第二章 この手で魔球を」
同じくナユタの治療を受けているプロ野球選手の石黒。彼はナックルボーラーとして球界から重宝されていますが、受け手の捕手が膝を故障し引退を決めるのです。そこで後継として山東を指名するのですが、ある試合で捕り損ねて以来、まったく捕れなくなってしまいます。ここでも円華がある作戦を立てて、彼の立ち直りを試みます。
・「第三章 その流れの行方は」
ある日、ナユタと高校の同級生の脇谷が恩師・石部のもとに挨拶に伺います。そこで、石部の息子が水難事故によって植物状態になり入院していることを知ります。しかも、事故の原因にも訳がありそうなのです。さらに石部の息子は偶然にも円華の父で脳神経外科医師として勤務する開明大学に入院しているのです。混迷を深める石部親子。そんな親子のために円華は一肌脱ぐことになります。
・「第四章 どの道で迷っていようとも」
有名な盲目の作曲家の朝比奈もナユタの患者です。数ヶ月ぶりに朝比奈の元を訪ねたナユタは、朝比奈の世話をしていた助手が亡くなったということを知ります。しかも、朝比奈は「自分のせいで死んだ、私が殺したも同然だ」と言います。助手の死の真相、そしてナユタの過去や彼の秘められた人間性も明らかになります。
・「第五章 魔力の胎動」
前作の『ラプラスの魔女』で描かれた、赤熊温泉での火山性ガスによる不審死が主題です。3年前にも、灰堀温泉で同じように火山性ガスによって親子3人が亡くなるという事故が起きていましたが、その事件の真相が明かされることになります。これは事故だったのか心中だったのか、そして温泉地に現れた不審な行動をする女の目的は何か、青江修介と奥西哲子が奮闘します。

超人気作家の東野さんですが、個人的には内容にも文章にもちょっと物足りなさを感じています。近頃は殆どが映像化されていますので、その流れで書かれているのかなと思ったりしています。2006年の『容疑者Xの献身』や、2012年の『ナミヤ雑貨店の奇跡』などは超面白かっただけに、あの頃のような小説を読みたいなと思っています。
《図書館からお借りしました》
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『悪徳の輪舞曲(ロンド)』 中山七里

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中山七里の『悪徳の輪舞曲(ロンド)』を読み終えました。さすがに最高に面白い小説でした。

冒頭から妻による夫の自殺を装った殺人事件のショッキングな描写から物語が始まります。この殺人に手を染めるのが、このシリーズの主人公・弁護士の御子柴礼司の母親・郁美ときていますから驚いてしまいます。
『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』と続いて、この本がシリーズ4作目ですから、主人公の御子柴のことを存知の方は多いと思います。彼は14歳のときに近所の幼女を殺害し、遺体の各部位を郵便ポストや賽銭箱に配って回ったことから〈死体配達人〉と呼ばれ世間を恐怖に陥れた本名・園部信一郎という男です。医療少年院を出所後、弁護士資格を取得しています。弁護のやり方と報酬額は想像を絶するほどに悪辣ですが、裁判では百戦百勝という凄腕の弁護士として名を馳せています。
郁美の関わった偽装殺人事件は、その後の警察の捜査によって逮捕・起訴されることになります。しかし、例の〈死体配達人〉の母であるということが分かると、ことごとく弁護を断られ、結果的に妹の梓を通じて郁美の裁判の弁護を依頼されたのが御子柴でした。御子柴と家族は30年も前に縁を切っていますから、今回の依頼もあくまでも弁護士と一被告人という乾いた関係で立ち向かうことになります。
郁美は容疑を否認するものの、検察側が揃えた完璧なまでの証拠を前に、裁判は最初から勝ち目のない不利な状況であることは歴然としています。しかし、百戦錬磨の御子柴の繰り出す奥の手が凄いのです。そして最後に知ることになる事件の真相にも驚愕してしまいます。そのへんは読んでのお楽しみということで。

すべては〈死体配達人〉こと園部信一郎の起こした事件に行きつくのですが、「悪徳の輪舞曲」というように、人間の心の奥底に潜む影というか暗い部分が絡まって悪徳の連鎖という物語を形作っています。ただ、ストーリーが暗くならずに読後感がいいのは、中山七里さんの小説なればこそだと思っています。
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『おまじない』 西加奈子

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西加奈子の短編集『おまじない』を読み終えました。
8つの短い物語で、主人公はそれぞれ少女、ファッションモデル、キャバクラ嬢、レズビアン、妊婦など「生きづらさ」を感じている女の子たちです。社会の価値観に縛られたり、傷つけられたり、苦しんだりしながらも健気に人生を歩んでいます。
そんな彼女たちですが、身近にいる「おじさん」たちの何気ない一言に救われるのです。それぞれの物語に登場する「おじさん」たちは、普通というよりもちょっと変な(ユニークと言ってほうがいいかも・・・)男の人ばかりなのですが、「おじさん」の「魔法の言葉」で彼女たちの世界は開かれていきます。
個人的には3作目の『孫係』が面白かったです。ひと月の間、同居をすることになった少女と祖父のお話です。お互いに気を遣うことから、双方とも口には出さないものの気疲れを感じています。そんな折、お爺さんの方から少女へ心の内を語り始めます。「私たちは、この世界で役割を与えられた係なんです。あなたは孫係。私は爺係。係だと思うとなんでもできるんです」と・・・。少女は「それって嘘じゃないの」と反論しますが、お爺さんは「自分が得をしようとか相手を貶めようと思って嘘をつくのは良くないが、根底にあるのが思いやりであればいいんだよ」と諭します。こんな「魔法の言葉」が印象的なお話です。
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『そして、バトンは渡された』 瀬尾まいこ

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瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』を読み終えたところですが、こんな感じの本は大好きです。登場人物はみんないい人で、ほんわかと温かくて、そして最後はちょっぴりウルウルさせて、とてもいい本です。

主人公の優子には3人の父と2人の母がいます。こう書くと、ちょっと不思議な気がするのですが、内実はこんな感じです。実の母は彼女が幼い頃に事故で亡くなります。父は再婚するのですが、ブラジルへの赴任を契機に離婚をすることになり、小学生の優子は継母とともに日本に残ることを選びます。梨花というその継母は生来の天真爛漫な性格からその後も結婚・離婚を重ねます。その結果、高校生になった優子は血の繋がりのない30代の森宮という男と正式な親子として普通に生活しています・・・そんな設定です。

第1章は、そんないろいろな親の元を巡って、高校を卒業するまでを綴っています。
第2章は、短大を卒業して就職をし、そして最愛のフィアンセと巡り合って、結婚するまでです。

実母以外の4人の親は、それぞれとてもユニークなキャラクターなのですが、みなに共通しているのは優子の幸せだけを考えて子育てに一生懸命なことです。まさに優子というバトンは周りの愛に包まれてリレーされるのです。その「愛」も仰々しいものではなく、普通に転がっているようなさり気なさで描かれており、この物語が一層魅力的なものになっています。

あまり詳しいネタバレをすると読む面白さが半減しますので、このへんまでとしますが、ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。
本屋大賞にノミネートされるといいなと思っています。
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『引き抜き屋 ②』 雫井脩介

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『引き抜き屋』の下巻「②鹿子小穂の帰還」をやっと読み終えました。
小穂のヘッドハンティング業は山あり谷ありながら、なんとか順調に推移しています。そんななか、彼女の父が社長を務めるアウトドアメーカー「フォーン」の経営が怪しくなっていきます。もとはといえば社長がヘッドハンティングして招き入れた大槻という人物が陰で画策しているのですが、それを知った彼女は思い切った一手を打つことになります。
とても長い小説で、上下巻も必要なのかなと思ってしまいますが、それなりに痛快で面白いです。池井戸潤さんの「下町ロケット」や「陸王」などと雰囲気が似ており、池井戸さんの作品がお好きな方にはおすすめです。
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『オリジン』 ダン・ブラウン

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ダン・ブラウンの『オリジン』、上下巻とも一気に読み終えました。2003年に『ダ・ヴィンチ・コード』を刊行して世界的なベストセラー作家になったダン・ブラウンですが、この作品も優劣をつけ難いほどに面白かったです。

主人公は宗教象徴学者のロバート・ラングドンです。彼の教え子でコンピューター科学の分野で輝かしい才能を発揮しているエドモンド・カーシュが主催するイベントに招待されてスペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館を訪れています。カーシュは、〝現代の預言者〟の異名をとるほどに名声を博しており、今回のイベントでは『我々はどこから来たのか。そしてどこへ行くのか』という人類最大の命題について、衝撃的な内容を全世界へ向けて発信しようというのが狙いです。人類にとって最も根源的なふたつの問いに答えるもので、それはエデンの園におけるアダムとエバを人類の起源とするキリスト教など既存の宗教の教義を根底から揺るがす事態を惹き起こすことが予想されます。当然のようにカトリックなどの宗教界からはプレゼンテーションの公開を強く反対されることになります。
カーシュ自身も身の危険を感じてのイベントの開催であり、警備は厳戒態勢で臨んだのですが、プレゼンが開始される直前にカーシュはステージ上で銃弾に倒れることになります。目の前で友人であり教え子を殺されたラングドンは深い悲しみと怒りを覚え、犯人を見つけ出すとともにカーシュの偉業を自分の手で世界に伝えたいと決意するのです。そんなラングドンにグッゲンハイム美術館の館長であるアンブラが協力を申しでます。このアンブラ館長は麗しい美女で、次期スペイン国王の婚約者としても知られている女性です。
ビルバオ、マドリード、セビリア、バルセロナを舞台に、ラングドンとアンブラの逃亡、そしてカーシュの残した謎に迫ることになります。その逃亡の手助けと核心部に迫る導きをしてくれるのが、カーシュが心血を注いで開発した人工知能(AI)のウィンストンです。ちょっとイギリス訛りの英語を話すウィンストンが凄いです。この小説の隠れた主人公がウィンストンかなとも思います。
これ以上書きますと、この小説の面白さが半減してしまいますので、あとはぜひお読みになってみてください。AIやIoTに代表される今話題のテクノロジーが、「進化論」やいわゆる「宗教論」とどのように関わっていくのか、興味深いお話が満載の小説です。
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『引き抜き屋 ①』 雫井脩介

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雫井脩介の『引き抜き屋』、前編にあたる「①鹿子小穂の冒険」を読み終えたところですが、この小説も凄く面白いです。

物語の主人公は、父が創業した中堅アウトドア用品メーカーに務める鹿子小穂(かのこさほ)です。30歳そこそこなのですが、創業家一族ということで、若くして本部長、取締役を務めています。しかし、会社の経営陣の高齢化に伴い、父がヘッドハンターに依頼し連れてきた大槻という男と意見が合わず、終いには会社を追い出されてしまいます。
途方に暮れる小穂の前に現れたのが、奇しくもヘッドハンティング会社を経営する並木でした。こうして、小穂は新米ヘッドハンターとして新たな一歩を踏み出します。最初は慣れない仕事に戸惑う小穂でしたが、次第に人脈を広げ、各界を代表するようなプロ経営者らと接触するなかで、少しずつトップレベルのハンティング・スキルを身につけていきます。
日本ではあまり知られていないヘッドハンターという仕事。私などとは生きる世界が違うエグゼクティブ・パーソンを対象にしたビジネスのお話ですが、なかなか奥が深くて、エキサイティングで面白いです。これから後編を読み始めるところですが、次はどのような世界が待ち受けているのか、ワクワクしてきます。
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『崩れる脳を抱きしめて』 知念実希人

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知念実希人の『崩れる脳を抱きしめて』を読み終えました。
本屋大賞にノミネートされた10冊のうち、この本だけ読んでいませんでした。というのもタイトルがちょっとショッキングでしたので、読むのを躊躇っていたからです。でも実際に読んでみたら、恋愛とミステリーを合わせたような普通の小説でとても面白かったです。知念さんは現役の内科の医師ですので、専門的な医学用語が沢山出てきますし、現代医療が抱える問題点も浮き彫りにしているなど、このへんも興味深く読ませていただきました。

物語の主人公は研修医として1ヶ月間の予定で神奈川県の「葉山の岬病院」へ赴任してきた碓井蒼馬です。この病院は主として終末期医療を対象にしており、富裕層が多いということもあり、全室が個室で飲酒や喫煙、プライベートシアターなど患者が希望することはなるべく叶えるというシステムを採り入れています。この主人公の碓氷、幼い頃に父親の会社が破産し、その流れで父親が失踪するという家庭環境にありました。父親は借金を残して愛人と外国へ逃げ、そして1年後に不慮の事故で命を落とすという不運を背負っています。
碓井は、この病院で28歳の弓狩環(ユカリ)という患者を受け持つことになります。彼女はグリオブラストーマ(膠芽腫)という悪性度の高い脳腫瘍を患っていて、余命いくばくもないという状況にあります。ユカリ自身、見た目は比較的元気そうに見えるのですが、一歩も病院の外へ足を踏み出すことが出来ないと語ります。それは、ユカリが持っている膨大な遺産の相続を心待ちにしている親族が、待ちきれずに彼女の命を奪おうとしているからだと話すのです。
一方、研修施設になっている超豪華病院「葉山の岬病院」の院長をはじめスタッフの行動にも奇異な点が目立ってきます。物語は、複雑な人間関係、そしてお互いの欲望、利害が絡んで進んでいきます。最後まで展開がどのようになるのか、予測不能な面白さがあります。
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『蒼き山嶺』 馳星周

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馳星周の『蒼き山嶺』。これも壮大なスケールの物語で素晴らしい一冊でした。

物語の主人公は北アルプス北部地区遭難対策協議会で働いている得丸志郎です。山に登る仕事がしたくて長野県警の山岳救助隊員になったのですが、交番勤務を命じられて退職。妻とは離婚して好きな「山屋」をしているものの山岳ガイドなどを掛け持ちしたりして慎ましく生活しています。そんな得丸が残雪期の白馬連峰をパトロールしている時に大学の山岳部時代の友である警視庁公安部の池谷博史と偶然再会します。池谷は卒業後殆ど山には登っていないこともあって初心者同然で、得丸へ白馬岳山頂までのガイドを依頼します。そして、徳丸が気象情報などを得るために麓の仲間に電話を入れた際に、麓では検問などが敷かれて大騒動になっていることを知ります。背後を振り返ると池谷が拳銃の銃口を押しつけて、白馬岳を越え栂海新道を通って日本海まで連れて行けと命ずるのです。
旧友との再会もそこそこに恐怖におびえつつトレースもすぐ消えるほどの激しい猛吹雪のなかを山行することになります。そんな折、もう一人の女性登山者と出会うことになります。三枝ゆかりという相当な登山スキルを持った女性ですが、不運なことに彼女も池谷の逃避行の渦中に巻き込まれてしまいます。この三枝ゆかりは、またまた偶然なことに二人の大学時代の同期で同じ山岳部に所属した若林純一の妹だったのです。若林は大学時代から天才的な才能を発揮し、卒業後は有名クライマーとして名を馳せて、世界の8000m峰14座の半分を制覇するまでになっていましたが、惜しくもK2で雪崩に遭って命を落としていました。
想い出すのは、「3羽烏(からす)」と言われ互いに切磋琢磨し夢と希望に溢れた青春の日々のこと。一方、現実はと言えば、過酷な悪天候の中を死と隣り合わせの苦しい逃避行に付き合わされる我が身。それらが行きつ戻りつして物語が進んでいきます。池谷の目的は何なのか、現在の朝鮮半島の問題とも絡んでタイムリーな山岳ミステリーです。
これから先は小説をお読みになってください。面白くて最後まで一気に読んでしまいたくなる一冊です。
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『罪人が祈るとき』 小林由香

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小林由香の『罪人(つみびと)が祈るとき』。これも星4つ半くらい付けたいほどに読み応えのあるいい本でした。
物語の主人公は親から見捨てられ、親友にも裏切られ、そして学校では謂れのない虐めを受ける高校生の時田祥平です。つくづくこの世が嫌になり、いじめの張本人を殺して自分も死のうと覚悟を決めます。そんな折に彼の前に不思議なピエロが現れて、彼の殺人計画を手伝ってやると申し出るのです。
もう一人の主人公は風見という会社員です。中学生の息子を虐めで亡くし、その事件が切っ掛けで精神の安定を欠いた妻も1年後に自ら命を絶つことになります。やるせない気持ちを抱えた風見はもぬけの殻のようになるのですが、あることを切っ掛けに犯人探しをはじめることになります。
二つはまったく別の事件なのですが、あるところで結びつくことになります。あとは作品をお読みになってみてください。頁を捲る手が急かせられるような気持になること間違いなしです。
テーマは復讐の連鎖と思いますが、ただネガティブなスパイラルばかりを捉えているわけではなく、それ以上に善の連鎖をも取り上げているところが作品の素晴らしいところです。小林由香さんの2作目になるヒューマン・ミステリーをぜひお読みになってみてください。
本屋大賞にノミネートされることを祈っています。
《図書館からお借りしました》
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『オーパーツ 死を招く至宝』 蒼井碧

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第16回「このミステリーがすごい! 大賞」を受賞した蒼井碧の『オーパーツ 死を招く至宝』を読み終えました。ちょっとドタバタした笑えるミステリーで、それなりに面白かったです。
主人公は大学生の鳳水月(おおとりすいげつ)とオーパーツ鑑定士を自称する探偵役の古城深夜(こじょうしんや)です。赤の他人なのですが、誰が見ても双子のような瓜二つの顔立ち、身体つきをしています。
オーパーツとは、「その時代の技術や知識では作り得ぬ古代の工芸品」の総称をいうらしく、古城深夜の胡散臭くも成程と思わせる蘊蓄が読んでいて楽しいです。4つの短編に登場するのは水晶髑髏、プレ・インカ文明が生んだ黄金シャトル、ヒトと恐竜が共存していたことを示す恐竜土偶、そして謎めいた巨石遺構などです。どれも曰く付きでインチキ臭いものばかりです。それらを秘蔵していた邸宅で殺人事件が起こるのですが、古城深夜は自説を展開しつつ不可解な事件を推理して解決へと導いていきます。鳳水月と古城深夜のコンビの掛け合いが可笑しく、漫才を見ているような感覚でスイスイ読めちゃいます。
《図書館からお借りしました》
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『風神の手』 道尾秀介

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朝日新聞出版10周年記念作品となる道尾秀介の『風神の手』を読み終えました。
物語の舞台は、鮎の"火振り漁"で有名な西取川という綺麗な川の流れる町にある鏡影館という遺影専門の写真館です。この写真館に纏わる人々の4篇からなる連作短篇集ですが、それぞれのお話は関連性を持ちながら最後に収斂するという仕掛けになっています。
第一章の「心中花」は、死を目前にした母親が娘と一緒に訪れた鏡影館で若かりし頃の初恋の人との出来事を娘に語り聞かせるという内容です。自らの嘘が招いた罪の告白がキーになっています。第二章の「口笛鳥」は、鏡影館をたまたま訪れた青年が遺影と共に飾られた1枚の写真を見た事が切っ掛けとなって、小学生時代の親友との思い出を回想するというものです。子供なら誰でもついたであろうささやかな嘘が話の軸になっています。第三章の「無常風」は、ある老女が若き日に犯した罪を語ることで長い間の心の重荷と葛藤からようやく解放されるというものです。それと並行してこの町に過去に起きた出来事の経緯とそれらの因果を探る若者たちの姿を描いています。
一見バラバラに思えるピースが、世代を超えて一つの物語に収束していく筋立ての見事さには唸ってしまいます。
ちょっとした出来事が悲劇を生み、それをきっかけに些細な嘘と誤解が伝播して、多くの人たちの人生を変えていく・・・人生は人智を越えて「風神」の風の吹くままに揺らいでいるものなのかも知れません。ただ、変わってしまった人生が必ずしも不幸とは限らないという優しさが全編を通じて流れていて、温かい人間愛を感じさせる作品に仕上がっています。

そうそう、短編の「心中花」、「口笛鳥」、「無常風」、「待宵月」のそれぞれの末字を合わせますと「花鳥風月」となります。ちょっと粋ですね。いい本です。
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『路上のX』 桐野夏生

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桐野夏生の『路上のX』を読み終えました。
凄いというか、読み終わって溜息しか出ませんでした。
まず、この本の中には「JKビジネス」、「リィンカーネーション」なる言葉が出てきます。私は初めて聞く単語でしたが、皆さんはお分かりになりますでしょうか。
「JK」とは「女子高校生」の意味で、女子高校生の親密なサービスを売りとしたビジネスなのだそうです。具体的には、マッサージが基本の「リフレ」、仲良く街歩きをする「散歩」、お店で飲食する「カフェ」、「コミュ」は会話を楽しむらしいです。そして制服姿で何かをする様子を見せるのは「見学・撮影・作業所」というのだそうです。それぞれ数千円単位の料金体系になっているようで、もっと進むと金額が高くなる「オプション」というのもあるようです。
「リィンカーネーション」とは「輪廻」とも訳すようですが、こういう境遇の子供たちは、自分たちは世代を超えてまでもその環境から抜け出せないという思いがあるらしく、物語の中で「リィンカーネーション」と呟くシーンがあります。『簡単に親になれるが、同じことを繰り返す気がする』と・・・何とも重い言葉ですね。

物語の主人公は、両親の失踪により貧しい叔父の家に預けられた女子高生の真由(16歳)です。叔父の妻から寝る場所は勿論のこと、まともな食事すら与えられない厳しい状況におかれることになります。普通の真面目な高校生の真由ですが、叔父の家には居場所がなく、必然的に家には居ずらくなります。しかもお金がないため渋谷のラーメン屋でバイトをし、カラオケボックスなどで寝泊まりする日々を送っています。
もう一人の主人公はリオナ(17歳)です。男癖の悪い母親の何番目かの継父から性的虐待を受けるのですが、それを見て見ぬふりをする母親に愛想を尽かし家出をして、JKビジネスで何とか生活をしています。
真由に次々と接近してくる胡散臭く危ない男たち、当然のようにいろいろなトラブルに巻き込まれて行きます。誰も信用できなくなっていた真由ですが、ある偶然からリオナと出会うことになります。逞しくも優しいリオナに信頼を寄せ、過酷な闇ばかりの社会の中で苦しみ傷つきながら生きていきます。あとは本書を読んでみてください。想像を絶する闇の世界に驚いてしまいます。

450頁ほどの本で、読後は本当に溜息しか出てきません。こんな田舎にいますと、あまりピンとこないというのが本音ですが、近頃の芸能界は勿論のこと官僚や政治家にまでセクハラや性ビジネスとの関連を窺わせるようなスキャンダルが飛び交っているところを見ますと、現実はもっと酷いのかも知れません。何が悪いのか、何を正せば良くなるのか私には分かりませんが、複合的な原因が複雑に絡み合っていることは確かなようです。そうそう、「JC」や「JS」というビジネスも出現しているそうです。何かお分かりになりますか。
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『護られなかった者たちへ』 中山七里

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中山七里の『護られなかった者たちへ』を読み終えました。

物語の舞台は震災後の「ヒト・モノ・カネ」が集まっている仙台です。ある日、全身を縛られたまま放置され、餓死させられるという驚愕の連続殺人事件が起きます。一人目は誰もが善人と認める市の福祉保健事務所職員、二人目はこちらも人格者と名高い現役の県議会議員です。 
この連続殺人事件が起きる数日前にこの物語の主人公である利根という男が7年の刑期を終えて出所していました。利根は知人の生活保護申請を巡って塩釜の福祉職員らと口論になり、相手を殴った上に庁舎に火を放ったことで逮捕され、懲役10年の実刑判決を受け、模範囚として7年で刑期を終えていました。物語は、事件を捜査する県警の刑事の人生とも絡んで複雑に進行していきます。
利根と殺害された二人の接点とは・・・思わぬ展開が待ち受けていますし、最後のどんでん返しが凄いです。
これ以上のネタバレはこの小説の面白さや興味を半減させてしまいそうですので、これくらいにさせていただきます。

ミステリーとしても面白いですが、生活保護を巡る日本の社会福祉制度の問題点に着目して物語が構成されていますので、とても骨太で読み応えがあります。おすすめしたい一冊です。

最後に犯人がSNSに投稿していた犯行声明の一部を掲載させていただきます。(P379~380)
『現在の社会保障システムでは生活保護の仕組みが十全とはとても言えません。人員と予算の不足、そして何より支給される側の意識が成熟していないからです。不正受給の多発もそれと無関係ではありません。声の大きい者、強面のするものが生活保護費を掠り盗り、昔堅気で遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人が今日の食費にも事欠いている。それが今の日本の現状です。そして不公平を是正するはずの福祉保健事務所の職員の力はあまりに微力なのです。(中略)護られなかった人たちへ。あなたは決して一人ぼっちではありません。何度でも勇気を持って声を上げてください。』
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『ふたご』 藤崎彩織

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直木賞にノミネートされた藤崎彩織の『ふたご』を読んでみました。
ご存知のように彼女は2011年にメジャーデビューした4人組バンド「SEKAI NO OWARI(セカオワ)」でピアノや作詞作曲、ライブの演出などを担当しています。そんな彼女が演奏活動と掛け持ちで5年という歳月をかけて書き上げた一冊だそうです。

主人公は、中学二年生でピアノの道を進もうとしている西山夏子。学校や友達とうまく関係を結べずにいます。そんな時、独自の感性を持つ一年先輩の月島悠介に出会い、何となく惹かれていきます。しかし、月島は進学した高校を「やりたいことがない」と中退し、心機一転で旅立ったアメリカの留学先からも2週間で帰ってきます。ある日、月島はパニック障害になり、それがきっかけでADHD(注意欠陥多動性障害)と診断され精神科に入院します。
その後、徐々に回復し、夏子が大学生になったころ、「バンドをやる」と夢に向かって歩き出します。夏子も月島に振り回されつつもバンドのメンバーに加わり、紆余曲折を経て成功への階段を歩き始めていく、そんなストーリーです。
1部と2部に分かれており、1部は二人の出会いから夏子が高校を卒業するまでのいわゆる青春篇。そしてバンドを結成して仲間が増え、音楽会社の新人発掘部門に見いだされるまでが2部という構成になっています。

私にとって「SEKAI NO OWARI」は、NHKの「紅白」でたまたま聴いたくらいの知識しかありませんし、当然のようにグループや彼女の音楽ファンでもありません。そんな無知な読者ですが、この小説はほとんど「SEKAI NO OWARI」のメンバーや結成に纏わる実話なのかなと思ったりしています。
個人的に物語にはまったく興味が湧きませんでしたが、藤崎彩織さんの文章はシンプルなうえに日本語が綺麗だなと思って読んでいました。次作はもっと素敵なものを読ませてくれそうで、楽しみな作家さんが増えて嬉しく思っています。
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